3次方程式は奥が深い。「判別式の図形的解釈」は1990年代の新発見だという。「覚えやすさを重視した3次方程式の解法」の内容を掘り下げてみたい。
【1】 最高次の項の係数が 1 の多項式は、モニックと呼ばれる。一般に、実係数の3次方程式
において(a ≠ 0)、両辺を a で割れば等価なモニック方程式が得られる。
下記の二つの方程式は、全く同じ解を持つ。後者は前者を 8 で割ってモニックにしたもの。
左辺を3次関数と見た場合、画像の赤い実線は (15.2) のグラフ、青い点線は (15.3) のグラフ。後者は前者に比べ縦座標が8分の1になるだけで、x-軸との交点に違いはない。
このような等価性のため、あらゆる場合について初めから a = 1 と仮定しても、数学的な意味での一般性は失われない。
3次方程式を解く手順として、変数変換による2次の項の消去が行われる。「モニックにする」タイミングは「2次項の消去」より前でも後でもいい。次のどれも実行可能。
【2】 ワンステップで簡約する場合、(15.1) は、次の形の3次方程式に変換される。これは (15.1) で z = ax + B つまり x = (z − B)/a と置いて、両辺を a2 倍したもの。
R = q/2, N = −P と置くと、簡約3次方程式 (15.4) は次の形になる。
(15.4), (15.4*) の解は、次の2次方程式の解と関係している。
R = q/2, N = −P と置くと:
実用上の計算では(少なくとも公式を記憶する上では)、このやり方が便利だろう。
【3】 z = x + B/a つまり x = z − B/a と置いて両辺を a で割ることによっても、(15.1) を、同じ
の形に簡約できる。その場合、係数の対応は:
【4】 係数の「3倍」を解除して B = b/3, C = c/3, p′ = 3P′ とすると、(15.5′), (15.6′) は次の形になる。
これは「生の」3次方程式
において z = x + b / (3a) と置いて、
の形に簡約することに当たる。
【5】 グラフの幾何学的考察などでは、「モニックに変換しないで、単に2次項を除去した3次式」を考えると便利なことがある。モニックにすると a で割る操作が絡み、「もともとの3次式のグラフ」と「2次項を除去した3次式のグラフ」の関係が複雑になる(横軸・縦軸のスケールが変わるだけだが)。そのため (15.10) の左辺の代わりに
の形も使われる。同様に、(15.4*) の代わりに:
(15.8), (15.9) から、これらの式の係数を決定すると:
【1】 実係数の3次方程式を3次関数のグラフと関連付ける。一般の3次式から「2次項のない3次式」への変数変換は、それが「モニックからモニック」の変換なら、単に変数に定数が加わるだけなので、グラフが水平方向に平行移動される(「モニックからモニック」以外の簡約では変数・関数値がそれぞれ定数倍されるが、グラフの縦軸・横軸のスケールを調整すれば、本質的には同じこと)。
画像は f(x) = x3 − 4x2 − 32x + 64 を
に簡約したもの。これは「もともとのグラフの変曲点 I0 が縦軸上の I になるように、平行移動すること」に当たる。実際、簡約することは2次項を除去することだが、2次項のない3次関数
の2階導関数(第2次導関数)は、z = 0 において 0 になる:
g‴(0) = 6 ≠ 0 なので、(0, g(0)) = (0, q) は変曲点。
一般の3次関数 f(x) = ax3 + bx2 + cx + d では x = − b / 3a で変曲点になる(それを示すには、f″(x) = 0 を解き f‴(x) ≠ 0 であることを確認すればいい)。そのことからも、2次の係数 b がゼロなら変曲点は縦軸上にある。
【2】 簡約3次方程式が3個の実数解を持つということは、そのグラフの曲線が横軸と3回交わること(水平方向の平行移動によって、交わる回数は不変)。その3交点の横座標が、方程式の解 z = z1, z2, z3 に他ならない。
今度はグラフを垂直方向に平行移動することを考える。グラフと縦軸の交点 I の縦座標は q なのだから、曲線の垂直移動は、定数項 q の値を変化させることと等価。画像から一目瞭然だが、曲線をあまり上に移動し過ぎると、横軸との交点が2個または1個に減ってしまう。青い点線の位置まで上昇させると実数解が2個(うち一つは重解)、それより上では、実数解は1個だけ。同様に、下に移動し過ぎて赤い点線の位置を越えると、実数解は1個になる。
縦座標について言えば、関数の極大値(L の縦座標)が負になってしまうと、曲線は横軸と1回しか交わらないし、関数の極小値(M の縦座標)が正になったときも、同じ状況が生じる。
横座標について言えば、簡約3次方程式が3個の実数解を持つ場合:
【3】 各部の長さを決定する。q = 0 の場合の、次の関数 F のグラフを考えると分かりやすい(図の緑の実線):
その零点は:
どこかで極大または極小になるとすれば、そのときの z の値は:
以下では N > 0 の場合*を考える。このとき z は実数で、(16.2) は実変数関数 F(z) の極大値または極小値を与える。実際、F″(z) = 6z なので F″(√N) > 0 であり、 F(√N) = −2(√N)3 は極小値、同様に F(−√N) = 2(√N)3 は極大値。それぞれ図の点 M, L に当たる。
* N = 0 のときも (16.2) の解 z = 0 は実数だが、この解に対応する F のグラフ上の点は、「極値点ではない停留点」つまり鞍点(あんてん)。なぜなら、この点における2階導関数の値 F″(0) = 0 は、正でも負でもない。話を単純明快にするため、この特殊なケースについては、考察から除外する。
従って、図の HI の距離と IJ の距離(変曲点 I から測った「山・谷」までの水平距離。δ とする)は、どちらも次の通り:
極大値・極小値は ±2(√N)3 なのだから、HL の距離と JM の距離(h とする)は、どちらも:
これは変曲点 I から測った「曲線の山の高さ・谷の深さ」に当たる。青と赤の点線の曲線は、曲線 F(z) を上下に h 移動させたものなので、LL1, MM1 などの距離は、いずれも h に等しい。
注意: 関数 F の定義から、上の式に含まれる (√N)3 は √N3 ではない。どちらでも同じようにも思えるが(実際、この記事では N が正の場合を考えるので、どちらでも値は同じだが)、一般の場合には、前者と後者は等しいとは限らず、この区別は見掛け以上に深い問題をはらんでいる。日頃から、この二つをごっちゃにしないように気を付けよう!
