「チラ裏」は、きちんとまとまった記事ではなく、断片的なメモです。誤字脱字・間違いがあるかもしれません。
2023-10-14 四元数と八元数について
「四平方の定理」という古典的な話題のメモ。「付録」と称して脱線が多い。このページには、付録の部分と、そこから派生する八元数ネタを収録。
話の全体像。「任意の自然数は、平方数4個の和で表せる」っていう定理の証明本体は、比較的簡単。ただし、証明のツールとなる恒等式が「天下り的」――証明しろと言われれば機械的にできるけど、そもそもどこからその式が出てきたのか。「公式だから覚えろ」みたいに押し付けられるのは、好きじゃない。
このもやもやを解消する正攻法は、やはり四元数のノルムの議論だろう。けれど、それだけのために四元数を導入するのは別の意味で天下り的で、モチベーションが湧かない。そこで「四平方の定理」では、最初は恥を忍んで、教科書的な方法で不透明な証明を完成させる(ついでに別証明も紹介)。証明が完成して一応道がつながった後で、リベンジとして最初の恒等式に戻り、その本質を見極めて透明な証明を完成させたい。
いくら論理的に正しくても、不透明じゃ気分が晴れない。できる限り、全てを透明に見渡したい…
2023-08-15 四平方のごちゃごちゃを解きほぐす 分かりやすさ優先コース
本文 → 四平方のごちゃごちゃを解きほぐす
(付録1) 四平方の恒等式の覚え方 一見ややこしそうな式だが、パターンや対称性(バランス)を考えると、そう難しくもない。とりあえず右辺をこう書いてみる:
(Aa + Bb + Cc + Dd)2
+ ( )2
+ ( )2
+ ( )2
最初の丸かっこ内は簡単だが、問題は「残りの三つの空欄に何を書けばいいか」。概要としては、どの空欄にも二つの引き算が入る。
一つ目の引き算は易しい。三つの空欄に、順に Ab, Ac, Ad を書き込んで…
(Aa + Bb + Cc + Dd)2
+ (Ab )2
+ (Ac )2
+ (Ad )2
…大文字・小文字を入れ替えた積――「逆順」と呼んでもいい――を引くだけ:
(Aa + Bb + Cc + Dd)2
+ (Ab − Ba )2
+ (Ac − Ca )2
+ (Ad − Da )2
三つの丸かっこ内にもう一つの引き算を追加すると、全体像はこうなる:
mn = (Aa + Bb + Cc + Dd)2
+ (Ab − Ba + Cd − Dc)2 ‥‥①
+ (Ac − Ca + Db − Bd)2 ‥‥②
+ (Ad − Da + Bc − Cb)2 ‥‥③
前半の引き算同様、第3項・第4項では、同じアルファベット2文字の大文字・小文字が入れ替わっている。だから大文字の並び方さえ分かれば、小文字は自然に決まる(①②③のどれでも、小文字の abcd は1回ずつ現れ、自分と同じアルファベットの大文字とはペアにならない)。①は単純:
A, B と C, D つまり Ab − Ba と Cd − Dc
③も比較的分かりやすい:
A, B, C, D の「外側の2個」の引き算 Ad − Da と「内側の2個」の引き算 Bc − Cb
外側 | 内側 | 内側 | 外側 |
---|---|---|---|
A | B | C | D |
奇数番目 | 偶数番目 | 奇数番目 | 偶数番目 |
②の引き算は、要注意。そこにあるのは…
A, B, C, D の「奇数番目」の引き算 Ac − Ca と「偶数番目」の引き算 Db − Bd
…なのだが、2個目の引き算は、大文字のアルファベット順の Bd − Db ではない。それとは逆向きに引き算!
他の引き算は全部、大文字のアルファベット順なのに、なぜそこだけ逆順…? これらの引き算では、全体として −B, −C, −D が平等に(2回ずつ)現れる必要があるから…。もしも逆順にならず、②が…
+ (Ac − Ca + Bd − Db)2 ♣
…だったら、①②③全体で −B が1個 −D が3個になってしまう。けれど左辺に含まれる m = A2 + B2 + C2 + D2 では B と D の役割は対等: 例えば
m = 12 + 22 + 32 + 42 と m = 12 + 42 + 32 + 22
は、足し算の順序が違うだけで、どっちでも同じ和なんだから、B = 2, D = 4 の変数名を入れ替えて D = 2, B = 4 としたって右辺の値は同じになるはず。B と D を入れ替えても結果は同じなんだから −B と −D の個数は同じのはず…
より具体的に、下記のカを ♣ に置き換えるのは、カの丸かっこ内の「第3項・第4項の符号を逆にする」のと同じこと。それでは「ごちゃごちゃ」の第2列~第5列において、カの行の符号が逆になってしまう。そうなると、本来打ち消し合うはずのプラスとマイナスのペアが、打ち消し合うどころか、同符号になって 2 倍に増強されてしまう!
♡ (Aa + Bb + Cc + Dd)2 から +AaBb, +AaCc, +AaDd, +BbCc, +BbDd, +CcDd
バ (Ab − Ba + Cd − Dc)2 から −AbBa, +AbCd, −AbDc; −BaCd, +BaDc; −CdDc
カ (Ac − Ca + Db − Bd)2 から −AcCa, +AcDb, −AcBd; −CaDb, +BdCa; −BdDb
ダ (Ad − Da + Bc − Cb)2 から −AdDa, +AdBc, −AdCb; −BcDa, +CbDa; −BcCb
↑正しい向きのごちゃごちゃ。もし Db − Bd が Bd − Db つまり −Db + Bd に変わると、カのごちゃごちゃの両端以外(太字の4項)の符号が逆になって、打ち消し合うはずのペアが、打ち消し合わなくなる。 (P + Q + R + S)2 の展開の…
2(PQ + PR + PS + QR + QS + RS)
…に当たる部分の、丸かっこ内を見ている: P = Ac, Q = −Ca, R = Db, S = −Bd。
四平方の恒等式では、三つ目の丸かっこ内の後半の引き算だけが、大文字の辞書順にならない。
A, B, C, D を x1, x2, x3, x4 と改名し a, b, c, d を y1, y2, y3, y4 と改名すると、上の恒等式はこうなる:
(x12 + x22 + x32 + x42)(y12 + y22 + y32 + y42)
= (x1y1 + x2y2 + x3y3 + x4y4)2 + (x1y2 − x2y1 + x3y4 − x4y3)2 ※注
+ (x1y3 − x3y1 + x4y2 − x2y4)2 + (x1y4 − x4y1 + x2y3 − x3y2)2
全部の丸かっこ内を x の添え字順「x1 → x2 → x3 → x4」に並び替えると:
= (x1y1 + x2y2 + x3y3 + x4y4)2
+ (x1y2 − x2y1 + x3y4 − x4y3)2
+ (x1y3 − x2y4 − x3y1 + x4y2)2
+ (x1y4 + x2y3 − x3y2 − x4y1)2
x の添え字は全部のかっこ内で 1234 の繰り返し。こっちのバージョンで覚えたければ、主に y の添え字に注意を払えばいい。
y の添え字は、左上から始めて横に読んでも、縦に読んでも 1234, 2143, 3412, 4321。右下から始めて逆向きに読んでも、変わらない。言い換えると 1234 と 4321 は鏡像、2143 と 3412 も鏡像。よって、実質「2143」だけ分かれば足りる。それは、符号も含めて、元になっている4項…
Ab − Ba + Cd − Dc
…の、小文字の順序 badc と同じ。次のパターンに注目してもいいだろう:
添え字 1234, 2143, 3412, 4321 は
4個ずつの数の前半だけ見ると 12, 21; 34, 43
4個ずつの数の後半だけ見ると 34, 43; 12, 21
三つ目・四つ目の丸かっこ内では、符号が −−+, +−− になる。
※注 Hardy & Wright の一部のバージョンには印刷ミスがあり x4y3 の符号が逆になっている。
(付録2) 別バージョン。この形式は「四元数」と結び付く。本文の恒等式との関係は…
本文の式 (A2 + B2 + C2 + D2)(a2 + b2 + c2 + d2)
= (Aa + Bb + Cc + Dd)2 + (Ab − Ba + Cd − Dc)2
+ (Ac − Ca + Db − Bd)2 + (Ad − Da + Bc − Cb)2
説明の便宜上、小文字の a の代わりに q を使うと:
(A2 + B2 + C2 + D2)(q2 + b2 + c2 + d2)
= (Aq + Bb + Cc + Dd)2 + (Ab − Bq + Cd − Dc)2
+ (Ac − Cq + Db − Bd)2 + (Ad − Dq + Bc − Cb)2
q の符号を変えたものをあらためて a とする: a = −q 言い換えれば q = −a。この関係を使い、上の q に −a を代入すると:
(A2 + B2 + C2 + D2)((−a)2 + b2 + c2 + d2)
= (A(−a) + Bb + Cc + Dd)2 + (Ab − B(−a) + Cd − Dc)2
+ (Ac − C(−a) + Db − Bd)2 + (Ad − D(−a) + Bc − Cb)2
(−a)2 = a2 だから、上の左辺は (A2 + B2 + C2 + D2)(a2 + b2 + c2 + d2) に等しい。一方:
右辺 = (−Aa + Bb + Cc + Dd)2 + (Ab + Ba + Cd − Dc)2
+ (Ac + Ca + Db − Bd)2 + (Ad + Da + Bc − Cb)2
この第1項は、次に等しい:
(−Aa + Bb + Cc + Dd)2 = (−(Aa − Bb − Cc − Dd))2 = (Aa − Bb − Cc − Dd)2
なぜなら Aa − Bb − Cc − Dd を N とすると:
(−(Aa − Bb − Cc − Dd))2 = (−N)2 = N2
まとめると、こうなる:
別バージョン (A2 + B2 + C2 + D2)(a2 + b2 + c2 + d2)
= (Aa − Bb − Cc − Dd)2 + (Ab + Ba + Cd − Dc)2
+ (Ac + Ca + Db − Bd)2 + (Ad + Da + Bc − Cb)2
最初の恒等式と比べると、右辺の一つ目の丸かっこ内の3個の + が全部 − に変わり、二つ目以降の丸かっこ内で、それぞれ最初の − が + に変わる。「ごちゃごちゃ」部分は次のようになって、つじつまが合う:
(Aa − Bb − Cc − Dd)2 から −AaBb, −AaCc, −AaDd; +BbCc, +BbDd; +CcDd
(Ab + Ba + Cd − Dc)2 から +AbBa, +AbCd, −AbDc; +BaCd, −BaDc; −CdDc
(Ac + Ca + Db − Bd)2 から +AcCa, +AcDb, −AcBd; +CaDb, −BdCa; −BdDb
(Ad + Da + Bc − Cb)2 から +AdDa, +AdBc, −AdCb; +BcDa, −CbDa; −BcCb
ごちゃごちゃの1行目の前半(3項)はマイナスになるが、2行目以下の第1列がプラスになるので、それらは打ち消し合う。2行目以下の第4列・第5列の符号も入れ替わるが、やはり打ち消し合う。
〔例2〕 m = 10 = 12 + 22 + 22 + 12 について A = 1, B = 2, C = 2, D = 1
n = 7 = 22 + 12 + 12 + 12 について a = 2, b = 1, c = 1, d = 1
ここまでは例1と全く同じだが、上記のように符号を変えると:
(Aa − Bb − Cc − Dd)2 = (−3)2
(Ab + Ba + Cd − Dc)2 = 62
(Ac + Ca + Db − Bd)2 = 42
(Ad + Da + Bc − Cb)2 = 32
このことから:
32 + 62 + 42 + 32 = 9 + 36 + 16 + 9 = 70
これは、例1による次の解とは別の種類の和だ:
72 + 22 + 42 + 12 = 49 + 4 + 16 + 1 = 70
A, B, C, D を a1, a2, a3, a4 と改名し a, b, c, d を b1, b2, b3, b4 と改名すると:
(a12 + a22 + a32 + a42)(b12 + b22 + b32 + b42)
= (a1b1 − a2b2 − a3b3 − a4b4)2 + (a1b2 + a2b1 + a3b4 − a4b3)2
+ (a1b3 + a3b1 + a4b2 − a2b4)2 + (a1b4 + a4b1 + a2b3 − a3b2)2
丸かっこ内を a の添え字順に並び替えると:
= (a1b1 − a2b2 − a3b3 − a4b4)2
+ (a1b2 + a2b1 + a3b4 − a4b3)2
+ (a1b3 − a2b4 + a3b1 + a4b2)2
+ (a1b4 + a2b3 − a3b2 + a4b1)2
b の添え字は、付録1の y の添え字と全く同じ: 横に読んでも、縦に読んでも 1234, 2143, 3412, 4321。
丸かっこ内の符号は、順に −−−, ++−, −++, +−+ となる。最初は三つともマイナス。二つ目・三つ目・四つ目の丸かっこ内では、それぞれ「遠・近・中央」(右・左・真ん中)にマイナスが出現。
(付録3) 参考として Euler が最初に発見した形式を紹介する。
付録2のバージョン (A2 + B2 + C2 + D2)(a2 + b2 + c2 + d2)
= (Aa − Bb − Cc − Dd)2 + (Ab + Ba + Cd − Dc)2
+ (Ac + Ca + Db − Bd)2 + (Ad + Da + Bc − Cb)2
この式で B, C, D をそれぞれ −B, −C, −D に置き換えた場合、左辺は変わらない(なぜなら (−B)2 = B2 等々)。右辺はこうなる:
(Aa − (−B)b − (−C)c − (−D)d)2 + (Ab + (−B)a + (−C)d − (−D)c)2
+ (Ac + (−C)a + (−D)b − (−B)d)2 + (Ad + (−D)a + (−B)c − (−C)b)2
= (Aa + Bb + Cc + Dd)2 + (Ab − Ba − Cd + Dc)2
+ (Ac − Ca − Db + Bd)2 + (Ad − Da − Bc + Cb)2
大文字の辞書順に整理すると:
= (Aa + Bb + Cc + Dd)2 + (Ab − Ba − Cd + Dc)2
+ (Ac + Bd − Ca − Db)2 + (Ad − Bc + Cb − Da)2
a, b, c, d を p, q, r, s と改名し A, B, C, D を a, b, c, d と改名すると:
= (ap + bq + cr + ds)2 + (aq − bp − cs + dr)2
+ (ar + bs − cp − dq)2 + (as − br + cq − dp)2
これが Euler のバージョン。四平方の恒等式の元祖だ。 Euler はこう記した:
もし m = aa + bb + cc + dd で n = pp + qq + rr + ss なら mn = A2 + B2 + C2 + D2 の形が存在して:
A = ap + bq + cr + ds
B = aq − bp − cs + dr
C = ar + bs − cp − dq
D = as − br + cq − dp
〔出典〕 Euler to Goldbach 04 May, 1748
http://eulerarchive.maa.org/correspondence/letters/OO0841.pdf
↑ 付録1・付録2・付録3の終わり。
本文 → 四平方のごちゃごちゃを解きほぐす
2023-10-01 4次元世界の探検! 2種類のワープ航法
本文 → 4次元世界の探検!
