ディベヒ語の表記と発音の関係を探る。Abdulla–O’Shea のディベヒ語辞典(ローマ字表記)を、ターナ文字表記の辞典として活用するためのガイドとも言える。
この記事は、2003年3月16日の「ユニコードのターナ文字」を全面改訂したもの。(→ 更新履歴) 未解明の疑問も残ったが、今後の改訂で改善したい。
北はインドのミニコイ島。南はモルディブのアッドゥ
* ONC地図に基づく経緯度: ミニコイ島の最北端 = 北緯8度18.9分, 東経73度5.3分; アッドゥ環礁の最南端 = 南緯0度41.2分, 東経73度9.6分。赤道半径 = 6378.1 km を用い、誤差を±0.5分とすると、南北距離 1002.0±1.0 km、大円距離 1002.1±1.4 km。
ターナ文字は、このディベヒ語を書くのに使われる文字。アラビア文字の影響を受けており、右から左に記されるが、アラビア文字とは別系統のシステムだ。アラビア文字のような難しさはない。
ディベヒ語(Dhivehi)は、インド・ヨーロッパ語族のインド・イラン語派に属し、スリランカのシンハラ語(Sinhala)と近縁だ。インドの南西にある島国モルディブ(Maldives)の国語で公用語。同国の人口は、約33万(2012年推定)*1。 ディベヒ語は、インドのミニコイ島(Minicoy)の主要言語でもある。同島の人口は、約1万(2011年)*2。 ミニコイ島のディベヒ語は、マール語(Mahl)とも呼ばれる。このほかインド本土などにも、若干のミニコイ系住民がいる*3。
*1 『モルディブ統計年鑑 2011年版』によると、確定値 298,968 (2006年3月)、推定値 330,652 (2012年中間)。The World Factbook の推定値は 394,451 (2012年7月)だが、前者に従った。
*2 確定値 10,444(2011年2月)。 Population of Lakshadweep, 2011.
*3
10,000 in Minicoy and 5000 expatriates in Trivandrum.
— Ethnologue (16th ed.), 2009.
ディベヒ語(マール語)の話者数は、2013年1月現在、約34万人とみられる。ディベヒ語は「モルディブ語」と呼ばれることもあるが、モルディブだけの言語ではなく、話者の 4–5% はインド国民だ。
モルディブは、大きく見ると、北側3分の2が細長い楕円状。海を隔てた南側に Huvadhu フバドゥ、Addu アッドゥ などがある。楕円状といってもつながっているのではなく、飛び飛びにいくつもの環礁がある。ここで環礁というのは、リング状のサンゴ礁。リング状といっても全部が海面上に出ているわけではなく、小島が並んだ形になっている(拡大図)。その小島の一つ一つも、しばしばリング状で中は水だったりする ( 地図 / 詳細図)。
リング状の小島がリング状に並んだ環礁が、リング状に連なる…。Sierpiński のガスケットのようなフラクタル的構造。この「すかすか」構造のため、モルディブの正味の陸地面積は、スリランカの1%にも満たない(日本の西表島くらい)。しかし、列島の長さは南北 868 km* に及ぶ(東京から福岡くらい)。
* モルディブの最北端を北緯7度6.8分として計算。文献上は 820 km という記述も多いが、正確な値は 860 km台 または 870 km台。
ミニコイ島は、インドの連邦直轄領ラクシャドウィープの最南端にある三日月形の島。Androth 島に次いで、ラクシャドウィープで2番目に大きい。現地語ではマリク(Maliku)と呼ばれる。他の島と違い、住民はディベヒ語(マール語)を話す。ラクシャドウィープ全体で見ると、人口の約85%がマラヤーリ系、約15%がディベヒ系だ。この島の南方約130 km の地点に、モルディブ北端の Thuraakunu 島がある。
かつて、ミニコイはモルディブの一部だった。1500–1700年代のいずれかの時点で Ali Rāja の征服を受け、その支配下に入ったようだ。1905年以降、英国領。インドに加わったのは1956年。パキスタンに加わる道もあったらしい。
モルディブとミニコイの文化的一体性はしばしば強調されるが、逆にミニコイの独自性を強調する人もいる。ミニコイ島は、インドとモルディブの間の潜在的領土問題だ。ミニコイの人々自身がモルディブへの編入を望んでいるのかどうかは、はっきりしない。今は、温暖化(海面上昇)によるモルディブの水没の可能性が差し迫った問題であり、それに比べればミニコイの帰属はどうでもいいことだろう。
ミニコイの方言と、モルディブ北部・中央部の方言は、差が小さく、人々は同じ言葉で意思疎通ができる。モルディブの首都マレ(Malé)もこのエリアにある。
中央部から遠く離れた南部の2環礁1島は、独自の歴史・文化を持ち、中央政府からの分離独立を宣言した時期がある (Suvadive Republic)。言語も独特で、南部の諸方言は北部の人々には理解が難しい。
ディベヒ語やターナ文字について考えるとき、モルディブだけを連想しないようにしよう。インドのミニコイ島は、ディベヒ語圏最大の島の一つなのだから。そしてモルディブ自体も、必ずしも単一ではないのだから。
モルディブ最大の島は Laamu の Gan (Addu の Gan とは別の島): 面積 5.8 km2、長さ 7.2 km; 2番目は Addu の Hithadhoo: 面積 5.2 km2、長さ 8.6 km 〔Detailed Island Risk Assessment in Maldives, 特に DIRAM 1, Summary, p. 12 より〕。インドのミニコイ島は、面積 4.8 km2〔公式サイトより〕。
ディベヒ語は、18世紀ごろまでは、ディベス文字(Dhives Akuru) — またはディベヒ文字(Dhivehi Akuru) — と呼ばれるインド系の文字で左から右へ記された。この文字システムは、スリランカのシンハラ Siṁhala 文字や南インドのマラヤーラム Malayāḷam 文字・トゥル Tuḷu 文字と似ていた。初期のものは、エベーラ文字(Eveyla Akuru)と呼ばれる。
ターナ文字(Thaana Akuru)は、ディベヒ語専用の文字として16–17世紀ごろ生まれ、1800年ごろにはディベス文字に代わって広く使われるようになった。右から左に書く。ターナ文字のことをディベヒ文字と呼ぶこともあるが、上記の古いディベス文字とは全く別のシステムだ。
現在知られている最古のターナ文字の使用例は、1705年のものだという。しかし、その約100年前にすでにターナ文字が使われていた形跡がある。1602年から1607年までモルディブに滞在したフランス人ピラル(François Pyrard)*1 は、こう書いている。
彼らの文字には3種類ある: ①アラビア文字にディベヒ語用の文字・記号を付け加えたもの。 ②ディベヒ語独特の文字。③スリランカやインドと共通の文字。