【4】 一般に、任意の簡約3次関数
が相異なる3個の実数解を持つためには、曲線のグラフが、青と赤の点線の範囲に入っていなければならない。
そのことをもっと簡単に言うと、極大値が正で極小値が負でなければならない。…例えば、その両方が正なら、図の点 L, M が両方横軸より上にあるのだから、グラフの曲線が横軸と3回交わらないことは明らか。
言い換えると、極大値と極小値の積が負ということが、相異なる実数解が3個あるための条件。極大値・極小値の縦座標は、変曲点の縦座標の上下 h にあるのだから、問題の積は:
この (16.5) を一種の判別式と考えることもできる。
【5】 (16.4) によると、(16.5) は次に等しい。
これは、関連する2次方程式 (15.7) の判別式 D に他ならない(詳細)。判別に必要なのは正負だけなので、q = 2R と置いて全体を4で割ってもいい:
別の考え方として、曲線が横軸と3回交わるためには、曲線と縦軸の交点の座標 q が、青と赤の点線の間に入っていなければならない。そのことから、実係数の簡約3次方程式が相異なる3個の実数解を持つ必要条件は、
であり、それは
と等価。両辺を2で割って2乗すると、「異なる3個の実数解を持つかどうかの (16.7) 型の判定法」が、再び得られる:
(16.8) をこう書くこともできる(重解を含めれば、不等号を ≤ にすることも可能)。
(16.8), (16.9) により 0 < h, 0 < N つまり h ≠ 0, N ≠ 0。
【6】 この節の内容は RWD Nickalls: A new approach to solving the cubic(1993年)に基づく。Nickalls は変曲点 I を N と呼び、I の縦座標 q = 2R を yN と呼んでいるが、これらの「N」は、本稿の N = −P = δ2 とは意味が異なる。この節の式は、Nickalls の式で a = 1 の場合に当たる。他の「判別式」との関係については「いろいろな判別式」を参照。
3次方程式が3個の実数解を持つ場合、三角関数 cos を使ってそれらの解を表せる。cos の引数には、幾つかの書き方がある。
【1】 以下では判別式 D が負と仮定し、(15.7) または同じことだが (15.7*) の解(共役複素数)のうち、虚部が正のものを α とする。既に見たように、このとき複素数 α の偏角は:
注意: この場合の分母は、導出の仕方から (√N)3 ではなく √N3 になる。N が正なのでどちらでも値は同じ。実際、別の方法で導出すると、この分母は (√N)3 になる。
簡約3次方程式 (15.4) の3解は:
z2, z3 をまとめて 2√N cos (φ ± 2π / 3) と書ける。同じ意味で 2√N cos (2π ± φ / 3) とも書ける。
任意の実数 t について cos t = cos (−t)。上記では t = φ − 2π, −t = 2π − φ。
【2】 こう書くこともできる。
(17.3) と (17.3a) では、cos の引数が π = 180° ずれている。この場合 cos の値は「絶対値が同じ・符号が逆」なので、cos の係数の符号を逆にすれば、式全体は同じ値。(17.4) と (17.4a) も同様。ところで、(17.3a) の cos の引数の符号を変えても、値は変わらない:
(17.3) と (17.3b) では、cos の引数が互いに補角(和が π = 180°)。この場合も cos の値は「絶対値が同じ・符号が逆」なので、cos の係数の符号を逆にすれば、式全体は同じ値。結果的に、上記の偏角 φ を使って (17.2) の形で解 z1 を得るとき、同じ式において、分数に含まれる φ を補角 π − φ に置き換え(cos の引数全体を補角に置き換えるのとは異なる)、同時に cos の係数の符号を逆にすると、(17.3b) の形となり、別の解 z2 を得る。
【3】 例:
の3解のうちの2解について:
φ の補角 φ′ を使って (17.7) を (17.3b) の形にすると:
(17.7) の + 2π が不要になり、すっきりした形になった。y = cos φ なら −y = cos (π − φ) なので、arccos y と arccos (−y) は、互いに補角。α の虚部は正なので、φ は第1または第2象限の角。その補角 φ′ も第1または第2象限。従って arccos の主値は、正しい象限の角を返す。
次のように一つの式で書くと、簡潔さの違いが感じられる(値はどちらでも同じで、本質的な違いはない)。
【4】 z2 に限らず、3個の実数解全てを φ′ ベースで表現することもできる。
…の代わりにこう書いても、解の順序を除き結果は同じ:
Numerical Recipes in Fortran 77 (PDF) の179ページでは、この形式が使われている。角度を逆回りにして
とすれば、解が小さい順にソートされる。
【5】 簡約3次方程式が相異なる3個の実数解を持つとき、3解の正負・大小には、次の制約がある。
α の虚部が正という仮定から α の偏角は 0 < φ < π を満たす。α の立方根のうち、偏角 φ/3, (φ + 2π)/3, (φ + 4π)/3 のものをそれぞれ u, u′, u″ とすると:
従って:
これらの値の定数倍(具体的には 2√N 倍)がそれぞれ z1, z2, z3 なのだから、大小関係は:
重解がある場合には等号が成り立つが、ここでは方程式が相異なる3個の実数解を持つと仮定している。z1, z2, z3 から一定の1次式(モニック経由なら単なる定数差)で変換される x1, x2, x3 も、同様の関係 x2 < x3 < x1 を満たす(ただし、もともとの3次方程式の3次の係数が負の場合、変数変換のやり方によっては不等号の向きが逆になることがある)。
最小の解 z2 は区間 (−2√N, −√N) 内、2番目に小さい解 z3 は区間 (−√N, √N) 内、最大の解 z1 は区間 (√N, 2√N) 内にある。これらは、それぞれ (17.10), (17.11), (17.9) の余弦に対応。
3個の実数解を持つ簡約3次方程式では、解の絶対値が 2√N を超えることはない。逆に言えば、絶対値が 2√N を超える実数解を持つ3次方程式では、残りの2解は実数ではない。
【6】 このことを幾何学的に考えてみよう。
(15.4*) を用い、図の「青い点線の曲線」を f1(z) = z3 − 3Nz + 2R と書くと、(16.3) から N = δ2。図の変曲点 I1 の縦座標は (16.4) から h = 2δ3、これは f1(0) = 2R の値に当たる。これらを使って f1(z) の式を書き換えると:
右端の因数分解では、z = δ が f1(z) = 0 の解であること(点 J の横座標から明らか)を利用した。(17.12) によると、f1(z) = 0 のもう一つの解は z = −2δ。これは | GI | = 2δ を意味する(従って | GH | = δ)。同様に「赤い点線の曲線」から、| IK | = 2δ, | JK | = δ。結局 | GK | = 4δ。「相異なる3個の実数解を持つ簡約3次方程式では、どの解も、変曲点を中心に幅 ±2δ = ±2√N の範囲にある」ことが分かる。