(付録4) 複素数のペアから作る四元数(
四元数は直接定義した方が手っ取り早く、わざわざ Cayley–Dickson construction を使うと、むしろ分かりにくくなる。でも、この考察によって「Cayley–Dickson construction は一種類ではない」という非自明な事実を直接確認できる。あまり教科書とかには載ってない面白い裏道だ。まず表バージョンから…
最初の(メ)で、複素数の積が次のように表現可能であることを観察した。その一般化は可能だろうか。
(α, β)(γ, δ) = (αγ − βδ, αδ + βγ) ★
Hamilton の四元数の i を ★ の「第1成分の虚数単位」、j を「第2成分の実数単位」、k を「第2成分の虚数単位」と解釈すると、例えば A + Bi + Cj + Dk は、次のように普通の複素数2個のペアに当たる:
(A + Bi, C + Di)
そして本文の「桃・栗」計算から、次の関係が成り立つ:
(A + Bi, C + Di)(a + bi, c + di) = (E + Fi, G + Hi) ここで
E = Aa − Bb − Cc − Dd
F = Ab + Ba + Cd − Dc
G = Ac − Bd + Ca + Db
H = Ad + Bc − Cb + Da
★ で α = A + Bi, β = C + Di, γ = a + bi, δ = c + di と置いてこれと一致するなら話が早いのだが、四次元には、ちょっとした「ひねり」がある。面倒がらず丁寧に検算してみると…
αγ = (A + Bi)(a + bi) = (Aa − Bb) + (Ab + Ba)i
βδ = (C + Di)(c + di) = (Cc − Dd) + (Cd + Dc)i
αγ − βδ = (Aa − Bb − Cc + Dd) + (Ab + Ba − Cd − Dc)i
右辺第1項・第2項を上記 E, F と比較すると Dd と Cd の符号が逆。両者の共通因子は d なので、これを直すには d の符号を反転させればいい。つまり…
βδ = (C + Di)(c + di) を βδ* = (C + Di)(c − di) に
…置き換えればいい。ここで δ* は δ の共役複素数(実部が同じ、虚部の絶対値も同じで、虚部の符号だけが反対の複素数)。同様に:
αδ = (A + Bi)(c + di) = (Ac − Bd) + (Ad + Bc)i
βγ = (C + Di)(a + bi) = (Ca − Db) + (Cb + Da)i
αδ + βγ = (Ac − Bd + Ca − Db) + (Ad + Bc + Cb + Da)i
右辺第1項・第2項を G, H と比較すると Db と Cb の符号が逆。両者の共通因子は b なので、これを直すには…
βγ = (C + Di)(a + bi) を βγ* = (C + Di)(a − bi) に
…置き換えればいい。結局、複素数2個のペアとして四元数を構成する場合、四元数と四元数の積についての有効な一つの定義は、★ を微妙に変えた次の式になる。
Cayley–Dickson construction α, β, γ, δ を4個の複素数とする。
複素数のペア (w + xi, y + zi) を四元数 w + xi + yj + zk と同一視する場合、次の公式は、四元数の積の標準的定義と一致:
(α, β)(γ, δ) = (αγ − βδ*, αδ + βγ*)
参考として、理論的により良い形式は:
(α, β)(γ, δ) = (αγ − δ*β, δα + βγ*)
α, β, γ, δ が実数なら、上記第一式は ★ と全く同じ(実数の共役はその実数自身なので)。すなわち全く同じ方法に従って、「実数のペアから複素数を構築すること」「複素数のペアから四元数を構築すること」が可能。構成法の式は、よく知られている複素数の掛け算――積の実部・虚部がそれぞれ「実実ひく虚虚」「外外(たす)内内」――とほぼ同内容だが、第1成分の δ と第2成分の γ に共役演算子が付く。
第二式では、2カ所で積の順序が変わっている。α, β, γ, δ が実数あるいは複素数のときは交換法則が成り立つので、積の順序はどうでもいい。他方、α, β, γ, δ を四元数として、この方法を再度使って八元数を構成する場合(あるいはさらに八元数から十六元数を構成する場合、等々)、四元数以降では交換法則が成り立たないため、積の順序が問題になる――そのような拡張性まで考えるなら、第二式が良い。ここでは四元数を作るのがメインテーマなので二つの式は全く同じ意味であり、あまり深く考える必要ないけど、原理的にはこの構成法を反復適用することによって、無限に続く「2n元数」の系列を構成できる(n = 1, 2, 3, …)。 Cayley–Dickson construction とは、この「無限に反復できる構成法」のこと。
〔参考文献〕 Dickson (1919): On Quaternions and Their Generalization and the History of the Eight Square Theorem
https://archive.org/details/jstor-1967865/page/n1/mode/1up
文献中 (6) 式で: □ + △e の形が上記 (□, △) に当たる; q, Q, r, R がそれぞれ α, β, γ, δ に当たり、文字右肩のプライム ′ が共役の記号 * に当たる。
(付録5) 複素数のペアから作る四元数(裏バージョン)
Cayley–Dickson construction は一種類ではない。 Baez は、次の方法を採用している。
もう一つの Cayley–Dickson construction
(α, β)(γ, δ) = (αγ − δβ*, α*δ + γβ)
この方法は、前記第一式と形式的に違うばかりか、拡張性を重視した第ニ式と比べても共役演算子の位置が違うため、四元数を構成する段階で、既に結果に違いが生じる。
上記の構成法に従って P = A + Bi + Cj + Dk と Q = a + bi + cj + dk の積を考えてみる。 PQ = E2 + F2i + G2j + H2k として、いつものように四元数と複素数の順序対を同一視すると:
(A + Bi, C + Di)(a + bi, c + di)
= ((A + Bi)(a + bi) − (c + di)(C + Di)*, (A + Bi)*(c + di) + (a + bi)(C + Di))
= ((A + Bi)(a + bi) − (c + di)(C − Di), (A − Bi)(c + di) + (a + bi)(C + Di))
この最後の式の第1成分は:
Aa − Bb + (Ab + Ba)i − [Cc + Dd + (−Dc + Cd)i]
= (Aa − Bb − Cc − Dd) + (Ab + Ba − Cd + Dc)i
第2成分は:
Ac + Bd + (Ad − Bc)i + [Ca − Db + (Da + Cb)i])
= (Ac + Bd − Ca + Db) + (Ad − Bc + Cb + Da)i
従って:
E2 = Aa − Bb − Cc − Dd
F2 = Ab + Ba − Cd + Dc
G2 = Ac + Bd + Ca − Db
H2 = Ad − Bc + Cb + Da
積 (A + Bi, C + Di)(a + bi, c + di) = (E + Fi, G + Hi) の標準的定義(付録4参照)は次の通りなので、上の裏バージョンは6カ所で符号が逆になっている:
E = Aa − Bb − Cc − Dd
F = Ab + Ba + Cd − Dc
G = Ac − Bd + Ca + Db
H = Ad + Bc − Cb + Da
「符号が逆になる項」の出現パターンに注目。
P または Q の純粋な(第1成分の)実部―― A または a ――を含む項は、表バージョン・裏バージョンで一致する。さらに、i2 = j2 = k2 = −1 が係数となる項、すなわち Bb, Cc, Dd も両バージョンで一致。それ以外の項は、全部符号が逆に。これらの観察から、裏バージョンでも「実数 1 と虚数単位の積」はその虚数単位自身であること(これは当然だろう)、そして、基本性質 i2 = j2 = k2 = −1 が成り立つことが分かる。他方 ij, jk, ki のように、2種類の虚数単位が掛け算されるとき、結果の符号が表バージョンとは逆になる。特に、標準的定義 ij = k が ij = −k に置き換わるため、次の等式が成り立つ:
ijk = (ij)k = (−k)k = −k2 = −(−1) = 1
これは本文でチラッと触れた(モ*)に当たり、それを公理とすると、6種類の掛け算の表●▲◆は、符号が全部逆転する!
〔参考文献〕 John C. Baez (2001, 2002): The Octonions
https://arxiv.org/abs/math/0105155
(2) 式を参照。参考リンク(§2.2 参照):
https://math.ucr.edu/home/baez/octonions/
こんなにあちこちで計算規則があべこべになって、つじつまが合うのだろうか。それとも矛盾が生じて、全てが否定されてしまうのだろうか。Hamilton 先生に直接尋ねてみよう。
―― −1 倍は 180° 反対なので i2 = j2 = k2 = −1 は 90° 回転という虚数単位の意味から自然に思われるのですが ijk = −1 の根拠は?
Hamilton: 思考回路に電撃が走って火花が飛び散り、稲妻のようにひらめいたんです!
―― もしあなたの i を大文字の J と改名して、j を大文字の I と改名したら、この規則はどうなりますか?
Hamilton: JI = k で IJ = −k になりますね、わざわざそんな変数名を使う人はいないでしょうが…
―― その場合 IJk = (−k)k = 1 ですよね?
Hamilton: 理屈はそうだが、そんな大文字と小文字が交ざった変数名は、不自然でしょう。
―― 大文字の I, J を再び i, j と改名すれば ijk = 1 ですよね? これはあなたの quaternions と同型に思えますが?
Hamilton: そりゃそうだけど、どう見たって i2 = j2 = k2 = ijk = −1 の方が簡潔でエレガントでしょう。数論では「美しさ」ってものが大切なんです。日本の高木も言ったでしょう。「その理想は玲瓏にして些の陰翳をも留めざる所にある」と。
―― 確かに。ただし代数的構造としては i2 = j2 = k2 = −1, ijk = 1 でも同じと…
Hamilton: 構造はね…。そんな汚い定義、私のビクトリア美学が許しませんが(笑)。
というわけで Hamilton 先生も、代数学的にはどっちでもいいという認識のようだ。
教科書では、四元数について ijk = −1 と記されているが、なぜそうなるかの説明がない: 1 でも −1 でも構わないのに「独断」で −1 を選択している。
ijk = −1 から ijk = 1 に定義(公理)を変更した場合、その ijk = 1 の両辺を k 倍して:
ijkk = k つまり ij(−1) = k
両辺を −1 倍して:
ij(−1)(−1) = k(−1) つまり ij = −k
同様に●▲◆の掛け算表が全部逆になる(結合法則を断りなく使っているが、四元数の世界では、事実、結合法則が成り立つ)。
その結果、「桃」までは同じで「栗」以降がこうなる:
Aa + Ab(i) + Ac(j) + Ad(k) ①桃
+ Ba(i) + Bb(i2) + Bc(ij) + Bd(ik) ②桃
+ Ca(j) + Cb(ji) + Cc(j2) + Cd(jk) ③桃
+ Da(k) + Db(ki) + Dc(kj) + Dd(k2) ④桃
= Aa + Ab(i) + Ac(j) + Ad(k) ①栗
+ Ba(i) + Bb(−1) + Bc(−k) + Bd(+j) ②栗
+ Ca(j) + Cb(+k) + Cc(−1) + Cd(−i) ③栗
+ Da(k) + Db(−j) + Dc(+i) + Dd(−1) ④栗
= (Aa − Bb − Cc − Dd)
+ (Ab + Ba − Cd + Dc)i
+ (Ac + Bd + Ca − Db)j
+ (Ad − Bc + Cb + Da)k
上記 i, j, k の係数は、Cayley–Dickson の裏バージョンによって構成した前記 F2, G2, H2 と完全に一致し、矛盾は生じない。
F2 = Ab + Ba − Cd + Dc
G2 = Ac + Bd + Ca − Db
H2 = Ad − Bc + Cb + Da
4次元のポイント P = (A, B, C, D) と Q = (a, b, c, d) が与えられたとき、それらの積 PQ には、少なくとも2種類の実装がある――その2種類は「全体として符号が逆」といった単純な関係ではなく、一見、全然違う座標を指している。
四元数の積の公式(デラックス版) PQ の4つの座標(複号同順)は:
Aa − Bb − Cc − Dd
Ab + Ba ± Cd ∓ Dc
Ac ∓ Bd + Ca ± Db
Ad ± Bc ∓ Cb + Da
複号の上側は、標準の定義 ijk = −1 に対応。複号の下側は ijk = 1 に対応。
四元数や、それを拡張したハ元数などは、量子力学や超ひも理論といった最先端の物理学とも関連があるらしい。もしいつか、あなたがこのツールを使ってワープ航法理論を完成させることがあったとしたら、宇宙船が遭難しないよう、くれぐれも符号の定義・処理には気を付けよう(笑)。
↑ 付録4・付録5の終わり。
本文 → 4次元世界の探検!
