exp ix = cos x + i sin x のこんな証明。目からうろこが落ちまくる!
ハンガリー系(?)の数学者マーテーによるもの。この分野に詳しい人にとっては、何でもないのかも。筆者にとっては、微分を使わずオイラーの公式を証明できるということ自体、驚きだった。
オイラーの公式 eix = cos x + i sin x の普通の証明は、もやもやする。
もやもや1 虚数乗って何? いきなり eix を持ち出して「納得しろ」と言われても…。この公式に付き物の「神秘的」という形容も、くせもの。「これは神秘なのです」と受け入れを迫るのは、もはや宗教。
もやもや2 複素関数の微分を導入していないのに、暗黙にそれを使うこと。例えば、実変数関数から作った級数に、素知らぬ顔で複素数を入れること(特に、その級数が関数の定義ではない場合)。暗黙に「複素関数として考えても導関数は同じ」と言ってる。「後で複素解析を学べば納得できます」=「今は証明なしにこの操作を信じろ」と。数学は「信じるもの」じゃないよ…。
改善案 もやもや1については、何らかの方法で複素関数 exp z を定義し、関数値が指数法則に従うことを証明し、「exp z を ez とも書く」ということの意味を明らかにすれば、納得がいく。もやもや2については、先に複素関数の微分を導入するか、または微分を使わないで証明するかだが…。現実的に、微分を使わずオイラーの公式を証明できるのだろうか?
答えはイエス。ニューヨーク市立大学(CUNY)ブルックリン校の Attila Máté(アッティラ・マーテー)は「微分も級数も使わないオイラーの公式の証明」を公開している。意外と短い(本体は約12ステップ)。そして繊細(単純な命題を丁寧に積み上げる)。以下、その全ステップを検討したい。ちなみに、微分を使っていいなら証明は簡単。
定義 任意の複素数 z に対して、複素指数関数 exp z の値は次の通り。
lim は極限値を表す。以下では z が純虚数の場合を扱う。純虚数に限らない一般の複素数に対して、この極限値が存在すること・指数の性質を持つことなどについては、別途確認する必要があるが、以下の証明ではそれらの事実は必要ない。今は、純虚数の場合に集中しよう。
指数関数をこう定義するとき、次の3つの命題を使ってオイラー (Euler) の公式を証明できる。sin, cos は三角関数。
最初に「以下の命題1~命題3が成り立てばオイラーの公式が成り立つ」ことを示し、その後で命題1~命題3を一つずつ証明する。
命題1 θ を実数とすると:
命題2(ド・モアブル (de Moivre) の定理) 任意の実数 x と任意の正の整数 n について:
命題3 n を正の整数とする。複素数値の関数 f(n) が lim [n → ∞] nf(n) = 0 を満たすとき:
命題3の一つの解釈: n→∞ のとき f(n) が十分速く 0 に近づくなら、それは「実質的に 0 と同じ」で、極限値は (1 + 0)∞ = 1∞ = 1。対照的に、指数関数の定義の分数部分を f(n) = z/n と置くと、それは(z ≠ 0 なら)十分速く 0 に近づかず、「実質的に 0 と同じ」ではない。例えば z = 1 のとき、(1 + 0)∞ の形の極限値は e = 2.718… になる。違いとして、命題3では nf(n) → 0 だが、指数関数の定義では nf(n) = z のまま。
a = f(n) は、複素数の列 (an) に当たる。ここでは、これを単に関数として扱う。
θ を実数とする。命題1から:
(A.1) は 1 − (sin θ)/θ の極限値。(A.2) の分数については、分子・分母に 1 + cos θ を掛けると、分子は (1 − cos θ)(1 + cos θ) = 1 − cos2 θ = sin2 θ になり(理由)、分母は θ(1 + cos θ) になる。つまり、もともとの分数は、2個の分数 A = (sin θ)/θ, B = (sin θ)/(1 + cos θ) の積に等しい。B の極限値は 0/(1 + 1) = 0。
(A.1) の両辺を i 倍すると:
複素数が絡む場合でも「式の極限値の定数倍は、式の定数倍の極限値」(理由)。
(A.2) と (A.3) の分数の和を考えると:
式の値が複素数の場合でも、このように「和の極限」は「極限の和」となる(理由)。
