ドラえもんのポケットから「あべこべふえーる」という道具が出てきたと想像してみよう。 (ドラえもんワールドにくわしい人は、「アベコンベ」な「ふえーるミラー」とでも思ってほしい。) 「あべこべふえーる」は、ものごとの性質を反対にして二倍にふやす! 「あべこべふえーる」を使って階段を一階ぶん上がると、 何と2階下についてしまう。戦争だ戦争だ!と熱心に主張している大統領に「あべこべふえーる」を使うと、 大統領の熱意は二倍にふえるが、ふえるといっても、あべこべに熱心な平和主義者になってしまうのだ。 使い方にコツがいる。こっそりジャイアンにあべこべふえーるをくっつけておくと、 ジャイアンはだれかを1発なぐろうとするたびに、あべこべに(見えない手で)2発なぐられる。いい気味だ。
100万円のおこづかいを持っているスネ夫に「あべこべふえーる」を使うと、 スネ夫には200万円の借金が発生して、借金とりたての人がたくさんやってくる。ふえることはふえるのだが逆向きにふえるから大変だ。 ところが、1億円の借金があって困ってる人に「あべこべふえーる」を使うと、2億円の財産がある大金持ちになる。 「あべこべふえーる」は物ごとを(−2)倍する未来の道具だったのです。
一億円の借金=マイナス1億円
↓
ふつうに2倍すると
↓
二億円の借金=マイナス2億円
↓
借金がふつうに2倍になった(涙
一億円の借金=マイナス1億円
↓
あべこべふえーるでマイナス2倍すると
↓
二億円の遺産相続で大金持ち!=プラス2億円
↓
マイナス2倍するとマイナスがプラスに変わって2倍になる!
「マイナスをかける」とは「あべこべふえーる」ことなのだ。 マイナスの性質のものを「あべこべふえーる」するとプラスの性質になる。
時速100kmでどんどん、どこまでも走り続けている自動車を考える。この自動車は例えば2時間後には200km先にいる。
100×2 = 200
また、3時間前(いいかえれば−3時間後)には300km手前にいたはずだ。
100×(−3) = −300
ここで、あべこべの世界を考えよう。
時速(−100)kmで走り続けている自動車を考える。スピードがマイナスということは、猛スピードでバックしているのである。
前へ進むどころか時間がたてばたつほど後戻りしてしまう。
この変な自動車は例えば2時間後には200km手前までバックしてしまう。
(−100)×2 = −200
また、3時間前(いいかえれば−3時間後)には300km前方にいたはずだ。バックしているので、時間が戻れば戻るほど逆に前にいるのだ。
(−100)×(−3) = +300
分配法則から次の式が成り立つ。
(○+□)×△ = ○×△ + □×△
例えば、
(3+4)×5 = 3×5 + 4×5
この場合、○が3、□が4、△が5だ。カッコがない場合、足し算より先にかけ算を計算することに注意。
ここで、わざとマイナスかけるマイナスを発生させるため、○を−3、□を4、△を−5にしてみよう。
(−3 + 4) × (−5) = (−3)×(−5) + 4×(−5)
左側にある(−3 + 4) × (−5)は、1×(−5) なので、かけ算の結果は −5 だ。
右側にある(−3)×(−5) + 4×(−5)のうち、 4×(−5)は−20だ。
これらで置き換えると、最初の式
(−3 + 4) × (−5) = (−3)×(−5) + 4×(−5)
は次のようになる。
−5 = (−3)×(−5) + (−20)
この等式のなかの、(−3)×(−5) の部分に注目しよう。マイナスかけるマイナスの計算だ。
−5 = (−3)×(−5) + (−20)
もしマイナスかけるマイナスがマイナスで(−3)×(−5)が−15だったとしたら、
−5 = (−15) + (−20)
になってしまうが、これでは計算があわない!
(−3)×(−5)が+15になるとすれば、
−5 = (+15) + (−20)
となる。これは正しい計算だ。15万円の財産と20万円の借金をあわせると、全体では5万円の借金になる。
ちょっとふしぎなようだが、やはり(−3)×(−5) は +15 だと考えないと、
計算のつじつまがあわない。マイナスかけるマイナスはプラスなのだ。
−5倍するとは「倍率めもりを5にあわせて、あべこべふえーるを使うこと」と思えば、 (−3)の(−5)倍が(+15)になることも納得いく。
同じものに対して「あべこべふえーる」を2回つかえば、結局、正常に4倍にふえる。 例えば、戦争主義者の大統領に「あべこべふえーる」を使うと2倍に熱心な平和主義者になるが、 さらにもう一度「あべこべふえーる」を使うと最初の4倍の戦争主義者になってしまう! マイナス(逆転)の作用も二重に与えればプラス(正方向)になるのだ。 「マイナス2」かける「マイナス2」は「プラス4」。
くだらん
つまらん
――
トランプのゲームを考える。 細かいルールはどうでもいいのだが、カードを取ったり捨てたりできて、カードごとに点数がある。
持ち札の例 「黒黒黒」は9点 「黒黒黒赤」は7点 「黒黒黒赤赤」は5点
あなたの持ち札の点数を考えると…
赤はマイナスの札なので、減れば減るほど手札の点数は増える。
人によっては、この説明の方がスネ夫の財産より分かりやすい…かもね!
そんな人のために、第2弾「マイナス×マイナス物語」を公開しました。
「マイナスかけるマイナスは、なぜプラスか」の説明では納得いかない! そんな人のための小話集・第2弾。最初の4話は中学生以上向け。「怪盗とシャンデリア」は高校生以上向け。
数学的な深い議論は、「『マイナス×マイナス=プラス』は証明できるか?」をどうぞ。
いろいろな小話を使って、「マイナス×マイナスがプラスになる理由」をなるべく分かりやすく説明してみました。
ですが、まずは「分かりやすく工夫した話」ではなく、数学的な事実だけをそのままストレートに書いてみます。
−a は、a と足し合わせると 0 になるような数です。
例えば a = (+2) なら −a = (−2) です(☆)。
また例えば a = (−2) なら −a = (+2) です(☆☆)。
どっちにしても、(+2) と (−2) を足し合わせれば 0 だから。
(−1) × a = −a という当たり前の計算が成り立つとすると…。 ためしに(☆)の数を当てはめると…
(−1) × (+2) = (−2)
…うんうん、これは確かに当たり前。
では今度は、同じ (−1) × a = −a に(☆☆)の数を当てはめると…
(−1) × (−2) = (+2)
…と、ならなければ なりません。
うーん、確かに理屈では そうなる ようだけど、どうしてそうなるのか感覚的にピンとこない…?
ご安心ください。 以下では、いろいろな小話をご用意しました。 いろいろあるので、きっと一つくらいは、納得のいく話があると思いますよ!
宇宙
ウルド(偉そうな態度で): 新型エンジンの仕組みを説明してくれたまえ。
機関長(かしこまって): 液体ヘリウムを燃料とするワープ航法エンジンであります!
ウルド: ヘリウムだと? それは不足している貴重な資源ではないか。そんなものを燃料にして良いのかね。
機関長: 確かに地球上では不足していますが、宇宙では、ありふれた元素であります!
ウルド: うむ、そうだったな。
機関長: そのため、ワープを切って通常航法に切り替えれば、周囲の星間ガスからヘリウムを集め、飛びながら燃料を自動補給することも可能であります。
ウルド: なるほど、便利だな。どのくらいのペースで補給ができるのかね。
機関長: 補給モードでは、毎時5リットルずつタンクのヘリウムを増やす ことができます。
ウルド: 例えば、3時間で15リットル増えるわけか。
機関長: その通りであります。(+5) × (+3) = (+15) であります!