2023-10-05 目で見る ij = k, ji = −k 左手の中の小さな4次元
本文 → 目で見る ij = k, ji = −k
↓ 付録6 四元数が結合法則を満たすことの確認
四元数 P = A + Bi + Cj + Dk を単に P = (A, B, C, D) と書くことにする。 P = (A, B, C, D) と Q = (a, b, c, d) の積を PQ = (E, F, G, H) とすると:
E = Aa − Bb − Cc − Dd,
F = Ab + Ba + Cd − Dc,
G = Ac + Ca + Db − Bd = Ac − Bd + Ca + Db,
H = Ad + Da + Bc − Cb = Ad + Bc − Cb + Da
この関係については、覚えていなくても、
(A + Bi + Cj + Dk)(a + bi + cj + dk)
を普通に展開して、基本法則 i2 = j2 = k2 = −1, ij = k, ji = −k, etc. を使えば、機械的に導ける(前回参照)。もっとも、E は簡単なので、意識して覚えるまでもあるまい。 F, G, H については、それぞれ次のように考えると、簡単に覚えられる:
【Ab】〖Cd〗
【Ac】〖Db〗
【Ad】〖Bc〗
ここで 【Uv】 は Uv + Vu を表し 〖Uv〗 は Uv − Vu を表すものとする。【】の中身は順に Ab, Ac, Ad なので規則的。〖〗 の中身は残りの2文字をアルファベット順に並べたものだが、例外として Db だけがアルファベットの逆順に。例外なく〖〗内では、前の行の最後の小文字が、次の行の最初の大文字になる。
【】〖〗の書き方をそのまま使うと、当然ながら F, G, H それぞれ、右辺の最後の項にマイナスが付く(残りの項はプラス)。右辺をアルファベット順に並び替える場合、マイナスの位置は、順に「遠・近・中央」(右端・左端・真ん中)――上記 F, G, H の式の右端の形を参照。
あるいは、もし次の恒等式を知っているなら(「四平方のごちゃごちゃを解きほぐす」付録2参照)、右辺の四つの項は(「2乗」を全部無視すると)四元数の積の公式と同じ形になっている。
四平方の恒等式の一種
(A2 + B2 + C2 + D2)(a2 + b2 + c2 + d2)
= (Aa − Bb − Cc − Dd)2 + (Ab + Ba + Cd − Dc)2
+ (Ac + Ca + Db − Bd)2 + (Ad + Da + Bc − Cb)2
われわれの真の目標は、四元数の積を使ってこのごちゃごちゃした恒等式をスッキリ導くことであり、こっちを使って四元数の積を定義するのでは話が逆だが、とりあえず使えるものは何でも使おう。
ともかく PQ = (E, F, G, H) が得られたとして――ここで、
E = Aa − Bb − Cc − Dd,
F = Ab + Ba + Cd − Dc,
G = Ac − Bd + Ca + Db,
H = Ad + Bc − Cb + Da
である――、話を進める。その PQ にさらに R = (W, X, Y, Z) を掛けることにしよう。同じ積の公式から
(PQ)R = (初春, 初夏, 初秋, 初冬)
の4成分は、順にこうなる:
初春 = EW − FX − GY − HZ,
初夏 = EX + FW + GZ − HY,
初秋 = EY − FZ + GW + HX,
初冬 = EZ + FY − GX + HW
この場合、4項が順に W, X, Y, Z を含むように、和の順序を変えておくと後々都合がいい。視認性向上を狙って W, X, Y, Z を太字にしておく:
初春 = EW − FX − GY − HZ,
初夏 = FW + EX − HY + GZ,
初秋 = GW + HX + EY − FZ,
初冬 = HW − GX + FY + EZ
上記 E, F, G, H の定義から:
初春 = (Aa − Bb − Cc − Dd)W − (Ab + Ba + Cd − Dc)X
− (Ac − Bd + Ca + Db)Y − (Ad + Bc − Cb + Da)Z ‥‥①
初夏 = (Ab + Ba + Cd − Dc)W + (Aa − Bb − Cc − Dd)X
− (Ad + Bc − Cb + Da)Y + (Ac − Bd + Ca + Db)Z ‥‥②
初秋 = (Ac − Bd + Ca + Db)W + (Ad + Bc − Cb + Da)X
+ (Aa − Bb − Cc − Dd)Y − (Ab + Ba + Cd − Dc)Z ‥‥③
初冬 = (Ad + Bc − Cb + Da)W − (Ac − Bd + Ca + Db)X
+ (Ab + Ba + Cd − Dc)Y + (Aa − Bb − Cc − Dd)Z ‥‥④
今度は、後ろ側を先に掛け算した場合の積 P(QR) を考える。 QR = (e, f, g, h) とすると:
e = aW − bX − cY − dZ = aW − bX − cY − dZ,
f = aX + bW + cZ − dY = bW + aX − dY + cZ,
g = aY − bZ + cW + dX = cW + dX + aY − bZ,
h = aZ + bY − cX + dW = dW − cX + bY + aZ
P = (A, B, C, D) と QR = (e, f, g, h) の積を P(QR) = (晩春, 晩夏, 晩秋, 晩冬) とすると:
晩春 = Ae − Bf − Cg − Dh,
晩夏 = Af + Be + Ch − Dg,
晩秋 = Ag − Bh + Ce + Df,
晩冬 = Ah + Bg − Cf + De
初春と晩春、初夏と晩夏など、春・夏・秋・冬のペアがそれぞれ等しいか?を検証しよう。もし四つとも等しいなら、結合法則 (PQ)R = P(QR) が成り立つことになる。一つ以上が等しくないなら、結合法則は一般には成り立たないことになる。既に交換法則が崩壊している4次元なので、どっちに転んでもおかしくない。
符号の混乱を防ぐため、マイナスの項に「マ」を付記する。丸かっこ全体がプラスなら − の項が「マ」、丸かっこ全体がマイナスなら + の項が「マ」になることに注意:
①から:
初春 = (Aa − Bbマ − Ccマ − Ddマ)W − (Abマ + Baマ + Cdマ − Dc)X
− (Acマ − Bd + Caマ + Dbマ)Y − (Adマ + Bcマ − Cb + Daマ)Z
A を含む項 | AaW | AbXマ | AcYマ | AdZマ |
---|---|---|---|---|
B を含む項 | BbWマ | BaXマ | BdY | BcZマ |
C を含む項 | CcWマ | CdXマ | CaYマ | CbZ |
D を含む項 | DdWマ | DcX | DbYマ | DaZマ |
晩春 = Ae − Bf − Cg − Dh
= A(aW − bXマ − cYマ − dZマ) − B(bWマ + aXマ − dY + cZマ)
− C(cWマ + dXマ + aYマ − bZ) − D(dWマ − cX + bYマ + aZマ)
初春において A を含む項・B を含む項・C を含む項・D を含む項を抜き出して集め、それぞれ A, B, C, D をくくり出すと、晩春の第1項・第2項・第3項・第4項と一致。「春」(4次元の最初の成分)については (PQ)R と P(QR) が一致する。
②から:
初夏 = (Ab + Ba + Cd − Dcマ)W + (Aa − Bbマ − Ccマ − Ddマ)X
− (Adマ + Bcマ − Cb + Daマ)Y + (Ac − Bdマ + Ca + Db)Z
晩夏 = Af + Be + Ch − Dg
= A(bW + aX − dYマ + cZ) + B(aW − bXマ − cYマ − dZマ)
+ C(dW − cXマ + bY + aZ) − D(cWマ + dXマ + aYマ − bZ)
「夏」についても、両者は一致。「第一に、初夏の四つの丸かっこ内で、順に1個目の項だけを考え、晩夏の第1項と比べる」「第二に、初夏の四つの丸かっこ内で、順に2個目の項だけを考え、晩夏の第2項と比べる」「第三に…」のように進めると、簡単に比較できる。符号については、細かく考えず「マ」の有無だけ比べれば十分。
同様に、③に基づく次も一致:
初秋 = (Ac − Bdマ + Ca + Db)W + (Ad + Bc − Cbマ + Da)X
+ (Aa − Bbマ − Ccマ − Ddマ)Y − (Abマ + Baマ + Cdマ − Dc)Z
晩秋 = Ag − Bh + Ce + Df
= A(cW + dX + aY − bZマ) − B(dWマ − cX + bYマ + aZマ)
+ C(aW − bXマ − cYマ − dZマ) + D(bW + aX − dYマ + cZ)
最後に、④に基づく次も一致:
初冬 = (Ad + Bc − Cbマ + Da)W − (Acマ − Bd + Caマ + Dbマ)X
+ (Ab + Ba + Cd − Dcマ)Y + (Aa − Bbマ − Ccマ − Ddマ)Z
晩冬 = Ah + Bg − Cf + De
= A(dW − cXマ + bY + aZ) + B(cW + dX + aY − bZマ)
− C(bWマ + aXマ − dY + cZマ) + D(aW − bXマ − cYマ − dZマ)
結局、四元数の積に関しては結合法則が成り立つことが分かった。
〔例1〕 P = 1 + 2i + 3j + 4k, Q = 5 + 6i + 7j + 8k, R = 9 + 10i + 11j + 12k として、定義に従って計算すると:
PQ = −60 + 12i + 30j + 24k, (PQ)R = −1278 − 396i − 294j − 672k
QR = −188 + 100i + 126j + 128k, P(QR) = −1278 − 396i − 294j − 672k 一致
〔例2〕 P = 1 + 8i + 4j + 3k, Q = 10 + 16i + j + k, R = −1 − 2i − 3j − 4k なら:
PQ = −125 + 97i + 81j − 25k, (PQ)R = 462 − 246i + 732j + 396k
QR = 29 − 37i + 31j − 87k, P(QR) = 462 − 246i + 732j + 396k 一致
和に関しては、単に成分ごとの実数の足し算なので、もちろん任意の P + Q + R については結合法則が成り立つし、P + Q について交換法則が成り立つ。
右側に和がある分配法則 P(Q1 + Q2) = PQ1 + PQ2 についても、簡単に確かめられる:
P = (A, B, C, D)
Q1 = (a1, b1, c1, d1)
Q2 = (a2, b2, c2, d2)
Q = Q1 + Q2 = (a, b, c, d)
ここで a = a1 + a2, b = b1 + b2, c = c1 + c2, d = d1 + d2
この前提の下で、次の二つの数の和を考えると(♪)…
PQ1 = (Aa1 − Bb1 − Cc1 − Dd1, Ab1 + Ba1 + Cd1 − Dc1, Ac1 − Bd1 + Ca1 + Db1, Ad1 + Bc1 − Cb1 + Da1)
PQ2 = (Aa2 − Bb2 − Cc2 − Dd2, Ab2 + Ba2 + Cd2 − Dc2, Ac2 − Bd2 + Ca2 + Db2, Ad2 + Bc2 − Cb2 + Da2)
…実数の世界での分配法則から、こうなる:
PQ1 + PQ2
= (Aa − Bb − Cc − Dd, Ab + Ba + Cd − Dc, Ac − Bd + Ca + Db, Ad + Bc − Cb + Da) = PQ
最後の等号は、四元数の積の定義による。
左側に和がある分配法則 (P1 + P2)Q = P1Q + P2Q についても(四元数の積では交換法則が保証されないので、2種類の分配法則を別々に考える必要がある)…
P1 = (A1, B1, C1, D1)
P2 = (A2, B2, C2, D2)
P = P1 + P2 = (A, B, C, D)
…とすると「右側に和がある分配法則」と同様(♪以下で、添え字 1, 2 が付くのが Q, a, b, c, d から P, A, B, C, D に変わるだけ)。
交換法則は破れているものの、それ以外の点では、四元数はまあまあ普通の代数構造を持ってるようだ。それが分かって一安心。だが A + Bi + Cj + Dk の A, B, C, D を通常の整数として「4次元ガウス整数」を作ったとして、ガウス整数っぽい世界になるのだろうか。どうも「ぎりぎり駄目」っぽい。
というのも、4次元の超立方体の対角線は長さが 2 もある。ガウス整数の素朴な一般化としてそのような格子点を「四元整数」と考えた場合、「四元数を四元数で割った任意の商は、最寄りの四元整数から距離 1 未満」――という条件が満たされず(超立方体のど真ん中の点は、周囲の頂点からの距離がちょうど 1 であり 1「未満」になってくれない)、その設定では、ユークリッド除法がうまくいかないケースが発生しそうだ。4次元は奥が深いぜ…
↑ 付録6の終わり。
本文 → 目で見る ij = k, ji = −k
2023-10-09 UFOで図解(笑)4次元の距離 四元数のノルム
本文 → UFOで図解(笑)4次元の距離
↓ 付録7 8次元への招待状
四元数の共役が定義されたということは、Cayley–Dickson の方法を使って「2個の四元数のペアから、八元数を構成するチケット」が手に入ったということでもある。
4次元だけでもめまいがしそうなのに、「いつでも8次元に遊びに来てね」という招待状が届いてしまった!
のみならず、四元数 P = A + Bi + Cj + Dk を2個の複素数のペア (α, β) = (A + Bi, C + Di) と同一視すると、P の共役…
P* = (A + Bi + Cj + Dk)* = A − Bi − Cj − Dk
…は (α, β) の共役 (α, β)* と同一視される。上の式からその (α, β)* は…
(A − Bi, −C − Di) = (α*, −β)
…なので、次の一般的規則が示唆される。
Cayley–Dickson construction における共役の表現 (α, β)* = (α*, −β)
芋づる式にいろんな事実が出てきて、なかなかエキサイティング。
↑ 付録7の終わり。今日はここまで。ちゅす、じす、じゃーね、バイバイ、チャオ♪
本文 → UFOで図解(笑)4次元の距離
2023-10-13 八元数とケイリー代数 8次元は半端じゃねぇ
複素数は2個の実数(実部と虚部)のペアから成る。その複素数をさらに2個ペアにすると、4個の成分から成る四元数が得られる。アイルランドの数学者 Hamilton が1843年10月16日に、その理論を思い付いた(本質的に同じ意味ともいえる式は、それより約100年前の1748年に記されている―― Euler が Goldbach に宛てて書いた手紙の中で)。
この話を聞けば、まあ誰でも考えるだろう――「じゃあ、その四元数を2個ペアにしたら、8個の成分から成る八元数が得られるのでは」。それを最初に真剣に研究したのは John Thomas Graves(画像)。同じアイルランドの人で、Hamilton の親友。四元数の発見について、Hamilton が真っ先に手紙で報告したのも Graves に宛ててだったし、そもそも Hamilton がその研究を始めるきっかけになったのも Graves の影響だったらしい。 Graves が八元数を発見したのは、四元数発見と同じ1843年のクリスマスの頃だという。現代では octonion と呼ばれることが多いが、Graves 自身は、当初、音楽の「8度」にちなんで octave と呼び(現在でもドイツ語では Oktave と呼ばれることがある)、時には octad という表現も使っている。
八元数は、四元数と比べると「扱いの軽い不遇な存在」だった。4次元は普通に好奇心を刺激するし、実用的な応用も多い(現代でもゲームの回転シーンや、宇宙船の回転の制御などは四元数を使って行われることがある――行列を使うより便利)。一方、8次元は、いくらなんでも次元が多過ぎて、一見、何の役に立つのか全く分からない。しかも――四元数では交換法則が壊れるが――八元数だと結合法則も破れてしまう。
最初の発見者 Graves の論文発表が遅れているうちに、英国の Arthur Cayley が同じことを独立に発見し、発表してしまった(1845年)。そのため Cayley の数、Cayley の代数と呼ばれるようになった。真の発見者 Graves としては不本意だったようだ…。おまけにこの Cayley の論文自体もいいかげんで、本題は Jacobi の楕円関数についての論争だが、内容は間違いだらけと判明、そのせいで Cayley の論文集には収録されていない。この不名誉な論文に P.S. として、八元数のことがチラッと記されている――発表時点では本題と無関係の「付記」だったのだが、それが数学史上、重大な意味を持つことになる。面白いことに Cayley は「八元数をさらに拡張した十六元数は駄目だが、三十二元数は可能かも」という趣旨の予想をクエスチョンマーク付きで記している――8, 16, 32, 64, … と無制限に要素の数を倍々にはできないと感づいていたようだ(実際、ノルムについての通常の法則が成り立つのは八元数まで)。
この「付記」には、一カ所ミスプリがあった…
i4 の左の 47 は 73 の誤り。原論文でも論文集でも訂正されていないところを見ると、著者自身も誤字に気付いていなかったようだ(原論文ではギリシャ文字のイオタが使われ、論文集ではラテン文字のアイが使われている。ここでは後者を使う)。このミスプリについては [Dickson1919] でも指摘されている。ところが本来 47 は 73 の誤り、と指摘するべきなのに、Dickson の論文には 87 は 73 の誤りと記されている。皮肉なことに、誤字についての訂正文に誤字がある!
Cayley–Dickson の方法で、この八元数の積の公式を導出できる。「2個の四元数のペア」と「2個の四元数のペア」の積として…。Cayley の命名規則に従った場合の「掛け算の表」も自然に出てくる。単純計算なので運が良ければ一発でできるのだろうが、変数名が16個・積が64個もあるので、どこかで間違えると、どこが間違っているのか分かりにくい。符号のミス、変数名の勘違い、検算の側の間違いなど…。筆者はこの種の作業は嫌いではないが、最初にやったときはなかなか計算が合わず、途中で眠くなってしまい、二晩くらいかかった。
8項式8個から成る64項の式。積の順序も含め Cayley–Dickson の構成法に厳密に従った場合、8 × 8 の64項を「田んぼの田」の字状に16項 × 4ブロックに分けると、左上は四元数の積と全く同じで、右上と左下も同じ符号パターンになり、右下は「縦読み」(90˚転置)で同じパターンになるっぽい。これは、ほんのり面白い。八元数の「九九?」については 124 を含む「覚えやすいバージョン」を聞きかじってはいたが、元祖 Cayley 版を覚えるコツもつかめた。直接的な方法としては 123 と二倍の 246 と一年の日数の 365 の三つ(覚えやすい)の他に 145、257、176、347 の四つがあり「いい陽光・日光な」「一人になろう・さようなら」という語呂合わせで記憶できる。「日光な」の 257 を例にすると:
i2i5 = i7 しかし i5i2 = −i7
i5i7 = i2 しかし i7i5 = −i2
i7i2 = i5 しかし i2i7 = −i5
四元数の i, j, k と同じパターン。他も同様。
〔参考文献〕 Philosophical Magazine (1845), 26巻210ページ
https://archive.org/details/londonedinburghp26lond/page/210/mode/2up
2023-10-18 目で見る八元数の「九九」 八元数が見えた!
