日頃めったに見掛けない正七角形。その作図不可能性は、有名な「角の3等分問題」に帰着する。
コンパス・定規・「角度3等分」器があれば、360° を7等分できる!
Unicode には五角形 ⬟⬠ も六角形 ⬢⬡ も八角形 ⯄ もあるのに…。かわいそうな七角形は、文字も作ってもらえない。
円を7個の等しい扇形に分割できれば、分割点を線で結んで正七角形を作図できる。これは中心角 360° を7等分することに当たる。
別の方法。七角形の1個の頂点を選んで、そこから対角線を引けるだけ引くと、七角形は5個の三角形に分割される。従って、七角形の内角の和は 180° × 5 = 900°。正七角形なら7個の内角が等しいので、1個の内角の大きさは 900° の7分の1。この角度を作れるなら、正七角形を作図できる。
前者は 2π / 7 = ( 360 / 7 )° = (51.428571…)° という角度の作図。
後者は 5π / 7 = ( 900 / 7 )° = (128.571428…)° という角度の作図。
もし正七角形が作図できるなら、どちらの角度も作れるので、前者を2等分することにより π / 7 = ( 180 / 7 )° = (25.714285…)° も作れる。逆に、この角度を作れるなら、それを2倍あるいは5倍することで、上記の作図法はどちらも実行可能。
π / 7 を作れるなら「cos 36° 魔法のにおい」と同様のことができる…
結局、正七角形の作図可能性は cos π / 7 の作図可能性と同値で、それは「整数を出発点に、加減乗除・平方根の(有限回の)組み合わせで cos π / 7 を表現できるか?」という問いでもある。
上記の問いをさらに言い換えれば、「加減乗除と平方根だけを使って、次の方程式が解けるか?」
7倍角の公式を高速生成すると:
以下では cos θ を k と略す。(2.1) を基に「5倍角の公式」と同様に事を進める。
[プランA] cos 7θ = −1 と置くと、コサインの定義から 7θ = π, 3π, 5π, 7π, … となる(角度の符号を変えてもコサインの値は変わらないので、ここでは正の角度だけ考える)。
このとき k = cos θ の θ は、上記の角度 7θ のどれかの7分の1。従って k は cos ( π / 7 ) , cos ( 3π / 7 ) , cos ( 5π / 7 ) , cos ( 7π / 7 ) , … のいずれかの値を持つが、その先の cos ( 9π / 7 ) , cos ( 11π / 7 ) , … は最初の4個の値のどれかに一致するので、結局、条件を満たす k の値は、最初の4種類に限られる。7次方程式なのに解が4種類しかないのは、重解だらけということだろう。
[プランB] cos 7θ = 1 と置くと、7θ = 0, 2π, 4π, 6π, … となって、そのとき k は cos ( 0 / 7 ) , cos ( 2π / 7 ) , cos ( 4π / 7 ) , cos ( 6π / 7 ) のいずれかの値を持つ。この場合も、条件を満たす k の値は、この4種類だけ。
[プランC] cos 7θ = 0 と置くと、7θ = ( π / 2 ) , ( 3π / 2 ) , ( 5π / 2 ) , ( 7π / 2 ) , … となって、そのとき k は cos ( π / 14 ) , cos ( 3π / 14 ) , cos ( 5π / 14 ) , cos ( 7π / 14 ) , cos ( 9π / 14 ) , cos ( 11π / 14 ) , cos ( 13π / 14 ) の値を持つ。この場合、条件を満たす k の値は7種類ある。とはいえ4個目の値はゼロだし、5・6・7個目の値は、それぞれ3・2・1個目の値の符号を変えたものにすぎない。
[A] を試す場合、以下の方程式を k について解けばいい。
同様に、[B] を試すなら:
[C] を試す場合、こうなる。
(2.4) の自明な解 k = 0 は、上述の7種類の値の4個目に対応している。それ以外の6個の値を求めるには、次の方程式を解けばいい。
y = k2 と置くと:
あっさり3次方程式に帰着された!
[A][B] の余弦から定まる角度(0°, 180° などの自明な角度を除く)は、正七角形の作図に直接利用可能。[C] の余弦から定まる角度も、2倍すれば同じこと。つまり、これらの方程式のどれでもいいから、その自明でない解が「整数の加減乗除・平方根」の範囲で表されるのなら、正七角形は作図可能…。実際には「作図不可能」であることが証明されているが、何がそんなに不可能なのか、行けるところまで行って、様子を見てみましょう。
とりあえず (2.5) の両辺を3次の項の係数 64 で割って、最高次の項の係数を 1 にしておく。
頑張れば解けそうなムードになってきた!
この形の3次方程式では、未知数を「新しい未知数、マイナス、2次の係数の 1 / 3 倍」と置くことで、2次の項を除去できる。上記の例では、z を新しい未知数として
と置けばいい。(3.2) を (3.1) に代入すると:
ますます解けそうなムードになってきた!