0 以外の任意の実数 x を選んで固定し、(A.4) の θ の代わりに x / n を考える。ここで n は正の整数。θ → 0 つまり x / n → 0 は n → ∞ を意味する:
両辺を x 倍すると(してもいい):
直接計算すると、x = 0 のときも (A.6) は成立。従って、これ以降 x ≠ 0 という制限をなくし、x を任意の実数とする。
α = cos ( x / n ) + i sin ( x / n ), β = 1 + ( ix / n ) と置くと、(A.6) は:
cos2 ( x / n ) + sin2 ( x / n ) = 1 なので(理由)、複素数 α の絶対値は 1。α ≠ 0 なので、(A.6*) の両辺を α で割ることができる(理由):
f(n) = ( β / α ) − 1 と置くと (A.7) は:
このとき、命題3から:
1 + f(n) = ( β / α ) の α 倍を考えると:
(A.10) の左端と右端をそれぞれ n 乗して(※注1)、命題2(ド・モアブルの定理)を使うと:
n→∞ のとき、(A.11) の左端は exp (ix) の定義、右端の因子 [1 + f(n)]n の極限値は (A.9) より 1。すなわち:
証明終わり □
(A.6) の 1 + ix/n と cos (x/n) + i sin (x/n) を比較する形(理想的には「両者は等しい」という式)に持ち込めれば、それぞれ n 乗して「指数関数の定義 vs. ド・モアブル」。(A.10) によると「両者は等しい」わけではないが、等しくないようにしている因子 [1 + f(n)] は、∞ 乗の極限では「ないのと同じ」。f(n) → 0 だけでは「ないのと同じ」とは言えず、(A.8) を示すことで、命題3を発動できる。
どこにも穴はないようだ。オイラーの公式って、微分を使わず12ステップで証明できたんだ!!
※注1 (A.10) の右端の式は、α = cos (x/n) + i sin (x/n) と γ = 1 + f(n) の積。その n 乗 (αγ)n は、αγ を n 回掛け合わせたものなので、乗法の交換法則から αnγn に等しい。
付記 単位円を使って三角関数を幾何学的に定義する場合、任意の実数 φ に対して cos2 φ + sin2 φ = 1 が(従って 1 − cos2 φ = sin2 φ が)成り立つ理由は次の通り。φ が直角の整数倍であれば、cos φ = ±1, sin φ = 0 または cos φ = 0, sin φ = ±1 なので、与式は自明。それ以外の場合、(0, 0), (cos φ, 0), (cos φ, sin φ) の3点を頂点とする直角三角形の辺の長さについて、三平方の定理を適用すればいい。
命題1 θ を実数とすると:
有名な命題だが、穴のない証明は意外と難しい。
級数を使って三角関数を定義する場合、命題1はロピタル (l’Hôpital) の定理から明白(その場合、三角関数の微分は級数の項別微分なので、循環論法にはならない)。単位円を使って幾何学的に三角関数を定義する場合(そして命題1を使って三角関数の導関数を得る場合)、ここでロピタルの定理を使うと循環論法になる。そのため、一般的には幾何学的証明(いわゆる挟み撃ち)が行われる。面積の挟み撃ちは説明として分かりやすいが、別の循環論法を含む。
示すべきこと 極限値の定義によると、命題1を示すためには、「任意の正の数 ε に対して、次の性質を持つ正の数 δ が存在する」ことを言えばいい。
証明 原点 O を中心とする単位円上で、2点 P (1, 0), Q (cos θ, sin θ) を考える。θ = ∠POQ は 0 より大きく直角以下、と仮定する。Q から x-軸上に下ろした垂線の足を R (cos θ, 0) とする。弧 PQ 上に、P とも Q とも異なる点 P1 を取り、そこから PR 上に下ろした垂線の足を X1 とし、P1 から RQ 上に下ろした垂線の足を Y1 とする。
円周上の2点を結ぶ線分を弦という。R が弦 PQ 上にないことは容易に示される。2点間を結ぶ最短経路は直線なので、弦 PQ の長さは、L字路の長さ | PR | + | RQ | より短い。同様に、弦 PP1 は、対応するL字路 L0 = | PX1 | + | X1P1 | より短いし、弦 P1Q は、対応するL字路 L1 = | P1Y1 | + | Y1Q | より短い。L0, L1 の和は、最初の大きなL字路の長さ L = | PR | + | RQ | に等しい。