八元数の掛け算表は、虚数単位の名前の付け方次第でいろんなパターンが考えられる。四元数の ij = k にしたって、従来の j を k に改名、従来の k を j に改名すれば ik = j になる。八元数は虚数単位が7種類もあるので、バリエーションが爆発的に増える。
にもかかわらず、八元数の最初の発見者 Graves と、同じことを独立に再発見した最初の論文発表者 Cayley は、同一の掛け算表〔※注1〕を使っているし、Dickson もそれを踏襲している。この…
123, 246, 365 (123、その二倍、一年の日数)
145, 257 (いい陽光、日光な)
176, 347 (一人になろう、さようなら)
…というシステムには、「その選択が唯一絶対ではないにもかかわらず、それが自然な第一選択となるような意味」があるはずだ。一体何なのか?
この件について、一つの手掛かりを得た。単純明快なことなんだけど文献には記されてないようなので(単純過ぎるせいか?)、紹介したい。
〔※注1〕 [Dickson1919] p. 164 には「Graves 版では Cayley 版の掛け算表は同内容だが、積の公式がわずかに異なる」という趣旨の記述がある――同一の掛け算規則に従えば、積の公式は同じになるはずなので、この記述は奇妙。混乱の原因は、恐らく Proceedings of the Royal Irish Academy, vol. 3, p. 528。そこでは + 76′ − 67′ とあるべきものが確かに − 76′ + 67′ になっている。しかし、それは「1843年末の手紙の内容」であり、符号に間違いがあったこと、符号ミスは1844年の手紙で修正されたことが、記されている。1844年1月18日付けの修正版(同じページで続けて紹介されている)によれば、b″ の式は
+ hg′ − gh′
で終わる。
https://archive.org/details/proceedingsofroy03proc/page/528/mode/1up
a, b, c, d; e, f, g, h をそれぞれ X0, X1, X2, X3; X4, X5, X6, X7 と書くと、上記は
+ X7X′6 − X6X′7 つまり 〖76〗
であり、Cayley 版と同じ意味。Hamilton の Note, p. 339 の計算規則によっても、Graves と Cayley の八元数・掛け算表は完全に同じだったと思われる(そのことは Dickson 自身も記している)。
立方体の画像の説明。O は原点。OX、OY、OZ は原点を含む3辺。OXCY は底面の正方形。X は O の右
Y は画面「奥」
Z は O の真上。底面の正方形 OXCY に対応する上面の正方形は ZBSA。
四元数の i, j, k は複素数の i の拡張。そのまた拡張である八元数の 7 個の虚数単位のうち、最初の 3 個は i, j, k と考えるのが、自然だろう。四元数の世界に、もう一つの虚数単位 S ――super ないし shift――を追加して:
1S = S, iS = I, jS = J, kS = K
と約束するなら、8種類の基本単位 1, i, j, k; S, I, J, K が自然に定義される:
i0 = 1, i1 = i, i2 = j, i3 = k,
i4 = S, i5 = iS, i6 = jS, i7 = kS
これによって 123 という出発点は ij = k に当たり 145, 246, 347 の三つは「4番を掛けると、添え字が 4 増える Shift キーのようなもの」(iS = I, jS = J, kS = K)と理解される。
この連中を立方体の 8 個の頂点でイメージする場合、原点 O は掛け算の原点(乗法単位元)なのでもちろん 1 だが i, j, k はどこにあるか。「原点と座標軸がつながった X, Y, Z が基本の頂点」という考えも浮かぶけど X, Y, Z を i, j, k だと思うと…。O から見た X, Y, Z は辺が直結している頂点。X から見た同じ立場の点(辺が直結している頂点)は O, B, C。…このイメージだと、四元数では i, j, k の間で掛け算が「巡回」するという事実(ij = k, jk = i, ki = j)と合致せず、ピンとこない。じゃぁ、どうする…。原点を含む 3 面(正方形)の上で、対角線(図の青線)で結ばれた頂点をそれぞれ A, B, C とすると(3 個の点のどれが A でどれが B でどれが C かは、どうとでも定義できそうだけど)、OABC は正四面体(正三角すい)になってくれる。正四面体は 4 個の頂点が完全に対称の立場なので A, B, C を i, j, k だと思うと、都合がいい。A, B, C, A, B, C, … という正三角形の巡回が i, j, k, i, j, k, … に当たるとイメージできる。図において、点の名前については、便宜上 X, Y, Z を慣用的な位置として(右・奥・上)、それぞれから一番遠い頂点を A, B, C とした。
第4の虚数単位 S は、原点から一番遠い頂点と考えるのが妥当だろう。なぜなら S は i, j, k つまり A, B, C に対して特別な役割を果たす(O と辺がつながっている3頂点 X, Y, Z は、三者間で対等の立場であり、その一つが特別な役割を果たすとは考えにくい)。これによって i, j, k, S つまり1番~4番の点が図示される。問題は「残った X, Y, Z のうち、5番~7番の点がどこにあるか」?
1番・2番・3番に当たる A, B, C のそれぞれから見て、「O から見た S に当たる点」つまり「一番遠い頂点」が X, Y, Z なのだから――そして S を掛け算すると番号が 4 増えるのだから―― X, Y, Z が順に5番・6番・7番でいいだろう。
7種類の掛け算規則は、次の通り…。初めに「123」は ij = k に当たり、四元数の拡張として八元数を捉える限りにおいて、議論の余地はない。次に「145」「246」「347」は、単に「4番を掛けると 4 増える」というシフトの法則であり、第4虚数単位をそのようなものと解釈する限りにおいて、これまた議論の余地はない。
残りの三つの規則は、原点を含む3個の正方形の面のそれぞれにおいて、原点以外の3頂点の関係に相当する。例えば、図の手前・正面に当たる正方形 OXBZ の場合: O から見た対角線上にある 2 番(つまり点 B)に注目すると、その左右に 5 と 7 があるので、掛け算規則「257」(日光な)が生じる。同様に、底面に当たる正方形 OXCY について O から見た対角線上にある 3 番(つまり点 C)から始めて、左右を見れば「365」(一年の日数)。最後に、左側面にある正方形 OYAZ について O から見た対角線上にある 1 番(つまり点 A)から始めて、左右を見ると「176」(一人になろう)。
これら三つの掛け算規則のそれぞれにおいて、3点の「組み合わせ」は、原点を含む同じ面上の頂点の番号で分かりやすい。「順序」はどうか?
例えば「257」と「275」のどちらが正しいか。これについては、次のように考えるのが分かりやすい(2024年1月8日追記)。
次の三つの3桁の数の下2桁は、ABCABC… つまり 1→2→3→1→2→3→… と同じ向きに選択される。
176 の 7→6(つまり ZY)は 1→2→3 の 2→3(つまり BC)と平行で同じ向き。
257 の 5→7(つまり XZ)は 2→3→1 の 3→1(つまり CA)と平行で同じ向き。
365 の 6→5(つまり YX)は 3→1→2 の 1→2(つまり AB)と平行で同じ向き。
「123」「145」「176」「246」のような3桁の数の一つ一つは、triad☆ と呼ばれる。 triad には「三和音」〔※注2〕という意味もあるので、便宜上、このような3桁の数(八元数の掛け算規則を表す)を和音と呼ぶことにする。和音の左端・真ん中・右端の数をそれぞれ低音・中音・高音と名付ける。例えば、和音 145 の低音は 1、中音は 4、高音は 5。高音は中音より高いこともあるが(例: 145)、名前に反して、中音の方が高音より高いこともある(例: 176)。
〔☆〕 triple, triplet, cycle などと呼ばれることもある。Hamilton は、友人 Graves の研究について Young に説明する手紙(1848年)の中で、ほぼ同じ概念を imaginary triad と呼んだ。
https://archive.org/details/transactionsofro21iris/page/339/mode/1up p. 339 (d) の下
〔※注2〕 音楽用語としての「三和音」は「三つの音から成る和音」を指すが(例: 「ドミソ」の和音)、一般の文脈ではこの用語は「三つの和音」と紛らわしい。そこで「三」を略して、単に「和音」と呼ぶ(その方が簡潔でもある)。和音の構成要素のうち「一番下の音」は音楽用語では「根音」だが、われわれは明快さを重視して「低音・中音・高音」という表現を使う。
2023-10-22 八元数の積 便利な裏技
八元数は四元数の拡張版: 7種の虚数単位 i1, i2, …, i7 があって、一つの八元数 X は次の形を持つ:
X = A + Bi1 + Ci2 + Di3 + Ei4 + Fi5 + Gi6 + Hi7 ただし A ~ H は普通の実数
八元数の世界は、相対性理論・素粒子論・超ひも(超弦)理論などの理論物理学・宇宙論において、重要な役割を果たすらしい。純粋な数論の世界では「交換法則も結合法則も破れているが、乗法的な良いノルムを持つ構造」という興味深い例となり、十六元数より上の荒野(零因子という怪物が出没する!)を探検するためのベースキャンプともなる。
もう一つの八元数…
Y = a + bi1 + ci2 + di3 + ei4 + fi5 + gi6 + hi7
…が与えられたとき、積
XY = (A + Bi1 + Ci2 + Di3 + Ei4 + Fi5 + Gi6 + Hi7)(a + bi1 + ci2 + di3 + ei4 + fi5 + gi6 + hi7)
を展開すると、直接的には64項の和になる; A, a, B, b などの普通の数は普通に処理できるのだから i1i7 のような「虚数単位と虚数単位の積」の正体さえ分かっていれば、「面倒だが、やればできる単純計算」。四元数の積の公式のように、八元数についても積の公式が欲しい。
既に i1i7 = i6 のような「八元数の九九」を紹介した――この例で言えば《176》という“和音”に従う。だが、八元数の掛け算は、そもそもどう定義されるのか?
八元数の積の公式の導出は単純作業だが、プロセスが長いので、多少の気合は必要かと…。八元数の「九九」と積の公式をセットで覚える裏技も紹介。
ケイリー?
ディクソン?
何やら難解な
理論のようだが
ただの名前だぜ…
びびる必要ねぇな
1. Cayley–Dickson プロセスとは…。2 個の複素数 X, Y について:
X = α + βi を実数のペア (α, β) と考え
Y = γ + δi を実数のペア (γ, δ) と考えると
積 XY = (αγ − βδ) + (αδ + βγ)i は (αγ − βδ, αδ + βγ) ★
四元数に拡張。 X = A + Bi + Cj + Dk について α = A + Bi, β = C + Di として、こう書ける:
X = α + βj つまり (α, β)
なぜなら α = A + Bi, βj = (C + Di)j = Cj + Dk
(注: 四元数の基本として ij = k である)
同様に Y = a + bi + cj + dk について、γ = a + bi, δ = c + di として:
Y = γ + δj つまり (γ, δ)
積 XY が ★ と同様の形になれば好都合。実際に確認すると、少しだけ違う次の形になる(右辺の両成分の末尾に共役演算子が付く):
複素数のペアから四元数を構成 α, β, γ, δ を4個の複素数とする。
複素数のペア (w + xi, y + zi) を四元数 w + xi + yj + zk と同一視する場合、次の公式は、四元数の積の標準的定義と一致:
(α, β)(γ, δ) = (αγ − βδ*, αδ + βγ*) ★★
四元数の和・差は単に成分ごとの和・差なので、事実上、積を定義することが「四元数の世界の構成」に当たる(商も概念的には「逆数の積」なので、積が土台)。八元数についても、積を定義したい。四元数の場合、Hamilton の基本公式 ij = k 等々を使って、先に積を直接計算したが、八元数の場合、公式自体が不透明。そこで ★★ とほとんど同じ方法で、八元数を構成する。 Dickson によると、次の形式を使えば、四元数から Cayley スタイルの八元数を構成できるという。
四元数のペアから八元数を構成 α, β, γ, δ を4個の四元数とする。
四元数のペアを八元数と同一視する場合、次の公式は、八元数の積の古典的定義と一致:
(α, β)(γ, δ) = (αγ − δ*β, δα + βγ*) ☆
☆ は ★★ とほとんど同じだが、右辺の4項のうち、第2項・第3項の積の順序が逆転している。α, β などが実数または複素数の場合、交換法則があるので積の順序はどうでもいい: ★★ の代わりに ☆ を使っても構わない。さらに、実数の共役は自分自身なので、α, β などが実数なら、共役演算子はあってもなくても同じ: ★ の代わりに ★★ や ☆ を使っても構わない。他方、α, β などが四元数の場合、積の交換法則が不成立なので、掛け算の順序を厳密に指定する必要がある。要するに ☆ は、どれにでも使える最強の上位互換。
〔補足〕 ☆ は Cayley バージョンの八元数に合うようにチューニングされていて、十六元数やその先を探検する場合の事実標準ともいえる。もっとも、四元数(特に八元数の掛け算)には、別の定義の仕方もあり、☆ が唯一絶対ではない。八元数の発見者 Graves や Cayley は ☆ が発表される前に、独自に積の公式を導いているのだから、☆ は元祖のアプローチでもない。脱線を避けるため今は素直に Dickson に追随するけれど、この件については、さらなる検討の余地がある。
面倒な計算
気合で突破
するぜ!
2. 八元数について ☆ の (α, β)(γ, δ) = (αγ − δ*β, δα + βγ*) を求める。
第一の八元数 X = A + Bi1 + Ci2 + Di3 + Ei4 + Fi5 + Gi6 + Hi7 を次の四元数のペアで表す:
α = (A, B, C, D), β = (E, F, G, H)
第二の八元数 Y = a + bi1 + ci2 + di3 + ei4 + fi5 + gi6 + hi7 を次の四元数のペアで表す:
γ = (a, b, c, d), δ = (e, f, g, h)
四元数の積の公式
(A, B, C, D)(a, b, c, d) =
(Aa − Bb − Cc − Dd,
Ab + Ba + Cd − Dc,
Ac − Bd + Ca + Db,
Ad + Bc − Cb + Da)
文字を変えると:
(E, F, G, H)(e, f, g, h) =
(Ee − Ff − Gg − Hh,
Ef + Fe + Gh − Hg,
Eg − Fh + Ge + Hf,
Eh + Fg − Gf + He)
各項後半の文字:
a b c d 辞書順
b a d c 21→43
c d a b 34→12
d c b a 逆順
各項前半の文字=辞書順
マイナスの項の位置:
3カ所・遠・近・中央
四元数の積の公式から:
αγ = (Aa − Bb − Cc − Dd, Ab + Ba + Cd − Dc, Ac − Bd + Ca + Db, Ad + Bc − Cb + Da)
同様に:
δβ = (eE − fF − gG − hH, eF + fE + gH − hG, eG − fH + gE + hF, eH + fG − gF + hE)
δ を共役四元数 δ* に置き換えると f, g, h の符号が逆になるので、次のように、積の各成分の第2~4項の符号が反転:
δ*β = (eE + fF + gG + hH, eF − fE − gH + hG, eG + fH − gE − hF, eH − fG + gF − hE)
従って:
αγ − δ*β =
(Aa − Bb − Cc − Dd − eE − fF − gG − hH,
Ab + Ba + Cd − Dc − eF + fE + gH − hG,
Ac − Bd + Ca + Db − eG − fH + gE + hF,
Ad + Bc − Cb + Da − eH + fG − gF + hE) ‥‥『あ』
一方:
δα = (eA − fB − gC − hD, eB + fA + gD − hC, eC − fD + gA + hB, eD + fC − gB + hA)
βγ = (Ea − Fb − Gc − Hd, Eb + Fa + Gd − Hc, Ec − Fd + Ga + Hb, Ed + Fc − Gb + Ha)
γ を γ* に変えると b, c, d を含む項(第2~4項とは限らない)の符号が反転:
βγ* = (Ea + Fb + Gc + Hd, −Eb + Fa − Gd + Hc, −Ec + Fd + Ga − Hb, −Ed − Fc + Gb + Ha)
従って:
δα + βγ* =
(eA − fB − gC − hD + Ea + Fb + Gc + Hd,
eB + fA + gD − hC − Eb + Fa − Gd + Hc,
eC − fD + gA + hB − Ec + Fd + Ga − Hb,
eD + fC − gB + hA − Ed − Fc + Gb + Ha) ‥‥『い』
八元数の積 XY の前半4成分が『あ』、後半4成分が『い』。この導出だけでも一苦労だが、これで合ってるのかどうか…。まず、
X = 1 = ((1, 0, 0, 0), (0, 0, 0, 0))
の場合、つまり大文字のうち A だけが 1 で他(B ~ H)が 0 の場合、『あ』『い』は Y の各成分 a, b, c, … を変えずに素通りさせる。同様に Y = 1 の場合、つまり小文字のうち a だけが 1 の場合、X の各成分 A, B, C, … は素通り。すなわち 1 が、ちゃんと乗法単位元になっている。特に X = Y = 1 つまり Aa = 1 で他の項が全部 0 の場合には 12 = XY = 1。他方、例えば
X = Y = i1 = ((0, 1, 0, 0), (0, 0, 0, 0))
の場合(つまり大文字のうち B だけが 1、小文字のうち b だけが 1 の場合)、『あ』の第1成分の Bb = 1 だけが残り、こうなる:
(i1)2 = ((−1, 0, 0, 0), (0, 0, 0, 0)) = −1
同様に (i2)2 では第1成分の Cc = 1 だけが残り、(i3)2 では第1成分の Dd = 1 だけが残り、等々なので、7種の虚数単位は、どれも平方すると −1 になる。ここまでは順調!