(3.3) は z についての方程式だが、それを解いて、(3.2) を使って変数を元に戻せば、(3.1) を y について解いたのと同じことになる。
(3.2) の変換により2次の項が消える仕組みは、次の通り。
3次方程式
が与えられたとき、新しい未知数 z と何らかの数 T を使って
と書いたとする。そのとき (3.4) は、こうなる。
(3.5) の z2 の項が消滅するためには、3T + b = 0 つまり T = − b / 3 であることが必要。これを (*) に当てはめれば x = z − b / 3 となる。
(3.5) に T = − b / 3 を代入すると:
結局、(3.4) の形の3次方程式は、変数変換 x = z − b / 3 によって、2次項のない3次方程式
になる。(3.6) と係数を比較すると:
(3.4) の表記を使うと、(3.1) では b = − 7 / 4 , c = 7 / 8 , d = − 7 / 64 となっている。これらを (3.8), (3.9) の右辺に代入すると p = − 7 / 48 , q = 7 / 1728 が得られ、(3.3) の1次の係数・定数項と一致する。
(3.3) をさらに簡約するために、再び変数変換を行う。今度は新しい未知数を w (≠ 0) として、次のように置く:
(4.1) を (3.3) に代入すると:
両辺を w3 倍すると:
これは w3 についての2次方程式になっている。X = w3 と置くと:
(4.4) は、ただの2次方程式なので普通に解くことができる。ただし、(4.4) の判別式 D は負なので、解は実数ではない。
〔補足〕 D = (7/123)2 − 4(7/122)3 = 72/126⋅(1 − 4⋅7) = (72⋅(−33))/(46⋅36) = −72/(642⋅33)、その平方根は 7i / (64⋅3√3)。
後は X の立方根 w さえ計算できれば、それを (4.1) に代入することで z が求まり、その z を (3.2) に入れれば y の値が求まる。「作図可能=使っていいのは平方根まで」なので、ルール上、立方根の計算には制限があるのだが、やるだけやってみよう。
複号により、可能な X の値は2個。そのどちらに対しても立方根は3個あるので、w は合計6個の値を取ることができる。6次方程式 (4.3) の解なのだから、そうなって当然だろう。ただし、これら6種類の w を (4.1) に入れた場合、結果に重複があって、生成される z は3種類しかない。
(4.1) の置換の根拠、そして上記のようになる理由は、次の通り。
2次項のない3次方程式を考える。
新しい未知数 w と何らかの数 U を使って
と書くことができたとすると、(4.6) はこうなる。
両辺を w3 倍すると:
3U + p = 0 つまり U = − p / 3 なら、(4.7) の4次の項・2次の項は消滅する。これを (**) に適用すると:
この手法は、ビエト(Viète)の置換と呼ばれる。U = − p / 3 と置くと (4.7) は:
(4.1) 以下は、この手順に従ったもの。(4.9) によれば、(4.4) の1次の係数は、q つまり (3.3) の定数項に等しい。(4.4) の定数項は、(3.3) の1次の係数を p として − ( p / 3 )3 に等しい。
2次方程式 (4.9) の2解を α, β とすると、解と係数の関係から、αβ = − ( p / 3 )3 。その両辺の立方根を考えると…
…となるような 3√α と 3√β が(少なくとも1組は)存在する。X = α または β であり、その立方根が w なので、とりあえず w = 3√α とすると:
このとき (4.8) から:
w = 3√β とした場合には、(4.10), (4.11) の α と β が入れ替わるだけで、(4.12) の和は変わらない。すなわち:
そのため、w の選択肢は6個あるが、そこから生成される z は3種類だけ。別の言い方をすると:
2次方程式 (4.9) が実数解を持たない場合、もし p と q が実数なら、2次方程式の解の公式の形から、α と β は互いに共役複素数。その場合、α の立方根3種と β の立方根3種も「3組の共役複素数」となり、(4.8) つまり (4.12) では、複素共役の関係にあるペアが足し合わされる。その結果は実数。この場合、3次方程式 (4.6) は3個の実数解を持つ(次の節の実例参照)。
一方、2次方程式 (4.9) が実数解を持つ場合、その2解 α, β は、一般には複素共役の関係ではない。従って、上記とは別の状況になるが、その場合でも (4.10) 以下の関係は成り立つ。
(4.8) の真相は (4.12) で、カルダノ(Cardano)の公式の変種。元祖カルダノの公式と違い、(4.8) では、ペアになる2種類の立方根が、内部的に自動選択されている。
(4.5) において、問題は、次の X の立方根の計算に帰着された。
求めようとしているのは (90/7)° などのコサイン。当然それは −1 と 1 の間の実数値。「実数値の計算なのに複素数経由」というのは、不可解な感じがする。昔の数学者も、これには当惑したらしい…。
(5.1) の複素数の絶対値 r と偏角 φ について、次が成り立つ。
立方根は一般には作図可能ではないが、この r は、立方根が作図可能な形になっている(3√r が、四則計算・平方根の範囲で表される)。
cos φ も作図可能な値。
(5.1) の複号でプラスを選択したとしよう。その場合の X の立方根の一つを、上記の 3√r と φ を使って表すと:
残り二つの立方根は、(5.4) の角度 (φ / 3) を前後に 120° ずらした位置にある(言い換えれば、φ を前後に 360° ずらした位置)。
虚数部分は消滅するので、作図の妨げにならない。そして、上述のように、3√r も cos φ も作図可能。しかし (5.3) の cos φ から (5.4) の cos (φ / 3) を作る一般的な方法はない…。どうやら正七角形の作図不可能性は、突き詰めると、「不可能」で有名な「角の3等分問題」に行き当たるようだ。
具体的な数値を見ると、状況が分かりやすい。(5.1) の複号でプラスを選択した場合、X は複素平面上の第2象限にある。
を使って (5.4) を計算すると:
検算として w1, w2, w3 をそれぞれ3乗すると、確かに上記の X(複号でプラスを選んだ場合)と一致する。