一般に、弧 PQ 上に相異なる点 P1, P2, …, Pn−1 を順に取って弧を n 個に分割した場合(n ≥ 2)、一つ一つの「弧の区間」に対応する弦は、対応するL字路(上記同様に定義される)より短く、しかも全部のL字路の長さを合計すると、常に L に等しい。弧の長さとは、このような分割で生じ得る「n 個の弦」の長さの総和(つまり「弧に内接する折れ線」の長さ)の上限である、と定義しよう(n の値と分割点の位置は自由に選んでいい)。どのように折れ線を設定してもその長さは L 未満なので、弧の長さが L を超えることはない(※注2)。弧度法の定義から、弧 PQ の長さは θ なので:
θ について「0 より大きく直角以下」と仮定しているので、正弦 RQ の長さは 0 より大きい。ピタゴラス (Πυθαγόρας) の定理により、正弦 RQ よりも弦 PQ の方が長いが、2点間を結ぶ最短経路は直線なので、弧 PQ はさらに長い(※注3):
※注2 折れ線の長さは、どう設定しても明らかに L 未満だが、理論上それらの上限は L に等しい可能性がある。この不等式に関する限り、これが「未満」か「以下」かという区別は、どっちにしても (B.4) を導く過程でで消えてしまい、結論には影響しない。
※注3 弧 PQ と弦 PQ が異なること(直観的には当たり前)は、容易に示される。O から弦に下ろした垂線の足を T とすると、OTP は直角三角形であり、ピタゴラスの定理から OT2 = OP2 − TP2。すなわち OT は円の半径 OP より短い。つまり弦は、円周上にない点 T を含む。
さて、θ の範囲に関する仮定から θ > 0, 1 − cos θ > 0, 1 + cos θ ≥ 1 なので:
最後の不等号は (B.2) による。(B.3) を −1 倍すると、不等号の向きが変わり:
その両辺に 1 を足して (B.1) と組み合わせると:
これを (B.2) と組み合わせると:
(B.4) の1個目の不等号は 1 − (sin θ)/θ < θ を含意。(B.4) の2個目の不等号は 0 < 1 − (sin θ)/θ を含意。つまり:
ところで θ が負の直角以上 0 未満の場合についても、一部符号が変わる以外、上記の議論がそのまま成り立ち、最終的には次を得る:
(B.5) では θ が正、(B.5*) では θ が負であることに注意すると、両者をまとめてこう書ける:
今、任意の正の数 ε が与えられたとき、δ = ε と置くと、もし θ が仮定を満たすなら、(B.6) により、次が成り立つ:
大筋においては、これが示すべきことだった。
ただし「θ の絶対値は直角以下」と仮定している。θ がそれより大きい場合にどうなるか、(B.6) からは何も分からない。けれど θ が直角の場合には弦 PQ の長さが √2 なので、弧の長さについて θ > √2 が成立(これは、直角をラジアン単位で表した値 θ = π/2 についての評価)。すなわち、θ の絶対値が約 1.4 以下なら角度の絶対値は直角未満で、(B.7) は確実に成立。従って、任意の正の数 ε が与えられたとき、ε > 1 なら δ = 1 とすれば (B.7) から
となり、そうでなければ δ = ε とすれば (B.7) が直接成り立つ。つまり、条件を満たす δ は必ず存在する。
証明終わり □
この証明についても Máté のノートを参考にした。弧が弦より長いことは、ほぼ明らか。弧の長さがL字路の長さ以下であることを言えば、挟み撃ち成立。L字路は「弧に外接する長方形の2辺」なので、直観的には弧より長いはず。それをきちんと示すため、弧の長さの意味を明示している。
実際に試してみると…。証明済みの 0 < | θ | < δ の範囲はもちろんだが、θ = δ としても、要求より誤差が小さい。ε が小さくなればなるほど、ますます余裕で要求をクリア。