残念ながら、現時点では『あ』『い』を直接的に検算する手軽な方法が見つからない。ここでは(ちょっとずるいけど)文明の利器コンピューターを使い、「八元数のノルムは乗法的」という仮説を検証することで、検算の代わりとする。つまり、複素数や四元数の場合と同じ発想を使うと X のノルム A2 + B2 + … + H2 と Y のノルム a2 + b2 + … + h2 の積が XY のノルムになるはず(この仮説は、八元数に対しては事実)。『あ』『い』を手早くコピペ編集して、次のコードを自由ソフトウェア PARI/GP に入れ [Enter] キーを押すと 1 つまり true が返る。この恒等式は正しいッ!
(A*a - B*b - C*c - D*d - e*E - f*F - g*G - h*H)^2 + \ (A*b + B*a + C*d - D*c - e*F + f*E + g*H - h*G)^2 + \ (A*c - B*d + C*a + D*b - e*G - f*H + g*E + h*F)^2 + \ (A*d + B*c - C*b + D*a - e*H + f*G - g*F + h*E)^2 + \ (e*A - f*B - g*C - h*D + E*a + F*b + G*c + H*d)^2 + \ (e*B + f*A + g*D - h*C - E*b + F*a - G*d + H*c)^2 + \ (e*C - f*D + g*A + h*B - E*c + F*d + G*a - H*b)^2 + \ (e*D + f*C - g*B + h*A - E*d - F*c + G*b + H*a)^2 == \ (A^2+B^2+C^2+D^2 + E^2+F^2+G^2+H^2)*(a^2+b^2+c^2+d^2 + e^2+f^2+g^2+h^2)
八平方和は「手軽ではない」というだけで、その気になれば筆算可能。アイルランドの John Thomas Graves も英国の Arthur Cayley も、1840年代にこの種の手計算をしたのだろう。一方、十六元数やその先では、ノルムが乗法的でないため、この検算法自体が使えなくなる…。それはもっと根源的な問題…。Graves は「十六元数ではこれがうまくいかないこと」に気付き an unexpected hitch(予期せぬ困難)と表現した。Cayley も、間接的ながら、この件を示唆するような言葉を付記している。
〔歴史覚書〕 八平方和の恒等式は、1818年ごろ(出版は1822年)、デンマークの Carl Ferdinand Degen によって、(八元数と無関係に)考察された。その約25年後(1843年12月~1844年1月)、Graves は八元数を発見、 Degen とは独立に八平方和の恒等式を得た。 八元数に基づき八平方和の式を得たことについて、Graves は1845年、別の論文末尾で追伸として公表したが、具体的詳細はすぐには公表されなかった。英国・北アイルランドの John Radford Young はこれを読んで興味を覚え、翌1846年、八平方和の式を独立に再発見、1847年には十六平方和についての同様の式の不可能性についても指摘した。 Young の式は Degen の恒等式の複号の上側と同じ。 Degen & Young の式と、八元数に基づく Graves & Cayley の式は、少し形が異なる。 Graves が追伸を書いた学会誌には、Caley による八元数についての小論も掲載されたが、Young は八元数には興味を持たなかったようだ。
(参考1) 上記による積の簡易実装例(主にデバッグ用)。八元数 X, Y
を長さ 8 の配列(index=1..8)とする。
\\ PARI/GP octomul( X, Y ) = { my(A=X[1], B=X[2], C=X[3], D=X[4], E=X[5], F=X[6], G=X[7], H=X[8]); my(a=Y[1], b=Y[2], c=Y[3], d=Y[4], e=Y[5], f=Y[6], g=Y[7], h=Y[8]); [ A*a - B*b - C*c - D*d - e*E - f*F - g*G - h*H, A*b + B*a + C*d - D*c - e*F + f*E + g*H - h*G, A*c - B*d + C*a + D*b - e*G - f*H + g*E + h*F, A*d + B*c - C*b + D*a - e*H + f*G - g*F + h*E, e*A - f*B - g*C - h*D + E*a + F*b + G*c + H*d, e*B + f*A + g*D - h*C - E*b + F*a - G*d + H*c, e*C - f*D + g*A + h*B - E*c + F*d + G*a - H*b, e*D + f*C - g*B + h*A - E*d - F*c + G*b + H*a ]; }
3. これで一応、自力で八元数の積の公式を導出できた。天下り的に Cayley–Dickson を使ったこと、検算がコンピューター任せなことが遺憾だが、それは話の複雑化を避けるための選択。後日もう少し掘り下げてみたい。以下では、得られた公式(ごちゃごちゃしている)の意味を少し観察してから、式をもっと分かりやすく整理する。
八元数の積(暫定版)
X = A + Bi1 + Ci2 + Di3 + Ei4 + Fi5 + Gi6 + Hi7 と
Y = a + bi1 + ci2 + di3 + ei4 + fi5 + gi6 + hi7 の積は:
Z = XY = z0 + z1i1 + z2i2 + z3i3 + z4i4 + z5i5 + z6i6 + z7i7
ここで:
z0 = Aa − Bb − Cc − Dd − eE − fF − gG − hH
z1 = Ab + Ba + Cd − Dc − eF + fE + gH − hG
z2 = Ac − Bd + Ca + Db − eG − fH + gE + hF
z3 = Ad + Bc − Cb + Da − eH + fG − gF + hE
z4 = eA − fB − gC − hD + Ea + Fb + Gc + Hd
z5 = eB + fA + gD − hC − Eb + Fa − Gd + Hc
z6 = eC − fD + gA + hB − Ec + Fd + Ga − Hb
z7 = eD + fC − gB + hA − Ed − Fc + Gb + Ha
例えば X = i1 なら大文字は B = 1 以外はゼロ。 Y = i7 なら小文字は h = 1 以外ゼロ。それらの積では Bh = hB = 1 の項だけが残るので(これは bH = Hb とは異なる)、結果は z6 成分が 1 になる他は全部ゼロ。つまり XY = i1i7 = i6。原理的には、この考え方で掛け算表を構成できるけど、暫定版のままでは見通しが悪い。
〔付記〕 上記 Z の各成分 8 項 × 8 行 = 64 項を「田んぼ田」の字状に 4 × 4 サイズの 4 ブロックに分けた場合、左上は四元数の積の公式と同一。左下も、それと同じ符号パターンを持つ。右上も、第4項のマイナス以外は同じ符号パターンを持つ。右下については、第5行・第5項から順に縦読みすると、やはり次の同一符号パターンになっている:
+ − − −; + + + −; + − + +; + + − +
右上については、δβ が(四元数の積だから)この符号パターンを持ち、その第2~4項の符号を逆にしたものを引き算したのだから、最初の項がマイナスになる以外、符号パターンが元に戻る。左下については δα が(四元数の積だから)この符号パターンを持つ。
可読性の向上を狙って A, B, C, … を x0, x1, x2, … と改名し a, b, c, … を y0, y1, y2, … と改名しよう。これらは実数なので、交換法則が成立。普通に整理すると:
八元数の積の公式(古典)
X = x0 + x1i1 + x2i2 + x3i3 + x4i4 + x5i5 + x6i6 + x7i7 と
Y = y0 + y1i1 + y2i2 + y3i3 + y4i4 + y5i5 + y6i6 + y7i7 の積は:
Z = XY = z0 + z1i1 + z2i2 + z3i3 + z4i4 + z5i5 + z6i6 + z7i7
ここで:
z0 = x0y0 − x1y1 − x2y2 − x3y3 − x4y4 − x5y5 − x6y6 − x7y7
z1 = x0y1 + x1y0 + x2y3 − x3y2 + x4y5 − x5y4 − x6y7 + x7y6
z2 = x0y2 − x1y3 + x2y0 + x3y1 + x4y6 + x5y7 − x6y4 − x7y5
z3 = x0y3 + x1y2 − x2y1 + x3y0 + x4y7 − x5y6 + x6y5 − x7y4
z4 = x0y4 − x1y5 − x2y6 − x3y7 + x4y0 + x5y1 + x6y2 + x7y3
z5 = x0y5 + x1y4 − x2y7 + x3y6 − x4y1 + x5y0 − x6y3 + x7y2
z6 = x0y6 + x1y7 + x2y4 − x3y5 − x4y2 + x5y3 + x6y0 − x7y1
z7 = x0y7 − x1y6 + x2y5 + x3y4 − x4y3 − x5y2 + x6y1 + x7y0
x0yn + xny0 を【0n】と略し xmyn − xnym を〖mn〗と略すと:
z0 = x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7
z1 = 【01】 + 〖23〗 + 〖45〗 + 〖76〗
z2 = 【02】 + 〖31〗 + 〖46〗 + 〖57〗
z3 = 【03】 + 〖12〗 + 〖47〗 + 〖65〗
z4 = 【04】 + 〖51〗 + 〖62〗 + 〖73〗
z5 = 【05】 + 〖14〗 + 〖72〗 + 〖36〗
z6 = 【06】 + 〖24〗 + 〖17〗 + 〖53〗
z7 = 【07】 + 〖34〗 + 〖61〗 + 〖25〗
最後の略し方は Cayley による(原論文では足し算の順序が上記と一部異なるが、実質的な違いはない。ただし第4成分の 47 は 73 の誤字)。この簡潔な省略記法は、八元数のハーモニーを理解するための鍵となる。
https://archive.org/details/collectedmathema01cayluoft/page/127/mode/1up
一見したところ、数字の並び方に明らかな規則はないようだが(しかも、われわれの表記では〖72〗が〖36〗より前にあったり〖24〗が〖17〗より前にあったりして、無秩序な印象かもしれない)、その真意はすぐに明らかになるであろう。積の公式を使って七つの和音が正しいことを確認し、その後で、逆に七つの和音からこの公式を復元する方法を記す。
4. この形式によると、前記 i1i7 = i6 は、明快な意味を持つ: X = i1 とは X の全成分が x1 = 1 以外ゼロという意味、Y = i7 とは Y の全成分が y7 = 1 以外ゼロという意味。だから積 XY では z6 の
〖17〗 = x1y7 − x7y1 = 1⋅1 − 0⋅0 = 1
以外は全部ゼロ。同じ添え字で x と y を入れ替えると: もし X = i7, Y = i1 なら x7 = y1 = 1 以外全部セロなので、XY において
〖17〗 = x1y7 − x7y1 = 0⋅0 − 1⋅1 = −1
以外は全部ゼロ。これは XY = i7i1 = −i6 を意味する。同様に考えを進めると:
i1i7 = i6 しかし i7i1 = −i6
i7i6 = i1 しかし i6i7 = −i1
i6i1 = i7 しかし i1i6 = −i7
これは四元数の ij = k と同様の巡回構造: この6種の積の関係を 《176》 という“和音”で表現できる。より一般的に〖pq〗が zr に含まれ、〖qr〗が zp に含まれ、〖rp〗が zq に含まれるなら、6種の積の関係をコーディングした和音 《pqr》 が存在する。これが「八元数の九九」。積の公式の形から、次の計 7 個の和音を確認できる。
176(一人になろう)
257(にっこりな)
365(365日)
サイの角のように
ただ独り歩め
— Sutta Nipāta
〔※注3〕 八元数のシフト和音とは、低音が 1 or 2 or 3、中音が 4、高音が「低音 + 4」の形の和音。この形が生じる直観的・幾何学的イメージについては、目で見る八元数の「九九」参照。
このタイプの省略記号〖〗は、積の公式において z1 ~ z7 の各成分につき 3 個ずつ、トータルで 21 個、存在。3音から成る一つの和音 pqr は、三つの省略記号〖pq〗〖qr〗〖rp〗に対応するのだから、七つの和音たちは、全体として記号の数 21 にちょうど対応。それとは別に、自明な掛け算として、7種の虚数単位を(左から)実数単位 1 に掛ける(=1倍する)パターン(7種)、逆に 1 を左から虚数単位に掛ける(=虚数倍する)パターン(7種)、虚数単位を自乗して −1 を得るパターン(7種)、そして 1 を自乗するパターン(1種)が存在。七つの和音の一つ一つは 6 パターンの積を表すので、総計 7 × 6 + 7 + 7 + 7 + 1 = 64 パターンの積が定義される。八元数の 8種の単位(実数または虚数)とそれら自身の積は 82 = 64 パターンなので、これで過不足がない。
八元数の
積の式の
素晴らしい
記憶法を
発見したが
それを記す
には
この余白は
狭過ぎる!