これら3種類の w を (4.1) に入れると、結果はそれぞれ:
第1の観察: 3種類の z の値は…。それぞれ対応する w の虚部が消え、実部が2倍されたもの。
第2の観察: 3種類の z を足し合わせると 0 になる。
ともあれ、これらの z を (3.2) に入れると、π/14 = (90/7)° の奇数倍のコサインが得られる。
一方、(5.1) の複号でマイナスを選択したとすると(第3象限):
w1 & w′1, w2 & w′2, w3 & w′3 がそれぞれ複素共役になっている。(4.12) 以下で観察したように、w1, w2, w3 を使っても、 w′1, w′2, w′3 を使っても、(4.1) から生成される3個の z に違いはない。この場合 (4.1) の処理は「複素数、プラス、その共役複素数」に相当するのだから、(4.1) を計算する代わりに、単に w の虚部を無視して実部を2倍すれば、同じ結果が得られる。例えば:
言い換えれば:
(★) を展開した4項のうち、最終結果は第1項の2倍に等しく、第2~第4項は計算に必要ない。
以下では、方程式の係数が実数で、かつ2次方程式 (4.9)
が実数解を持たない場合(つまり、その判別式 D が負の場合)を考える。その場合、3次方程式 (4.6) は3個の異なる実数解を持つ(上記の計算法では、それらは、3組の共役複素数の和として表現されている)。そして、この場合 p < 0 となる。なぜなら:
(***) の解は:
根号内の負の数 D を −1 倍して i = √−1 を外に出すと:
解 X の絶対値 r は、次のように計算される。
正七角形が特別だったわけではなく、この条件下では、p が作図可能(例えば有理数)なら、r の立方根 √(−p/3) は常に作図可能のようだ…。この値は p のみによって決まり、q とは無関係であることが分かる。
(5.5) の √7 / 6 に当たるのは、r の立方根の2倍。それを
と書くことにする。X の偏角 φ の余弦を C = cos φ とすると、それは「実部 ÷ 絶対値」なので:
(6.4) の角度は arccos の主値で、複素平面上の第1または第2象限の点に対応する。(6.1) の複号でプラスを選んだことにすれば、虚部の符号がプラスになって、X は第1または第2象限の点になるので、つじつまが合う。(もし仮に X の複号でマイナスを選んだと考えると、φ は、X の真の偏角とは符号が逆の角度。その場合でも、角度の符号の違いは「3分の1角の余弦」の値に影響せず、下記 (6.5) はそのまま成り立つ。)
このとき、3次方程式
の一つの解は:
残りの2解を得るには、(6.5) の φ を φ ± 2π に置き換えればいい。
カルダノの公式と比べると、ずいぶんすっきり…。複素数を経由せず、実数の世界で計算が完結する。この解法も、ビエトが発見したものらしい…。(ここではカルダノの公式の側から導いたので、舞台裏では複素数を経由しているけれど、複素数を一切使わずこの形を導く方法もある。)
arccos が使われているが、本当に知りたいのは φ = arccos C という角度そのものではない。C = cos φ が与えられたとき、知りたいのはその「3分の1の角度」の余弦。それを直接求める便利な方法(「3分の1角の公式」)がないので、「余弦をいったん角度に逆変換して、角度を3で割って、それを余弦に再変換」という手順を踏んでいる。sin φ や tan φ も求められるので arcsin や arctan を経由してもいいのだが、後で cos に再変換するのだから arccos 経由が素直だろう(象限も分かりやすい)。
立方根も複素数も排除できたものの、角の3等分が絡んでいる。
上記の議論だけでは「もっとうまくやれば、角の3等分を回避できるのでは?」という可能性を否定できない。従って、厳密にはまだ結論を出せないけれど、どうやら正七角形の作図不可能性は「コンパスと定規だけでは、任意の角を3等分できない」ということから派生するようだ。逆に言えば:
「3等分」器が必要なのかどうか、という点については、この議論からは何とも言えない(もっと弱いツールで足りるかも)。
いずれにしても「角の3等分ができれば、何でも作図できる」わけでは ないのだから、正七角形の作図は「可能に近い不可能」といえそうだ。
正七角形の素朴な作図に必要なのは 360° の7等分だけど、「7等分」器がなくても「3等分」器で間に合う。コンパス・定規・「3等分」器だけを使って、360° を7等分できる…というのは、ちょっと意外な感じがする。
最初の [プランA・B・C] のうち、ここまでは [C] を考えた。改善された上記の解法を使えば、[A][B] は簡単に解ける(作図可能のルールの範囲を超えてしまうが)。
[プランA] の内容から、k = cos θ = −1 は (2.2) の自明な解。従って (2.2) は k + 1 で割り切れる。商は:
最初に観察したように、[A] は重解だらけなので、(7.1) には異なる解が3個しかない。2重解が3組だとすれば、3次式の2乗に分解可能。最高次の係数と定数項から、次のようになると予想される。
3次の項の係数は負でもいいのだが(その場合、全部の項の係数の符号が逆になる)、どうせ後から3次の項の係数で割るのだから、どちらでも同じこと…。
これを展開して (7.1) と係数を比較すれば、定数項の符号および m, n の値を容易に決定できる。結果は:
つまり、次の3次方程式を解けばいい。
(3.4) 以下に従い k = z + 1 / 6 と置くと (3.8), (3.9) から p = − 7 / 12 , q = 7 / 216 となる。D < 0 なので、(6.2), (6.3), (6.4), (6.5) から:
ゆえに:
他の2解は:
同様に [B] は:
k = z − 1 / 6 と置くと p = − 7 / 12 , q = − 7 / 216 となって:
ゆえに:
他の2解は:
(7.3), (7.6) の結果をそれぞれ一つの式にまとめると:
あえてカルダノ風に書けば(補遺参照):
[C] についても、同様のスタイルで書くと:
「ルート5がいっぱい」と似た雰囲気だが、複雑度が増している。そっと触らないと壊れてしまいそうな、デリケートなパターン。倍角の公式の通り、(7.7a), (7.7b) の右辺を2乗して2倍して1を引くと、それぞれ (7.3a), (7.3b) の右辺になる。
〔追記〕 (7.3b), (7.7b) に関連して、次のように整理できる。