彼の手記の英訳(1887年)の注釈(pp. 184/185)では、「①ターナ文字? ②ディベス文字 ③たぶんタミル文字」 となっているが、現代の知見に照らすと、「①ヘディ文字(後述) ②ターナ文字 ③ディベス文字」 と考えられる。[SoM] もこの解釈だ。伝説では、ターナ文字は、16世紀の英雄タクルファーヌ(Muḥammadhu Thakurufaanu, 1585年没)*2 によりもたらされた [SoM]。ピラルの滞在と、時期的にはつじつまが合う。一方、[GODL, p. 56] は、ターナ文字の誕生を17世紀後半と推定している。
*1 Pyrard de Laval とも呼ばれる。彼はモルディブに滞在する予定ではなかったが、船が難破して捕虜になってしまった。 [SoM] は彼のモルディブ滞在を1609年までとしているが、正しくは1607年まで。
*2 Muhammad Thakurufan とも呼ばれる。1498年にバスコ・ダ・ガマがインドに到達して以来、ポルトガル王国はインド地域に植民地を建設。1550年ごろ、ポルトガル人はモルディブにも攻め込み、マレに要塞を築いた。1573年、モルディブのタクルファーヌたちはこの要塞を陥落させ、それ以降もポルトガル人に対し善戦。結果的に、モルディブの自治はほぼ回復された。 Pyrard の手記の Appendix B も参照。
モルディブは、公式には1153年にイスラム教を取り入れた。そのため、ディベヒ語の文章中で、アラビア文字表記のアラビア語を使うことが増えていた(現代でも、ターナ文字にアラビア文字を交ぜて使うことは、まれではない)。しかし、ディベス文字は左から右に書かれ、アラビア文字は右から左に書かれるため、交ぜて使うのは不便だ。アラビア文字を基本としてディベヒ語を表記するヘディ文字(Hedhi Akuru)も試みられたが、アラビア語とディベヒ語では使われる音素が大幅に違うため、容易なことではない。逆に左から右に統一しようにも、ディベス文字でアラビア語を表記するのも難しい。右から左に表記し、アラビア文字と親和性の高いターナ文字が生まれたのは、このような背景があってのことらしい。
全く新しい文字システムを作るくらいなら、アラビア文字を拡張する方が比較的簡単だったのではないか。イスラム化の流れの中で、なぜ「神聖な」アラビア文字に切り替えなかったのか。
ある資料は、これを「奇妙な
ターナ文字という不思議なシステムには、モルディブの人々のアイデンティティーが微妙に反映されているようだ。イスラム圏であり、アラビア語の知識は教養の印であるが、だからといって、すべてをアラビア文字で書こうとはしなかったモルディブ。漢字文化圏であり、漢字をたくさん知っていることを誇りとするのに、すべてを漢字で書こうとはしない日本と、似ているのかもしれない。そこにあるのは「奇妙な折衷」でも「異文化への抵抗」でもなく、「多重継承による独自の一つの文化」だろう。
言語名・国名・民族名などとして使われることがある「ディベヒ」 Dhivehi という語は、サンスクリットの द्वीपः dvīpaḥ 「島」と同語源。モルディブ Maldives の dive、ラクシャドウィープ Lakshadweep の dweep、ラカディーブ Laccadive* の dive も同語源。
* Lakshadweep 中央部の島々を指す地名。日本語では、ローマ字読みして「ラッカディブ」とも。
4世紀のローマの歴史家アンミアヌスは、Res Gestae 22巻7章10節でこの島に触れ、Divis と記している。それによると、当時、ローマ帝国を恐れた周辺各国は征服されないように外交努力をした。インドの国々からは、まるで競争のように、貢ぎ物を持った高い身分の使者たちがローマ帝国にやって来たという。その部分の記述で、ab usque Divis et Serendivis
「シマ(島)や Seren シマからも」はるばる使者がやって来た、とある(原文 / 英訳)。スリランカは「Seren 島」、モルディブは単に「島」だったことが窺える。スリランカに比べるとモルディブの面積は微々たるもので、当時のインドでは「(名もない)島の人とスリランカの人」という見方だったのかもしれない。少なくともローマに情報が伝わったときには、そういう表現になっていた。
モルディブの首都マレ(ディベヒ語: マーレ Maale)は、古くは Mahal とも呼ばれた。マレ島を指す古い名称は、Mahal + dvīpaḥ(=Mahal 島)に対応する。例えば、古いアラビア語で Dībat al-Mahal / Mahal-dīb などと呼ばれ、ヨーロッパでは Mal-dive(s) となった。
Mahal の原義は不明。スリランカの古文書『マハーバンサ』 Mahāvaṁsa の6章45節には、「女たちが漂着した島」の名前として mahindadīpako
という語があり、資料によっては Mahiladipaka と表記されている。これらの語は、上記 Mahal-dvīpaḥ に対応する可能性が高い。『マハーバンサ』は、島の名称を mahilā「女」に引っ掛けているようだ。それによれば、Mahal-dvīpaḥ の原義は「女人島」となる。単なる物語的こじつけかもしれない。O’Shea の記事によると、モルディブはかつて、女神信仰を持つ母権制社会だったという。断片的な記録によれば、女王が支配する時代があったようだ。
ウェブ上には「マルコ・ポーロ(Marco Polo)は、ミニコイを女の島と呼んだ」という主張もあるが、東方見聞録・第3巻の「男島・女島」(en, fr, fr, it)をミニコイまたはモルディブのことだと断定するのは無理。おとぎ話の中に過去の真実が紛れ込んでいる可能性はあるし、記述はモルディブを連想させるものではあるが、実際には、どの島の話なのかも分からない。
ミニコイのディベヒ語を指す Mahl も、Mahal に基づくという (Mahaldibu bas)。
ところで、モルディブとモルドバはうっかりすると言い間違えやすい。モルドバは、ルーマニアの隣にあるヨーロッパの内陸国だ。モルディブは海がジャブジャ「ブ」の「ブ」、モルドバはヨーロッ「パ」だから「バ」…と覚えておくと良いかも。英語的には、dives in Maldives(モルディブでダイビング)かな(笑)。
モルディブのつづりは、Mol- ではなくて Mal- である点に注意。上記のように、首都が Malé だから英語の国名も Mal- になった。
モルディブという国を指す現地語(ディベヒ語)名は Dhivehi-raajje で、首都名は表に出ない。「ディベヒ人」は、ディベヒ語では Dhivehin と呼ばれる。ディベヒ語一般を指す言葉は Dhivehi-bas で、単に Dhivehi とも言う。マリク(ミニコイ)の人は、自分たちの言語を Maliku-bas と呼ぶらしい。
人種・言語・文化的な意味では、マリクの人・モルディブ北部の人・モルディブ南部の人は同系または近縁だが、「マリク(ミニコイ)の住民やインド本土に住むマリク系住民が自分をディベヒ民族の一員と考えるかどうか」は本人のアイデンティティーの問題だ。
子音字が主体となり、その上または下に母音記号を付けて「子音 + 母音」を表す。例えば:
シンプルで合理的なシステムだ。
基本的にはアラビア文字・ヘブライ文字と同じだが、母音記号は決して省略されない。デーバナーガリーなどのインドの文字とも少し似ているが、デフォルト母音(inherent vowel)はなく、母音が a のときは a の記号を付ける。