ε = 1.0, δ = 1.0 θ = 1.0 : |(sin θ)/θ - 1| = 0.15... θ = 0.9 : |(sin θ)/θ - 1| = 0.12... θ = 0.8 : |(sin θ)/θ - 1| = 0.10... θ = 0.7 : |(sin θ)/θ - 1| = 0.07... ε = 0.5, δ = 0.5 θ = 0.5 : |(sin θ)/θ - 1| = 0.04... ε = 0.1, δ = 0.1 θ = 0.1 : |(sin θ)/θ - 1| = 0.001... ε = 1/100 ← 要求精度(誤差がこれを超えちゃ駄目) θ = 1/100 : |(sin θ)/θ - 1| = 約6万分の1 ← 実績(めちゃくちゃ誤差が小さい) ε = 1/1000 θ = 1/1000 : |(sin θ)/θ - 1| = 約600万分の1 ε = 1/10000 θ = 1/1000 : |(sin θ)/θ - 1| = 約6億分の1
それもそのはず、ε = 0 付近では sin ε ≈ ε − ε3/6 になる。| (sin ε)/ε − 1 | ≈ ε2/6。ε = 1/100 なら右辺は (1/100)2/6 = 1/60000。ε が1桁小さくなるごとに、2桁小さくなる。
f(θ) = (sin θ) / θ のグラフは次の通り(sinc 関数)。関数値 f(0) は定義されないが、θ が 0 に近いとき f(θ) が 1 に近いことは、グラフからも一目瞭然。
命題2 任意の実数 x と任意の正の整数 n について:
証明 帰納法による。(C.1) は、n = 1 に対しては自明。(C.1) が n に対して成り立つ、と仮定すると:
この右辺を展開し、実部・虚部に分けると:
(実変数の)三角関数の加法定理を使うと:
すなわち、(C.1) は n + 1 に対しても成り立つ。
証明終わり □
命題3 n を正の整数とする。複素数値の関数 f(n) が lim [n → ∞] nf(n) = 0 を満たすとき:
この命題は、次の命題4~命題6に依存する。
命題4(ベルヌーイ*1 (Bernoulli) 不等式) k ≥ 0 を整数、x > −1 を実数とすると:
*1 フランス語風の呼び方。ドイツ語風は「ベルヌリ」。
証明 帰納法による。k = 0 なら自明。命題が k について成り立つと仮定すると:
すなわち、命題は k + 1 についても成り立つ。 □
命題5 k ≥ 0 が整数で、実数 x が −1 < x < 1 を満たすとき:
証明 x2 ≥ 0 なので 1 − x2 ≤ 1。つまり:
仮定より 1 − x > 0。上記の両辺を正の数 1 − x で割っても、不等号の向きは変わらない:
仮定よりこの両辺は正。ゆえに、両辺を k 乗しても不等号の向きは変わらない。 □
命題6 z を −1 以外の複素数、n を 1 以上の整数とすると:
この命題の直観的意味については、付録3参照。
証明 帰納法による。n = 1 のとき、与式は
となり、真。与式が n について真と仮定すると、
となり、与式は n + 1 についても真。最後の式では、一つ前の式の末尾の z が z[(1 + z)0] に等しいことを利用した。 □
スペース節約のため(思考を楽にするため)、例えば
のことを次のように略す。
この ∑ を総和記号という。この例では、指数が k = 0 の項から、指数が k = n − 1 の項まで、n 項にわたる足し算が行われる(k は整数)。
補題 n ≥ 1 を整数とする。複素数 z が n| z | < 1 を満たすなら:
補題の証明 仮定より次が成り立つ:
z ≠ −1 なので命題6から:
総和記号の範囲は以下同じ。この両辺の絶対値を考えると:
絶対値記号の性質から:
| z | の値の条件 (D.1) から、上記最後の式に命題5を適用できる:
k の範囲は 0 以上なので、指数についても、命題5の条件が満たされている。
(D.3) 右辺の分数の分母について、x = −| z | と置くと (D.1) より x > −1 なので、命題4(ベルヌーイ不等式)を適用できる:
指数も、命題4の条件を満たす。
(D.3) 右辺において、分母を (D.4) の右端 1 − k| z | に置き換えても、不等号は維持される。
実際、(D.1) より、(D.3) の分母は正。この補題の仮定から 0 ≤ n| z | < 1 であり、しかも 0 ≤ k ≤ n − 1 なので、置き換えの後も分母は正。分子は 1 なので、分母の絶対値のみにより分数の大小が決まる。置き換えにより分母はもともとの値以下、分数はもともとの値以上になる。