sin (π/7) の根号表現の導出について、同じ意味の少し違う表現について、そして 2π/7 等の cos, sin の同様の表現については、「1 の原始7乗根についての覚書」参照。
1. カルダノの方法は、次の通り。2次項のない3次方程式
が与えられたする。それと関連する2次方程式
の2解を α, β としよう。与えられた3次方程式の解は、
という形で表される。上記2次方程式の判別式
を使うと:
要するに、解 z は次の形を持つ。
言い換えると:
例えば、3次方程式 (7.2) の場合、 p = − 7 / 12 , q = 7 / 216 となる。よって、
であり、D = −49/1728 も単純計算で求められる。1728 = 242 × 3 に注意すると:
関連する2次方程式の解は:
カルダノの公式では、この(複号によって表される)2個の数それぞれ(分数全体)が、立方根の記号の中に入る。この場合、分母 432 は 63 × 2 なので、1/6 を立方根記号の外に出して、立方根記号の内側の分母を 2 にしてもいい。式 (7.3b) では、そうなっている(定数項 1/6 は、2次の項を除去したときの変数置換を元に戻すためのもの)。
この最後の式では、角かっこ内を 2 倍して(結果的に、立方根の記号内は 8 倍される)、その代わり冒頭の 1/6 を 1/12 にしてもいいだろう。
あるいは、最初の分母 432 を直接 4 倍すれば立方数 1728 = 123 になるのだから、立方根号下の分母・分子をどちらも 4 倍すれば、分母を立方根の記号の外に出すことができ、右辺を「分母が整数 12 の一つの分数」として通分できる(結果は上と同じ)。
0 以外の任意の複素数(実数も含む)は、複素数の範囲では三つの立方根を持つ。「立方根記号がそのうちどれを表すか」について、曖昧さが生じ得る。ここでは、立方根記号は主値を表すものとする。
2. 上述の計算には、非効率な点がある: 途中でややこしい分数が現れ、その分数がシンプルな分数に簡約される場合(上の例で言えば、立方根の記号内の 1/432 が簡約可能)、無駄な回り道をしているように感じられる。
同じ (7.2) を例に、この種の無駄を避け、途中計算をすっきりさせる方法を検討する。解きたい3次方程式は:
第1式の両辺を 8 で割ると、第2式になる。第2式では、3次の項の係数が 1 になった代わりに、他の場所で3カ所も分数が発生している。「こんなに分数だらけでゴチャゴチャさせるくらいなら、わざわざ3次の係数を 1 にせず、第1式を直接処理した方が簡単なのでは?」というのは、一つのアイデアだろう。関連記事「覚えやすさを重視した3次方程式の解法」は、そのような発想に基づく。
一方、第2式経由でも、分数をなくすことができる。この例で言えば、第2式を 8 倍すれば分数を解消できるが、単に 8 倍するのでは、第1式に戻ってしまうだけで意味がない。そこで、すぐに 8 倍することを念頭に、第2式を変形して3次の係数をいったん 1 / 8 にしよう。すなわち、置換 x = y / 2 を行うと、第2式はこうなる:
かえってややこしくなったようだが、ここで全体を 8 倍すると:
ずいぶん簡単になった!
〔追記〕 この例では [*] で直接 x = y / 2 と置いても、同じ結果になる。
〔追記2〕 分数を解消するとき、最初から2次項が 3 の倍数になるように変数を置換すると、しばしば便利(半面、係数が大きくなり過ぎてしまう可能性もあるが)。第一に [**] で x = y/6 と置き両辺を 63 倍するか、または同じことだが、[*] で x = y/6 と置き両辺を 33 倍する; 第二に y = s + 1 と置けば、下記 z の式を経由せずに s3 − 21s + 7 = 0 が得られる。
今、2次項を除去するための置換の手順に従って y = z + 1 / 3 と置くと:
先ほどと同じ方法を使い、分数を解消しよう: 27 倍することを念頭に、3次の係数をいったん 1 / 27 にする。すなわち z = s / 3 として、両辺を 27 倍:
非常にシンプルな3次方程式が得られた。関連する2次方程式は X2 + 7X − (−21/3)3 = X2 + 7X + 73 = 0。このとき…
…となって:
これで s についての方程式が解けた。置換の連鎖を逆にたどって、変数を元に戻そう。最初に x = y/2 と置いたが、その y は y = z + 1/3 = s/3 + 1/3 = (s + 1)/3 なので x = (s + 1)/6。つまり上記 s の値に 1 を足して 6 で割れば、もともとの(x についての)3次方程式の解。結果は (7.3b) と一致。
D については、因数分解された形のまま計算を進めた。というのも、必要なのは D の数値ではなく、その平方根。D が少なくとも平方因子 72 を持つことは明白(実際には平方因子 72⋅32 を持つ)。絶対値の大きな数の平方根を考えるより、平方因子を事前に分離して小さな数の平方根を考えた方が、少し手間が省ける。
最高次の項の係数が 1 の方程式において、それ以外の係数の分数を解消する変数置換は、18世紀の数学者にとっては常識的なことだったらしい。オイラーの Elements of Algebra(2015年版†), §723 参照。
† 原題 Vollständige Anleitung zur Algebra(直訳: 代数への完全な案内)。複数のバージョンあり。初版は1765年らしい。失明したオイラーがドイツ語で口述し、従者に書き取らせることによって(つまりほとんど暗算だけで)執筆されたという。2015年に、英訳(1828年版)を再編集したデジタル版が作られている。ドイツ語原文については、下記で1770年版を見ることができる(リンク先の 162. が2015年版の §723 に当たる)。
https://www.deutschestextarchiv.de/book/view/euler_algebra02_1770?p=138
分数なくして、すっきり。語呂合わせ付き。
「出発点&タイプ判別」「例題1」「例題2」の3部構成。
3次方程式が簡単に因数分解される場合には、分解された2次以下の方程式を普通に解けばいい。以下では、それができない場合について考える。
「cos π/7 正七角形の七不思議」では、試しに3次方程式を解いてみたが、すっきりしない感じが残った。最初の部分を要約すると…
という3次方程式は、
と置くと、次の形に簡約される。
上の式の係数の部分は、こうなるのだが…
ゴチャゴチャして分かりにくい!!