ウルド: 補給作業が進行中だとすると、例えば2時間前には今より10リットル、タンク内のヘリウムが少なかったわけだ。
機関長: その通りであります。(+5) × (−2) = (−10) であります!
ウルド: うむ。では実際にワープ航法を行うと、燃料の消費は どのくらいかね。
機関長: ワープを行うと、毎時10リットルの割合でヘリウムを消費します。
ウルド: 例えば、3時間ワープすると、タンク内のヘリウムが30リットル減るわけか。
機関長: その通りであります。(−10) × (+3) = (−30) であります!
ウルド: 今がワープ航法中だとすると、例えば2時間前には今より20リットル、タンク内のヘリウムが多かったわけだな。
機関長: その通りであります。(−10) × (−2) = (+20) であります!
カップめんの食べ方 | おいしさ | コメント |
---|---|---|
牛乳ヌードル | ☆☆☆☆ 4ウンマ | 口から霊魂が出るくらいうまい |
トマトジュースヌードル | ☆☆☆☆ 4ウンマ | イタリアンな感じ |
緑茶ヌードル | ☆☆☆ 3ウンマ | わりとうまい |
薄いコーヒーヌードル | ☆ 1ウンマ | 塩味とコーヒーが絶妙 |
CCレモンヌードル | ★★ 2オエ | コーラよりはまし |
コカコーラヌードル | ★★★ 3オエ | キャホーイ!まずい! |
ユンケルヌードル | ★★★★★★★ 7オエ | すごい味だ!!飲み込めない |
ウンマを「おいしさ」の単位だとする。 10ウンマの料理は、1ウンマの料理の10倍おいしい。 0ウンマの料理は、特においしくないが、特にまずくもない。 マイナス1ウンマの味は、「おいしさ」の点数がマイナスなのだから、もちろんまずい。 マイナス10ウンマの味は、その10倍まずい。 食べたくない。
ここで「まずさ」を表す単位オエを考え、1オエ=マイナス1ウンマと定義する。 10オエはマイナス10ウンマと同じ意味で、とんでもない味だ。 おええ。
オエ・ポイントが大きければ大きいほど、まずさが大きい。 もし全然まずくなくて、むしろおいしい食べ物があれば、オエ・ポイントはマイナスになる。 1オエ=マイナス1ウンマと定義したのだから、当然、1ウンマ=マイナス1オエになるはずだ。 この二つを組み合わせて考えると、「マイナス(マイナス1ウンマ)」は「マイナス1オエ」に等しく、それは「1ウンマ」に等しい。
つまり、「マイナス(マイナスおいしい)」は「マイナス(まずい)」に等しく、それは「おいしい」と同じ意味になる。 だって「おいしく なく ない」は「まずく ない」ってことで、それは「おいしい」ってことでしょう?
以上によって、−(−Good) が (+Good) に等しいことが分かった。 つまり (−1) × (−Good) = (+Good) だ。 イェイ。
佐々木さんは三つの工場を持っている。 アイスクリーム工場、 おいしいカレーの工場、 コロッケ工場だ。 良い材料を使って良心的な製品を作っているのだが、残念ながらどの工場も年間5億円の赤字状態が続いている。 トータルでは、年間15億の赤字だ。
赤字を減らすために、佐々木さんはコロッケ工場を手放すことにした。 というのも、一番の取引先から「おたくのコロッケは一般消費者の味覚に合わない。消費者の好みに合う味に変えないと取引を打ち切る」とクレームをつけられて しまったからだ。 要するに化学調味料をじゃんじゃか入れろ、という要求である。 佐々木さんはこの要求が気に食わなかったので(しかも赤字だったので)、コロッケ製造は中止することに決めた。
おいしいカレーは、まだ見込みが ありそうだし、アイスクリームには、そんな味つけの問題はない。 もっとも、それも時間の問題かもしれない…。 現に「日本人の味覚に合わせた」と称してチーズに化学調味料を入れている会社もある。 味の好みは人それぞれで いいのだが、チープな合成調味料を混入して「これで日本人の味覚にぴったり」というのも、せつない話だ。 そのうち「うまみ濃厚チーズケーキ味アイス」なんてのが出るかもしれない。
まあ、そんなことは ともかくとして、赤字工場が1個減ったので、年間の赤字額も減ったのであった。 式で表すと、
マイナス5億円 × (3 − 1) = マイナス10億円 【☆☆☆】
この赤字額なら、佐々木さんは経営を継続できる。近々、良心的な製品がもっと受け入れられる ようになり黒字に転じるかもしれない…という希望を抱いて(そういう傾向も確かにあるので)、もうちょっと続けてみようと考えている。
分配法則を使ってこの式を変形すると、次のようになる はずだ。
(マイナス5億) × ( 3 + (−1) ) =
( マイナス5億 × 3 ) + ( マイナス5億 × (−1) ) =
(マイナス15億) + (プラス5億???) =
(マイナス10億)
これは【☆☆☆】の式を変形したものだから、計算の最終結果が「マイナス10億」になることは最初から分かっている。 (プラス5億???) の部分は、( マイナス5億円 × (−1) ) の部分に当たり、マイナスかけるマイナスである。 これが「プラス5億」にならないと計算が合わないのだが、これは どういう意味だろう。 なんで、マイナスかけるマイナスがプラスなのだろう?
この式変形のミステリーは、実は論理的にキッチリ説明がつく。 ①佐々木さんは、年間マイナス5億円の利益、要するに5億円の赤字を発生させる工場を3個持っていた。 ②しかし、工場の1個(コロッケ工場)を手放したので、その影響が収支計算に加わった。 — 具体的に、佐々木さんから見ると、赤字を発生させる工場が1個減ったので、収支計算としては、②はプラスの効果を持つ。 つまり (プラス5億???) の部分は、「プラス5億」でつじつまが合っている。
マイナスかけるマイナスがプラスというのは、何となく言葉の印象としては少し不思議なようだ。 でも、よく考えると、「赤字を発生させる工場の数が減った=赤字の原因が減ってプラスの効果」という当たり前の計算にすぎない。
(−6) の中に (−3) がいくつあるか?といえば、もちろん2個だろう。
(−6) ÷ (−3) = (+2)
ところで、「n で割る」ということは、逆数をかけること…「n分の1倍すること」と同じだ。
つまり上の式は、こう書き換えられる:
(−6) × (−(1/3)) = (+2)
マイナスかけるマイナスが、ちゃんとプラスになってるじゃん!