その場合の3解は必ずこの「幅 4δ の区間」内にあるが、特定の一つの方程式を考えた場合、最大の解 z1 と最小の解 z2 の差が 4δ に達することはない。α の偏角(の主値)が最小値 φ = 0 のとき、z1 は K の位置、z2 は H の位置。差は 3δ にすぎない(赤い点線のグラフの零点に当たる。この場合、z3 も H の位置にあり重解)。偏角の最大値 φ = π に対しては、z1, z2 はそれぞれ J, G にあり、やはり差は 3δ(青い点線。z3 = z1 の重解)。
対称性から、差が最大になる場所があるとすれば中間の φ = π/2 だろう。その場合、3次式のグラフは画像の実線と同じになり、零点は (16.1) の通り。従って z1 − z2 = (2√3)δ ≈ 3.46δ となる。
【1】 判別式 D < 0 の場合、α の偏角 φ を決定するには、複素平面上において α の実部・虚部・絶対値を3辺とする直角三角形を考えればいい。
普通は「実部÷絶対値」の arccos を φ とするが、原理的には「虚部÷絶対値」の arcsin や「虚部÷実部」の arctan を使って φ を決定することもできる。
実例で考えてみよう。3次方程式 8x3 + 4x2 − 4x − 1 = 0 に対応する α は第1象限の点。「どのタイミングでモニックにするか」といった計算の進め方で、解の実部・虚部のスケールは変わるが、それらの比(従って α の偏角 φ)に、違いはない(方程式の3次の係数が負なら、変数変換のやり方によっては比の符号が変わり、φ が φ の補角に置き換わることがある)。一旦モニックにせずワンステップで簡約した場合には:
次のどの表現も有効で、値は同一。
従って、普通の
の代わりに、こう書いてもいい。
あるいは:
【2】 次に α が第2象限にある場合を考えてみよう。上記の3次方程式において、2次の係数と定数項の符号をそれぞれ逆にすると 8x3 − 4x2 − 4x + 1 = 0 となる。この場合:
虚部と絶対値については、(18.2), (18.3) と同じ。【1】では3種類の逆三角関数が同じ値を返してくれたが、今回の結果はあまり整然としていない。
arccos は問題なく動作する。一方、この arcsin は、引数が Re (α) と無関係。従って Re (α) の符号の変化が反映されず、値は依然として第1象限の角。結果的に、これは φ の補角。前述のように、補角をそのまま cos の引数の一部として使い、同時に cos の係数の符号も変えれば、有効な別の解 z2 が得られる。
arctan は Re (α) の符号を感知するものの、主値の問題のため、φ と 180° 反対の第4象限の角を返す。結果は「補角の符号を変えたもの」。cos にとって「補角の符号を変えたもの」は「補角」と同じことなので、この場合も、補角と同様に扱えば、解 z2 が得られる。
arcsin, arctan をこのように使うと、象限の問題が面倒だし、α の虚部を計算する手間も生じる。arccos 経由なら象限は自動設定され、α の虚部も必要ない。
これに加えて、arctan を使う場合には、φ = π/2 のとき定義域の問題が生じる(これは実用上、大きな問題ではない)。
【3】 上記とは別の、面白い arcsin の使い方がある。
…という通常のやり方の代わりに、こうする:
根拠は次の通り。φ は第1または第2象限の角、η は第4または第1象限の角。ɡ = R / √(N3) と置くと φ = arccos (−ɡ), cos φ = −ɡ。このとき sin (π/2 − φ) = −ɡ, sin (φ − π/2) = ɡ なので、η = arcsin ɡ は φ より 90° 小さい。従って η/3 は φ/3 より 30° 小さく、φ/3 − 120° より 90° 大きい。ゆえに sin (η/3) = sin ((φ − 2π)/3 + π/2) = cos ((φ − 2π)/3) = cos ((φ + 4π)/3)。この値に 2√N を掛けると解 z3 を得る。他の2解についても同様。
【4】 前節【4】にある「補角バージョン」の z2 と、上記「sin バージョン」の z3 を組み合わせると、3次方程式の3個の実数解のそれぞれが、± kπ の形の角度調整なしに、直接的に表現可能になる。
8x3 − 4x2 − 4x + 1 = 0 の3解は:
8x3 + 4x2 − 4x − 1 = 0 の3解は:
実用上はどれか1種類の書き方に統一して ±2kπ で角度を回す方が手っ取り早いけれど、±2kπ を一切使わずに3解を表現できるというのは面白い。これに加えて、φ が第1象限の角なら z1 について、φ が第2象限の角なら z2 について、それぞれ arcsin, arctan を使って角度を表す方法(上記【1】【2】)もある。例えば、(18.4) をこう書くこともできる。
定義域に含まれる任意の t, y について cos (−t) = cos (t), arcsin (−y) = −arcsin (y), arctan (−y) = −arctan (y) なので、cos [ (1 / 3) arcsin (−y) ] や cos [ (1 / 3) arctan (−y) ] という形における y の前のマイナスは、あってもなくても構わない(arccos に関しては、同じことはできない)。
3次方程式が3個の実数解を持つケースについて、カルダノの公式の「虚数の立方根」を強引に計算すれば、結局は虚部が消滅して、ビエトの解法と本質的に同じ三角関数表現にたどり着く。ビエト自身の本来の解法は、複素数を経由しない軽妙なものだったらしい。chord 関数(現代の sin 関数の変種)とその逆関数が使われたようだ。
【1】 簡約3次方程式 g(z) = 0 において、とりあえず
と置く。係数 A と三角関数の引数 θ は、以下の計算の過程で決定される。g(z) として、(15.4*) の形
を使い、そこに (19.1) を代入すると:
一方、余弦の3倍角の公式から:
(19.2) を (19.3) に関連付けるため、最高次の係数が 4 になるように、(19.2) の両辺を 4/A3 倍する。
(19.3), (19.4) の1次の係数の比較から:
3個の相異なる実数解を持つケースを考えるなら、N ≠ 0, A ≠ 0 であり、この式変形は正当化される。
(19.3), (19.4) の定数項の比較と (19.5) から:
注意: (19.6) の分母は、その直前の式から明らかなように (√N)3 であり √N3 ではない(N が正なので、どちらでも値は同じ)。
(19.5) の「プラス・マイナス」でプラスを選んだ場合、(19.6) の右辺の「マイナス・プラス」ではマイナスが選択される。次の組み合わせは、この条件を満たす:
これらを (19.1) に入れれば、3次方程式の一つの解
が得られる。(19.5a) の θ に 2π/3, 4π/3 を足したものも (19.6) を満たすので、残りの2解も得られる(詳細)。
一方、(19.5) の複号でマイナスを選んだ場合には:
これらを (19.1) に入れれば、3次方程式の(別の)一つの解
が得られ、θ′ に 2π/3, 4π/3 を足すことで、残りの2解も得られる。(19.5a) と比較した場合、(19.5b) に基づく計算は「角度 φ = 3θ を補角で置き換え、同時に cos の係数の符号を変えること」に当たる(引数の符号を逆にすると arccos は補角を返す)。