2023年
10月21日
5. 逆に七つの和音についての知識(そして和音 pqr と三つの記号の対応)から、積の公式を復元できる。まずメモ用紙等に次の出発点を記入:
XY = (x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7)
+ (【01】 + 〖 〗 + 〖 〗 + 〖 〗)i1
+ (【02】 + 〖 〗 + 〖 〗 + 〖 〗)i2
+ (【03】 + 〖 〗 + 〖 〗 + 〖 〗)i3
+ (【04】 + 〖 〗 + 〖 〗 + 〖 〗)i4
+ (【05】 + 〖 〗 + 〖 〗 + 〖 〗)i5
+ (【06】 + 〖 〗 + 〖 〗 + 〖 〗)i6
+ (【07】 + 〖 〗 + 〖 〗 + 〖 〗)i7
21個の空欄を埋めよう。四元数由来の和音 123 の知識から、i3 の空欄〖 〗に 12 を記入、231 と転回〔※注4〕して i1 の空欄〖 〗に 23 を記入、312 と転回して i2 の空欄〖 〗に 31 を記入。次にシフト和音 145 についての知識から、i5 の空欄〖 〗に 14 を記入、451 と転回して i1 の空欄〖 〗に 45 を記入、514 と転回して i4 の空欄〖 〗に 51 を記入。これで六つの空欄が埋まった。同様に、シフト和音 246 と 347 によって六つの空欄が埋まり、それ以外の和音 176, 257, 365 によって残り九つの空欄が埋まる。
〔※注4〕 転回とは「ドミソ」の和音が「ミソド」になったり「ソドミ」になったりすること。ドミソドミソ…という並び方の順序を守る必要があり「ミドソ」や「ドソミ」や「ソミド」にはできない。理由は「ドミ = ソ」のとき「ミド = ソ」ではないから: 「ドミ = ソ」なら「ミド = マイナス・ソ」。
この方法を使うには、八元数の七つの和音を知っている必要がある(その知識は、直接的にも、掛け算に役立つ)。覚え方。和音の種類を区別しない場合は…
123, 246, 365 (123、その二倍、365日) 145, 257 (いい陽光・日光な) 176, 347(一人になろう・さようなら)
「四元数由来の 123」と「シフト和音」を分けて考えるなら、それ以外の3種だけが問題になる:
176
257
365(一人になろう・にっこりな・365日)
この三つは、低音が順に 1・2・3 で、低音以外の部分が順に 7・6・5・7・6・5 となっている!
上で紹介した積の公式の形は、この「公式復元法」に対応している: 〖72〗が〖36〗より前にあるのは、365 が「最後の和音」だから。〖24〗が〖17〗より前にあるのは、シフト和音 246 を先に処理しているから。等々。どの文献・資料にも記されていないが、便利な裏技だろう。
(参考2) Cayley の省略記法の実装例・利用例。最初の添え字が 0 か否かで符号を自動設定し、2種の記法【】〖〗を一つにまとめた。八元数 X, Y
を長さ 8 の配列(index=1..8)とする。ベタ実装のデバッグ用 octomul
と結果が一致!
CL(X,Y, m,n) = { \\ Cayley my( sign = if( m==0, +1, -1 ) ); m++; n++; \\ 0-based index to 1-based index X[m]*Y[n] + sign*X[n]*Y[m]; } octomul2( X, Y ) = { [ X[1]*Y[1] - sum( n=2, 8, X[n]*Y[n] ), CL(X,Y,0,1) + CL(X,Y,2,3) + CL(X,Y,4,5) + CL(X,Y,7,6), CL(X,Y,0,2) + CL(X,Y,3,1) + CL(X,Y,4,6) + CL(X,Y,5,7), CL(X,Y,0,3) + CL(X,Y,1,2) + CL(X,Y,4,7) + CL(X,Y,6,5), CL(X,Y,0,4) + CL(X,Y,5,1) + CL(X,Y,6,2) + CL(X,Y,7,3), \\* CL(X,Y,0,5) + CL(X,Y,1,4) + CL(X,Y,3,6) + CL(X,Y,7,2), CL(X,Y,0,6) + CL(X,Y,1,7) + CL(X,Y,2,4) + CL(X,Y,5,3), CL(X,Y,0,7) + CL(X,Y,2,5) + CL(X,Y,3,4) + CL(X,Y,6,1) ]; }
今日はいっぱい遊んだね!
(参考2の追記・2023年10月27日) 次のコードで octmul2
の正しさを一応、検証できる:
sum_of_8sq(vec) = sum( n=1, 8, vec[n]^2 ); \\# X = [x0,x1,x2,x3, x4,x5,x6,x7]; Y = [y0,y1,y2,y3, y4,y5,y6,y7]; Z = octomul2(X,Y); \\## sum_of_8sq(X) * sum_of_8sq(Y) == sum_of_8sq(Z) \\###
#
8平方和。八元数のノルムに当たる。 ##
2個の八元数を用意して掛け算。 ###
ノルムの積が積のノルムに等しいか。1 が返る。
octomul(X,Y)==octomul2(X,Y) でも 1 が返る。この実装での、八元数の中を見るツール。octodump(Z) の出力はごちゃごちゃしているが、本文の内容との一致を確認できる。
octodump(vec) = for(n=1, 8, print(n-1, "] ", vec[n]));
2023-10-27 八元数の積の定義について Degen の恒等式への序曲
6. 八元数 X = (x0, x1, x2, …, x7) と八元数 Y = (y0, y1, y2, …, y7) の積を
XY = Z = (z0, z1, z2, …, z7)
とすると、古典的定義では:
z0 = x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7
z1 = (x0y1 + x1y0) + (x2y3 − x3y2) + (x4y5 − x5y4) + (x7y6 − x6y7)
z2 = (x0y2 + x2y0) + (x3y1 − x1y3) + (x4y6 − x6y4) + (x5y7 − x7y5)
などとなるが、それだけ見ると、不自然に思われる点もある。 z1 の式の添え字について、
0110 2332 4554
と来たら次は(7667 ではなく)6776 が予期されるし、丸かっこ中央の符号についても、できることなら(最初だけプラスではなく)全部マイナスに統一したいものだ。
X = (A, B, C, D, A′, B′, C′, D′)
Y = (a, b, c, d, a′, b′, c′, d′)
と書くと、上記は
z1 = (Ab + Ba) + (Cd − Dc) + (A′b′ − B′a′) + (D′c′ − C′d′)
に当たるが、一つ目と三つ目の丸かっこ内が「不統一」。四つ目の丸かっこ内も二つ目と「不統一」。 C′d′ − D′c′ の間違いでは?
実際、八元数の発見前に(あるいは八元数とは無関係に)作られた八平方和の恒等式では、上記の点が「一見より自然な形」になっている。四平方和の恒等式についても、四元数の積に基づくと
(A2 + B2 + C2 + D2)(a2 + b2 + c2 + d2)
= (Aa − Bb − Cc − Dd)2 ← 全部引き算
+ (Ab + Ba + Cd − Dc)2 ← 前半は足し算・後半は引き算
+ (Ac + Ca + Db − Bd)2 ← 同上
+ (Ad + Da + Bc − Cb)2 ← 同上
となるが、次のバージョンの方が、見た目のバランスが良い:
= (Aa + Bb + Cc + Dd)2 ← 全部足し算
+ (Ab − Ba + Cd − Dc)2 ← 前半も後半も引き算
+ (Ac − Ca + Db − Bd)2 ← 同上
+ (Ad − Da + Bc − Cb)2 ← 同上
第一のバージョンの a を −a に置き換えたものが第ニのバージョンで、本質的にはどちらでも同じ意味だけど…。同様に、八平方和の恒等式や、八元数の積の公式についても、複数のバージョンが存在する。
この点をある程度クリアにすることは、本質的には難しくない。ただし四元数(既にかなり複雑)と比べ、さらに次元が2倍。式が長くなり、扱いにくい。変数名や符号などの誤字・誤記が起きそうだが、適宜、脳内補正してほしい。今回は「最後の(第7の)虚数単位の符号を反転させること」に話を絞る。
一見いびつ
な式が
実は自然…
意外と
面白い!
7. 「四元数の積でも、八元数の積でも、バランスが悪いようにも思える形が、実は自然」という件。四元数でいえば、
P = A + Bi + Cj + Dk と Q = a + bi + cj + dk
の積を PQ = R = E + Fi + Gj + Hk とすると:
E = Aa − Bb − Cc − Dd
F = Ab + Ba + Cd − Dc
G = Ac + Ca + Db − Bd
H = Ad + Da + Bc − Cb
一方 PQ = R の両辺のノルムを考えて
norm(P) norm(Q) = norm(R) つまり
(A2 + B2 + C2 + D2)(a2 + b2 + c2 + d2) = E2 + F2 + G2 + H2
としたのが四平方和の恒等式。
Q が P の共役 P* である場合を考える。共役とは、実部が等しく、虚部の符号が全部反対になっている数。つまり Q = P* なら:
Q の実部 a = A しかし 虚部 b = −B, c = −C, d = −D
この場合、共役との積 PP* が norm(P) = A2 + B2 + C2 + D2 になってほしいのだが、上の積の公式によると:
E = A(A) − B(−B) − C(−C) − D(−D)
つまり、積の実部 E は確かにこの性質を持つ。もしも E = Aa + Bb + Cc + Dd だったとしたら、この計算は成り立たない。さらに積の虚部について:
F = A(−B) + B(A) + C(−D) − D(−C) = −AB + BA − CD + DC = 0
G = A(−C) + C(A) + D(−B) − B(−D) = −AC + CA − DB + BD = 0
H = A(−D) + D(A) + B(−C) − C(−B) = −AD + DA − BC + CB = 0
つまり、積の虚部 F, G, H はいずれもゼロになり norm(P) は純粋な(虚部ゼロの)実数になる。もしも例えば F = Ab − Ba + Cd − Dc だったら、この計算も成り立たない。
要するに PQ = R の4成分 E, F, G, H の上記の定義は(唯一絶対とまではいわないが)合理的。四平方和の恒等式も、四元数のノルムに基づくなら、最初の形のままで自然。共役を考えると A & a は絶対値も符号も等しいが、B & b, C & c, D & d は、それぞれ絶対値が等しく符号は反対。従って Aa = A2 だが Bb = −B2, Cc = −C2, Dd = −D2 であり、E が四平方和になるためには、E = Aa − Bb − Cc − Dd でなければならない。同じ理由から、Ab & Ba は、絶対値が同じで符号が逆〔※〕なので和がゼロ、Cd & Dc は、絶対値も符号も同じ〔※※〕なので差がゼロ。結局、ある四元数とその共役の積では F = 0 となる。G, H についても同様。
〔※〕 a = +A, b = −B なので Ab = −Ba。
〔※※〕 c = −C, d = −D なので Cd = Dc (= −CD)。
八元数についても、同様の議論が成り立つ。 Y = X* なら:
y0 = x0 しかし y1 = −x1, y2 = −x2, …, y7 = −x7
このとき X とその共役の積 XY は、z0 成分以外(つまり虚部)がゼロの、純粋な実数(八平方和)になる:
z0 = x0(x0) − x1(−x1) − x2(−x2) − … − x7(−x7)
= x02 + x12 + x22 + … + x72
一方 z1 について:
x0y1 + x1y0 = x0(−x1) + x1(x0) = −x0x1 + x1x0 = 0
x2y3 − x3y2 = x2(−x3) − x3(−x2) = −x2x3 + x2x3 = 0
などとなり、虚部の z1 成分は消滅。 z2 成分以降も同様。
「こうなるのであった」
と言われても
根拠が天下りじゃ
説得力がいまいちだぜ…
8. x0yn + xny0 を【0n】と略し xmyn − xnym を〖mn〗と略すと、こうなるのであった:
z0 = x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7
z1 = 【01】 + 〖23〗 + 〖45〗 + 〖76〗
z2 = 【02】 + 〖31〗 + 〖46〗 + 〖57〗
z3 = 【03】 + 〖12〗 + 〖47〗 + 〖65〗
z4 = 【04】 + 〖51〗 + 〖62〗 + 〖73〗
z5 = 【05】 + 〖14〗 + 〖72〗 + 〖36〗
z6 = 【06】 + 〖24〗 + 〖17〗 + 〖53〗
z7 = 【07】 + 〖34〗 + 〖61〗 + 〖25〗
z1 の式の〖76〗は〖67〗のミスタイプに見えなくもないが、和音 176 に対応しているのだから、これはこれで正しい。もっとも〖76〗を〖67〗に置き換えることも、不可能ではない。今、添え字 7 に対応する虚数単位 i7 を符号が正反対の単位 e7 = −i7 に置き換えたとする。それ以外の単位は、文字を e に変えるけれど、内容に変更はないものとする:
i0 = 1 = e0, i1 = e1, i2 = e2, …, i6 = e6, i7 = −e7
すると新しい「e システム」において、従来の八元数
X = x0i0 + x1i1 + … + x6i6 + x7i7
は、こうなる:
X = x0e0 + x1e1 + … + x6e6 + (−x7)e7
e7 = −i7 なので x7 の符号が反対になるが、全体としては、どちらの表記でも値は同じ。同様に、旧システムの
Y = (y0, y1, … ,y6, y7)
は、新システムでは (y0, y1, …,y6, −y7) になる。その結果、従来の式
z1 = (x0y1 + x1y0) + (x2y3 − x3y2) + (x4y5 − x5y4) + (x7y6 − x6y7)
は、こうなる:
z1 = (x0y1 + x1y0) + (x2y3 − x3y2) + (x4y5 − x5y4) + ((−x7)y6 − x6(−y7))
= (x0y1 + x1y0) + (x2y3 − x3y2) + (x4y5 − x5y4) + (x6y7 − x7y6)
= 【01】 + 〖23〗 + 〖45〗 + 〖67〗
この場合、虚数単位 i7 の符号が逆転しているので、x7 の値、y7 の値は、どちらも旧定義と比べて符号が逆。その結果、従来の
〖m7〗 = xmy7 − x7ym
は、 xm(−y7) − (−x7)ym = x7ym − xmy7 = 〖7m〗 に変わる。例えば〖17〗は〖71〗に変わり、〖27〗は〖72〗に変わり、〖37〗は〖73〗に変わる。
問題は
【07】 = x0y7 + x7y0
がどうなるか?だが x7, y7 の符号が反転すれば 【07】 が全体として −1 倍されることは明らかだろう。この −1 倍を打ち消すためには、もともとの
z7 = 【07】 + 〖34〗 + 〖61〗 + 〖25〗
が e システムでは、次のようになるとも思える:
z7 = −【07】 + 〖34〗 + 〖61〗 + 〖25〗
= −(x0y7 + x7y0) + (x3y4 − x4y3) + (x6y1 − x1y6) + (x2y5 − x5y2)
先頭にマイナスがあるのは美しくないけど、z1 の式で〖76〗を〖67〗に変えた副作用か…。
z0 = x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7 については、x7, y7 の符号が両方逆になれば、全体としてそのままで同じ値。 z1 ~ z6 については、上述のように 7 番を含む省略記号だけ数字を逆にすればいいのだから、まとめるとこうなる(太字部分が異なる):
八元数の古典的な積 | i7 の符号を逆にした場合 | |
---|---|---|
z0 = | x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7 (どちらのシステムでも同じ) | |
z1 = | 【01】+〖23〗+〖45〗+〖76〗 | 【01】+〖23〗+〖45〗+〖67〗 |
z2 = | 【02】+〖31〗+〖46〗+〖57〗 | 【02】+〖31〗+〖46〗+〖75〗 |
z3 = | 【03】+〖12〗+〖47〗+〖65〗 | 【03】+〖12〗+〖74〗+〖65〗 |
z4 = | 【04】+〖51〗+〖62〗+〖73〗 | 【04】+〖51〗+〖62〗+〖37〗 |
z5 = | 【05】+〖14〗+〖72〗+〖36〗 | 【05】+〖14〗+〖27〗+〖36〗 |
z6 = | 【06】+〖24〗+〖17〗+〖53〗 | 【06】+〖24〗+〖71〗+〖53〗 |
z7 = | 【07】+〖34〗+〖61〗+〖25〗 | −【07】+〖34〗+〖61〗+〖25〗 |