めでたし、めでたし。
「割り算は逆数の掛け算と同じ」という点に注意すれば、この説明は、どんなマイナスの掛け算にも当てはまる。
例えば、(−3) の中に −(1/2) は6個あるから、
(−3) ÷ (−(1/2)) = (+6)
(−3) × (−2) = (+6)
この説明が分かりやすいと感じるかどうかは人それぞれだろうが、これも一つの説明の仕方だろう。
この話は、主に高校生以上向け。高2くらいの物理で習う「重力加速度」の知識を使っています。
「ダイヤモンドは確かに頂戴した」
怪盗・白バラ仮面はマントをひるがえし、鳥のように高く舞い上がると、ふわりとシャンデリアに飛び乗った。 シャンデリアを揺らし「はっ・はっ・はっ」と高笑いしながら再び軽やかにジャンプ。 窓ガラスを破って外に飛び出す…予定だったのだが…
ところが、今はアナクロな昭和の世ではない。コスト削減の時代である。 シャンデリアのつりひもの強度は基準値ぎりぎり。 シャンデリアの説明書に「危険ですので乗らないでください」と書いておけば訴訟対策もオーケー。 ひもが切れ、シャンデリアは怪盗を乗せて落下したのであった。 悪いのは怪盗、勝手にそんな所に飛び乗った犯罪者の自己責任でしょ。
おお、おお、おお。何という乾いた時代であろう。
あわれ、怪盗は、今やもっぱら重力加速度に支配される自由落下の身…。簡単のため、重力加速度の大きさを「10メートル毎秒毎秒」とすると、1秒後には秒速10メートル、2秒後には秒速20メートル、3秒後には秒速30メートル…という勢いで落下する。 そんなに落ちる前に床に達するだろうが、細かく見れば0.1秒後には秒速1メートル、0.2秒後には秒速2メートル…ということだ。
すなわち、シャンデリアが落ち始めた瞬間を t = 0 とすると(単位: 秒)、怪盗の落ちる速度は v = 10t となる(単位: メートル毎秒)。
…もっとも、これは天井から床の方向をプラスの向き(プラスの速度)と考えた場合だが、その点はひとまず良いとしよう。
この際、空気抵抗その他の面倒な要素は無視。簡単のために、怪盗がシャンデリアに到達したとたんにシャンデリアが自由落下を始めたとする(この仮定は、実はシャンデリアが存在していないのと同じことだが、シャンデリアがあると思った方がイメージしやすいだろう)。速度については垂直成分を考えている わけだが、まあ、小難しいことは抜きにして、おおざっぱなイメージでいこう。
時間を戻すと…。 簡単のために、飛び上がった怪盗がふわりとシャンデリアに乗ったとき、ちょうど速度ゼロになっていたと仮定すると…。 その0.2秒前には秒速−2メートル、0.1秒前には秒速−1メートル、という具合に上昇中には(というより上昇中にも)速度が増加している ことになる。 ちょっと分かりにくいが、この場合、上から下をプラスの速度と約束したので、飛び上がり中の怪盗はマイナスの速度を持つ。 マイナスの数の絶対値が減るのは、数としては増加だ。 (増加といっても、絶対値が減っているので、運動はだんだん緩くなっている。)
ここで重要なのは、v = 10t という上記の式が、時間がマイナス(シャンデリア到達以前)でも成り立つ、ということだ。
どうして?
簡単なことだよ、ワトソン君。重力加速度は一定なんだ…。
そう、地球の重力は急に強くなったり弱くなったりしない。 上昇中の怪盗に対しても、落下中の怪盗に対するのと まったく同様に、重力加速度が働く。 地球は、怪盗の動きを見張っていてシャンデリアに着いたとたんに引っ張るのではなく、怪盗の動きと無関係に(上昇中にも落下中にも)等しく引っ張る。 違いは、上昇中には床を蹴って怪盗自身が発生させた上向きの運動の影響がまだ残っている、という点だけ。 上昇中の物は上昇の勢いが鈍り、落下中の物は落下の勢いが増す。 運動の方向は違うが、重力加速度の働きに関する限り、どちらも同じペースで速度が変化する。 自然はシンプルで公平だ。
そして、怪盗は、シャンデリアに着いたとき速度がゼロになるように(優雅にふわりと動けるように)、ちょうどぴったりの力で無駄なく床を蹴った…と仮定している。
別に難しい話ではないが、行き掛かり上、座標系が常識と逆(下がプラスで上がマイナス)になってしまった。 飛行機などで考えても、床なり地面なりが0で、上に行くにつれ数字(高さ)が増える方が、しっくりするだろう。 そのように座標系を変えるには、どうしたらいいか。 これは簡単な話で、さっきの式の係数の符号を逆にして v = −10t とするだけだ。 これだと、v は上昇速度ということになる(下降中ならマイナス)。 そして重力加速度は、「上昇を妨害するように、逆向きに引っ張るマイナスの値を持つ」ようになる。
そうすると t = 0 で静止状態(シャンデリア)の怪盗は、t = 0.1 において秒速マイナス1メートル、t = 0.2 において秒速マイナス2メートル…という勢いで落ちてくる。
シャンデリア到達前を考えれば、t = −0.2 において秒速プラス2メートル、t = −0.1 において秒速プラス1メートル…という具合に、上昇している。 言葉で説明すると少しややこしいが、怪盗の動きを頭の中でイメージできれば、当たり前の話だろう。 イメージできなければ、ボールペンでも何でもその辺にある小物(空気抵抗がでかい紙とか以外)を放り上げて、実際に観察してみよう。
そして、この当たり前のことが成り立つためには、マイナスかけるマイナスがプラスである必要がある。 v = −10t で、t がマイナスのとき上昇速度 v がプラスになるんだから…ね!
説明は以上で終わりだが、この説明では、中学で習うようなマイナスの掛け算について検討するのに、高校で習うような物理を引き合いに出している。 その意味で、マイナスの計算を習う時点での疑問への答えとしては、全然役立たない説明だ。 しかも、「あべこべふえーる」などの他の小話と比べて、回りくどく、分かりにくい。 何で、こんなことを考えたのだろう?
そのわけは、こうだ。
マイナスかけるマイナスの定義は、数学の内部だけで考えても、結局は「いまひとつ、すっきりしない話」になってしまう。 そこで数学の外に目を向け、数学を自然科学に応用する場合に「マイナスかけるマイナスがプラス」というのは良いか悪いか、と考えたのだ。
もしマイナスかけるマイナスがマイナスだったら、v = −10t のグラフが直線にならず、Vを逆さまにした形で折れ曲がってしまう。 t = 0 において滑らかでない(だから微分可能でない)ということだ。 それでは困る。 「速度」が「時間」の1次関数となり「時間」で微分できるからこそ、「加速度」が定数になる。 そして、「速度」を積分した「位置」は放物線になる。
要するに、「マイナスかけるマイナスはプラス」という定義は、単なる数学内部の理屈ではなく、自然科学においても役立つ。 現実の宇宙の姿に、ぴったり 当てはまって いる。 …うーん、宇宙がそうなっているなら、仕方ない。 「マイナスかけるマイナスはプラス」と認めてやるしか なさそうだ。
おっと、シャンデリアは床に落ちて粉々に砕け散ったが、怪盗・白バラ仮面の姿がどこにも見えない。
なにやらカードが残されていた。
「見事な推理だ、明智君。また会おう!」
数学的に正しい質問は、「なぜマイナス×マイナス=プラスか?」ではなく「いつマイナス×マイナス=プラスか?」
一般向けの記事「マイナス×マイナス物語」も同時公開。
「マイナス×マイナス=プラス」は証明できるか? というのは自然な問いではあるが、問題の意味が不明確だ。
整数全体の集合を考えて、掛け算を「何に何を掛けても答えは −2」になるように再定義したとする。 例えば 3 × 4 = −2 であり (−5) × (−6) = −2 である。 無意味でばかばかしいようだが、今のところ「そうしては いけない」という根拠はない。 そして、このばかばかしい世界では、「マイナス×マイナス=プラス」は成り立たないし、もちろん証明もできない。
つまり、「マイナス×マイナス=プラス」は証明できるか? という問いが意味を持つためには、「どういうルールの世界において?」という点を明確にする必要がある。 カオスの世界でもいいのなら「マイナス×マイナス=プラス」は成り立たないし証明もできないが、そんなことを言っても何の解決にもならない。
では、この問題の解決とは何か?
それは、一定の前提の下で、いつ「マイナス×マイナス=プラス」になるのか明らかにすること。 ある条件では「マイナス×マイナス=プラス」が成り立つとは限らない…。 別の条件では「マイナス×マイナス=プラス」であることが保証される…。 その違いは何か。 何が「マイナス×マイナス=プラス」の成否の分かれ目なのか?