この種の分数を回避するため、一般の3次方程式(係数は実数)を次のように書くことにする。
(8.1) の2次の係数 b と1次の係数の c の代わりに、それらの3分の1をそれぞれ B, C とした。3次の係数 a は 0 ではないとする。
このとき、新しい変数 z を使って
つまり
と置くと、(8.2) は、次のように、「3次の係数が 1 で2次項がない形」に変換される。この形を簡約3次方程式と呼ぶことにする。
ここで:
(8.2) 同様、1次の係数の3分の1を P と書いている。
上記のようになることを確認するには、(8.2) に (8.4) を代入して…
両辺を a2 倍すれば…
めでたく ±3Bz2 が消えるので、後は1次の項を集めれば…
確かに (8.5), (8.6), (8.7) の形になる。a = 1, b = 3B, c = 3C, p = 3P とすれば (8.1) 以下と同じ意味だが、(8.6), (8.7) の方がすっきりしている。
a, B, C, d から P, q への係数変換が、全ての出発点。その鍵となる (8.6), (8.7) の覚え方は:
aC − | B2 |
---|---|
足(aC)を引っ張る | 美人(b)事情 |
a2d − | 3aBC | +2B3 |
---|---|---|
アニメ(a2)ドン(d)引き | 3バカトリオ | 双子美人参上 |
語呂合わせは数学的に必要なものではない。気に入らなければ無視するか、自分好みにアレンジを。
カルダノ(Cardano)の公式によると、簡約3次方程式
の一つの解は、2種類の立方根の和
として表される。α ≠ 0, β ≠ 0 の場合、ビエト(Viète)の置換を使って、上記の関係を直接確かめることもできる。ここで α の立方根 3√α という表現は、「立方(3乗)すれば α になるような何らかの数」を指し、
β の立方根についても同様だが、3√α の選択の仕方と 3√β の選択の仕方には一定の条件がある。
α, β の正体をはっきりさせるため、(9.1) の両辺を3乗すると:
(9.2) と (8.5) の係数を比較すると:
(9.3) の両辺を3乗すると:
(9.4), (9.5) から、α, β は次の2次方程式の解(解と係数の関係による)。
このことを直接的に確かめるには、(9.4) から得られる β = −α − q を (9.5) に代入して、結果を整理すればいい。
(9.6) の解は:
次のように書くことができる。
「2解のどっちが α でどっちが β か」は逆でもいいが、ここでは「複号でプラスを選択した場合が α」と約束する。
2次方程式 (9.6) の判別式(言い換えれば (9.7) の根号の中身)に注目しよう(それを D とする)。
(第1のケース) D > 0 なら (9.6) は実数解を持つ。つまり α, β は実数。…任意の実数は「実数の範囲の立方根」を1個だけ持つ。α, β それぞれの実数立方根を (9.1) に入れれば、簡約3次方程式の実数解 z が得られ、それを (8.4) に入れれば、もともとの3次方程式の実数解が得られる。実数解は1個だけ。
(第2のケース) D < 0 なら (9.6) は実数解を持たない。この場合、(9.8) & (9.8′) は、次のような複素数。
このとき α, β がそれぞれ3個持つ「複素数の範囲の立方根」は、3組の共役複素数(詳細は後述)。(9.1) は共役複素数の和となり、虚部が打ち消し合うため、もともとの3次方程式は3個の実数解を持つ。
(第3のケース) D = 0 なら (9.6) は実数解(重解)を持つ。α = β という特殊な状況のため変則的な部分があるものの、第1のケースと同様に処理可能。
P が正なら D = q2 + 4P3 も正なので、自動的に第1のケースになる。
逆に言えば、第2のケースになるためには P < 0 であることが必要。このような場合、文字 P をそのまま使うと「−P は負ではない」「√−P は虚数ではない」といったことになり、少々紛らわしい。そこで「P の符号を逆にした数」に名前を付けておこう。「ネゲート(符号を反転させる)」という意味で N と呼ぶことにする(本筋とは関係ないが「ノルム」とも関係している)。
(9.7), (9.8) のような分数も煩わしいので、もう一つの新しい変数 R を導入し、
と書くことにする。この規約の下で (9.6) は:
その2解は:
つまり:
だいぶすっきりした!
語呂合わせ:
X2 | +qX | − P3 |
---|---|---|
(※) | 急用(q)で | 引き返したポケモン(P)参上 |
X2 | +2RX | + N3 |
---|---|---|
(※) | ロケット団(R)の二人 | プラス、ニャース(N)参上 |
(※) 2次方程式に X2 と X があるのは当たり前。それらについては、わざわざ覚える必要ない。
(9.6) と (9.6*) は、文字の使い方が違うだけで、内容的には全く同じ2次式。内容は同じでも、R & N を使った (9.6*) バージョンで判別式を考えると、面白いことになる。もし…
つまり
…が成り立つなら、3次方程式は3個の実数解を持つのだった。逆に R2 の方が大きければ実数解は1個しかない。この考え方を使うと、実際に判別式を計算しないでタイプを判定できる。
覚え方: 「ロケット事情(2乗)」より「ニャース参上(3乗)」が大きければ、実数解が3個ある。「ロケット事情」の方が大きければ、実数解が1個しかない(やな感じ~)。
次の方程式の解を求める。
3次方程式の一般形
に当てはめると:
従って:
簡約3次方程式 (8.5) は:
この式は、実際の解法には必要ない。単なる検算用。
核心となる2次方程式 (9.6) は:
判別式が正で、2次方程式が実数解を持つ。直接解いてしまおう:
(1) 電卓などを使って α, β の実数の立方根(それぞれ u, v とする)を求めると:
従って (10.2) の実数解は:
検算として、これを (10.2) に入れると、(有効数字のぶれの範囲内で)ゼロになる。(8.4) を使って未知数を z から x に戻すと:
3次方程式 (10.1) の(唯一の)実数解が得られた。(10.1) に入れると、ちゃんとゼロになる!
