1 : 06 星を飲んだ かじや

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社会に感染する異端、星に感染する異端

2006年11月 9日
記事ID d61109

共感とか同情って、もとは突然変異なのかもしれない。

共感能力がない世界に現れたヤサシイそいつは、周囲の誰からも「何か分からないけどイイヤツ」と思われ、 大事にされた。優先的に食べ物をもらい、配偶者にも恵まれた。 で、このヤサシイ家の子孫がうじゃうじゃ増えて広まったのが今の世の中である。

同じころ、「1、2、いっぱい」みたいな未開の世で、勝手に一人で整数の概念を発見し、素数が無限に存在することや、 素因数分解の一意性まで既に見抜いてうっとりしていたカワリダネもぼちぼち現れたが、 こいつは「何言ってるのか分からないアブナイヤツ」「狩りの役にも立たないうすのろ」とさげすまれ、 常に一代限りで孤立し、増殖しなかった。無理もない。いくらそいつが3、5、7、11…を基礎に何が言えるか力説しようとも、 周囲にとってそもそも3以上は「いっぱい」で区別もない。 仮に理解できたところで、そんな知識が何の役に立つのか。

だが、そいつは肉の子孫など必要とせず、自分の発見を情報として残すことができた。 たとえできなくても、それが必ずやがて再発見され復活するという永遠性を直感できた。 健全な一般社会人からみて悪魔信仰にも近い。カワリダネは悪魔に取り憑かれた人間ではないか。 数学や天文学が、今でいうオカルトのように、うさんくさい目で見られた時代があったのだ。

ところで、社会のアイドル・ヤサシイ家の初代と、社会のつまはじき者カワリダネが親友同士であったことは案外知られていない。

突然変異で現れた初代ヤサシイの孤独を直感的に理解できたのは、カワリダネだけだった。 メロウなヤサシイ氏のほうでも、カワリダネが自分と似た境遇であることはやはり何となく分かった。 ふたりは社会でひとりぼっち同士だった。

「きみが夢中になって話している論理とかいうもののことは一言も分からないが」ヤサシイは言った。「きみの世界は透明だ。空しいくらいに。 きみは何も求めない、ココロナイ人々からもココロアルわたしからすら。 きみだけは、ほかのココロナイ人とは違う。それゆえきみは滅ぶだろう。気の毒に…」

「そのココロアルとかナイとかいう言葉の意味は知らないが」カワリダネは答えた。「あなたの持っているものは、 わたしの知っている永遠と、どこか似ているらしい。滅ぶだって? これほど頑丈なものはないのに…。 すべての人が滅んだのちでさえ、 悠久のときの彼方、またどこかの星に人が生まれ、この同じ定理の美しさに気付くだろう」

そうかもしれない。ヤサシイは思った。 カワリダネは自分の発言の論理的意味を考察し、自分の「前の」星のヤツのことをちらっと思ったが、 すぐに忘れた。人間なんかよりもっと魅惑的な別の定理がひらめきかけたのだ。

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