ターナ文字の表示については、フォントの項 参照。Windows のデフォルトでは、きれいに表示されないようだ。
§1 ސ をベースとなる子音字だとする(ここでは ސ 自体については気にせずその上下に付く記号に注目)。
a, i, u の記号はアラビア文字の a, i, u の記号とそっくりだ。ā, ī の記号は、アラビア文字の an, in の記号と形が同じで意味が違う。サンスクリットと違い、単体の e と o は短母音を表す。
モルディブ政府の公式ローマ字表記では、長母音を(ā, ī, ū, ē, ō や aa, ii, uu, ee, oo ではなく)aa, ee, oo, ey, oa と書く。
この表記法は、1970年代後半にナシル政権下で導入された。便宜上、「ナシル訓令式」、「モルディブ式」などと呼ぶことにする。当時、モルディブはターナ文字を廃止してディベヒ語をローマ字で表記する方向に動いたが、1978年の政権交代とともに、結局ターナ文字表記に戻った。
§2 「アリフゥ(alifu) އ + 母音記号」は、子音が先行しない単体の母音を表す。例えば:
二重母音の後半要素も同様に表される:
ターナ文字は右から左に読む(漫画を読むときの方向と同じ)。sai はネット碁の…ではなく(笑)、ロシア語のチャイ、英語のティー、日本語のチャに当たる言葉だろう。
§3 子音字の上にスクン(sukun)を付けると、母音が付かない単体の子音を表す。スクンは、以下のように、小さな円形の記号だ。
ここまではアラビア文字とそっくりだ。ターナ文字の sukun はアラビア文字の sukūn に当たる。インドの文字の virāma とも似ている。
§4 「アリフゥ + スクン」 އް は、日本語の「っ」と同じ働きをする。つまり、後続する子音を二重にする。
އް が具体的に何の子音を表すのかは、次の文字を見ないと分からない。日本語の「っ」もそうだが…。
細かい説明は後回しにして、まずは各文字を見てみよう。
ターナ文字には24個の基本文字がある。
以下、最初の9文字・残りの15文字の二つに分けて基本文字を説明する。文字を覚えたい方は、初めはざっと眺めて雰囲気をつかみ、「文字を覚えるヒント」のセクションを見てから、再び文字一覧に取り組むと良いだろう。
文字の名前・発音は、おおむね Omniglot: Thaana (Maldivian) script による。
文字の使用例としては、原則として、
に含まれる語句(ローマ字表記)のうち、ターナ文字表記を確認できたものを挙げた。具体的には、ターナ文字で表記した単語を startpage.com やディベヒ語版ウィキペディアで検索し、結果として得られたディベヒ語のウェブページを見て判断した。果物の名前などで、単語と一緒に写真が出ているときは、簡単に確認できる。
単語ごとに、確認に利用できる参考ページへのリンクを設定してある。代表的なリンク先は:
ウィクショナリーのディベヒ語はまだあまり充実していないが、訳語が端的に見られる点は便利だ。訳語部をクリックすれば訳語の訳語が見られ、ほとんどの場合、そこに日本語訳もある。現状、「ウィクショナリーに載っているから、この単語は正しい」という使い方は、できない (→ 付録: Wiktionary などを利用する場合の注意事項)。
『辞典』は比較で言えば格段に信頼でき、無料で利用できて素晴らしいのだが、内容はローマ字表記のみ。ターナ文字の表記確認には使えない。
途中で、次の貴重な資料を発見した。
『ノート』の末尾の単語集には、ローマ字・ターナ文字両方の表記が書いてあり、ウェブ上で利用できるので便利だ。ただし、この記事で用いる表記は、『ノート』の表記とは多少異なる場合がある。
ローマ字表記はモルディブ式の一種で、原則として『辞典』と全く同じになるようにしている。要点は次の通り:
* この点は Omniglot ではなく GODL, p. 34 に従う。
それ以外は、ほぼローマ字読み。紛らわしいと思われる場合、発音記号も併記した。「反舌音」などについては、付録「発音のヒント」参照。
文字 | 文字名 ・発音 |
例 |
---|---|---|
ހ | haa [h] |
ހަކުރު hakuru 砂糖、糖 |
ށ | shaviyani [ʂ~ɽ; ʃ] |
ކާށި kaashi (熟れた)ココナツ ކަށި kashi 骨、とげ |
ނ | noonu ‣ [n̪uːn̪u]* [n̪] |
ނަން nan 名前 |
ރ | raa [r~ɾ] |
ރިހަ riha カレー、汁 |
ބ | baa [b] |
ބުޅާ bulhaa 猫
ބަސް bas 言語 |
ޅ | lhaviyani [ɭ] |
ޅަ lha 若い |
ކ | kaafu [k] |
ކަރާ karaa スイカ
ކިރު kiru ミルク |
އ | alifu ∅ |
އަކުރު akuru アルファベット
އަހަރެން aharen 〔目上以外の人に対して〕私 |
ވ | vaavu [v~ʋ] |
ވާރޭ vaarey [vaːreː] 雨 |
* 三角形のブレット ‣ は文字名の発音を示す。
ށ sh は反舌音の [ʂ] を表す。これは英語の sh [ʃ] とは異なり、ロシア語の ш に近い。 r に似た音として発音されることもあるらしい。 (→ 付録: ށ の発音)
この音は語中でのみ使われて、語頭には来ないようだ。ローマ字表記で sh から始まる外来語は存在するが、その場合、語頭の音は shaviyani ではなく、後述の sheenu だろう。shaviyani という文字名自体は例外。
ނ n は歯音 [n̪] を表す(発音記号の下に付いている小さな ̪ が歯音の意味で、上の歯の裏側で調音する)。n については歯音と反舌音を対比させる必要がないので、 普通の [n] で代用しても良い。
ޅ lh は反舌音 [ɭ] を表す。普通の [l] とは違う音。
ވ v は、[w] に近い音になる場合がある。
文字 | 文字名 ・発音 |
例 |
---|---|---|
މ | meemu ‣ [miːmu] [m] |
މަސް mas 魚 މާލެ Maale マレ(モルディブの首都)* |
ފ | faafu [f] |
ފެން fen 水 ފަޅޯ falhoa [faɭɔː] パパイア |
ދ | dhaalu [d̪] |
ދިވެހި Dhivehi ディベヒ語*
ދޯނި dhoani [d̪ɔːn̪i] 小船 |
ތ | thaa [t̪] |
ތާނަ Thaana ターナ文字 އަތޮޅު atholhu 環礁 |
ލ | laamu [l̪] |
ލަވަ lava 歌
މަލިކު Maliku ミニコイ島* |
ގ | gaafu [ɡ] |
ގަސް gas 木、植物
ގަރުދިޔަ garudhiya ガルディヤ(魚のスープ) |
ޏ | gnaviyani [ɲ] |
ޏަމްޏަމް gnamgnam ナムナム(マレーシア原産の果物) |
ސ | seenu ‣ [s̺iːn̪u] [s̺] |
ސައި sai お茶
ސަމުސާ samusaa スプーン |
ޑ | daviyani [ɖ] |
އައްޑު Addu アッドゥ(モルディブ最南部の環礁)*