(2) 数値解は不要で代数的表現だけでいいのなら、単に上記の数値部分を式のままにすればいい。
立方根の記号の内側にある分数を解消したければ、分子・分母に 4 を掛け、その結果の分母に当たる 3√8 = 2 をくくり出せばいい:
(3) 参考までに、R & N バージョン (9.6*) で考えてみよう。
ロケット自乗 (3/2)2 の方がニャース3乗 13 より大きいので、実数解が1個しかないタイプ…ということが一目で分かる。(9.6*) の解は:
最初に求めた α, β と同じになる(内容的には全く同じ方程式なので)。この場合、最初のやり方の方が簡単だった!
重解の場合を別にすると、「実数解を1個だけ持つ3次方程式」も「実数解を3個持つ3次方程式」も、複素数の範囲では三つの解を持つ。どちらも場合も、一つの解が求まれば、それを基準に残りの2解は機械的に表現可能。
【1】 1 の立方根の一つを ω と書くと(詳細は下記【3】)、当然 ω3 = 1。のみならず、(ω2)3 = ω6 = (ω3)2 = 1 なので、ω2 も 1 の立方根。従って、もし u = 3√α が α の一つの立方根なら、
になるのは当然として、
が成り立つので、uω と uω2 も、それぞれ3乗すれば α になる…つまり、どちらも α の立方根。もっとも ω = 1 だとすると、uω と uω2 はもともとの u と同じで、意味がない。だから「1 の複素立方根のうち 1 自身ではないもの」を ω とする。調子に乗って uω3 を考えても、ω3 = 1 なので α の新しい立方根にはならない。
同様に v = 3√β が β の一つの立方根なら、vω と vω2 も β の立方根。
【2】 このように 3√α と 3√β は(複素数の範囲では)それぞれ3通りの値を取り得る。(9.1) の条件
からすると、
が、解 z の候補といえる。
実際には (9.3) の縛りがあるので、どの組み合わせでもいいわけではなく、2種類の立方根の積を一定に保つことが必要。
u & v が有効なペアだとすると:
【3】 1 の3種類の立方根(1, ω, ω2)というのは、次の方程式の解。
x = 1 は、(11.1) の明らかな解。従って、(11.1) は x − 1 で割り切れる。割り算を実行して、それ以外の解を求めると…
(11.2) の複号で表現されている一方の数が ω、他方の数が ω2 に当たる。どちらがどちらと定義しても問題ないが、ここでは
としておこう(負数の平方根 √−3 は、虚部が +√3 の虚数を表すものとする)。そこから ω2 を直接計算すると…
…となって、(11.2) の他方の解と一致する(つじつまが合っている)。もし仮に定義を逆にして
から ω2 を計算した場合、(11.4) 以下の「根号の前の符号」が全部逆になるだけで、それ以外は同じなので、やはり (11.2) の他方の解が得られる。
それはいいとして、こんな変な分数が本当に 1 の立方根なのだろうか? 試しに立方してみよう。
3乗すると、ちゃんと 1 になる。もう一つの虚数立方根 (−1 − √3) / 2 を3乗した場合も、一部の符号がプラスからマイナスになる以外は同じ計算が成り立ち、結果は 1 になる。
【4】 「実数解を1個だけ持つ3次方程式」について。例題の
の実数解 z1 は、
と表現されるのだった。ここで:
これらを (11.3), (11.5) と組み合わせると、同じ方程式の別の2解 z2, z3 を次のように表現できる。
要するに、簡約3次方程式が実数解を1個だけ持つ場合、その実数解を
とすると(右辺は前述の2種類の立方根の和)、残りの2解は次の通り。
z2, z3 は実部が等しく、虚部の符号だけが違う。
【5】 例題1について言えば、もし数値が必要ないなら、(10.6) のような式を (11.8) に入れればいい。ゴチャゴチャして実用性に乏しいが、何も考えず機械的に書き表すことができる。数値的に計算すると:
もともとの3次方程式
の対応する解は:
【6】 まとめ。実数解が1個のタイプでは、2次方程式(急用で~)を解いて、得られた2解 α, β の実数立方根同士を足し合わせれば、実数解が得られる。それを1の立方根と組み合わせれば、残りの(実数でない)2解も得られる。
実は D = 0 の場合(第3のケース)についても、全く同じ解法が使える。その場合 α = β となり、従って u = v なので、(11.8) の複号の後ろはゼロ。つまり、虚部がゼロ。結果は z2 = z3 という実数の2重解(それがさらに z1 とも等しければ3重解)。このケースでは、3重解の場合を除いて、2個目の実数解がある。
【1】 以下の3次方程式は「例題のための例題」ではなく、数学上のある問題と関係している。その問題とは…「幾何学における3大不可能」に準じる「第4の不可能」、つまり「正七角形の作図の不可能性」。不可能なのは「平方根までの範囲で」方程式を解くことであり、「この方程式は、どうやっても解けない!」という意味ではない。
全体を 8 で割って a = 1 の形にしてもいいのだが、ここでは a ≠ 1 のまま進めてみる。機械的な計算は早送りして…
検算用の簡約3次方程式:
核心の2次方程式 (9.6) は:
この判別式が負なので、3次方程式は3個の実数解を持つ。
【2】 このタイプでは、R & N バージョン (9.6*) を使うのが便利。
R2 = (224/27)2 と N3 = (112/9)3 は、どちらも分母が 729。分子については、前者は 3002 以下だが、後者は 1003 以上。このことから、実数解が3個あることが分かる。
それと同じ意味だが、R & N バージョンの解
において、根号内は負。従って、複号でプラスを選んだ複素数は、次の形を持つ。