すなわち:
(D.3*) の総和記号は、k = 0 から k = n − 1 まで n 項にわたる。n はどの k よりも大きいので、もし一つ一つの k を n で置き換えれば、どの分母も元の分母以下になり(ただし正のまま)、どの分数も元の分数以上の大きさになる。つまり不等号が維持される。このような置き換えの結果は、同一の分数を n 個足し合わせたものなので:
(D.2) 以降の不等式により、(D.2) の左辺は (D.3**) の左辺以下。ゆえに:
証明終わり □
命題3 n を正の整数とする。複素数値の関数 f(n) が lim [n → ∞] nf(n) = 0 を満たすとき:
証明 z = f(n) と置く(z は複素数で、その値は n によって定まる)。仮定により、任意の ε > 0 に対して正の整数 N が存在して、任意の整数 n ≥ N について n| z | < ε が成り立つ。ε = 1 のときの N を考えると、N 以上の全ての n に関して、補題により (D.5) が成立。以下、この範囲の n だけを考える。
n → ∞ とすると、仮定により | nf(n) | = n| z | → 0 なので、 (D.5) の右辺は → 0/(1 − 0) = 0。すなわち (D.5) の左辺について:
一つ目の不等号は「絶対値は負ではない」ことから。二つ目の不等号は (D.5) から。ゆえに:
証明終わり □
この補題も Attila Máté による。これで命題1~3が全て示され、オイラーの公式の証明が完了した。
証明原文のベルヌーイ不等式は微妙に違うバージョンで、命題4で言うと k ≥ 1, x ≥ −1 に対するもの。(D.4) を導く瞬間 k = 0 の項を扱う必要があるため、そのバージョンだと、わずかなギャップが生じる。命題4の形(k ≥ 0, x > −1)は、それを避けたもの。この件について Máté 先生にメールで問い合わせたところ、「k = 0 の項については別に考えれば自明なので、問題ない。ベルヌーイ不等式については k = 0 か x = −1 かのどちらかを除外する必要があるが(両方認めると 00 が生じる)、前者のケースは自明。後者は(比較で言うと)それほど自明ではない。だから、前者を除外し後者を残す方が強い不等式になる。命題は一番強い形で書いた方がいい」という趣旨のご説明をいただいた。「この証明では x = −1 は必要ないが、だからといって、価値の低い k = 0 のために、価値の高い x ≥ −1 を x > −1 にしたくない」ということらしい。原文には k = 0 の場合についての脚注が追加された。
Gilbert Strang: Calculus のオンライン版389ページにある別証明を紹介する。これも「無限級数を使わない」証明。「公式の左辺は (eix)′ = ieix を満たす。公式の右辺は同じ性質(微分するともともとの i 倍)を持つ。公式の両辺は初期値 x = 0 に対して一致する」ということに基づく。
このタイプの説明は、他の場所でも紹介されている(例)。長所として、簡潔で分かりやすい(無限級数を使わないので、収束に関する議論が必要ない)。短所として、複素関数の微分が導入されていない場合、定義すらされていない事柄を使うことになる。
任意の複素数は、その絶対値 r と偏角 θ を使って、次の形で書き表される(極形式)。
従って、実数 x が与えられたとき、もし eix という値が複素数の範囲で明確に定義されるとすれば、その複素数を
と書くことができる。ここで r = f(x) と θ = g(x) の二つの値は、与えられた x に応じて(直接的には、複素数 eix の値[それが何かはまだ分からないが]に応じて)定まる。
(E.1) の左辺を x について微分して、結果に含まれる eix を (E.1) 自身によって書き換えると:
(E.1) の右辺を x について微分して、実部・虚部に分けると:
(E.2) と (E.3) は、等しいものを微分した結果なので、等しい。両者の実部・虚部はそれぞれ一致:
(E.4) を r′ について解くと:
これを (E.5) に代入して、両辺を (cos θ) / r 倍すると:
(E.7) を (E.6) に代入すると、r′ = 0。すなわち r′ = f′(x) = 0 であり、関数 r = f(x) は定数値を持つ。一方、(E.7) より θ′ = g′(x) = 1 であり、関数 θ = g(x) は θ = x + C の形を持つ(C は定数)。
ところが x = 0 のとき eix = 1 であり、その絶対値は 1、偏角は 0。つまり x = 0 のとき r = 1, θ = 0。この条件が成り立つためには、関数が上記の形を持つことを考慮すると r = f(x) = 1 でなければならず、θ = g(x) = x でなければならない(定数 C = 0)。これらを (E.1) に代入すると:
オイラーの公式が得られた。□
lim [θ → 0] (sin θ) / θ = 1 について §2 で回りくどい証明をしたのは、以下のような問題を避けるため…。
命題1の「証明」 ラジアンを単位とする角 θ が 0 ≤ θ < π/2 を満たすとして、座標平面上で次の5点を考える。
小さい三角形 OAP の面積は (sin θ)/2。AP を弧とする扇形 OAP の面積は θ/2。大きい三角形 OAQ の面積は (tan θ)/2。小さい三角形は扇形の内側、扇形は大きい三角形の内側にある。従って、それらの面積について次が成り立つ:
θ = 0 の場合には等号が成り立ち、そのとき3種類の面積はどれも 0。
θ ≠ 0 と仮定する。このとき sin θ > 0 なので、(F.1) の構成要素を全部 sin θ で割ることができ、その結果、不等号の向きは変わらない:
ところで角度 θ が負の場合にも、x-軸に対して上下鏡像になるだけで、三角形と扇形の包含関係に変化はない。−π/2 < θ ≤ 0 の場合、面積の正負を区別しないことにすると(面積の絶対値を考える):
θ ≠ 0 と仮定する。このとき −sin θ > 0 なので、(F.1*) の構成要素を全部 −sin θ で割っても不等号の向きは変わらず、やはり (F.2) を得る。すなわち、(F.2) は θ の正負にかかわらず真。
両方のケースを合わせて考えよう。0 < | θ | < π/2 と仮定し、(F.2) で θ→0 とすると cos θ→1 なので:
2個の不等号に挟まれた真ん中の極限値は 1 になるしかなく、その逆数の極限値も 1 になるしかない。 □
…この「証明」では、三角形の面積・扇形の面積の公式が、証明なしに使われている。面積が微積分によって定義され、その微積分に必要な三角関数の導関数が命題1を使って導かれるとするなら、ここで面積を使うことは循環論法になると思われる。(ε, δ) を使って、この「証明」を「厳密」に言い換えることもできるが、そういう問題ではない。
怪しい証明をするくらいなら、むしろ次のように言い切るのが一番納得できる!?
「θ が無限小のとき、弧・弦・正弦の長さは一致する。だから次が成り立つ」
このうち、弧・弦の一致については「弧の長さは無限小の弦の長さの和」と定義しておく。弦・正弦の一致については「極限において弦は弧の接線なので、x-軸に垂直になり、正弦と同じ」と言い張る。標準的な意味での正しい証明ではないが、イメージははっきり浮かぶ。
z ≠ 0, −1 の場合、命題6を次のように言い換えることができる。
n = 4 として、次のように書く。
この場合、命題の意味は X = A + B + C + D だが、パスカル (Pascal) の三角形を眺めているだけで「そうなって当然」と思える。
1 1 1 1 2 1 1 3 3 1 1 4 6 4 1
例えば X の1次の係数 6 は、左親 3 と右親 3 の和。左親に印をしてから、右親のルーツ(どうして値が 3 になったのか)を調べると、それは(右親自身の)左親 2 と右親 1 による。再び(その)左親に印をしてから、右親のルーツを調べると、それは(その右親自身の)左親 1 だけで、他に親はない。この左親にも印をする。それで全てなので、結局 6 は、自分の左親 3 から始めて、右上・右上とさかのぼったときの、数字の和。これは A, B, C, D の1次の係数の和に他ならない(A においては1次の係数はゼロ)。X のそれ以外の係数も全て同様。同じことは、n = 4 に限らず一般的に成り立つ。
こんな「たわいもない」ことを源流に命題3が生じ、それを命題1・命題2と組み合わせると、オイラーの公式が生じる!