އިންޑިޔާ Indiyaa インド* |
ޒ | zaviyani [z̺] |
ޒައިތޫނި zaithooni オリーブ |
ޓ | taviyani [ʈ] |
ކައްޓަލަ kattala サツマイモ |
ޔ | yaa [j] |
ދޮންކެޔޮ dhonkeyo バナナ |
ޕ | paviyani [p] |
ޕާން paan パン
ޕާކިސްތާން Paakisthaan パキスタン* |
ޖ | javiyani [ɟ~d͡ʒ] |
ޖަޕާނު Japaanu 日本*
ދިވެހިރާއްޖެ Dhivehi-raajje モルディブ* |
ޗ | chaviyani [c~t͡ʃ] |
ޗާޓު chaatu 地図
ޗޮކްލެޓް choklet チョコレート |
* ターナ文字には大文字・小文字の区別はない。ここでは、ローマ字表記の場合、一応常識的に大文字を用いておく。
ތ [t̪], ދ [d̪] は歯音。歯音の t をローマ字表記で th とするのはインドのケーララ風だ。英語の th の音や帯気音ではない。舌先と歯で発音するのは英語の th と同じだが、舌先は歯の間ではなく、上の歯の裏に行く。
ケーララ風 — 例えば、ケーララの州都ティルバナンタプラム は、ローマ字では Thiruvananthapuram と書かれる。二つの th は英語の th でなく、歯音の t だ。
ޓ [ʈ], ޑ [ɖ] は t, d の反舌音。歯音の th, dh と反舌音の t, d は別の音。舌先は口の天井近くに行く。
ލ [l̪] は普通の [l] と考えてもいいが、反舌の ޅ lh [ɭ] とは区別する必要がある。ここでは歯音として扱う。
ސ [s̺], ޒ [z̺] は、基本的には普通の [s z]。
発音記号の下の小さな ̺ は
ޗ [c], ޖ [ɟ] は、[t d] (歯茎) → [ʈ ɖ] (歯茎後部) と同様の破裂音をさらに奥の硬口蓋と舌先の間で作るもの。普通の [t͡ʃ d͡ʒ] でも代用できる。
ޏ [ɲ] は、フランス語の gn やスペイン語の ñ に当たる音。
1. ターナ文字のアルファベットの歌 Haa Shaviyani Kiyama は、文字を覚えるのに役立つ。
2. 以下の事実は、文字を覚えるのに直接役立つわけではないが、ターナ文字の全体像の把握に役立つ。
ターナ文字の最初の9文字はアラビア文字の数字に基き、次の9文字はディベス文字 (モルディブの昔の文字) の数字に基づく [N3848][SoM]。もともとあった数字を変形して、文字が作られた — まるで置換暗号のように。文字の元になった数字は普通の算用数字ではないが、算用数字に少しだけ形が似ている部分もある (例: アラビア数字の ١, ٢, ٣ =1, 2, 3)。結果的に、ターナ文字の1–9文字目、10–18文字目は、それぞれ数字の「1」から「9」と少し形が似ていることがある。
数字 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
アラ | ١ | ٢ | ٣ | ٤ | ٥ | ٦ | ٧ | ٨ | ٩ |
1–9 | ހ h | ށ sh | ނ n | ރ r | ބ b | ޅ lh | ކ k | އ a | ވ v |
10–18 | މ m | ފ f | ދ dh | ތ th | ލ l | ގ g | ޏ gn* | ސ s | ޑ d |
* Wikipedia のいくつかの記事(e.g. Thaana)によると、Gnaviyani ޏ の位置(16文字目)にはもともと Ṇaviyani ޱ があったという。Wikipedia の別の記事 Ṇaviyani によると、ޱ は19文字目にあったという。N3848 も、ޱ は後から追加された(=19文字目以降)としている。ここでは大ざっぱな全体像を考えているので、どちらでもいい。
3. ターナ文字をローマ字に対応させて覚えるのではなく、ターナ文字と発音が直接結び付くようにするのが結局早道。
4. 以下のいろいろなヒントは、「覚えるきっかけを作るための、ほんのお遊び」 と思ってほしい。
އު u の母音記号は、平仮名の「う」と巻き方が同じ。އެ e の母音記号は、ローマ字の「e」と巻き方が同じ。
クイズ 何て読むのかな? (答はツールチップに):
ކަޅު 黒い。
އަލުވި ジャガイモ。ކޯރު 川。
クイズ(発音はツールチップに): ބިސް 卵。މާނަ 意味。 ދޫނި 鳥。އާފަލު リンゴ。މިލިއަން 100万。
モルディブ式ローマ字は、あまり一貫性がない。th/dh vs. t/d の場合、h が付かない方が反舌音だが、l vs. lh の場合、h が付く方が反舌音。思い切り区別して、ތ/ދ/ލ は上の歯の裏で、ޓ/ޑ/ޅ は口の天井近くで、しっかり発音すれば良いかと…。
クイズ(発音はツールチップに):
ފަންޑިތަ (民間療法・まじないなどの)呪術。
ދިވެހިބަސް ディベヒ語。
އޮޅުދޫކަރަ スリランカ。
これらの文字は、比較的使用頻度が低い。
クイズ(発音はツールチップに): މޭޒު テーブル。 ލަފުޒު 単語。ޒުވާން 若い。 ޕޯޗުގަލް ポルトガル。
(コーヒーブレイク) モルディブで一番高い山は? 海のイメージが強いモルディブだが、地殻全体で見れば大山脈 — チャゴス・ラカディーブ海嶺 Chagos-Laccadive Ridge — のてっぺんにあるとも言える。 頭を海の上に出し、そびえ立つ大海底山脈。南の端はチャゴス、北の端はラクシャドウィープ、中央にあるのがモルディブ…。とはいえ、モルディブは、一番高い地点でも海抜2.3メートルくらいしかない。その地点は、アッドゥ環礁の Villingili 島にあるという(モルディブには Villingili という島が複数あるが、これはアッドゥのもの)。そこには Shangri-La の高級リゾート施設の付属スパ(施設名: CHI)が設置されているらしい…。一番高い場所でそれだけなので、普通の場所ではせいぜい1–2メートルの標高しかない。もし温暖化(海面上昇)がコントロールできないと、モルディブのような国は海に沈んでしまう。国民全員がどこかへ移住しなければならなくなってしまう。 モルディブは、たまたま最前線に立たされているだけで、温暖化はもちろん地球全体の問題だ。地球人全員が「地球」という一つの船に乗っている。船の最前部に穴が開いて浸水しているとき、「自分は船尾に乗ってるから関係ない」というわけにはいかない。
「ターナ文字の基本」の続き。
ターナ文字は、1文字ずつの発音を知っていれば、おおむね正しく発音できるが、一部、つづりと発音がずれているケースがある。例えば、「本」という単語
ފޮތް
は、一文字ずつ見ると “foth” と書いてあるが、実際の発音は [fojʔ] で、ローマ字表記では foiy となる。『辞典』でも “foth” でなく foiy で調べる必要がある。
さいわい、不規則なのではなく、少数の規則を覚えるだけで問題は99%解決する。
§4 (再掲) އް (alifu + sukun) は、日本語の小さい「っ」に似た働きをする。つまり、後続する子音と同じ子音を表す。