「φ を補角で置き換えて cos の係数の符号を逆にしても、最終的な結果は同じ」という事実は、今まで「三角関数・逆三角関数の性質」の問題として扱われていた。「補角の3分の1」「120° の回転」などが絡み合い、見通しが悪かった。(19.5) 以下の複号は、この点について、別の理解を可能にしてくれる。係数に当たる (19.5) の符号を変えれば、(19.6) によって逆三角関数の引数の符号が変わる…。ただそれだけのことで、補角がどうこうと考える必要もない。
【2】 代わりに z = A sin θ と置き、正弦の3倍角の公式を使うと、前記の「sin バージョン」が得られる。その場合、(19.3) に当たる式は:
sin 3θ の符号は、(19.3) の cos 3θ の符号と異なる。そこから派生する符号の違い以外は、何もかも【1】同様に事が進み、(19.5a) に当たるのは:
sin 3θ の符号がプラスであることが尾を引いて、arccos の引数にあったマイナスは、このバージョンでは消滅する(これは変数 R の前に付く符号のこと。R そのものの正負ではない)。arcsin の引数の符号と sin の係数の符号を両方反転させれば、(19.5b) に当たる形になる。
この場合、事実関係としては「arcsin の引数の符号が変われば arcsin の値の符号も変わる」というだけなので、(19.6a), (19.6b) の等価性は自明。具体的に、
のような式のマイナスが目障りだと思えば、マイナスを外に出して
としても、値は変わらない。cos バージョンで同様の操作をすると、別の解(有効な解であることには変わりないが)を表す式になってしまう。
【3】 ɡ = R / (√N)3 と置く。(16.10) によれば、簡約3次方程式が相異なる3個の実数解を持つ必要条件は N > 0 かつ | ɡ | < 1。
ɡ が実数で | ɡ | > 1 の場合、3次方程式は実数解1個・非実数解2個を持つが、その場合についても、実変数・実数値関数を使った同様の表現が存在する(詳細)。(19.1) の代わりに
と置く。媒介変数 θ は普通の意味での「角度」ではないが、双曲線関数の「3倍角」の公式から次が成り立つ:
これは (19.3) と全く同じ形の式であり、全く同様に処理可能。結果は:
実変数・実数値関数としての cosh−1 は定義域が [1, ∞) なので、ɡ の正負に応じて (19.7a), (19.7b) を使い分ける必要がある。
【4】 最後に、上記の ɡ が実数にならない場合、すなわち N < 0 の場合を考えてみる。(16.2) によれば、この場合、(実変数としての)3次関数にはそもそも極値が存在せず、グラフをどう平行移動しても横軸との交点は1個だけ。しかし、その解を表現するビエト風の表現は存在する(詳細)。
と置くと「3倍角」の公式から:
今までと同様のパターンだが、1次の項(上記の第2項)の符号がこれまでとは逆になっている。結果として、(19.4) に当たる式…
…と、1次の係数の比較すると:
それ以外の点は同様に進み、結果は:
sin バージョン同様、sinh バージョンの二つの式は等価。(19.8) の複号は、どちらを選んでも構わない。
【5】 cos バージョン (19.5a/b)、sin バージョン (19.6a/b)、cosh バージョン (19.7a/b)、sinh バージョン (19.8a/b) のいずれにおいても、逆三角関数・逆双曲線関数の引数の符号は R の符号に依存する(引数の分母は常に正)。式の上での R の符号は、通常、三角関数・双曲線関数の係数 A = ±2√N の符号とは逆になる(理由)。sin バージョンだけは例外で、この2カ所の符号が一致する。(これらは式の上での符号の話で、R が負数なら −R は正。)
【6】 例: z3 − 3z + 3 = 0 の実数解を求める。
N = 1, R = 3/2, ɡ = 3/2 > 1 なので (19.7b) を使って:
例題1の (10.5) と同じ結果が得られた。数学的な意味においては、(19.9) の代わりに
としてもいい。(19.10) の代わりに
としてもいい。
【7】 「実数解が1個のみ」のケースにおいて、残りの2個の複素数解も同様の式で(ビエト風に)表すことができる。その場合、ストレートに複素関数を使うこともできるが、折衷的な方法として、2種類の実変数・実数値関数を考え、それらを使って実部と虚部を別々に表現することも考えられる。詳細は別記事参照。
【1】 2次方程式 (15.7) または (15.7*) の2解を α, β とし、α の立方根の一つを u、β の立方根の一つを v とする。z1 = u + v が簡約3次方程式の実数解なら、残りの2解は(少なくともそれが非実数解の場合には)、次のように表される(1 の虚数立方根 ω に基づく):
計算そのものは、3次方程式が3個の実数解を持つ場合にも成立する。その場合 u と v が複素共役なので u − v は純虚数。そのため (20.1) の右辺第2項は実数になり、結局 (20.1) 全体が実数となる。
3個の実数解がある場合、z1 = u + v = 2√N cos (φ / 3) の背後には次の関係がある。
従って、問題の純虚数は u − v = (2√N sin (φ / 3) )i であり、(20.1) から:
追記: 加法定理によって cos (φ/3 + 2π/3) = (−1/2) cos (φ/3) − ((√3)/2) sin (φ/3) なので、次のように (17.3) 経由で (20.2) を導くこともできる。
右端の式の第1項は −z1/2 に等しい。(20.3) についても同様。
相異なる3個の実数解があるケースでは、「原点を中心とする半径 2√N の円周上に基準点を置いて、円周上でその 120° 前後の位置を考え、そこから実軸に落ちる影を見ている」。基準点は3解のどれに対応していても構わない。つまり (20.2), (20.3) の右辺の z1 を z2 や z3 に置き換えることもできる。その場合、(20.2) は z3 や z1 を表し、(20.3) は z1 や z2 を表す。
【2】 例:
z3 − (7/12)z + (7/216) = 0 の解の一部は:
(20.4) に (20.2) を適用すると、z2 をこう書くことができる。
別の例として、(20.6) に (20.3) を適用すると:
(20.4), (20.5) などの表現と比べると、(20.4a), (20.5a) の表現は複雑。本来、逆三角関数・三角関数1個ずつで済むはずなのに、それらが2個ずつ使われている。「円周上の 120° の回転」が、1 の虚数立方根との積として表現されている。
佐藤郁郎先生のコラムでは、(20.4a) のような形が繰り返し登場する。「sinπ/5とcosπ/7 (その5)」(2016年)、「正七角形と正九角形(その6)」(2017年)など。「120° の回転」なのだから、もちろん三角関数の引数を直接 2π/3 ずらすことでも、同じ値が得られる。例えば (20.6) が与えられ、そこから z1 を求めたい場合、
としてもいい。実際、(20.4b) に余弦の加法定理を適用すれば (20.4a) になる。
【3】 3次方程式の解法における特徴的な事実として、2種類の立方根の積 uv が −P = N に等しい。従って:
ゆえに (20.1) は:
この最後の根号から、「z2, z3 が実数であるためには z12 ≤ 4N であることが必要」という事実(※注)が再確認される。「3個の実数解が存在するためには、解の絶対値が 2√N を超えてはならない」という以前の観察とも合致する。