それを見極めることができれば、「マイナス×マイナス=プラス」という現象の核心も、つかめる はずだ。
最初に挙げたばかばかしい例では、3 × 1 = −2 とか (−5) × 1 = −2 のようになって、乗法の単位元が存在していない(1 は存在するが単位元になっていない)。 よって、この例は最低限のルールを満たさず、ここでは考察対象外となる。
一方、「マイナス×マイナス」を問題にする場合、必ずしも割り算をするわけでは ないので、乗法逆元(=逆数)は不可欠ではない。
抽象代数学の言葉では:
普通の言葉で言えば:
…となる。 このことを加減乗ができると言い表すことにしよう。
以下、加減乗ができることを大前提とし、誤解の恐れがなければその点については いちいち断らない。
きちんとした議論を行うため、研究対象の現象を「仮説」として定式化しよう:
「マイマイ仮説」というのは「マイナスかけるマイナスに関する仮説」を略したものだが、上記の定式化は数学的にはイマイチだ。 というのも、「正の数・負の数とは何か」が定義されていないし、そもそも演算の対象は「数」である必要もない(加減乗さえできれば「多項式」や「行列」でも構わない)。 しかしまあ、一応意味は分かるので、とりあえずこれでいこう。 次の章の末尾で、もっと良い定式化を行う。
掛け算を通常の記号 × ではなくアスタリスク * で表しているのは、必ずしも通常の掛け算と定義が同じとは限らないからだ。
解決すべき問題は、次のように言い表すことができる:
問題1.1: 加減乗ができるとき、マイマイ仮説が成り立つ必要十分条件は何か?
前提となる条件では、分配法則は保証されていない。 しかし、仮に分配法則が成り立つなら、マイマイ仮説を証明することができる。
「加減乗ができる任意の集合で成り立つ命題」をいくつか示し、それらを使って「分配法則 ⇒ マイマイ仮説」を証明しよう。
定理2.1: 二つの元 x と y が x + y = 0 を満たすなら、x = −y である。
証明: 議論の大前提により、y の加法逆元 −y の存在が保証されている。 x + y = 0 の両辺に −y を右から足せば、定理が示される。(証明終わり)
系2.2: 任意の元 m について、−(−m) = m が成り立つ。
証明: 加法逆元の性質により、m + (−m) = 0。 この等式に定理2.1を適用すれば、m = −(−m) となる。(証明終わり)
補題2.3: もし分配法則が成り立つなら、任意の元 m について 0 * m = 0。
証明: 任意の元 m について、乗法単位元の性質により m = 1 * m であるが、加法単位元の性質により = (1 + 0) * m である。 これに分配法則を適用すると = (1 * m) + (0 * m) であるが、乗法単位元の性質により = m + (0 * m) である。 要するに、m = m + (0 * m)。 この両辺に −m を左から足せば、0 = (0 * m) となる。(証明終わり)
「0倍した結果が 0 になるのは当たり前」と感じるかもしれない。 その結果、「何で当たり前のことを証明するのか、意味が分からない」という心理的混乱が生じるかもしれない。 しかし、「マイナスかけるマイナスの定義」のような基本的問題に光を当てるためには、一見当たり前に思えることも全て疑って、公理から示せることだけを使って一歩一歩議論を進める必要がある。 実際、分配法則が成り立たないなら「0倍の結果は 0」とは限らない。
補題2.4: もし分配法則が成り立つなら、任意の元 m について −m = (−1) * m。
証明: 補題2.3と加法逆元の性質により、0 = 0 * m = (−1 + 1) * m である。 これに分配法則を適用すると = (−1 * m) + (1 * m) であるが、乗法単位元の性質により = (−1 * m) + m である。 要するに、(−1 * m) + m = 0。 従って、定理2.1により、(−1 * m) = −m である。(証明終わり)
補題2.5: もし分配法則が成り立つなら、(−1) * (−1) = 1。
証明: 補題2.4で m = −1 と置けば、−(−1) = (−1) * (−1)。 この左辺は、系2.2により 1 に等しい。(証明終わり)
もし分配法則が成り立つなら、任意の2元 a と b は以下の関係を満たす:
すなわち、次の定理が証明された:
定理2.6: 加減乗ができる代数系においては、分配法則が成り立つなら、マイマイ仮説も成り立つ。
実際には、この場合、交換法則を仮定する必要はない。 通常の定義において分配法則は (a + b) * m と m * (a + b) の両方について成り立つのだから、補題2.4の証明で (−1 + 1) * m の代わりに m * (−1 + 1) を使えば、−m = m * (−1) を示すことができる。 従って、分配法則が成り立つなら、交換法則が成り立たなくても、(−a) * (−b) = (a * (−1)) * ((−1) * b) となる。 この記事では乗法について交換法則が成り立つことを前提としており、その前提では、交換法則を使った方が証明が少し簡単になる。
定理2.6は、問題1.1に関して、とりあえず十分条件を与えてくれる。 最初の一歩としては、満足すべき結果だろう。
通常の整数の加減乗について、乗法だけを変更して、m * n = −(mn) と定義しよう。 ここで mn は通常の整数の乗法である。
この代数系では加減乗ができて、分配法則が成り立つ。 すなわち、a * (b + c) = a * b + a * c である。 実際、この左辺に乗法の定義を適用すると a * (b + c) = −(a(b + c)) だが、通常の整数の加法と乗法では分配法則が成り立つことに注意すると、= −ab + (−ac) である。 一方、右辺に乗法の定義を適用すると a * b + a * c = −(ab) + (−(ac)) である。 従って、左辺と右辺は一致する。
この代数系では、例えば (−2) * (−3) = (−6) となり、マイナスかけるマイナスがプラスにならない。
しかし、これは おかしい! 「分配法則が成り立てば、マイマイ仮説が成り立つ」ことは、今証明したばかりだ!