上の例では、އް は後続する子音と同じ子音、つまり ޕް を表す。ローマ字表記でも、後続する子音 p と同じ子音になる(bappa)。
§4.1 އް に ތ th または ދ dh が続く場合、規則上のローマ字表記は thth / dhdh となるが、『辞典』では、tth / ddh という簡略化した表記を用いている。これは純粋にローマ字表記の問題で、ターナ文字自体の表記や発音とは関係ない。
資料によっては、thth / dhdh と表記されている場合もある。
§4.2 上記以外でも、ローマ字表記で2文字になる子音(ch と lh)については、同じ問題がある。『辞典』では、これらが二重になる場合、chch / lhlh としている。
これらのローマ字表記は独特だが、ターナ文字表記で考えれば、特別な点は何もない。例えば chch は日本語の「エッチ」の「ッチ」の子音とほぼ同じ(摩擦音と破裂音の違いはあるが)。
§5 語末の އް は、声門閉鎖音 [ʔ] を表す [GODL, p. 61][TWWS][N3848]。日本語の「っ」も、語末における詰まる音を表す場合があり(例: 「あっ!」)、それと似ている。ローマ字表記では h とする。実際の発音は息を吐く [h] ではなく、むしろ喉の奥を閉めて息を止める。
語末の އް について、h のような音(または eh のような音)だと記述している資料もあるが、それは「雰囲気的」な説明だろう。核心は [h] そのものではなく、[h] を「出し終えたときの音」(音の中断)にあるようだ。つまり [h] と言う必要はない。
語末に声門閉鎖音がある場合、文中では、声門閉鎖音を「後続する単語の語頭の子音」に置き換えて発音する。結局、語末に「っ」があるようなもの、という理解で正しいことになる。ただし、文末では声門閉鎖音のままであり、文中でも母音や h が後続するときは [ŋ] と発音されるという [TWWS]。
クイズ(発音はツールチップに): އަށެއް (数字の)8。
§6 ށް (shaviyani + sukun) は、発音上は އް と同じになる。ローマ字表記も同じで、語中では子音を重ね、語末では h とする。
* ށް は名詞の与格語尾として使われる。発音は އް と同じでも、機能は異なる。
このため、一般に、ローマ字表記のディベヒ語を機械的にターナ文字表記に変換することはできない。ローマ字表記における語末の h は、ターナ文字表記では އް または ށް の2通りの可能性がある。子音字の重複(ローマ字表記における dd など)についても同様。
§7 ތް (thaa + sukun) も、އް と似た発音になるが、ތް の場合、直前に半母音 [j] が挿入されるらしい。つまり、語中では [j + 後続の子音] を表し、語末では [jʔ] を表す。どちらの場合も、ތް は、ローマ字では iy と表記される(上記のように、実際の発音は [ij] ではない)。
[j] が入るところが、އް や ށް と異なる。
クイズ(発音はツールチップに): ބަތް (調理した)米。ވާތް 左の。
§7.1 直前の母音が i の場合、語末の ތް は、『辞典』では i-iy と表記されている(ハイフンを入れるのは “ii” という長母音ではないという意味)。ただし、މިސްކިތް 「モスク」は、miski-iy でなく、miskiy と表記されている。
§7.2 外来語の -t の音(アラビア語の ة / ペルシャ語の ت など)に対応する語末の ތް は、『辞典』において、 iy と表記されている場合と th と表記されている場合がある。
(1) iy と表記されている例(かなり多い):
ここで ޙ (hhaa) と ޢ (ainu) は、外来語用の拡張文字。
(2) th と表記されている例(比較的まれ):
『辞典』のローマ字表記が正しいとすると、ޙާލަތް の発音は、[ħaːl̪ajʔ] ではなく [ħaːl̪at̪] になるようだ。
(3) さらに、 iay と表記されている例がある:
単に s'adhaqaaiy の誤植かもしれない。ޞ (saadhu) と ޤ (qaafu) も拡張文字。
§8 語中の އް は後続する子音を二重にするが、後続する子音が ނ n または މ m の場合はこれを使わず、代わりに ން (noonu [n̪uːn̪u] + sukun) を使う。
日本語の仮名の「ッ」と「ン」の使い分けに相当する。
މ (meemu) の前の ން が m を表すことに注意。 『辞典』では、 ންމ のローマ字表記は、mm になる。資料によっては、1文字ずつ機械的に転写した nm という表記を用いる場合もある。
§8.1 外来語の mp の音は、 ންޕ np と表記される場合と މްޕ mp と表記される場合がある。
§8.2 「އް で終わる単語」と「ނ n または މ m で始まる単語」をつなげて書く合成語の場合、見掛け上、§8 に反するつづりになる。
§8.3 Muhammad の mm は、 އް で表記することが多い。
§9 ނ は、母音記号もスクンも伴わずに単体で用いられることがある。これは、後続する子音に被せるように軽く発音される鼻音を表す。
このような「軽い“ん”を前に付ける発音」は、子音の
そっけない人: 「何だよ。駄目だって言ったろ」 〔na-n-da-yo〕
甘える人: 「お願いだから~」 〔o-ne-n̆ga-i-n̆da-ka-raa〕
「何だ」の n-da は2音であり、 n と da の間で一呼吸おくこともできる。前鼻音化を伴う n̆da は1音として発音され、分離できない。
『辞典』では、このような n を n' で表している。アポストロフィは単に「普通の n とは違う」という目印で、音を切り離す意味(例: Jun'ichi)ではない。むしろ次の子音と密着させて発音する。
§9.1 ディベヒ語では、次の4パターンの前鼻音化がある(亀甲かっこ 〔〕 内はISO表記)。
通常、母音記号もスクンも付かない「裸の」 ނ は、ބ/ދ/ޑ/ގ の4文字の前でのみ用いられる。 ただし、この4文字の前の ނ が常に裸であるとは限らず、 ން の場合もある。
シンハラ語でも、同様に m̆b, n̆d, n̆ḍ, n̆g の4種類の発音があるらしい。ターナ文字では原則として全文字に母音記号かスクンが付くが、このケースは例外。
このほか、ウィクショナリーと geonames.de の単語集では 「母」 という語のつづりが މަނމަ となっているが、これは މަންމަ の誤り。 一般的な音素(表記)として “n'm (m̆m)” という第5の前鼻音化があるわけではない。(ローマ字表記は manma とも書けるが、それは別の問題。)
ން と ނ の区別については、文字だけで考えると混乱する。実際、語学的な資料では、上記「母」のように ން であるべきものが ނ になっていたり、逆に ނ であるべきものが ން になっていたりする場合がある。発音で考えると、例えば「(ン)ガ」の1音と「ン・ガ」の2音は違うので、文字で書くと違う…と一応納得がいく。
日本語の仮名で例えると、ން は普通の「ん」で、裸の ނ は、小さい「ん」(そんなものはないが雰囲気的に) だ。小さい「ん」は、後続する子音に被せて発音される。