(20.7) は、RWD Nickalls 先生が2009年に記述したもの(On Note 92.35)。平方根より引き算 u − v の方が速いので数値計算上の実用性はないが、邪魔な虚数単位がきれいに収納されている。
※注 z2, z3 が実数なら、z1 は点 K の横座標より大きくならない。つまり 2δ 以下。この不等式の両辺(負ではない)を2乗して N = δ2 を使えば、z12 ≤ 4N。
「覚えやすさを重視した3次方程式の解法」は親切だが表面的だった。この記事では、周辺・背後にある幾つかの問題を掘り下げてみた。
話題の一つは、RWD Nickalls による幾何学的考察。その特徴は、幾何学的なパラメーターを使った、3次方程式の仕組みの可視化。「異なる3個の実数解を持つ ⇔ 極大値が正で極小値が負 ⇔ 極大値と極小値の積が負」という説明は明快で、その積を「幾何学的判別式」とする、というのは納得がいく。3次方程式というと何世紀も前の数学のような気がするが、このような議論は1990年代まで(少なくとも文献上は)なかったらしい。The geometry of the discriminant of a polynomial (1996) の結論部で、著者の Nickalls たちはこう述べている(大意)。
判別式の定義は文献によって不統一である。「われわれが定義した形が幾何学的判別式の決定版であり、規範である」と主張することは許されるだろうか? この幾何学的判別式は、従来の判別式と一定の関係にある。これは筆者が1993年の論文において3次方程式の新しい解法を記述した後で、得られた結果である。
「新発見・新標準」という主張は少々あくが強いかもしれないが、Nickalls の観察は、実際、数学的価値を持つものだろう。この記事では、その一部を紹介した。「幾何学的判別式と従来の判別式の関係」については割愛した(別記事「3次方程式の判別式」参照)。
もう一つの話題として、本稿では双曲線関数を使った3次方程式の解法に少し触れた。もう一歩踏み込めば、複素数の範囲の3解全てについて、同様の表現が成り立つ。双曲線関数についてきちんと導入してから、「3次方程式の解」という具体的な問題と絡めつつ複素関数への道筋をたどれば、面白いハイキングコースとなるかもしれない(別記事「3次方程式と双曲線関数 ☆ 複素関数いじっちゃお」参照)。
Nickalls とも双曲線関数とも関係ない話題も、幾つか紹介した。ビエト風の解法では、角度を 2kπ/3 ずつずらすことで3解を得るのが普通だが、偏角の表現を工夫することで、±kπ/3 という角度調整を含まない解の公式を作ることができる。これは、あまり知られていない事実のようだ(ウェブ上でいろいろ見た限りでは、どこにも記されていない)。
www.geocities.jp
のリンク切れを修正。いろいろな判別式。Qiaochu Yuan による恐ろしくエレガントな解法。
「2次方程式の判別式」はよく知られている。それを出発点に、3次方程式への拡張を試みる。
【1】 実係数の2次方程式 ax2 + bx + c = 0 の2解を x1, x2 とする。この方程式は
と等価で、
とも等価なので、係数の比較から:
これらの関係を使うと、解の差の平方
を a, b, c の関数として表現できる。
(*) の値は:
つまり「方程式が重解を持つ・異なる実数解を持つ・実数ではない解を持つ」場合に応じて、それぞれ Δ = 0, Δ > 0, Δ < 0 となる。「値の正負によって、解の種類を判別する」というこの性質は、Δ を a2 倍して分母を払っても、変わらない(実係数と仮定しているので a2 は正の実数)。実際、(1) を a2 倍した b2 − 4ac は、2次方程式の判別式として知られている。
【2】 実係数の3次方程式
について、同様のことを考えてみよう。
(2) の3解を x1, x2, x3 とすると、(*) に当たるものは、次のような「解の差の平方」の積。
直ちに分かることとして、x1, x2, x3 の中に等しいもの(重解)があれば Δ = 0 となり、x1, x2, x3 が相異なる実数なら Δ > 0 となる。3次方程式には、この他「1個の実数解と1組(2個)の共役複素数解を持つケース」があり、その場合 Δ < 0 となる。そのことを示すため、(2) が実数解 α と共役複素数解 β, β* を持つとしよう。(**) の積を構成する3因子の一つは
に当たり、これは共役複素数の差(純虚数)の平方なので負。平方するので、引き算の順序は問題にならない。残りの2因子は:
ここで β − α, β* − α は、共役複素数のペアのそれぞれ(の実部)から等しい実数を引いたものなので、再び共役複素数のペア。従って、それらの積は実数、その実数の平方は正なので、この2因子は Δ の符号に影響しない。のみならず、Δ の値は必ず実数になることが分かる(方程式の係数が実数のときには)。
このように、Δ は3次方程式の判別式としての性質を持つが、Δ に何かを掛けたものも、(積の符号についての区別が失われない限り)同様の性質を持つ。従って「具体的に何を3次方程式の判別式と定義するべきか」は、これだけでは分からない。2次方程式の場合には a2Δ が判別式とされるのだから、3次方程式の場合も Δ に何かが掛け算されるのかもしれない。
【3】 とりあえず、2次方程式の判別式の場合と同様に、係数 a, b, c, d の関数として、Δ を表現したい。(2) は
と等価で、
とも等価なので、係数の比較から次が成り立つ。
これが3次方程式の解と係数の関係であり、言い換えれば、3次関数の根(零点)と係数の関係。2次方程式についての【1】の計算と同様に(もちろんそれより複雑だが)パズルみたいな式の変形を幾つか組み合わせると、(**) の右辺を (3), (4), (5) の左辺の多項式の和・積・定数倍の組み合わせに帰着させることができる(→ 付録B)。Qiaochu Yuan 先生は、恐ろしくエレガントな別の解法を投稿している(→ 付録A)。次節では、それらとは違う方法を紹介したい。
【1】 実係数の3次方程式
の両辺を a で割ってから x = z − b / (3a) と置いて展開・整理すると、方程式は次の形(2次の係数が 0)に簡約される。
この導出は易しい(a = 1 の場合の途中計算が別記事に)。
(2) の3解を z1, z2, z3 とすると、解と係数の関係から次が成り立つ。
ついでに、後で使うので、ちょっと「パズルみたいな計算」を。
【2】 以下のアイデアの核心は、y を変数とする新しい3次方程式 G(y) = 0 を構成し、その3解が次の値になるようにすること。
それができれば、解と係数の関係から
となり、G(y) の定数項から、自然に
が得られる。
(5) を使うと、(6) を次のように変形できる。
対称性により、添え字を1個ずつずらせば、(7), (8) についても同じ計算ができる:
従って、変数 z と 新しい変数 y が次の関係を満たすような形で G(y) を構成すれば、それは要求通りの3個の根(零点)を持つ。
それを実現するためには、(12) の条件に基づき z を y の式で表して、それを (2) に代入すればいい。言い換えれば、連立方程式を解くような感じで、(2) と (12) から z を消去すればいい。(12) の分母を払うと:
そこから (2) を引くと:
これを (2) に代入して (y + p)3 倍し、展開して q で割ると:
(*) と (**) の関係から:
Δ が方程式の係数で表された!