何がおかしいのだろうか? 証明が間違っていたのだろうか? 明智君、君にこの謎が解けるかな…
謎解きは記事末尾に。
次の形にすると、マイマイ仮説をエレガントに扱うことができる:
この新マイマイ仮説は、見掛け上、旧マイマイ仮説を一般化した命題だ。 旧仮説は、
という主張だったが、新仮説によれば、それに加えて、
ことが要請される。 実際には、旧仮説を仮定すれば自動的に【☆】が成り立つ。 すなわち、旧仮説が成り立つなら、任意の正数 m と任意の負数 −n について、
が成り立つ。 実際、単位元の性質により【☆☆】の左辺は (m * 1) * (−n) に等しいが、旧仮説により = ((−m) * (−1)) * (−n)、結合法則により = (−m) * ((−1) * (−n))、再び旧仮説により = (−m) * (1 * n) であり、乗法単位元の性質により = (−m) * n である。 これは【☆☆】の右辺に他ならない。
一般には、加減乗ができる集合の元が、「プラス」と「マイナス」に分類されるとは限らない。 例えば、集合 {0, 1, 2} から生成される「3 を法とする加減乗」の世界を考えた場合、プラスの数 1 とマイナスの数 −2 は等しく、プラスの数 2 とマイナスの数 −1 は等しいので、0 以外の元はプラスでもありマイナスでもある。 (0 についても +0 でもあり −0 でもあるといえる。)
そのような場合でも、「加減乗ができる」という大前提により、任意の元 a に対して、それと足し合わせると 0 になるような元 −a が存在する。 旧マイマイ仮説は「任意の負数と任意の負数の積は、対応する正数と正数の積に等しい」というものだが、これを「任意の2元の積は、それらの加法逆元同士の積に等しい」と再解釈すれば、「プラス」と「マイナス」という余計な限定は必要なくなる。 これがマイマイ仮説(新装版)だ。
旧仮説では、0 を含む積について明確な規定がなかった。 例えば、(−2) * (−0) = 2 * 0 であることが要請されていなかった。 もし +0 と −0 も旧仮説でいう「正数・負数」であると解釈すれば(つまり、0 は正数かつ負数であると解釈すれば)、旧仮説と新仮説は同値である。 一般に、マイマイ仮説を旧仮説のような形で表現する場合、任意の元は、文脈によって正にも負にもなる。 例えば、+1 というプラスの数は、−(−1) というマイナスの数であるともいえる(系2.2参照)。 このような用語法は混乱の原因になるので、やはり新装版の方が良いだろう。
例2.7: 複素数には普通の意味で正負の区別はないが、複素数の通常の積はマイマイ仮説(新装版)を満たす。 すなわち、任意の複素数 a = a1 + a2i と任意の複素数 b = b1 + b2i について、ab = (a1b1 − a2b2) + (a1b2 + a2b1)i = (−a)(−b) が成り立つ。
第2章では、加減乗ができることを前提として、「分配法則が成り立てばマイマイ仮説も成り立つ」ことを示した。 この逆は成り立たない。 すなわち、分配法則はマイマイ仮説と同値ではなく、「分配法則から導かれる」と言うだけでは、まだ「マイナス×マイナス=プラス」という現象の核心を突いていない。
「加減乗ができる」に「分配法則成立」という条件を付け加えた代数構造は、「
一方、以下で見るように、「環もどき」については、「マイマイ環もどき」と「非マイマイ環もどき」が存在する。 「マイマイ環もどき」では、分配法則は成立しないが、マイマイ仮説が成立する。 「非マイマイ環もどき」では、分配法則が成立せず、マイマイ仮説も成立しない。
この記事では、乗法単位元を持つ可換環を単に「環」と呼ぶ。 「環もどき」は、分配法則以外は「環」と同じ公理を満たす。
例3.1: 通常の整数の加減乗について、乗法だけを一部変更して「マイナスかけるマイナスはマイナス」とする。 すなわち、新しい乗法 * を次のように定義する: ① a < 0 かつ b < 0 なら a * b = −(ab)。 ②そうでなければ a * b = ab。 — ここで ab は通常の整数の乗法である。
このとき、(−1 + 1) * (−1) = 0 * (−1) は 0 だが、それを分配法則で展開した (−1) * (−1) + 1 * (−1) = −1 + (−1) は −2 という別の数になる。 つまり、この代数系では分配法則が成り立たない。 従って、これは環ではない。
「分配法則が成り立たない」という結果を見たとき、素朴に考えると「計算に間違いがある」とか「矛盾が生じたので仮定が誤り」と感じるかもしれない。 しかし、ここでは「計算」というものそれ自体を研究対象として、「もしも普通の計算が成り立たない世界を作ったら、その世界では」という仮定上の議論をしている。 普通と違う「もしも」の世界なので、分配法則が成り立たないことがあっても、それ自体は間違いではない。
さらに、この代数系ではマイマイ仮説も成り立たない。 実際、(−1) * (−1) = (−1) は、1 * 1 = 1 と等しくない。
この代数系は環ではないが、環もどき では ある。 それを示すためには、環の公理のうち分配法則以外が全て成り立つことを言えば良いのだが、そのうち加法については通常と同じなので考えるまでもなく、乗法の交換法則が成り立つことも定義から明らか。 さらに、「マイナスかけるマイナス」以外の積は通常通りなのだから、通常通り 1 が乗法単位元となる。 従って、実際には、乗法の結合法則が成り立つことだけを言えば良い。
それには、3個の数の掛け算において、順序によらず「結果の符号」が同じになることだけを示せば足りる。 なぜなら、ここで定義した乗法は、符号を無視して絶対値だけを考えれば通常の掛け算と一致し、絶対値に関しては明らかに結合法則が成り立つからだ。 さらに、3個の数のうち1個以上が 0 ならどこから掛けても積は 0 であり、結合法則の成立は自明であるから、どの数も 0 ではない場合だけを考えよう:
要するに、どのケースでも結合法則が成り立ち、この代数系では加減乗ができる。 「マイナスかけるマイナスはマイナス」と定義しても、加減乗には問題は生じない!
一般に、「マイナスかけるマイナスはプラス」ではないと定義しても、必ずしも加減乗は破綻しない。
言い換えると、マイマイ仮説は、掛け算そのものに内在する性質ではない。 「なぜマイナスかけるマイナスはプラスか?」という質問に対して「掛け算とは そういうものだ」と答えるのは、数学的に正しくないのである。
例3.2: 同様に、整数において「プラス * プラス = プラス」「プラス * マイナス = プラス」「マイナス * プラス = プラス」「マイナス * マイナス = マイナス」と定義すれば、マイマイ仮説は成り立たなくなる。 このとき、(1 + (−1)) * 1 = 0 * 1 は 0 だが、それを分配法則で展開した 1 * 1 + (−1) * 1 = 1 + 1 は 2 という別の数になる。 つまり、分配法則が成り立たない。 これは (−1) を乗法単位元とする環もどきで、例1の環もどきと本質的に同じ構造を持つ。
例3.3: 通常の整数の加減乗について、乗法だけを一部変更して次のように定義する: ① a と b がどちらも偶数(負の偶数も含む)なら、a * b = 0。 ②そうでなければ、a * b = ab。 — ここで ab は通常の整数の乗法である。
この代数系においては、マイマイ仮説が成り立つ。 実際、① a と b がどちらも偶数なら a * b = (−a) * (−b) = 0 であり、②そうでなければ a * b = (−a) * (−b) = ab である。
0 = 2 * 2 = (1 + 1) * 2 ≠ 1 * 2 + 1 * 2 = 2 + 2 = 4 となって分配法則が成り立たないので、この代数系は環ではない。 しかし、乗法単位元 1 が存在し、かつ乗法の結合法則が成り立つので、この代数系は環もどきだ。
乗法の結合法則については、次のように説明できる: ①もし a, b, c のうち2個以上が偶数なら、a * b * c はどこから掛けても積は 0 であり、明らかに結合法則が成り立つ。 ②そうでなければ、a * b * c は通常の掛け算そのものであり、結合法則が成り立つ。
この場合、乗法の結合法則は「整数の加減乗」という前提に依存する。 実際、上記①について、もし仮に a = 2, b = 2, c = 1/2 とすることが許されるなら、(a * b) * c = 0 * (1/2) = 0 と a * (b * c) = 2 * 1 = 2 は等しくない。 ②について、もし仮に a = 2, b = 3, c = 2/3 とすることが許されるなら、(a * b) * c = 6 * (2/3) = 4 と a * (b * c) = 2 * 2 = 0 は等しくない。
第3章で見たように、分配法則はマイマイ仮説の十分条件ではあるが、必要条件ではない。 つまり、分配法則が成り立たなくても仮説が成り立つ場合がある。 それはどんな場合だろうか? もしかすると、割り算に関係があるのでは ないか?
割り算は「逆数を掛けること」として定義される。 ある元の逆数(乗法逆元)とは、その元との積が単位元 1 になるような元のことだ。 割り算ができるということは、「加法単位元 0 を除くどの元も、決まった逆数を持つ」ということである。 0 で割る割り算は定義されなくても構わない。 つまり、0 は乗法逆元を持たなくても構わない。
環または環もどきにおいて、もし 0 以外の全ての元が乗法逆元を持つなら、それらの元は乗法について群(この記事の前提では可換群)を成す。
割り算ができる場合、マイナスの数も逆数を持つ。 言い換えれば、マイナスの数に「何か」を掛けると単位元 1、つまり「プラス1」になることが保証される。 ところが:
こう考えると、「割り算ができるなら、マイナスかけるマイナスはプラスにならなければならず、自動的にマイマイ仮説が成り立つ」と予想することもできそうだ。
本当だろうか?