(12.6) の根号内を −1 倍して正にして、代わりに虚数単位 √−1 = i を根号の外に出した。
【3】 (12.7) の複素数 α について:
これらは、α を「複素平面上の点」と解釈したときの、横座標と縦座標。それぞれ図の線分 OL と OM に当たる(符号付き)。ここで原点 O は、(実部も虚部もゼロの)数 0 を表している。
複素数 α の絶対値 | α | というのは、(α を複素平面上の点と解釈したときの)Oα の距離。ピタゴラスの定理により「実部の2乗と虚部の2乗の和」の平方根に等しい:
面白いことに、±R2 が打ち消し合って、N3 だけが残る。結局:
一方、α の偏角というのは、角度 φ = ∠WOα のこと。ここで W は正の実軸上の(O とは異なる)任意の点で、単に角度を測る目印。半直線 OW の向きを 0° とし、そこから(O を中心に)反時計回りに測った角度を正、時計回りに測った角度を負とする。三角関数の定義から:
注: 仮定より D < 0 従って 0 ≤ R2 < N3 なので、0 < N つまり N ≠ 0 である。
ある数 y について、arccos y というのは、cos φ = y となるような「第1または第2象限の角度 φ」。一方、α は「2次方程式の解のうち、複号でプラスを選んだもの」なので、虚数解の場合、虚部が正。つまり、複素平面上の「第1または第2象限の点」に当たる。従って arccos と相性が良く、象限がずれる心配はない。
【4】 複素数 α の立方根は(複素数の範囲に)3個あり、その一つ(u とする)は次の性質を持つ。
(12.8) の右辺から、u の絶対値は:
なぜなら √(N3) の実数立方根は √N。実際、この場合 P < 0 なので N = −P > 0。従って、その平方根 √N は実数。そして、それを3乗すれば √(N3) になる:
「u の絶対値は、α の絶対値の立方根」というのは、例えば「−2 は −8 の立方根。絶対値で考えても、2 は 8 の立方根」というようなもので、不思議なことではない。
偏角については、具体例として、1 の虚数立方根 ω, ω2 を考えてみよう。1 という数は複素平面上では正の実軸上にあって、偏角 0°…言い換えれば、偏角 ±360°。その3分の1は ±120° だが、ω, ω2 の値は、確かに実部が cos (±120°) = −1/2 で、虚部が sin (±120°) = ±(√3)/2 となっている。こっちは、ちょっと不思議な感じもする。
ところで偏角 0° と偏角 360° は「同じ方角」だが、上の ω のように、立方根の計算では、その2種類の表現から違う結果が生じる。このような曖昧さを排除するため、上記の u については、その偏角は
の範囲にある、ということにしておく(第1または第2象限の点なので、この範囲に収まる)。
【5】 この例のように α が実数でない場合、2次方程式のもう一つの解 β は、α の共役複素数。つまり、実部が等しく、虚部の符号だけが違う。複素平面上でいえば「α, β は実軸に対して対称の位置の点」。絶対値が等しく、偏角の符号だけが違う、ともいえる。
β の一つの立方根 v を【4】と同様に考えると…
…図のような位置関係になって、u と v も互いに共役複素数になる。
(9.1) により、簡約3次方程式の解 z は、α, β の立方根を足し合わせたもの:
ただし (9.3) の条件
がある。さいわい u, v は、この条件を満たす。実際、u, v の実部(Jitsubu)を J、虚部(Kyobu)を ±K とすると…
この値は実数で、ピタゴラスの定理により | Ou |2 = N に等しい。より一般的に、2個の複素数の積では、それらの絶対値が掛け算され、偏角が足し算される(ちょっと不思議な【4】の性質も、このことから説明される)。u, v は「符号だけ逆の偏角」を持つので、積 uv の偏角はゼロ(※注1)。ゆえに uv という数は、正の実軸上にある(=負でない実数)。
(※注1) 画像では、u + v = z1 という複素数の和が、ひし形として図解されている。複素数の積 uv = N の話に登場する「偏角の和」は、もちろん「複素数の和」とは意味が異なる。この uv は、「複素平面上の u と v を結ぶ線分」ではなく、単に u と v を掛けた数のこと。複素平面上で言えば、点 (N, 0) に当たる。
条件 (☆☆) が満たされるのだから、(☆) により、z1 = u + v は、簡約3次方程式の一つの解。共役複素数同士の和なので、実部が 2 倍になり、虚部は消滅:
つまり z1 は実数。ベクトル Ou とベクトル Ov の和と考えてもいい。複素平面上の図形 Ouz1v は、ひし形となり、z1 は実軸上の点。
z1 の値は、Oz1 の長さに等しい(符号付き)。(12.11) によると、それは u の実部(= OJ の長さ)の 2 倍。(12.10) から、直角三角形 OuJ の斜辺の長さ(絶対値)は √N なので、OJ の長さ(符号付き)は:
これを (12.11) と組み合わせると:
代わりに、辺 Ou を延ばして長さを 2 倍にした線分 OH を考えてもいい。直角三角形 OHz1(∠z1 が直角)の斜辺の長さが 2√N であることから (12.12) が導かれる。
【6】 例題2に当てはめてみよう。(12.5) から:
(12.4) を使うと、(12.9) の値は:
(12.12) の値は:
(12.14) の φ を (12.13) の右辺で置き換えれば、三角関数を使った z1 の表現が得られる。一方、電卓などで (12.13) を数値的に計算して、(12.14) に代入すると:
検算としてこれを (12.2) に入れると、(計算誤差の範囲で)ゼロになる。簡約3次方程式の一つの解が得られた!