「先行する母音に被せる発音」(例: フランス語の鼻母音)との違いは、「どっち側にくっつくか」の問題だろう。ディベヒ語の an'bu は、 a と n'bu の間で待てるが n'bu はそれ以上分解できない(n は後ろに付く); フランス語の un peu は、 un と peu の間で待てるが un はそれ以上分解できない(n は前に付く)。
クイズ(発音はツールチップに): ލުނބޯ ライム。 ރޭގަނޑު 夜。 ބަނބުކެޔޮ パンノキ。 އަހަރެންގެ 私の。 ގަނޑުފެން 氷。 އެނދު ベッド。
この種の音を表す正式な発音記号(IPA)はまだない。〔n̆ m̆〕 という表記(ISO 15919)を用いたのは、そのため。正式ではないが、次のように書くことがある(Prenasalization and the IPA)。
§9.2 前述のように、『辞典』のローマ字表記では、原則として、
となっている。発音上、区別する必要があるのはこの二つだ。 一般のローマ字表記では、この区別をせずに前鼻音化を普通の n で表している場合がある。
§9.3 前鼻音化は、文字として表記されないこともある。例えば、
という単語は、裸のヌーヌを明示せずに、އަޅުގަޑު と書く場合がある。表記が省略されているだけで、実際の発音は、いずれにしても a-ḷu-ga-n̆ḍu だと思われる。
日本語でも、「本気にすんなよ」を「本気にすなよ」と書いたり、(古文では)「なんめり」を「なめり」と書いたりする。
§9.4 『辞典』のローマ字表記は、裸のヌーヌに関して、まれに§9.2の原則と異なる場合がある。
އިނގިރޭސި は、よく分からない単語だ。ނ は裸なのに、『辞典』のローマ字表記は n' でなく n になっている。ターナ文字表記に従えば、普通の n より軽く発音される。
さらに、その後ろの子音が ލ ではなく ރ である点に注意。似た発音は、
…のように、いくつかの言語でもみられる。歴史的な理由があるのだろう。シンハラ語での表記は、iṅgrīsi であり、in̆grīsi ではない。つまり、前鼻音化とはなっていない。シンハラ語の前鼻音化は上記4種類だけで、n̆gr は可能性自体ないのだろう。
§10 外来語の表記では、ヌーヌ以外の文字も裸で用いられることがある。
このことは、TWWS などには出ていないが、『ノート』に記述がある。
§10.1 外来語の表記では、逆に、いろいろな文字にスクンが付くことがある。
§11 ディベヒ語のローマ字表記において、gn は ޏ (ñ) を表すほか、外来語の ގްނ (g + n) を表す場合がある。
外来語(特にアラビア語起源の単語)の表記などでは、以下の文字が用いられることがある。
ޝ (sheenu [ʃiːn̪u]) は比較的重要で、ディベヒ語の「ありがとう」という単語でも用いられる。アラビア文字の ح に当たる ޙ (hhaa) もよく見られるが、単に普通の ހ (haa) を用いることも多いようだ。日本語で言うと、「ヴ」を使うか「ブ」を使うか? のような、ある意味、趣味の問題かもしれない。
以下の表において、文字名・発音・対応する表記(ローマ字・アラビア文字)は、おおむね Omniglot による。ただし、ローマ字表記を3種類挙げている場合、三つ目は TWWS のもの。一部の文字では、文字名のローマ字表記と用例におけるローマ字表記の間に不整合がある。文字の配列は Unicode 順。アラビア語の単語のアラビア文字での表記は、隅付きかっこ 【】 で示した。『辞典』におけるローマ字表記が大きく異なる場合、矢印 ⇒ でそれを示した。ここで例示している単語の中には『辞典』に載っていないものも多い。
使用頻度が少ない特殊文字なので、用法の細部については、はっきりしない点もある。新しいことが分かったら修正・追加する。
文字 | 文字名 ・発音 |
対応 | 例 |
---|---|---|---|
ޘ | ttaa [θ] |
ṯ / th' ث |
ޙަދީޘް ḥadheeṯ ハディース(イスラムの聖典)
【 حديث 】 |
ޙ | hhaa [ħ~h] |
ḥ / h' ح |
މުޙައްމަދު Muḥammadhu ムハッマドゥ(人名)
【 محمد 】 ※ §8.3参照 |
ޚ | khaa [x] |
ẖ / kh / ḫ خ |
ޚަބަރު khabaru ニュース 【 خبر 】 |
ޛ | thaalu [ð] |
ḏ / dh' ذ |
ޛުލްޤަޢިދާ Ḏulqaʿidhaa (⇒Zulgaidha) (イスラム暦)11月 【 ذو القعدة 】 |
ޜ | zaa [z] |
ż / z ز |
※ [ʒ] の表記にも用いられる。 注1 ޓެލެވިޜަން televiżan テレビ(英語: television) |
ޝ |
sheenu ‣ [ʃiːn̪u] [ʃ~ɕ] |
š / sh' ش |
ޝުކުރިއްޔާ shukuriyyaa ありがとう
ލަކްޝަދީބު Lakshadheebu ラクシャドウィープ |
ޞ | saadhu [sˤ] |
s̤ / s / ṣ 注2 ص |
ޞަފްޙާ s̤afḥaa ページ
【 صفحة 】 |
ޟ | daadhu [dˤ] |
d̤ / s'' 注3 ض |
މައުޟޫޢު maud̤ooʿu (⇒maul'oou) 話題 【 موضوع 】 |
ޠ | to [tˤ] |
t̤ / th'' ط |
ސުލްޠާން sult̤aan スルタン
【 سلطان 】 |
ޡ | zo [zˤ] |
z̤ / dh'' ظ |
ޡާހިރީ z̤aahiree ザーヒリー(思想上の学派) (??) 【 ظاهري 】 |
ޢ |
ainu [ʕ~ʔ] |
ʿ 注4 ع |
ޢަރަބި ʿArabi アラビア語 【 عربي 】
ދުޢާ dhuʿaa 祈り 【 دعاء 】 |
ޣ |
ghainu [ɣ] |
ġ / gh / ǵ غ | ޖުޣުރާފީ jughuraafee 地理学 |
ޤ | qaafu [q] |
q ق |
ޤާހިރާ Qaahiraa (エジプトの)カイロ
【 قاهرة 】 |
ޥ | waavu [w] |
w و 注5 |
ޝައްޥާލް Shawwaal (イスラム暦)10月 = ޝައްވާލް Shavvaal (⇒Shawwal) 【 شوّال 】 |
ޱ 注6 |
ṇaviyani (dnaviyani; naa) [ɳ] |
ṇ ڻ |
ޱަވިޔަނި ṇaviyani ナビヤニ(この文字の名称) |
ﷲ | Allaahu [(a)llaː(hu)] |
ʾAllāh الله |
ޢަބްދުﷲ ʿAbdhullaa アブドゥッラー(人名) 【 عبد الله 】 |
^ 注1: [z] を表す文字は、基本文字の中にすでにある。GODL, p. 60 によれば、むしろ [ʒ] の表記用として後から追加された。
^ 注2: 『辞典』では s' と表記されている場合がある: e.g. މަޤްޞަދު maqs'adhu 「意図」(アラビア語: مقصد) (??)