これは Burnside & Panton: The Theory Of Equations, Vol. I, pp. 81–83† による。
† https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.215730/page/n100/mode/1up
【3】 (3), (4) を (14) に代入すれば、一般の3次方程式 (1) に対する Δ が得られる:
単純な代入が許される理由は次の通り。一般の3次方程式 (1) の解 x1, x2, x3 と、簡約された3次方程式 (2) の解 z1, z2, z3 は、変数変換 x = z − b / (3a) によって結び付いているので、定数の違いしかない。従って、どちらの方程式でも「解の差」は同じ。どちら経由で計算しても結果は同じになる。
関数のグラフで言うと、この形の簡約は、例えば図の青い点線の曲線を水平方向に移動して、緑の実線の位置(変曲点が縦軸上になる)に置くこと。横軸との交点の位置は変わるが、交点の間隔は変わらない。
【4】 例: f(x) = x3 + 10x2 + 31x + 30(画像の青い点線)の零点は x1 = −2, x2 = −3, x3 = −5。
対応する簡約3次式 g(z) = z3 − (7/3)z + 20/27(緑の実線)の零点 z1 = 4/3, z2 = 1/3, z3 = −5/3 は、それぞれ x1, x2, x3 に 10/3 を足したもの。
g(z) = 0 の「解の差の平方」を (6), (7), (8) のように書くと:
代わりに f(x) = 0 の解 x1, x2, x3 を使って計算しても、「解の差」に違いはないので同じ結果になる。
「解の差の平方」の積は Δ = 4 × 9 × 1 = 36。これは次の値と一致する:
付記: G(y) = y3 + 6py2 + 9p2y − Δ = 0 の2次・1次の係数についても、当然、解と係数の関係が成り立つ。「解の差の平方」の和は 4 + 9 + 1 = 14。これは次の値と一致する:
「解の差の平方」を2個ずつ掛けた和は 4 × 9 + 9 × 1 + 1 × 4 = 49。これは次の値と一致する:
【5】 (15) は既に判別式としての性質を持っているが、それを a4 倍した形が、(標準的な)3次方程式の判別式とされる:
「符号だけ分かればいいので、分母は要らない」ということだろう。上の f(x) = 0 の例では:
g(z) = 0 に Δ = −4p3 − 27q2 を適用しても、同じ値が得られる:
これは理論上の判別式であり、実際の3次方程式の解法では、違う形の判別式が使われることが多い。
【1】 前節同様、一般の3次方程式
を a で割ってから x = z − b / (3a) と置いて
の形にする。ここで
と書くことができれば(w ≠ 0)、次の6次方程式が得られる(ビエトの置換)。
X = w3 と置けば、2次方程式に帰着される:
この2次方程式の解 α の立方根 w を (3) に入れれば (2) の解が得られ、変数を逆変換すれば (1) の解が得られる。実は、2次方程式の解が α, β のとき、(3) はそれらの立方根の和に等しい:
ただし、2種類の立方根の選択に関しては、2次方程式についての解と係数の関係から αβ = − p3 / 27 つまり
という条件が必要。
【2】 2次方程式 (5) の判別式 D1 は:
(8) の符号は、一番右側の式の分子(それを D0 とする)の符号に依存する。D0 は、前節 (14) の多項式 Δ = −4p3 − 27q2 の符号を逆にしたものなので、値の正負に応じた解釈を逆にすれば、3次方程式 (2) の判別式としての性質を持つ。
のみならず、2次方程式 (5) の判別式 D1 の意味から、D0 < 0 なら α, β は共役複素数、D0 > 0 なら α, β は相異なる実数。(7) の制限を考慮すると、前者の場合、α, β の3組の立方根はいずれも共役複素数のペアで、(6) が取り得る3種類の値はどれも共役複素数の和となって、3次方程式は相異なる3個の実数解を持つ。後者の場合、α, β の立方根の1組は実数だが(それらの和は、方程式の実数解)、残り2組4個の立方根は、互いに共役ではない複素数のペア(それら2組の立方根の和は、方程式の共役複素数解)。
D0 = (−1)Δ が3次方程式の判別式の性質を持つことは前節の考察から明らかだが(ただし符号の意味は正反対)、このように、理論的考察と実際の計算のつじつまが合っている(当然だが)。
この D0 を使えば、2次方程式 (5) の解を
と書けるので、D0 は3次方程式の解とも直結する: (9), (10), (6) の組み合わせは、3次方程式の解の公式(カルダノの公式)の一つの形を与える。
【3】 2次方程式の判別式 D1 そのものを、3次方程式の判別式として使うこともできる。その場合、D1 = −Δ/27 だが、符号だけなら D0 と同じ(そして判別式に必要なのは符号だけ)。2次方程式の解は、単に
となる。
ちなみに、3次方程式を簡約するとき p′ = p/3 として、
の代わりに
と書くと、2次方程式 (5) は
となり、判別式を
と書くことができる。この値は初めの D1 = −Δ/27 と同じだが、(8) のような分数なしに、簡潔に記述されている。
【4】 一般の3次方程式 ax3 + bx2 + cx + d = 0 を簡約するもう一つの方法は、z = ax + b/3 と置き、両辺を a2 倍して
または
の形にするもの。この方法で簡約された方程式は (2), (12) と同じ形式を持つが、それらの p, p′ に比べて P, P′ の値はそれぞれ a2 倍、q に比べて Q の値は a3 倍になる。別記事「覚えやすさを重視した3次方程式の解法」では、このやり方に基づく変数変換が使われている(変数名は一部異なる)。
この場合、簡約された3次方程式の解 z1, z2, z3 は、それぞれ本来の解 x1, x2, x3 の a 倍プラス定数。従って簡約後の「解の差」は、本来の「解の差」のちょうど a 倍。「解の差の平方」は、本来と比べて a2 倍、「解の差の平方積」は、本来と比べて a6 倍。
簡約後の計算は【1】~【3】と全く同じだが、上記の理由により、D0, D1 に相当するもの(それぞれ D6, D7 とする)は a6 倍されて、それぞれ −a6Δ, −a6Δ/27 となる。この違いは、判別式としての性質(符号の区別)には影響しない。簡約後の解は a 倍プラス定数になっているが、最終的に(変数を z から x に戻すときに)同じ定数を引いて a で割るので、もともとの方程式の正しい解が得られる。【1】の方法では
となるが、この方法なら
となり、式の形がシンプル。上記「覚えやすさを重視~」の小細工を併せて使うと、係数の変換公式から、分数を完全に排除することもできる(この小細工は、判別式の値には影響しない)。
【5】 RWD Nickalls(ニコルズ)たちは、1996年、次の形の「新しい」幾何学的判別式を提唱した。