「加減乗除が全部できるが、マイマイ仮説が成り立たない」ような代数系を、コードネーム「エスカルゴ」と仮称しよう。
上で見たように、マイナスの数の逆数についての考察からは、エスカルゴは存在しないようにも思われる。
では、数学的にエスカルゴが存在しないことを証明できるのか。 つまり、四則演算が成り立つことを前提に「マイナス×マイナス=プラス」を証明できるか?
この問題は、次のように言い換えることもできる:
仮にエスカルゴが存在するなら、そこにおいてはマイマイ仮説が成り立たないのだから、分配法則は成立しない。
つまり、対象は「
手配書:
数学的に定式化すれば:
問題4.1: 次の2条件を満たす集合が存在するか: ①加法と乗法を持ち、加法について可換群を成し、0 以外の元は乗法について可換群を成す。 ② a * b ≠ (−a) * (−b) を満たす2元 a, b が存在する。
そのような代数系(エスカルゴ)がもし存在するなら例を挙げ、もし存在しないなら存在しないことを示せ。
パズルを楽しみたい方は、ここで読むのをやめて検討してみるのもいいだろう。
環の公理のどれが「マイナス×マイナス=プラス」の根拠かと問うなら、答えは「分配法則」だ。 しかし、マイマイ仮説は分配法則より弱く、分配法則の一角にすぎない。 「割り算ができること」を仮定すれば、状況は変わるのだろうか?
ゼロとプラスだけだった数の世界を拡張してマイナスの数を導入するとき、あえて「マイナス×マイナス=プラス」ではない代数系を作りたいとする。 それ以外の足し算や掛け算については、なるべく通常通りに定義するとしよう。 この場合、通常の四則演算と比較して、次の二つの問題が生じそうだ:
「負数が乗法逆元を持たない」という点は、「マイナス×マイナス=プラス」と定義する根拠の裏返しのようにも思える。 「マイナス×マイナス=プラスと定義しないと、負数が乗法逆元を持たない。 それでは割り算ができない。 だからその定義では駄目だ」と。
…だが、その議論には論理のギャップがある。 「マイナス×マイナス≠プラス ⇒ 負数に乗法逆元なし」と決め付けるのは、まだ早い。
第1の(明らかな)ギャップは、「マイナス×プラス=プラス」としても、議論の大前提(第1章)や問題4.1の条件には違反していない、という点だ。 それを利用して、負数の乗法逆元を確保できないか?
例えば、−2 * 0.5 = 1 だとしよう。 つまり、負数はプラスの範囲に乗法逆元を持つ、としてみよう。
このとき、正の数の乗法逆元はどうなるか?
2 * 0.5 = −1 とすると、一見全てがうまくいく。 ところが、それだと、うまくいき過ぎて分配法則が成り立ってしまう(第2章のミステリー代数と同様)。 分配法則が成り立つと自動的にマイマイ仮説も成り立ってしまい、それでは目的を達成できない。
言葉の上では「マイナス×マイナス=プラス」でなくなるが、単に「プラス」と「マイナス」の意味が入れ替わっただけで、何の解決にもなっていない。
そこで普通に 2 * 0.5 = 1 だとすると、どうか…。 残念ながら、今度は逆元の一意性が破れてしまう。 すなわち、0.5 が、−2 と 2 という二つの逆数を持つことになってしまう。 これでは割り算の結果が一定にならず、加減乗除がきちんと定義されるという条件に反する。 それだけでは なく、この小さなほころびから代数系全体が破綻してしまう。 実際、
…となって、(−2) = 2 となり、マイナスの数はプラスの数と同じ対象を指す別名にすぎないことになる。 それだけなら無害だが、2 = (−2) の結果として、4 = 2 + 2 = 2 + (−2) = 0 となる。 もし負の数の逆元を全て同様に定義するなら、全ての数について同じことが起き、全ての正数・全ての負数が 0 に等しくなってしまう。 要するに、この代数系は、0 という一つの元だけから成る(全ての元は 0 の別名)ということになる。 そのこと自体は論理的には問題ないが、問題は 0 * 0 = (−0) * (−0) という点だ。 つまり、この代数系の任意の元(実際にはたった一つの元 0)はマイマイ仮説を満たしてしまう。 マイマイ仮説が成り立たない代数系を作りたいのだから、これでは駄目だ。
第1のギャップを突く方法は、どうやらあまり見込みがなさそうだ。
ではマイナスの数の乗法逆元をどこに見いだせばいいのか? マイナスかける何がプラス(具体的には単位元 1)になればいいのか?
「マイナス×プラス=プラス」がうまくいかないのは今見た通り。 「マイナス×ゼロ=プラス」も駄目だ。 マイナスの数に 0 を掛けて 1 になるとすれば、0 は全てのマイナスの数の逆元となり、上記と同様、破綻してしまうだろう。 だが、マイマイ仮説が成り立たない世界を作りたいのだから、「マイナス×マイナス=プラス」とするわけには いかないだろう…。
プラスも駄目、ゼロも駄目、マイナスも駄目。 一見、全ての道がふさがれたようだが…
まだまだ、いくらでも道はある!
そう、「プラスでもゼロでもマイナスでもない新しい数」を考えればいいのだ。
x2 = (−1) を解く必要に迫られると、数学者は「既存の範囲の中にそんな数はないので、新しい数を導入しましょう」と言う。 一方、(−1) * (−1) については「負数の逆数が存在しないと困るので 1 と定義しましょう」と言う。 これは(少なくとも論理的な意味では)首尾一貫しない態度だ。 例えば、「x2 = (−1) が解けないと困るので (−1) * (−1) = (−1) と定義しましょう」として、一方、(−1) の逆元について「既存の範囲の中にそんな数はないので、新しい数を導入しましょう」としたって、いいはずだ。
「通常の数学」としては結果的にそれでは都合が悪いのだが、「都合が悪い」ということは「数学的に不可能」ということでは ない。
「負数の逆数が存在しないと困るなら、数を拡張して作ればいい」という明らかな道があるのに、その可能性を無視している…。 それが、議論の第2のギャップであった。
次のような変てこな代数系を考えてみよう。
定義5.1: α = (r, s) の形の対象(平面座標上の点のような対象)全体から成る集合を考える。 ただし、r は任意の正の実数、s は任意の整数である。 この集合に、ゼロと呼ばれる対象 (0, 0) を付け加えた集合をコームと呼ぶ。 以下、この章では、コームの元を単に元と呼ぶ。 r を元 α の絶対値と呼び、s を元 α のマイナス度と呼ぶ。
定義5.2: ゼロは必要に応じて 0 と略記される。 「ゼロ以外のマイナス度0の元」はプラスの数と呼ばれ、必要に応じて r または +r と略記される。 マイナス度1の元はマイナスの数と呼ばれ、必要に応じて −r と略記される。 マイナス度2の元は超マイナスの数と呼ばれ、必要に応じて − −r または −∞−r と略記される。 マイナス度−1の元は超プラスの数と呼ばれ、必要に応じて + +r または ∞+r と略記される。
∞ を使った第2の略記法は、− − − −2 のような表現をすっきり −3∞−2 と書けるようにする役割を持つ。 これらは、いずれもコーム上の元 (2, 4) を指しており、絶対値2・マイナス度4に当たる(超超超マイナス2)。 略記法はいずれも便宜上のものであり、論理的には必要ない。
定義5.3: 任意の元 α = (r1, s1) と任意の元 β = (r2, s2) は、もし r1 = r2 かつ s1 = s2 なら等しいと言われ、α = β と書かれる。 このとき、「α は β である」とも言う。 一方、もし r1 ≠ r2 または s1 ≠ s2 なら「α と β は等しくない」(または「α は β でない」)と言われ、α ≠ β と書かれる。