z1 の内容を 01, 23, 45, 67 と「自然」にできたものの z7 の形が美しくない。和の省略記号は、差の省略記号と違い、数字を逆にしても値は変わらない:
【07】 = x0y7 + x7y0 と 【70】 = x7y0 + x0y7 は等しい
たとえ【07】を【70】に変えたところで −【07】 の先頭の邪魔くさいマイナスを消すことはできない…。
実数倍が
まともに
定義され
ないのは
いくら何
でもひど
過ぎる…
この定義をそのまま使うと、厄介な問題が起きる: 実数 A (= Ae0) に第7虚数単位 e7 を掛けると Ae7 ではなく −Ae7 になってしまうのだ。 e7 の正体は −i7 だから、マイナスが付くのは仕方ないのか…。 X = a = (A,0,0,0, 0,0,0,0), Y = e7 = (0,0,0,0, 0,0,0,1) とすると x0 = A と y7 = 1 以外の全成分はゼロだから、新方式の掛け算では
z7 = −【07】 = −(x0y7 + x7y0) = −(A⋅1 + 0⋅0) = −A
以外の部分は全部ゼロ。逆順に e7A と掛け算すると(X = e7, Y = a )、今度は x7 = 1 と y0 = A 以外が全部ゼロなので:
z7 = −【07】 = −(x0y7 + x7y0) = −(0⋅0 + 1⋅A) = −A
やはり同じ積になる(交換法則は一般には不成立だが、この場合には成立)。
暫定的な結論として、古典の
z1 = (x0y1 + x1y0) + (x2y3 − x3y2) + (x4y5 − x5y4) + (x7y6 − x6y7)
が「より自然」な次の形になるように掛け算を再定義することは可能だが、上記 e システムをそのまま使うと「虚数単位の A 倍が(A: 実数)、成分によっては −A 倍になる」という害が発生する。
z1 = (x0y1 + x1y0) + (x2y3 − x3y2) + (x4y5 − x5y4) + (x6y7 − x7y6)
↑この部分は「より自然」かもしれないが、新定義にはトータルでは欠陥があるようだ。
ところで、数学史上の Degen の八平方和の恒等式を八元数の立場から眺めると、この e システムがベースとなる。その議論は、上記の厄介な問題の解決とも結び付く…(続く)
(参考3) PARI/GP による検証:
octomul3( X, Y ) = { [ X[1]*Y[1] - sum( n=2, 8, X[n]*Y[n] ), CL(X,Y,0,1) + CL(X,Y,2,3) + CL(X,Y,4,5) + CL(X,Y,6,7)/**/, CL(X,Y,0,2) + CL(X,Y,3,1) + CL(X,Y,4,6) + CL(X,Y,7,5)/**/, CL(X,Y,0,3) + CL(X,Y,1,2) + CL(X,Y,7,4)/**/ + CL(X,Y,6,5), CL(X,Y,0,4) + CL(X,Y,5,1) + CL(X,Y,6,2) + CL(X,Y,3,7)/**/, CL(X,Y,0,5) + CL(X,Y,1,4) + CL(X,Y,3,6) + CL(X,Y,2,7)/**/, CL(X,Y,0,6) + CL(X,Y,7,1)/**/ + CL(X,Y,2,4) + CL(X,Y,5,3), -CL(X,Y,0,7)/**/ + CL(X,Y,2,5) + CL(X,Y,3,4) + CL(X,Y,6,1) ]; }
CL
などの定義は、参考2・その追記と共通。古典的な octomul2
と比べると /**/
の各項において、数字の順序または符号が反転している。S = octomul3(X,Y) と Z = octomul2(X,Y) は一致しない(掛け算の定義が違う)。けれど、どちらの定義でも、全8成分の平方和は、好ましいノルム(乗法的関数)となる:
sum_of_8sq(X) * sum_of_8sq(Y) == sum_of_8sq(Z)
sum_of_8sq(X) * sum_of_8sq(Y) == sum_of_8sq(S)
どちらも 1 が返る。この新定義をそのまま使うのは得策ではないが(本文参照)、好ましいノルムが得られ、何が問題か見えてきた…。
2023-10-30 Degen の八平方の式の導出 八元数の威力
八平方和の恒等式について、Degen のオリジナル版はあまり紹介されず、その式が具体的にどう導かれるのかは、どこにも記されていない(Degen 自身も説明していない)。試行錯誤のブルートフォースで得た式らしい。
元祖 Degen 版を原論文からスキャンすると次の通り。下から2行目 Rt の複号は印刷ミスで逆さまだが、赤字で修正済み。八元数の立場からは、この怪物のような式を整然と導出できる。
参考までに、未修正のオリジナル →
https://archive.org/details/mmoiresdelacad08impe/page/209/mode/1up
Wikipedia の出典欄にもリンクされてない原物(スキャン)を根性で見つけたw
9. 前回、古典的な八元数の積の公式において、第8成分の符号を逆に設定することを考えた。古典とは違う掛け算システムが得られたものの、「虚数単位 e7 に実数 A を掛けると Ae7 ではなく −Ae7 になってしまう」という妙な事態が生じた。「奇妙だから間違い」とは限らないけど、いくらなんでも、これはおかしい。新システムでは掛け算される X や Y の「第8成分の符号」を逆に設定したのだから、結果として生じる積 XY についても、「第8成分の符号」を従来と逆に設定するのが筋だろう。すなわち、前回の
z7 = −【07】+〖34〗+〖61〗+〖25〗
については、右辺の値を −1 倍して
z7 = 【07】−〖34〗−〖61〗−〖25〗 = 【07】+〖43〗+〖16〗+〖52〗
に改めよう。ここで、次の関係を使った。
定義として 〖mn〗 = xmyn − xnym なので
−〖mn〗 = −(xmyn − xnym) = xnym − xmyn = +〖nm〗
普通に、最初から
そうしとけって話だな…
基底を逆向きに
したんだから
座標値の符号は逆転
悩むことじゃねぇな…
もし前回のように Ae7 = −Ae7 だとすると、A = 1 と置いて 1e7 = −e7 となってしまい、乗法単位元が失われてしまう…。八元数の世界では、確かに交換法則・結合法則など、いろんなものが失われてはいるが、だからといって、乗法単位元まで放棄するいわれはないッ!
解決策は簡単で、前回の掛け算規則において z7 の値の符号を逆に設定するだけ。ノルムの好ましい性質も温存されるし、普通に 1 が乗法単位元になってくれる。
前回の暫定的定義 | 改良版 | |
---|---|---|
z0 = | x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7 (変更なし) | |
z1 = | 【01】+〖23〗+〖45〗+〖67〗 (変更なし) | |
z2 = | 【02】+〖31〗+〖46〗+〖75〗 (変更なし) | |
z3 = | 【03】+〖12〗+〖74〗+〖65〗 (変更なし) | |
z4 = | 【04】+〖51〗+〖62〗+〖37〗 (変更なし) | |
z5 = | 【05】+〖14〗+〖27〗+〖36〗 (変更なし) | |
z6 = | 【06】+〖24〗+〖71〗+〖53〗 (変更なし) | |
z7 = | −【07】+〖34〗+〖61〗+〖25〗 | 【07】+〖43〗+〖16〗+〖52〗 |
「一つ一つの和音がそれぞれ6種の積を定義。計七つの和音によって 7 × 6 = 42種の積が定義される」という八元数の特質も、保たれる。古典の和音は…
123; 145, 246, 347; 176, 257, 365 (Graves–Cayley の和音集)
…だった。新システムでは 7 が関係する和音が逆順になる(中音と高音が入れ替わる)。
123; 145, 246, 374; 167, 275, 365 (Degen 型・第二和音集)
〔例〕 Graves–Cayley の掛け算表では i3i4 = i7 だが、積の新定義では e3e4 = −e7。実際、
X = e3 = (0,0,0,1, 0,0,0,0); Y = e4 = (0,0,0,0, 1,0,0,0)
のとき x3 = y4 = 1 以外、全成分ゼロなので、z7 の〖43〗 = x4y3 − x3y4 = 0⋅0 − 1⋅1 = −1 以外は全部ゼロ。
これは XY = e3e4 = (0,0,0,0, 0,0,0,−1) = −e7 を意味する。
10. Degen の八平方和の式は、複号(同順)により、実際には二つの恒等式。複号で上を選択した場合を「第一」、下を選択した場合を「第二」と呼ぼう。第二恒等式は、前節の新しい掛け算システムでの「八元数の積のノルム」に当たる。整理すると:
〔補足〕 第一恒等式に対応する「第一和音集」は、第二和音集において 2 と 3 の符号を逆転させたもの。「和音集」とは七つの和音の集合で、八元数の掛け算表64項目のうち、42項目を定める(残りの22項目は自明)。一つ一つの「和音」は6種の積を巡回的に定める。例えば、第1・第2・第3の虚数単位を順に i, j, k と書くなら、和音 123 は、四元数の ij = k, jk = i, ki = j; kj = −i, ji = −k, ik = −j を表す。
新定義の内容は、二つの八元数
X = x0 + x1e1 + x2e2 + … + x7e7
Y = y0 + y1e1 + y2e2 + … + y7e7
の積についてのものだが、X と Y のノルムを考えると:
norm(X) = x02 + x12 + x22 + … + x72
norm(Y) = y02 + y12 + y22 + … + y72
それらの積が Degen の第二恒等式の左辺に当たる。 Degen は x0, x1, … x7 をそれぞれ P, Q, …, X と呼び y0, y1, …, y7 を p, q, …, x と呼んだ。注意点として Degen の表記では、大文字も小文字も v の次が x(文字 w は使われない)。 Degen の X は、われわれの X(八元数を表す)とは関係ない。さらに、小文字の p の符号の設定について、表面的な小さな違いがある(下記)。
Degen の第二恒等式の右辺は norm(XY) に当たる。その第1項…
(x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7)2 『う』
…は、Degen の右辺第1項に対応:
(Pp + Qq + Rr + … + Xx)2 『え』
『う』の変数名を Degen の変数名に「直訳」すると
(Pp − Qq − Rr − … − Xx)2 『お』
になるが、Degen は小文字の p の符号を逆に設定している: 『お』の p を −p に置き換え、平方される丸かっこの中身
P(−p) − Qq − Rr − … − Xx (これを = N とする)
を −N = Pp + Qq + Rr + … + Xx に置き換えれば (−N)2 は『え』と同じで、それと等しい N2 が『お』。要するに Degen が使った『え』の p は『お』の表記では −p に相当し、一方の p の符号を逆にしたものが他方の p である。
m = | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
xm | P | Q | R | S | T | U | V | X |
ym | −p | q | r | s | t | u | v | x |
同様に norm(XY) の第2項・第3項の内容を Degen の変数名で表現すると:
z12 = (【01】+〖23〗+〖45〗+〖67〗)2
= (x0y1 + x1y0 + x2y3 − x3y2 + x4y5 − x5y4 + x6y7 − x7y6)2
= (Pq + Q(−p) + Rs − Sr + Tu − Ut + Vx − Xv)2
z22 = (【02】+〖31〗+〖46〗+〖75〗)2
= (x0y2 + x2y0 + x3y1 − x1y3 + x4y6 − x6y4 + x7y5 − x5y7)2
= (Pr + R(−p) + Sq − Qs + Tv − Vt + Xu − Ux)2
Degen の式では p の符号が逆。項の順序も、大文字のアルファベット順になっていて、上の式と一部異なる:
その違い(式の本質と無関係)を別にすれば、われわれのノルムの式は Degen の式(複号の下側)と同一。第4項以降も同様。八元数の立場からは、複雑な Degen の式は、実は norm(X) norm(Y) = norm(XY) という単純な関係に過ぎない。
100種類以上ある八元数の掛け算表の中から Degen の式に対応するものを決定し、Cayley バージョンを経由してそれを導く――というのは、自明な作業ではない。けれど積の定義さえ確定させてしまえば、そこから先は流れ作業。何事もやってみるもので、八元数の掛け算表のバリエーションの性質について、少し感覚がつかめた…。特に Fano plane, Fano cube の「左右」の意味付けは、絶対的・統一的ではないようだ: 古典と Degen 第二を比べると、一部の和音は共通、一部の和音は逆回りなので、左回り・右回りが常に統一されるとは考えにくい。
2023-11-01 デンマークの天才数学者デェーイェン 王子様の先生
C. F. Degen は1766年、ドイツの町 Braunschweig(ブラウンシュヴァイク)――当時のデンマーク語名 Brunsvig――で生まれ、幼少期にデンマークに移住(チェロ奏者だった父親が、コペンハーゲンの楽団で職を得たため)、1825年に亡くなるまでデンマークで暮らした。
Degen はドイツ語で「剣、英雄」という意味。ドイツ語での発音は「ディーゲン」に近い「デェーゲン」だが、デンマーク語では、この g がヤユヨの子音になるため「デェーイェン」「デェーヤン」のように発音されるらしい。フルネームは Carl Ferdinand Degen(カール・フェルズィナント・デェーイェン=意味的には「自由民・旅人・剣士」…かっこいい!)、名前の Carl F. は、ガウス(Carl Friedrich Gauß)とおそろいだ。
「ズィ」と書いたのは、英語の this の子音のつもり…。でも18世紀のデンマーク語の発音なんて分からないし、確かめようもない。カタカナでは表記の揺れが生じ、検索などでも不便。そもそもカタカナ表記じゃ、検索エンジンで、ほとんど何もヒットしないだろう。手っ取り早く、アルファベットのつづりをそのまま書くことにする。「ディーイェン、デーゲン、デジャン」など、好きに読んでください…
Degen の誕生日は Wikipedia デンマーク語版によると11月1日、つまり今日ッ!? ソースは、100年以上前に出版された『デンマーク人物事典』の初版(Dansk biografisk Leksikon: 著名なデンマーク人の略歴集)。そこには、確かに 1. Nov. 1766
と記されている。けれど、同じ事典の第3版では 12.11.1766
になっている。初版の「1」は「12」の誤りだったらしい。新バージョンの側の誤植という可能性もゼロではないので、もしかすると、本当に今日が誕生日なのかもしれないけど…
〔参考文献〕 デンマーク人物事典・初版 http://runeberg.org/dbl/4/0227.html
誕生日の記述が異なるが、伝記としては新版より情報量が多い(新版にしか載っていない情報もある)。
新バージョン(第3版) https://biografiskleksikon.lex.dk/C.F._Degen
https://web.archive.org/web/20220108225343/https://biografiskleksikon.lex.dk/C.F._Degen
こっちの誕生日の方が正しそう。Degen のお墓の写真があるデンマーク語サイトでも、1766年11月12日生まれと記載あり。
https://www.gravsted.dk/person.php?navn=cfdegen
細かい日付はともかく、オンライン資料の頼りない点は、肝心の恒等式のオリジナルが紹介されていないこと。
Degen は知名度の高い人ではないけど、当時の北欧ではトップクラスの研究者だった。その偉大さを示す逸話として、若き日の Abel が五次方程式の解法を「発見」したとき、その原稿をチェックして「明らかな間違いは見つからないが、実際にうまくいくか具体例で検証した方がいい」とコメントしたという。解法を「発見」しておいて具体例で試さなかったとしたら Abel もうかつだが、このアドバイスによって Abel は間違いに気付くことができた。五次方程式の代数的解法の不可能性は、当時は未解決問題だったのである。ところが Degen は、まるで全てを見通していたかのように、Abel に「こんな行き止まりのような研究ではなく、もっと発展性のある分野を考えてほしい。楕円関数とか…」と勧めたらしい。
数学史上、北欧の偉大な数学者といえばノルウェーの Abel の名が浮かぶ。その業績はあまりに偉大で、Abel の名は、もはや固有名詞というより、日常用語(しばしば Abelian の代わりに abelian と表記される)。そしてその Abel の最初の理解者の一人となり、良き助言者ともなったのが、デンマークの Degen なのだ!