【7】 複素平面上において、ある数の3個の複素立方根は、原点を中心とする同一円周上にあり、偏角が 120° = 2π/3 ずつ異なる。図の u, u′, u″ がその例で、α の3個の複素立方根を表している。同様に v, v′, v″ は β の3個の複素立方根。
複素数 u とその共役複素数 v は、簡約3次方程式の一つの解 z1 = u + v を表す。これについては【5】で確かめた。
この状況において、u の偏角を 120° 増やした u′ も、u′ 自身の共役複素数 v′ と共に、(☆) によって、簡約3次方程式の別の解 z2 = u′ + v′ を表す。
なぜなら u′ = 3√α と v′ = 3√β は、条件 (☆☆) を満たすペア(※注2)。実際、u′ の絶対値と v′ の絶対値はどちらも √N なので(※注3)、積 u′v′ の絶対値は N。さらに、u′ の偏角は u の偏角プラス 120°、v′ の偏角は v の偏角マイナス 120° なので、u′, v′ もまた「符号だけ逆の偏角」を持つ。ゆえに積 u′v′ の偏角はゼロ。これらのことから、積 u′v′ = N となる。
(※注2) この記事の 3√α は、α の3個の立方根 u, u′, u″ のどれかを表す。文脈によって u を表したり u′ を表したりする。3√β も同様。
(※注3) 絶対値は、複素平面上での原点からの距離。u, v, u′, v′ などは、原点を中心とする同じ円周上にあり、同じ絶対値を持つ。【5】で見たように、u の絶対値は √N。
一つの解 z1 = u + v を基準に z2 = u′ + v′ と表現される別の解というのは、前述の uω + vω2 に他ならない。同様に z3 は uω2 + vω に当たる。ただし「実数解が1個」の場合、 u + v が実数解を表すとして u′, v′ などに「偏角の符号だけ逆」という性質は無い。
線分 Ou′ の長さを 2 倍にした線分 OH′ を考えると、△OH′z2 は ∠z2 を直角とする直角三角形。∠z1OH′ は…
…であり、その角のコサインを使って、線分 Oz2 の長さ(符号付き)、つまり実数 z2 の値を表すことができる。
角度をさらに 120° = 2π/3 増やして同じことをすれば、z3 の値を表すことができる。
他方、3個ずつある α の立方根と β の立方根の中から「互いに共役複素数ではないペア」を選んだとすると(例えば u′ と v)、選択された2個の数の積は (☆☆) を満たさない*どころか、実数にすらならない。有効なペアは、互いに共役複素数になっている3組に限られる。
* 積の絶対値は N になるものの、偏角がゼロにならない。
【8】 実際の計算としては、(12.12) の φ を φ + 2π, φ + 4π に置き換えるだけ。図のひし形は一辺の長さが √N なので、OH, OH′, OH″ は、いずれも長さが 2√N。それがコサインの係数となる。例題2に当てはめると:
(8.4) により、最終的な解は:
具体的な数値が必要なければ、三角関数・逆三角関数を使った式として表すこともできる。例えば:
「3次の多項式の話なのに、三角関数を持ち出すとは何事か?」という感じもするが、「立方根はいいが三角関数は駄目」という制限は、あまり意味がない。D < 0 の場合、立方根を使って解を(カルダノ風に)書くなら、複素数の立方根が必要。複素数の立方根は三角関数によって計算されるのだから、最初から三角関数で書く方が合理的…。
z3 の計算では、φ + 4π の代わりに φ − 2π を使ってもいい。前者は φ + 720° なので、3 で割れば φ/3 + 240°。後者は φ − 360° なので、3 で割れば φ/3 − 120°。この二つは、どちらも OH″ の向きを表している。「360° = 2π の違い(コサインの値に影響しない)を無視」すれば、どちらも u″ の偏角に等しい。
【9】 まとめ。実数解が3個のタイプでは、「ロケット団の二人~」の式 (9.6*)
だけあれば、2次方程式の解の公式から
となって、そこから α の実部・虚部・絶対値がすぐ分かる(虚部については、負である根号内から 虚数単位 i = √−1 を外に出すので、もともとの根号内が −1 倍される)。これらの情報を使えば、「α の偏角 φ を表す式」が簡単に得られる:
arccos の引数の語呂合わせは:
−R | ÷ | √(N3) |
---|---|---|
逆噴射ロケット | 悪い | 開き直った(※)ニャース参上 |
※ 開き直った=開平(平方根)
語呂合わせで丸暗記するより、「どうしてそうなるのか」を研究しよう。3次方程式を選び、図やグラフを描いたり数値的に検証したりしながら、自分の手で未知の世界を探ってみよう。
追記: 関連記事「3次方程式の奥」を公開した。
3次方程式は、意外と奥が深い…。双曲線関数を使う解法は興味深いし、1993年のニコルズ(Nickalls)による考察(別記事参照)は示唆に富む。
ここで紹介した解法は、D < 0 の場合はビエトのもの。それ以外の場合は、カルダノの式に基づく。最高次の項・定数項を除き、係数の3分の1を計算の基礎とした。このトリックにより、分数を含む公式が必要なくなり、入り口がすっきりした。N = −P, R = q/2 と置くことで、さらに見通しが良くなった。
「3次の係数は 1」と仮定しても数学的な意味での一般性は失われないが、単純に「全体を3次の係数で割って、3次の係数を 1 にする」という発想は、必ずしも得策ではない(2次以下の係数が複雑な分数になって、計算が面倒になるかもしれない)。この記事では「3次の係数は 1」という限定をなくし、公式の分数もなくしたが、実際の計算では、多くの場合、3次の係数を 1 にしつつ、必要に応じて「他の係数の分数を解消する置換」を使うのが、最も便利だと思われる。