定義5.4: 任意の元 α = (r1, s1) と任意の元 β = (r2, s2) について、その積 α * β を次のように定義する: α = 0 または β = 0 なら α * β = 0、そうでなければ α * β = (r1r2, s1 + s2)。 ここで r1r2 は通常の実数の乗法、s1 + s2 は通常の整数の加法である。
例5.5: マイナスの数 −2 = (2, 1) とマイナスの数 −3 = (3, 1) の積は、超マイナスの数 − −6 = (6, 2) になる。
新しい掛け算: コーム上では、マイナスの数にマイナスの数を掛けると超マイナスの数になる。
超マイナスの数や超プラスの数は、例えば次のように振る舞う:
定理5.6: コームは、乗法について閉じている。 コーム上の乗法は、交換法則と結合法則を満たす。
証明: α = (r1, s1) と β = (r2, s2) と γ = (r3, s3) をいずれも任意の元とする。
(証明終わり)
定理5.7: 元 1 = (1, 0) は、コーム上の乗法の単位元である。 0 でない任意の元 α = (r, s) は、一意の乗法逆元 α−1 = (1/r, −s) を持つ。 ここで 1/r は、実数 r の乗法逆元である。
証明:
(証明終わり)
例5.8: マイナスの数 −2 = (2, 1) の逆元は、超プラスの数 + +(1/2) = (1/2, −1) である。
ある元(ゼロを除く)で割る割り算は、「その元の乗法逆元」を掛ける掛け算として定義される。 例えば:
これで掛け算と割り算は定義されたが、「超マイナス」「超プラス」などの新しい数を導入したため、足し算や引き算も拡張が必要だ。
定義5.9: 任意の元 α = (r, s) について、符号の大きさと呼ばれる整数 sgn(α) を次のように定義する:
(定義終わり)
言い換えると:
「ゼロより小さい数」(マイナスの数・超マイナスの数…)の符号の大きさは、マイナス度の符号を変えたものにすぎない。 例えば、マイナス度1の数(マイナスの数)は符号の大きさ−1、マイナス度2の数(超マイナスの数)は符号の大きさ−2。 一方、「ゼロより大きい数」(プラスの数・超プラスの数…)の符号の大きさは、マイナス度の符号を変えたものより1大きくなる。 例えば、ゼロ以外のマイナス度0の数(プラスの数)は符号の大きさ1、マイナス度−1の数(超プラスの数)は符号の大きさ2。
系5.10: 定義5.9によって、「符号の大きさが負数 ⇔ マイナス度は正」であり、0 以外の元については「符号の大きさが正数 ⇔ マイナス度は0または負」である。
定義5.11: 任意の元 α = (r1, s1) と任意の元 β = (r2, s2) について、その和 α + β を次のように定義する:
ここで r1 と r2 の間の加法・減法は、通常の実数の加法・減法である。(定義終わり)
(i) は、符号の大きさが等しい場合(プラスの数同士、マイナスの数同士など)の和であり、結果の符号の大きさも、それと等しい。 一方、結果の絶対値は、足し合わされる2元の絶対値の和に等しい。 例えば:
(ii) は、sgn(α) = −sgn(β) となる場合である(ただし sgn(α) ≠ 0)。 言い換えれば、「符号が正反対」(符号の大きさの正負が異なり、符号の大きさの絶対値が同じ)の2元、例えば、超プラスの数と超マイナスの数を足し合わせる場合だ。
通常の数の演算では、プラスの数とマイナスの数を足すと、「絶対値が大きい方」の符号が勝つ。 つまり、「絶対値が大きい方」の数の符号が、結果の符号となる。 一方、結果の絶対値は、大きい方の絶対値から小さい方の絶対値を引いたものになる。 例えば:
コーム上の和においても、符号が正反対ならそれと同様のことが起きる。 すなわち、「絶対値が大きい方」の符号の大きさが、結果の符号の大きさとなる。 一方、結果の絶対値は、大きい方の絶対値から小さい方の絶対値を引いたものになる。 例えば:
ただし、通常の数の演算でもコーム上の演算でも、もし2元の符号が正反対でしかも2元の絶対値が等しければ、どちらの元も「勝つ」ことができず、和はゼロになる。
上記のうち、(+5) + (−13) = (−8) は実数の演算の例だが、コーム上の演算の例としても正しい。
(iii) は、符号の大きさの絶対値に差がある場合であり、符号の大きさの絶対値が大きい方の元が、そのまま足し算の結果となる(他方の元は、あたかも 0 であるかのように扱われる)。 例えば、超マイナスの数(マイナス度2、符号の大きさ−2)α は、どんなプラスの数(マイナス度0、符号の大きさ1)を足しても α のままであり、どんなマイナスの数(マイナス度1、符号の大きさ−1)を足しても α のままである:
特に、コームの元 0 の符号の大きさは整数0であり、符号の大きさの絶対値の比較において、元 0 は他の元より大きくなることは ない。 従って、元 0 は、加法単位元として振る舞う。
定理5.12: コームは、加法について閉じている。すなわち、コームの任意の2元の和はコームの元になる。
証明: 足し合わされる2元の少なくとも一方が 0 のときには明らか。 従って、以下ではそれ以外の場合だけを考える。 このとき:
要するに、コームの2元について和を計算すると、結果の絶対値も、結果のマイナス度も、コームの元の条件(定義5.1)を満たす。(証明終わり)
定理5.13: 任意の元 α = (r, s) に対して、加法に関する逆元 −α が一意に定まる。 具体的に、α = 0 なら −α = 0 であり、α ≠ 0 なら −α = (r, −s + 1) である。
証明: 加法の定義(定義5.11)の (i) によって 0 + 0 = 0 だから、−0 = 0 である。 以下では、元 α が 0 でない場合だけを考える。
(ii) によれば、α と足し合わせて 0 になる元(すなわち −α)は、次の性質を満たす: ① α と絶対値が等しい。 ② α と比べて「符号の大きさが正反対」。 つまり、sgn(−α) = −sgn(α)。
このとき:
加法の定義により、0 の加法逆元も、それ以外の元の加法逆元も、上記の方法で構成されるものが唯一である。(証明終わり)
ある元を引く引き算は、「その元の加法逆元を足す足し算」として定義される。 これで四則演算全てがコーム上に拡張された。
注意1: 「超マイナスの数 − −a = (a, 2)」と、「マイナスの数 −a = (a, 1) の加法逆元 −(−a) = a = (a, 0)」は、意味が異なる。
注意2: 「∞+r」は、超プラスの数 (r, −1) を表す略記法の一つだが(定義5.2)、そこに含まれる + は、コーム上の和ではない(実際、∞ はコーム上の元ではない)。 例えば、(∞+1) + 1 はコームの二つの元 (1, −1) と (1, 0) の和を表している。 それが ∞+2 = (2, −1) と等しくないことは、「コーム上の和が結合的かどうか」とは関係ない。 2∞+r、−∞−r、−2∞−r などについても同様。
問題5.14: コーム上の和は、交換法則を満たすか。
問題5.15: コーム上の和は、結合法則を満たすか。
コーム上では、加減乗除が全部できるが、マイマイ仮説は成り立たない。 実際、1 = 1 * 1 ≠ (−1) * (−1) = − −1 である。 当然、分配法則も成り立たない。 実際、0 = (−1 + 1) * (−1) ≠ −1 * (−1) + 1 * (−1) = − −1 + (−1) = − −1 である。 これによって、問題4.1は肯定的に解決された。