^ 注3: 『辞典』では l' と表記されている。他にも: ޟަމީރު l'ameeru 「良心」(アラビア語: ضمير)
^ 注4: Omniglot は U+02C2 ˂ を用いているが、U+02BF ʿ (または U+02C1 ˁ )を使うべき。表中では修正してある。Omniglot では、ޢ と ޣ の文字名のターナ文字表記にも脱字があるようだ。
^ 注5: アラビア文字の و は、ターナ文字の基本文字 ވ に対応する。ޥ という新しい文字が導入された本来の意図は、アラビア文字の転写ではないのかもしれない。
^ 注6: この文字は、一部のフォントではサポートされていない。 表中のアラビア文字は、シンド語用のもの。
ޱ (ṇaviyani) は、反舌音の n [ɳ] を表す。もともとディベス文字で同じ音を表した文字で、南部の方言の発音を表すため、ターナ文字でも使われた。しかし、それ以外の地域のディベヒ語では /n/ と /ɳ/ の区別は失われており、公式の(モルディブの中央政府による)文字表には、この文字は含まれていない。南部では、まれに使われることがあるという。 Unicode での文字名は NAA。
1999年、Unicode 3.0 にターナ文字が収録された時点ではこの文字は規格に含まれていなかった。2002年の Unicode 3.2 で追加された。モルディブにおいて、この文字の存在を認める・認めないということは、「中央と違う南部の文化」を尊重する・しないということにつながるようだ。
ﷲ Allāh はアラビア文字そのもので、ターナ文字でもターナ文字の拡張文字でもない(ターナ文字表記: އައްލާހު allaahu)。ターナ文字のつづりの一部として使われるので、便宜上、表に加えてある。通例、この文字はターナ文字フォントに含まれ、ディベヒ語のキーボードレイアウトでもサポートされる。Allāh はイスラム教の神様で、ޢަބްދުﷲ は語源的には「神のしもべ」というような意味らしい。同じ語(人名)の中で、ターナ文字と交ぜて使われるところが興味深い。
それ以外の文字のほとんどは、アラビア語・ペルシャ語・ウルドゥー語などの外来語の音を表すために、1957年に導入された。これらは基本文字の上または下に点を付けたもの。いわば文字 a に対する文字 ä や、文字 c に対する文字 ç に当たる。付点ターナ(ތިކިޖެހި ތާނަ, Thikijehi Thaana) と総称される。ただし、ޜ は、主に英語の [ʒ] を表すために別に追加されたようだ (ޥ も、本来、アラビア語用ではないのかもしれない)。
拡張文字の導入以前は、「アラビア語の単語はアラビア文字で交ぜ書きすれば良い」 という考え方が一般的だったようだ。現在でも、交ぜ書きは珍しくない。
ޝ (sheenu [ʃiːn̪u]) は、ސ (seenu [s̺iːn̪u]) に三つの点を付けた文字(三つの点は、一筆で山形のアクセント記号 ˆ のように書かれることもある)。アラビア文字の س と ش の関係に当たる。ޝ の発音 [ʃ] は、標準アラビア語における ش の発音と一致する(英語の ship の sh の音)。ディベヒ語では口蓋化された [ɕ] の発音も用いられるようだ。
ローマ字表記では、ށ (shaviyani [ʂavijan̪i]) の sh [ʂ] と区別して、sh' や š で表す。実際には、区別せずに同じ sh で表すことも多い。この記事内では sh で表す。
ޝުކުރިއްޔާ shukuriyyaa は、アラビア語 شكرا šukrān、ウルドゥー語 شکریہ (ヒンディー語 शुक्रिया) śukriyā に当たるが、ディベヒ語の正書法では k にも母音が付く。 2文字目を ކް にしている資料もあるが、正しくない。
ލަކްޝަދީބު Lakshadheebu は、インドの西にある島々(インドの一部)。最南端のミニコイ島はディベヒ語(マール語)圏であり、モルディブの北に当たる。
英語(インドの公用語)では Lakshadweep [ləkˈʃɑːdˌwiːp, ˌlʌkʃəˈdwiːp]。
サンスクリット語で、lakṣaḥ / lakṣam は「10万」、dvīpaḥ は「島」であり、「十万島」と解釈できる。ラクシャドウィープの島の数は、実際には36個だけなので、ちょっと大げさな表現だ。 Laccadive と呼んでいた時代には、Minicoy と Amindivi は含まれていなかったので、ますます島の数は少なくなる。ひょっとすると、この地名、もともとはモルディブも含んでいたのかもしれない (モルディブには島が1192個ある)。
lakṣaḥ と同語源の単語は、現在でもいくつかの言語で用いられる。ディベヒ語でも、
އެއްލައްކަ eh-lakka
…は「10万」を表す
(eh は「一つの」という意味)。
Windows ユーザーは、デフォルトのままにせず美しいフォントを使おう。フォントが美しいと、それだけで研究も楽しくなって効率が上がるというもの…。
あなたのブラウザでは:
ދިވެހިރާއްޖެ އާއި މަލިކު
このほかにも、合計30種類くらいのターナ文字フォントがあるようだ。参考資料: Dhivehi on Mac OSX Lion or Mountain Lion.; Thaana Unicode Fonts.
TTF版ZIP(2012年5月) をダウンロード(5.8 MiB)。 解凍してできるフォルダの中の FreeSerif.ttf を見つける。コントロールパネルの「フォント」を開いて、そこに上記ファイルをコピー。2013年1月現在、FreeSerif 以外の FreeSans などにはターナ文字は含まれていない。
ヒトの口の中には、歯と歯茎がある。上の歯茎の後方に、口の天井があって、そこは骨張っていて硬い(
一部の方言を除きディベヒ語では n の反舌音は一般的な音素ではないが、n は「んー」と音を出しっぱなしにできるので、実験にはいいだろう…。
「反舌音」は、「そり舌音」とも呼ばれる(特に中国語関係)。インド関係では、「反舌音」という用語が常用される。どちらでも同じ意味。
広い意味での「歯茎」は、「歯茎の裏側で、上の歯との境目の部分」から、「口の天井の近くの肉が薄くなる部分」まで、幅がある。普通、この範囲の前半(歯に近い側)を使って t, d, l などの発音を行う。 この範囲の後半(口の天井に近い側)を使って t, d, l などの発音を行う場合、それを反舌音という。
舌の先端をこの位置に持っていくと、自然と舌は少し反り返る形になる。結果として、反舌音の発音では、舌先のうちでも舌の裏側寄りの部分(場合によっては、もろに舌前部の裏側)が使われることが多い。例えば t の反舌音なら、舌先のその部分と後部歯茎の間で音を出す。
l, s などの反舌音も、「舌を反り返して、普通より少し奥で、舌先(どちらかというと裏側寄りの部分)と口の天井の間で音を出す」 という点は同じだ。
インドの言語では反舌音は一般的だ。ディベヒ語では t, d, l, s の反舌音が用いられる。発音記号では、 [ʈ ɖ ɭ ʂ] のように後ろ(右)に反り返ったフックで反舌音を表す。
逆に、普通より舌先がもっと前進して、舌先と上の歯の裏の間で t, d, n, l などの発音をする場合、それを歯音という。こっちは簡単だろう。
この項を書くとき参考にした資料: MIT OpenCourseWare: Linguistic Phonetics; Laboratory Phonology. Wikimedia Commons: File:Illu01 head neck.jpg; File:Gray855.png. Keith Johnson: ‘Universal’ Articulatory Phonetics.