表面的に見れば、これは慣用的判別式 D7 = −a6Δ/27 の 1/a4 であり、「標準判別式と符号が逆で −1/27 の因子を持つ」という特徴を共有する。
一般に、多項式 f(x) で表される方程式 f(x) = 0 について、「各停留点(重複度を含めて数える)における関数 f の値の積」を幾何学的判別式と定義するのだという。「3個の相異なる実数解」を持つ3次方程式において、これは3次関数の「極大値と極小値の積」に他ならない(→ 「実数解が3個」グラフ上では)。事実関係は単純明快だが、1990年代まで誰もこれを深く考えなかったらしい。
3次方程式をいったんモニックに変換して a = 1 にした場合(または、もともとモニックだった場合)、慣用的判別式 D1 = −Δ/27, D7 = −a6Δ/27 と幾何学的判別式 D3 = −a2Δ/27 は等しい値を持つ。簡約3次方程式はモニックに変換されていることが多いので、幾何学的判別式の独自性は、値としては目立ちにくい。
【6】 まとめ。判別式には幾つかの形があるため、その文脈における定義を確認する必要がある。判別式の基本は「解の差の平方積 Δ に、最高次の係数 a の偶数乗を掛けたもの」だが、3次方程式の実際の解法では、その −1 倍または −1/27 倍が、判別式として慣用される。
「符号の意味が逆になり得る」というのは潜在的に紛らわしいが、「値の符号によって、方程式のタイプを判定する」という根っこの部分に変わりはない。
標準判別式
の計算は面倒で、実際の方程式の解法における実用性も高くない。一方、
などは計算しやすく、判別式として同等の機能を持ち、必要に応じて、その値を(解の公式の一部として)便利に再利用できる。
個々の3次方程式の解法では慣用的判別式の方が使いやすいけれど、もっと広い範囲の議論では、統一された標準形式が役立つのだろう。
標準判別式では、実数でない解があるとき値が負になるが(2次方程式の判別式はその例)、3次方程式の慣用的判別式では、符号の意味が正反対: 値が負だと「3解全部が実数」、値が正だと「実数解1個・非実数解2個」となる。3次方程式の古典的解法では、「3解全部が実数」のケースが一番難しい: 「実数でない解」がある場合には、実数の立方根の計算だけでほぼ間に合うが、「解が実数だけ」だと、皮肉なことに、むしろ複素数の立方根が絡む。慣用的判別式の「あべこべの符号」は、この点を考えると、それほど不自然ではない。
恐ろしくエレガントな解法 / ばか正直な解法 / 論理の穴・展望
2次項のない3次方程式
の「解の差の平方積」は Δ = −4p3 − 27q2 に等しい。それさえ証明できれば、あとは機械的な変換によって、一般の3次方程式についての Δ も容易に得られる。本文 [2/3] でどちらも解決済みだが(それを「解法1」とする)、もっと良いやり方があるかもしれない。
(解法2) この導出について、Qiaochu Yuan が2012年に、次のような恐ろしくエレガントな解法を投稿†した。
† https://math.stackexchange.com/q/103504
(1) の解を z1, z2, z3 とすると、解と係数の関係から次が成り立つ。
(3), (4) をそれぞれ3変数の多項式 p = f2(z1, z2, z3), q = f3(z1, z2, z3) と解釈すれば、前者は2次、後者は3次の同次式(=全部の項が同じ次数であるような多項式)。
一方、次の多項式は6次の同次式。
Δ は対称多項式なので (2), (3), (4) と定数の和・積として表現可能だが、この場合 (2) は 0 なので、実際には (3), (4) と定数を組み合わせるしかない。つまり、p = f2(z1, z2, z3), q = f3(z1, z2, z3) だけを使って(それらの多項式として)Δ を表現できる。
f6 は6次の同次式なのだから、その表現には、6次の同次式である (f2)3 または (f3)2 が含まれている可能性があるが、それ以外の成分が含まれている可能性はない。というのは、例えば4次の (f2)2 や5次の (f2)(f3) が成分に含まれると、結果には6次でない項が含まれ、それでは同次式にならない。ゆえに、何らかの定数 A, B が存在して、次が成り立つ。
つまり:
p = −1, q = 0 と置くと (1) は z3 − z = 0 となり、その解は z1, z2, z3 = ±1, 0。これらを (5) に代入すると Δ = 4。従って (6) において A = −4。
p = 0, q = −1 と置くと (1) は z3 − 1 = 0 となり、その解は z1, z2, z3 = 1, ω, ω2。これらを (5) に代入すると:
ところで 1 + ω + ω2 = 0 という性質があるので、(1 − ω)2 = 1 − 2ω + ω2 = −3ω が成り立つ。つまり、これらの p, q に対して:
従って (6) において B = −27。ゆえに、一般の p, q に対して (6) の正体は:
(証明終わり)
すげえ! これは美しいぞ…。
下記の直接計算と比べると、その高速性に感動する。
もっとも、この解法は、暗黙に「任意の対称多項式は、定数と基本対称多項式の和・積として表現可能」という定理†に依存している。「多項式についての演算」に関しては、あえて対象の性質を明確にせず、流している。直観的に納得のいく範囲とはいえ、暗黙に抽象代数学的な性質が幾つか使われている。
スパイシーで魅力的だが、やっぱり定理を証明なしに使うより、たとえ地味でも遠回りでも、証明済みの事柄だけを使って、コツコツ進めるのが本筋でしょう…。
(2) は「2次項のない3次方程式の3解の和は 0」という意味を持つ。 1 + ω + ω2 = 0 も「2次項のない3次方程式の3解の和」の例。
† この話題については、多くの文献・資料が存在する。例えば:
Blum-Smith & Coskey, The Fundamental Theorem on Symmetric Polynomials: History's First Whiff of Galois Theory
https://arxiv.org/abs/1301.7116
(解法3) エレガントと正反対に、強引に直接、計算しちゃいましょう。簡約された3次方程式 z3 + pz + q = 0 の3解を α, β, γ とすると:
求めたいものは:
真上の3行目については、2行目の内側を展開すれば、簡単に確認できる。
と書くと、要するに次の値を求めればいい。
S − T は対称多項式ではないが、欲しいのはその平方で、上記右辺のように計算できる。このうち S + T の部分は難しくない:
面倒なのは ST の計算。下記1行目右辺を展開した9項の中には「3乗・3乗」が1個ずつ、「4乗・1乗・1乗」が1個ずつ、そして「2乗・2乗・2乗」が合計3回現れる:
(3.2) の項は、下記【1】の理由から 3(αβγ)2 に等しい。
(3.1) の項は、下記【2】の理由から (αβ + βγ + γα)3 + 3(αβγ)2 に等しい。
従って:
(2) と (4) を (1) に代入して:
ちゃんと同じ結果が得られた!