コーム上で α * β = (−α) * (−β) が成り立つのは、α または β が 0 である自明な場合を除くと、2元のマイナス度の和が1である場合に限られる。 実際、α のマイナス度を s とし、β のマイナス度を t とすれば、α * β のマイナス度は s + t だが、定理5.13によれば、(−α) * (−β) のマイナス度は (−s + 1) + (−t + 1) = −(s + t) + 2 である。 従って、α * β = (−α) * (−β) なら s + t = −(s + t) + 2 であり、s + t = 1 となる。 例えば、(+2) * (−3) = (−2) * (+3) = (−6) と (+ +2) * (− −3) = (− −2) * (+ +3) = (−6) は、いずれもこの条件を満たす。 一方、(− −6) = (+2) * (− −3) ≠ (−2) * (+ +3) = (+6) は、この条件を満たしていない。
第5章で見たように、「環もどき」から「体もどき」にアップグレードしても、マイマイ仮説は必ずしも成り立たない。 マイマイ仮説の核心となる「分配法則の一角」は、「乗法の可逆性」とは関係なかったのである。
次の命題は、マイマイ仮説において、核心的な意味を持つ:
次のように、−1倍写像の正規性を仮定すると、マイマイ仮説を導くことができる:
補題6.1: −1倍写像が正規なら、(−1) * (−1) = 1。
証明: −1倍写像の正規性により、(−1) の −1倍は −(−1) に等しい。 系2.2により、これは 1 に等しい。(証明終わり)
命題6.2: −1倍写像が正規なら、マイマイ仮説が成り立つ。
証明: 任意の元 a と任意の元 b について、
…となる。(証明終わり)
−1倍写像の正規性は、分配法則の一部である(補題2.4)。 実際、第2章では分配法則を仮定してマイマイ仮説を証明した(定理2.6)。 しかし、この証明に分配法則全体は必要なく、上記のように、−1倍写像の正規性だけを仮定すればマイマイ仮説を導くことができる。
交換法則を使わなくても、同じことを証明できる(定理2.6の脚注参照)。
命題6.2は、逆も成り立つ:
命題6.3: マイマイ仮説が成り立てば、−1倍写像は正規である。
証明: 任意の元 m について、乗法単位元の性質により −m = 1 * (−m) であるが、マイマイ仮説が成り立つなら、= (−1) * (−(−m)) であり、系2.2により = (−1) * m である。(証明終わり)
命題6.2と命題6.3によって、次のことが証明された:
定理6.4: 加減乗ができる代数系において、−1倍写像が正規であることは、マイマイ仮説が成り立つ必要十分条件である。
これで問題1.1は解決された。
−1倍写像の正規性は、一般の環もどき・体もどきにおいては成り立たない。 例えば、コーム上で m = −2 とすると、−m = 2 と (−1) * m = − −2 は等しくない。 環もどきは、−1倍写像が正規であるかどうかによって、「マイマイ環もどき」と「非マイマイ環もどき」に分類される(第3章参照)。 「もどき」でない環や体では、常に−1倍写像の正規性が成り立つ。
補題6.1の逆は成り立たない。 すなわち、(−1) * (−1) = 1 が成り立つからといって、−1倍写像が正規であるとは限らず、従って、マイマイ仮説が成り立つとは限らない。
例6.5: 整数上で、乗法を次のように定義する:
この環もどきでは、(−1) * (−1) = 1 ではあるが、元 2 と元 −2 について、−1倍写像の正規性が破れている。 そして、2 = 2 * 1 ≠ (−2) * (−1) = −2 であるから、マイマイ仮説も破れている。
整数上の乗法を一部変更して、「プラスかけるマイナスはプラス」、「マイナスかけるプラスもプラス」としよう。 「プラスかけるプラス」と「マイナスかけるマイナス」については通常通りとする。 この代数系では、マイマイ仮説が成り立つ。
ところで、この代数系では、任意の正の整数 m について、−1倍写像の正規性 −m = (−1) * m が成り立たない。
しかし、これは おかしい! 「マイマイ仮説」と「−1倍写像の正規性」が同値であることは今証明したばかりだ!
何がおかしいのだろうか? 証明が間違っていたのだろうか? 明智君、君にこの謎が解けるかな…
答えは記事末尾に。
第6章で見たように、加減乗ができる代数系においては、次の二つの命題が同値になる:
第1の命題は、通常の数の世界における「マイナス×マイナス=プラス」という現象を抽象化したもの。 第2の命題は、「マイナス×マイナス=プラス」という現象の核心だ。
この二つの命題の同値性は、心地良い結果だ。
実際、「マイナスかけるマイナスがプラスになる理由」の説明は、数学の説明である はずなのに ほとんど常に数学的でなく、歯切れの悪いごまかしに満ちている。 「なぜマイナスかけるマイナスはプラスか?」と尋ねたのでは、永遠に本質にたどり着けない。 そもそも代数学的な理由などないのだから…。 抽象代数学的には、むしろ「マイナスかけるマイナスはプラスとは限らない」方が一般的なのだから…。 数学的に正しい質問は、「いつマイナスかけるマイナスはプラスか?」だ。 「どのような構造を持つ代数系においてマイナスかけるマイナスはプラスになるか?」と問わなければならない。
われわれは この悪い習慣を改め、マイマイ仮説の構造を数学的に明らかにした。 すなわち、−1倍写像が正規であるときに、かつそのときに限って、マイナスかけるマイナスはプラスになる。 より正確に言えば、−1倍写像が正規であるときに、かつそのときに限って、マイマイ仮説が成り立つのである。
通常の掛け算では、−1倍写像が正規だから「マイナス×マイナス=プラス」になる。
「マイナス×マイナス=プラス」というのは、掛け算の性質ではない。 四則演算に内在する性質でもない。 そうでは なくて、命題 −m = (−1) * m の真偽に依存する性質だ。 この命題は、加法逆元を得る操作と、「乗法単位元の加法逆元」を乗じる操作が、等価であることを主張するものである。 この主張は自明のようにも見えるが、抽象代数学の立場では自明ではない。 実際、この命題を否定した状態で、加減乗を成り立たせることができる。 加減乗除全部を成り立たせることもできる。
「マイナス×マイナス=プラス」の正確な重みは、「もしも分配法則が成り立たなかったら」という「もしも」を発動して初めて適切に評価される。 すなわち:
マイナスの掛け算を習う段階において抽象代数学を理解する必要はないし、理解しようとするべきでもない。 しかし、群・環・体といった概念を知ってからこの問題を振り返るなら、「マイナス×マイナス」は面白い研究課題を与えてくれる。 数学的に重要な問題では ないにしても、少なくとも頭の体操には なるだろう。
マイマイ仮説(旧版)は、「任意の負の数 −a と任意の負の数 −b の積 (−a) * (−b) は、対応する正の数と正の数の積 a * b に等しい」という命題だ。 この命題は「a * b は正の数である」と主張するものでは ない。 ミステリー代数の世界では確かに (−2) * (−3) = (−6) だが、2 * 3 = (−6) でもあるから、マイマイ仮説は成り立っている。
注意点として、ミステリー代数では、(−1) が乗法単位元であり、1 は乗法単位元ではない。
ミステリー代数は、「プラス」と「マイナス」という言葉の意味を通常と逆にしただけのトリビアルな構造だ。
この代数系は乗法単位元を持たず、従って議論の前提を満たしていない(元 1 は存在するが単位元になっていない)。
実際、「マイマイ仮説 ⇒ −1倍写像の正規性」の証明は、「乗法単位元 1 と −m」にマイマイ仮説を適用することにより行われる(命題6.3)。 乗法単位元 1 が存在しないなら、この証明は成り立たない。