ディベヒ語の ށ の子音は、ロシア語の ш に似た反舌音 /ʂ/ だが、これが一種の r として発音されることがあるらしい。具体的には、日本語のラ行音に似た反舌の弾き音(または震え音)を無声化したものと思われ、例えば [ɽ̊] で表すことができる(以下この表記を使う)。
ウェブ上で読める記述:
/š/ a retroflex grooved fricative is peculiar to Dhivehi among the Indo-Aryan languages. In some dialects it is pronounced as [r] a voiceless retroflex flap or trill.[GODL, p. 35]
/r/, a voiceless alveolar flap or trill, is peculiar to Maldivian among the Indo-Aryan languages. But some people pronounce it as [ʂ] a retroflex grooved fricative.(Wikipedia: Maldivian phonology)
the retroflex 'ṣ', which has almost a slight 'r' sound in mainstream Maldivian, becomes š in Mulaku Bas, sounding like Arabic: ش shīn.(Wikipedia: Maldivian language)
一つ目は GODL で、[ʂ] が標準で、いくつかの方言では [ɽ̊] になる、という立場を取っている。
二つ目はほとんど GODL の丸写しだが、逆に、[ɽ̊] が標準で、人によっては [ʂ] と発音、という書き方をしている。/r/ という表記は混乱を招くが、もともと /ṛ/ と記されており、GODL との対応や文脈から、明らかに ށ の子音を指している。
voiceless alveolar flap
の真意は voiceless retroflex flap [ɽ̊] か、 voiceless post-alveolar flap [ɾ̠̊] だと思われる。
三つ目は、Fuvahmulah フバッムラッ の方言と対比させて、その方言以外の一般的な ށ の発音を「かすかな r の響きを帯びたような s の反舌音」としたもの。つまり、基本的には [ʂ] の音、という書き方をしている。Fuvahmulah ではそれが [ʃ] になり特徴的だ…という話だが、逆に言うと、一部の方言を除き、ディベヒ語の ށ の子音は [ʃ] ではない、ということだ。これは ށ と ޝ の区別に当たる。
[s z] の発音の仕方には、大きく分けて2種類の方法がある。apical(
普通の [s z] は laminal だが、ディベヒ語の [s z] は apical だとされる。舌先だけを使って、軽く柔らかく発音されるようだ。
この記事の最初のバージョンは、2003年3月16日。ターナ文字のクリック入力キーボード(JavaScript)を公開した。このクリック・キーボードは使い道によっては結構便利だが、表記が不統一なので注意してほしい。子音はナシル訓令式、母音は普通のローマ字式になっている。たぶん当時「ナシル式は分かりにくい」と思って、こういう表記にしたのだろう。ナシル式の ee, oo, ey, oa が II, UU, EE, OO と表記されている。
参考までに、初版の冒頭部分を保存しておく。
JavaScript なタイプライター・シリーズ。今回は、南の島モルディブの文字でやってみました……もちろん、よく分からない文字なので、
- Dhivehi thaana - reading and writing the Maldivian language [maldivesculture.com]
- Alan Wood’s Unicode Resources: Test for Unicode support in Web browsers: Thaana
- www.unicode.org/charts/PDF/U0780.pdf
などを参考にしました。
初版では、ターナ文字のブラウザサポートもテストしている。当時の実験では、Mozilla ではターナ文字の表示が逆さまだった。環境の問題もあったのだろう。 テスト用のデータ自体にも不備があり、ކައްޓަލަ の އް の上の sukun が間違って oa の母音記号になっていた。
その点を修正した上で、当時の記述を一部再録しておく。現在のブラウザでは、こんな問題は起きない。古いブラウザでは、text-align: right;
などの指定をしないと表示が乱れるようだ。以下、初版の記述。
- コード例
The Dhivehi word ކައްޓަލަ means "sweet potato."
- IE6のレンダリング例(正しい: 2003年の表示なのでぎこちない)
- Mozilla 1.3 のレンダリング例(逆さま: 2003年の表示)
- あなたのブラウザでは
- The Dhivehi word ކައްޓަލަ means "sweet potato."
ウィクショナリーは素晴らしいプロジェクトだが、ディベヒ語に関しては発展途上にある。2013年1月現在、ロシア語版と韓国語版が比較的充実しているものの、収録語数は、最高のロシア語版でもわずか179。内容も粒ぞろいとは言えない。
将来は、きっとウィクショナリーのディベヒ語版が発展し、それにつれてウィクショナリーの各国語版も、ディベヒ語辞典として拡充されるだろう。現時点では、次の点に注意。
ウィキトラベルの会話集や Geonames.de は、さらに発展初期にある。
現状、ウェブ上の資料としては、無料公開されている Abdulla–O’Shea の辞典(2005)を使うのが、最も良いだろう。表記はローマ字のみだが、ターナ文字との対応はほぼ規則的だ。
『Naomiのディベヒ語学習ノート』(2004)の単語集は、ターナ文字表記が付いているので、用途によってはとても役立つ。前書きで著者自身が断っているように「便宜的」な資料であり、参考にする場合、細かい点は各自が補完するという態度が大切だろう。
最後に、本稿はターナ文字への興味を中心とするもので、ディベヒ語そのものについては、ほとんど扱わなかった。「文字だけ研究しても仕方ない」と思う人もいるかもしれない。世界にはいろいろな文化と価値観があり、視点も趣味もいろいろだ。「何のために?」と問わない「それ自体の面白さ」というのは、人生で最も大切なことのひとつだろう。
「国立言語歴史研究センター(NCLHR)の歴史の見解は必ずしも適切でない」 という批判もあるが、この記事で扱った内容については、GODL は資料として役立った。ローマ字表記がナシル式でないので注意。
この記事で『ノート』と異なる表記を用いている語の例: ވާތް 「左の」(aa vs. a)。 އަނގަ 「口」(スクンの有無)。 ގަރުދިޔަ 「魚のスープ」(dh vs. d)。 އިމާރާތް 「建物」(スクン vs. u)。
dv
class を削除。dv
class復活)。title
属性値の誤字修正。「歴史書に後の」→「歴史書の後の」geocities.co.jp
終了に伴い、Naomi さんのページへのリンクを更新。