【1】 上記の変形の根拠は、次の二つの式。
前者を展開して、同類項を集めず雑然とした状態で眺めると、そこには AAA, AAB, AAC; ABA, ABB, ABC; ACA, … という総当たり的な27項から AAA, BBB, CCC を除去した24項がある。
後者を展開すると、A(AB), A(BC), A(CA); B(AB), … という9項のそれぞれに係数 3 が掛かった状態になる。係数を使わず、全部の項を3回ずつ書けば、27項ある。
後者の方が3項多いが、具体的に何が違うのだろう?
どちらも A2B, B2C, C2A をそれぞれ3回含み、どちらも AB2, BC2, CA2 をそれぞれ3回含む(どちらも、この部分は合計18項)。一方、前者は ABC を6回しか含まないのに対して、後者は ABC を9回含んでいる。このことは ABC の発生源を考えれば(いざとなれば、全部の項を紙に書いてみれば)、容易に確認可能。後者は、前者より 3ABC 大きいのだから:
つまり:
〔関連メモ〕 ジラルの公式 3次方程式の解の立方和
α + β + γ = 0 に注意しつつ、上記の恒等式を使うと:
ゆえに (3.2) は:
【2】 恒等式 (5) に A = αβ, B = βγ, C = γα を入れると:
α + β + γ = 0 なので、この第2項は消える。ゆえに (3.1) は:
これでパズルのピースがそろった。
【3】 本当の「ばか正直」は
を全部展開すること…。α + β + γ = 0 という仮定を使わず、真面目に全部計算すること…。筆者は物好きなので、徹夜でこれをやったことがある。それに比べると (1) は少し「不正直」だが、それでも結構面倒くさい。
(解法4) 同じ直接計算でも、次のルートから行くと、解法2に負けないくらい高速になる。
[3/3] の2次方程式 X2 + qX − p3 / 27 = 0 の2解を α, β とする。適切に選択された α, β の立方根(それぞれ u, v とする)を使って、簡約3次方程式の3解を z1 = u + v, z2 = uω + vω2, z3 = uω2 + vω と書くことができる(別記事1・2)。u, v の式として「解の差」を表すと:
同様に:
そして:
以上3個の関係を使うと:
3次関数 f(u) = u3 − v3 = 0 の零点は u = v, vω, vω2 なので、恒等式 u3 − v3 = (u − v)(u − vω)(u − vω2) が成り立つ。従って:
(1 − ω)2 = −3ω なので(付録A参照):
【1】 「実係数の3次方程式は、もし重解(3重解を含む)を持たず、しかも相異なる3個の実数解を持たないなら、必ず1個の実数解と1組の共役複素数解を持つ」ということは、自明ではない。
係数が「実数」や「複素数」、一般に「任意の体」のとき、n次方程式の解は n 個以下――この重要な事実については、比較的簡単に証明可能。すなわち、抽象代数学的な制約として、3次方程式には最高でも3個しか解がない。一方、実係数の3次方程式について、以下の事実については、グラフの形から、幾何学的に明快なイメージを持つことができる: (1) 実数解は3個以下であること。 (2) 相異なる3個の実数解が存在する条件。 (3) 少なくとも1個の実数解が存在すること。
実数解が1個だけのケースについて、重解がある場合を除外すると必ず複素数の範囲に2個の解があり、その2個は共役複素数――この事実については、計算によって直接確認できる。
【2】 次の関数の零点が、簡約3次方程式の3種類の「解の差の平方」に対応しているのだった。
もし 4p3 + 27q2 < 0 なら(そして p, q が実数なら)、明らかに p < 0。このとき (*) の係数の符号は + − + − であり、G(−y) の係数の符号は − − − −。符号が1度も変わらないので、デカルトの符号法則により (*) には負の解がない。言い換えれば、「解の差の平方」は決して負にならない。従って、もともとの3次方程式には、実数解しかない。
もし 4p3 + 27q2 > 0 なら、(*) の係数の符号は、次のいずれか: + − + +(p < 0 の場合)、または + + + +(p > 0 の場合)、または + +(p = 0 の場合)。G(−y) の係数の符号は、それぞれ − − − +, − + − +, − + で、いずれにしても1回または3回符号が変わる。従って、デカルトの符号法則から、(*) には少なくとも1個の負の解がある。言い換えれば、「解の差の平方」の少なくとも一つは負であり、もともとの3次方程式は、実数でない解を持つ。
この観察の長所として、「どんなタイプの3解の組み合わせがあり得るか」についての暗黙の仮定なしに、「判別式の符号」と「非実数解の有無」の関係を示すことができる。
ただし、証明なしに「デカルトの符号法則」を使うのは、やはり良くない…。
【3】 3次方程式の標準判別式は:
この式は(a, b, c, d の4変数関数として)4次の同次式。しかも4変数について「左右対称」になっている。例えば − 4ac3 があれば − 4b3d もある。
(ac^3) (b^3d) * * * * * * * * a b c d a b c d
「左右対称」だけど a, b, c, d についての対称多項式ではない。3次方程式の係数を任意に入れ替えることは できないのだから、これは当たり前だろう。a4Δ は5項から成り、3項は「2次方程式の判別式 b2 − 4ac を4変数バージョン(4次の同次式・左右対称)に拡張した」ような形をしている。
【4】 人の登山記を読んで結論だけ丸暗記しても意味がないが、同じ道を自分で歩くと、時に予想以上の収穫がある。たとえ近郊の低山でも、たとえとっくに発見済みの道でも、自分で考えたルートを試すのは なおさら楽しい。誰もいないので…間違えたら先生が駆け付けて助けてくれるわけでは ないので、小心に進む。小さなことで疑念を抱き、小さなことで感激する。熊が出そうなうっそうとした林に、突然落ちる枯れ葉の音が何と大きく響くことか…。
教科書の道をたどるときは「先生の書いたことに、そう大きな間違いはないだろう」と油断する。「ピンとこないが、そういうものかな」と、数学を見ずに先輩の背中を見て歩いてしまう。自分で考えたやり方だと「どこに穴があっても、おかしくない」と警戒するので、慎重にならざるを得ない。先輩の後ろを歩く方が効率が良さそうだが(多くの場合、実際そうだろうが)、「あらゆることには先達が存在する」と仮定すると矛盾が生じる!
散歩の楽しさは散歩そのものにあり、効率よく速く歩くことが目的ではない。