ある人が「0.999999… の極限は 1。限りなく近づくから極限では等しい」と言い、別の人が「どこまでいっても差はゼロにならないから、その二つは等しくない」と言った場合、判断の基準がなければ、水掛け論になる。ましてやオイラーの公式では複素数も絡む。極限値の性質を(本文に必要な範囲で)明確にしておきたい。以下では ε と δ を正の実数(0 を含まない)とする。
1. θ を実数として、θ を含む式 F(θ) を考える。 lim [θ → 0] F(θ) = L の定義は「任意の正の数 ε に対して、次の性質を持つ正の数 δ が存在する」ということ:
簡単に言えば…。「あんた値は L に限りなく近づくとか言ってるけど、そうは言っても、まさか誤差1億分の1未満までは近づけないでしょ」と疑う人がいた場合、それに対して「当社が指定する δ の範囲でご使用いただければ、誤差1億分の1未満を保証します」と答えられる。一般に「誤差を ε 未満にできるのか」と、どんな ε を持ち出された場合でも、必ずその ε の値に応じて「この δ なら大丈夫!」という範囲指定ができるなら、その状態のことを
と言う。同じことを
とも書き表す。
一般の場合(θ が 0 以外の数に近づくとき)の定義の式は少し違うが、0 に近づく場合については、上記のように表現できる。絶対値の部分は、複素数の絶対値(0 以上の実数)でも構わない。例えば F(θ) の値は複素数でもいい。
δ の値は ε の値に応じて変化してもいいが、どんな ε が来ても大丈夫なことを事前に証明できる必要がある。正の ε に対応できれば十分。ε = 0(誤差をゼロにしろ)という要求に対応する義務はない。F(0) の値そのものは(それが定義されるかどうかを含めて)、極限値の定義とは関係ない。
2. n を正の整数とする。n を含む式 F(n) を考える。 lim [n → ∞] F(n) = L の定義は「任意の正の数 ε に対して、次の性質を持つ正の数 N が存在する」ということ:
3. θ を実数、f(θ) を複素数値の式、K, u を複素数とする(本文では K = i, u = 0 などの場合を考えている)。
が成り立つとする。このとき、もちろん
が成り立つが、それだけではなく、次も成り立つ(定数倍の極限は、極限の定数倍)。
証: 極限値の定義に F(θ) = Kf(θ), L = Ku を当てはめると、(G.2) の意味は「任意の ε > 0 に対して、次の性質を持つ δ > 0 が存在する」ということ。
K = 0 ならこれは自明なので、K ≠ 0 の場合を考える。(G.1) が成り立つので、任意の ε1 > 0 に対して次の性質を持つ δ > 0 が存在。
右側の不等式の両辺を | K | 倍し、絶対値記号の性質を使うと:
任意の ε > 0 が与えられたとき、ε1 = ε / | K | と置き、それに対して存在が保証されている上記の δ を使うと、(G.4) により次が成り立つ。
すなわち、任意の ε > 0 に対して (G.3) を満たす δ > 0 が存在。 □
4. 同様に f(θ), g(θ) を複素数値の式として、
が成り立つとする。このとき、次が成り立つ(和の極限は、極限の和)。
証: 任意の正の数 ε が与えられたとする。(G.5) が成り立つので、任意の正の数…例えば ε/2 に対して、次の性質を持つ正の数 δ1, δ2 が存在。
δ1, δ2 のうち大きくない方を δ とすると、0 < | θ | < δ の範囲の θ について、上記両方の右側の不等式が成立。それらを辺々足し合わせると:
絶対値記号の性質から | f(θ) − u + g(θ) − v | ≤ | f(θ) − u | + | g(θ) − v | < ε なので:
すなわち、任意の ε > 0 に対し、δ > 0 が存在して上記を満たす。極限値の定義によれば、これは (G.6) を意味する。 □
5. K を複素数(実数でもいい)、f(n) を複素数値の式とする。 lim [n → ∞] f(n) が存在するなら、次が成り立つ。
証明は 3. と同様。0 < | θ | < δ という範囲を指定する δ の存在の代わりに、N ≤ n という範囲を指定する N の存在を考えればいい。
複素数 α ≠ 0 について K = 1/α と置けば、1/α 倍(つまり α で割る計算)についても同じことが言える。
文章にすると考えが整理され、自分の中で曖昧になっていることが見えてくる。別の記事の作成中、「オイラーの公式の厳密な扱いは難しい」と気付いた。あれこれ考える過程で、マーテー先生のノートと出会った。命題1についても、読む立場では気にならなかった事柄が、書く立場だと穴だらけに思えてくる。「三角関数を級数で定義すれば、ロピタルの定理を使える」と安易な結論に逃げ始めたとき、§2 の方法を知った。不思議なことに(別々に検索したのに)、その方法が記されたファイルの著者は、同じマーテー先生だった。「学ぶ準備ができたとき、師は現れる」というのは、本当だな…。
(参考文献)
exp_x.pdf
]sinxperx.pdf
]https://web.archive.org/web/20210614145844/http://www.sci.brooklyn.cuny.edu/~mate/misc/exp_x.pdf
https://web.archive.org/web/20210614145844/http://www.sci.brooklyn.cuny.edu/~mate/misc/sinxperx.pdf
*2 ハンガリー系の名前だが英語的な順序(Máté が姓)。
exp_x.pdf
入手。sinxperx.pdf
入手。