画像=Jens Juel によるパステル画。15歳(1801年)ごろのクリスチャン王子(後のデンマーク王クリスチャン8世)を描いたもの。 Degen は、若い王子に数学を教えた。まさか王様も、子ども時代の数学の先生が「200年後にまで、その名が国際的に語り継がれる研究者」だったとは、思ってもみなかっただろう。出典: http://www.pastellists.com/Articles/Juel.pdf
『デンマーク人物事典』いわく(抜粋・大意)…
Degen は数学のみならず語学の達人で、ギリシャ語・ラテン語などはもとより、ポーランド語・ロシア語にも通じていた。1790年代、彼はクリスチャン王子に数学を教えている。1814年、大学教授に就任。 Degen の講義は計画性に欠け、受験生に甘過ぎる・カリキュラムに従わないなど、教育者としては問題もあった。他方、研究者としては卓越しており、多くの成果を残している。結果的には、デンマークの数学教育の向上にも多大な貢献をした。
彼の論文は、デンマーク国内で出版された他、Mémoires de l'Académie impériale des sciences de St. Petersbourg(※当時のロシアの学術誌) や Astronomische Nachrichten(※ドイツで発行される天文学の国際的ジャーナル)に散在。中には「当時は興味を持たれなかったが、後に重要性が判明した研究」もある(※Degen の恒等式と八元数の関係もその一つ)。当時19歳だった Niels Henrik Abel を評して「優秀な頭脳をこのような不毛な研究に使わず、もっと重要で発展性のある問題に時間を費やしてほしい。すなわち楕円関数の研究である」と、予言めいたことも述べている。
1801年5月、34歳のとき、コペンハーゲンで Sophie Petersen Rosted(当時26歳)と結婚。 Degen は謙虚でおっとりした人とされるが、少々変わり者でもあった。
八平方和の恒等式も、ロシアの Mémoires… で発表された。オンライン資料で、しばしば Degen の恒等式として(不正確に)引用されるのは、約25年後の Graves と Cayley の研究に基づく式。後者は、いわゆる Cayley–Dickson の方法によって八元数を構成した場合の、ノルムの乗法性を表す式であり、Degen のバージョンと本質的には同じなのだが、その「本質的に同じ」という認識は、八元数の理論(Degen の時代には未発見)に基づく。
Euler の四平方和の恒等式が Hamilton の四元数より約100年も先行していたように、Degen の八平方和の恒等式は、八元数の発見より早かった。時代が彼に追いつき、「その一見複雑怪奇な恒等式が、抽象レベルにおいて重大な性質を表していること」が認識されたのは、比較的最近。 Degen も完全無欠ではなく「八平方和をさらに拡張して同様な十六平方和の式を作れる」と確信していたようだ。そう思うのは自然なことだが、実は五次方程式の解法と同様、それが「不可能」。なぜ不可能なのかというのが問題だが…
八元数の積の定義の仕方はバリエーションが多い。 Degen の恒等式で複号の上を選んだ場合、「ある意味において、最も自然な積の定義」が得られる。そこが Degen の恒等式の味わい深さ。でも、そういう「具体的過ぎる」ことは、抽象代数全盛の現代では興味の対象外のようで、どこにも記されていない。Degen の名前こそ引用されるものの、上述のように、オリジナルの恒等式自体、ほとんど紹介されない。時代に逆行するようだが、われわれはそれを紹介して「見どころ」についてコメントしたい。八元数の研究の上でも、初等的だが面白い題材を提供してくれるだろう。「どの定義でも同型」といっても、一つの掛け算表から別の掛け算表へ推移することは、具体的にどういう操作なのか…
もう一つ、好奇心をそそるのは、十六元数…。せっかく八元数まで来て、その先の十六元数で遊ばずに引き返す――というのは、できない相談であるッ! Fano cube 的なものを考えると、四次元の超立方体に。この機会に、四次元幾何の初歩をきちんと考えてみるのも、面白そうだ。だって、四次元って、なんか不思議で超ワクワク…
はしっても はしっても
おわらない はなのなみ
四次元はとおく 十六次元は もっととおく
はなのなかでいちにちはおわる
さめないゆめみたいに
2023-11-05 八元数から見た Degen の恒等式
11. 八元数の積の公式や掛け算表は、和音を考えると意外に単純なパターンを持っていた。虚部・第1成分…
z1 = 【01】+〖23〗+〖45〗+〖76〗
…を 1: 23, 45, 76 と略すと、古典スタイルの虚部 7 成分は次の通り:
1: 23, 45, 76
2: 31, 46, 57
3: 12, 47, 65
4: 51, 62, 73
5: 14, 72, 36
6: 24, 17, 53
7: 34, 61, 25
実際に覚える必要があるのは 176, 257, 365 の三つだけ。それ以外は、基本和音 123 とシフト和音 145, 246, 347 と、それらの転回に過ぎない。転回とは、和音 abc に対して分散和音 a, b, c, a, b, c, … から連続 3 個の音を抜き出した abc, bca, cab。例えば「451」は 145 の転回の一つで、上記の成分「4」の場所に「51」を書き込めばいい。ここで〖51〗とは x5y1 − x1y5 のこと。一般に〖mn〗は xmyn − xnym を表す。
176, 257, 365 については「一人になろう、にっこりな、365日」という語呂合わせを使ってもいいし、あるいは太字部分だけを見れば 7-6-5-7-6-5 という単純な下降反復。特に記憶力の負担になることでもない。
〔追記〕 低音 1 の 76 については、同じ低音の主和音 123 の中音・高音にそれぞれ 4 を足して(67)、ひっくり返したものとも言える。同様に、主和音の転回形 231〔あるいは 312〕の中音・高音に 4 を足してひっくり返すと 57〔あるいは 65〕を得る。
この古典形式において 7 の符号を反転させると Degen の第二恒等式(に相当する積の定義)が得られる: 上記の速記法でいうと、「7 を含む和音」(転回形も含めて)の中音・高音を逆転させることに当たる(「Degen の八平方の式の導出」参照)。古典形式の右側に並べて書くと、次の通り(太字部分が逆転)。一番下の行(低音が 7 の和音)は、全和音が 7 を含み、全部が逆転している。
1: 23, 45, 76 23, 45, 67
2: 31, 46, 57 31, 46, 75
3: 12, 47, 65 12, 74, 65
4: 51, 62, 73 51, 62, 37
5: 14, 72, 36 14, 27, 36
6: 24, 17, 53 24, 71, 53
7: 34, 61, 25 43, 16, 52
新形式のメリットは 1: が 23, 45, 67 という自然な連続番号になること。
z1 = x0y1 + x1y0 + x2y3 − x3y2 + x4y5 − x5y4 + x6y7 − x7y6
y0 を −y0 に置き換えると:
(x0y1 − x1y0) + (x2y3 − x3y2) + (x4y5 − x5y4) + (x6y7 − x7y6) 『か』
いかにも規則的できれいなパターン。 Degen や後の Young がこの形を選択したのも、理解できる。
〔注〕 形式の新・旧は、Graves–Cayley の古典的八元数から導出する場合の順序に基づく: 歴史的順序は逆で、Degen の「新形式」は1822年、八元数の「旧形式」は1845年に公表された。 Young の形式については後述。
他方、和音の基本形(一番小さい数字を低音とする)は:
旧形式の和音集 123; 145, 246, 347; 176, 257, 365
新形式の和音集 123; 145, 246, 374; 167, 275, 365
古典の 176 のねじれ(中音の方が高音より高い)が解消され 167 になるのはメリットかもしれない。他方、ねじれていなかった 347, 257 が新たにねじれて、それぞれ 374, 275 に。もともとあった 365 のねじれは元のままなので、結局、ねじれた和音は三つに増えてしまった(中でも、シフト和音 347 がねじれ、単純な「シフトの法則」が一部破壊される)。 z1 の式だけ見ればきれいでも、トータルではデメリットもある。
Degen が複号の上側(メイン)として選択した第一恒等式は、どうだろうか? 実は第一恒等式は、『か』と同種の和音集の中では「ねじれ最小」という意味において「最良設定」になっている。 このディテールは、筆者の知る限り、今までどの文献・資料でも指摘されていない――本質的に同内容の複数のバージョンの「美しさの比較」なんて、まぁ、数学的にはどうでもいいことなんだろうけど、あくせくした世の中で、誰も見向きもしないような細部を検討し、そこに秘められた美を味わうのも、悪くあるまい。
12. 「八つの成分を持つ八元数」という本質は同じでも、八元数の積の定義にはバリエーションがある。異なる和音集は、別の掛け算規則を表す。混乱を避けるため、個々の和音集の呼び名を決めておく。 Graves と Cayley が独立に発見した古典的掛け算規則 123, 145, 176, 246, … を GrC と呼び、Degen の恒等式に対応する掛け算規則のうち、複号の上側(第一恒等式)を DeA、下側(第二恒等式)を DeB と呼ぼう。 DeA, DeB の特徴は 176 の代わりに 167 を持つこと(「自然」な第1虚数成分)。
前述のように、 GrC の 7 の符号を逆にしたのが DeB だが、実は DeB において、さらに 2 と 3 の符号を逆にすると、 DeA になる。 GrC から見ると、 DeA では 2, 3, 7 の三つの符号が反転。二つ以上の符号が逆になる場合、和音によっては、2回反転して、元の配置に戻る場合もある。例えば 123 は 2 の反転によって 132 になるが、さらに 3 を反転させると、出発点と同じ 123 に戻る。 DeB で 2 だけ反転させたもの、 3 だけ反転させたものをそれぞれ DeB2, DeB3 とすると、2, 3 を両方反転させた “DeB23” が次のように DeA と同じになる(DeB2 で 3 を反転させたもの――あるいは DeB3 で 2 を反転させたもの――に等しい)。
DeB | DeB2 | DeB3 | DeA | |
---|---|---|---|---|
1: | 23, 45, 67 | 32, 45, 67 | 32, 45, 67 | 23, 45, 67 |
2: | 31, 46, 75 | 13, 64, 57 | 13, 46, 75 | 31, 64, 57 |
3: | 12, 74, 65 | 21, 74, 65 | 21, 47, 56 | 12, 47, 56 |
4: | 51, 62, 37 | 51, 26, 37 | 51, 62, 73 | 51, 26, 73 |
5: | 14, 27, 36 | 14, 72, 36 | 14, 27, 63 | 14, 72, 63 |
6: | 24, 71, 53 | 42, 71, 53 | 24, 71, 35 | 42, 71, 35 |
7: | 43, 16, 52 | 43, 16, 25 | 34, 16, 52 | 34, 16, 25 |
和音集 | 123 | 132 | 132 | 123 |
145, 246, 374 | 145, 264, 374 | 145, 246, 347 | 145, 264, 347 | |
167, 275, 365 | 167, 257, 365 | 167, 275, 356 | 167, 257, 356 |
DeA が、事実 Degen の第一恒等式に相当することを示す。
次の対応表を使い、速記から Degen の変数名へと直接翻訳しよう。以下の表記で、例えば〖Ab〗は Ab − Ba を表す。 Degen の p の符号が y0 と逆であること(y0 = −p)については最初から計算に織り込み、例えば yn が小文字 a に対応するとして、
【0n】= x0yn + xny0 つまり【Pa】= Pa + Ap を
〖Pa〗= Pa − Ap = Pa + A(−p) に読み替える
(そのため、対応表でも −p ではなく単に p としてある)。
m = | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
xm | P | Q | R | S | T | U | V | X |
ym | p | q | r | s | t | u | v | x |
1: までは DeB と同じ。 DeA 2: 以下の速記が Degen の恒等式(複号の上側)と一致することを確かめる(ノルムの「2乗」表記は略):
2: 31, 57, 64 → 〖02〗+〖31〗+〖57〗+〖64〗 = 〖Pr〗+〖Sq〗+〖Ux〗+〖Vt〗
= Pr − Rp + Sq − Qs + Ux − Xu + Vt − Tv 和(マイナスの和を含む)の順序の違いを別にすると
Degen の項 と一致!
3: 12, 47, 56 → 〖03〗+〖12〗+〖47〗+〖56〗 = 〖Ps〗+〖Qr〗+〖Tx〗+〖Uv〗
= Ps − Sp + Qr − Rq + Tx − Xt + Uv − Vu
4: 51, 26, 73 → 〖04〗+〖51〗+〖26〗+〖73〗 = 〖Pt〗+〖Uq〗+〖Rv〗+〖Xs〗
= Pt − Tp + Uq − Qu + Rv − Vr + Xs − Sx
5: 14, 72, 63 → 〖05〗+〖14〗+〖72〗+〖63〗 = 〖Pu〗+〖Qt〗+〖Xr〗+〖Vs〗
= Pu − Up + Qt − Tq + Xr − Rx + Vs − Sv
6: 42, 71, 35 → 〖06〗+〖42〗+〖71〗+〖35〗 = 〖Pv〗+〖Tr〗+〖Xq〗+〖Su〗
= Pv − Vp + Tr − Rt + Xq − Qx + Su − Us
7: 34, 16, 25 → 〖07〗+〖34〗+〖16〗+〖25〗 = 〖Px〗+〖St〗+〖Qv〗+〖Ru〗
= Px − Xp + St − Ts + Qv − Vq + Ru − Ur
念のため 1: も書くと…
1: 23, 45, 67 → 〖01〗+〖23〗+〖45〗+〖67〗 = 〖Pq〗+〖Rs〗+〖Tu〗+〖Vx〗
= Pq − Qp + Rs − Sr + Tu − Ut + Vx − Xv
0: は、もちろんこう:
Pp + Qq + Rr + … + Xx
八元数の積を DeA 方式で定義した場合、積のノルムは Degen の第一恒等式(つまり DeA)と実質同じ。古典和音集(GrC)から見ると 2, 3, 7 の符号を反転させたものとも言えるが、実は 6 の符号だけを反転させたのと同じ。次の太字の三つの和音が逆順になる。
123; 145, 264, 347; 167, 257, 356
GrC のシフト和音 246 がねじれてしまう半面 176, 365 のねじれが解消し、トータルでは、ねじれの数が二つから一つに減る。 GrC をベースに符号反転だけで構成する掛け算表において、この和音集は「ねじれ最小」という意味で最良(この系列では、ねじれゼロは実現不可能)。
理論上この恒等式では多くの符号選択が可能であるにもかかわらず、Degen はとりわけ美しい形式を選んだ。偶然そうなっただけかもしれないが、なかなか味わい深い。(続く)
2023-11-08 ファノ平面・15秒クッキング♪ お手軽おやつで八次元
Fano 平面略図(八元数の掛け算に対応する)の出来上がり! お手軽…w
お召し上がり方。円の部分は、基本和音 123 です(時計回り)。1, 2, 3 のそれぞれから、真ん中の 4 を通るラインは、シフト和音 145, 246, 347。三角形の各辺は、これも時計回りに 617, 725, 536 と読むと、それが残りの三つの和音。例えば 617 の場合、分散和音 6, 1, 7, 6, 1, 7, … を考えて一番低い数からスタートするように転回すると、基本形 176 に。同様に 725 の基本形は 257 で 536 の基本形は 365。
七つの和音は、八元数の掛け算に必要な「九九」を要約したもの(八元数だから「九九」ではなくて「八八」、添え字 0 から始めると「七七」だが)。例えば、上の 1 → 7 → 6 → 1 → 7 → 6 → … から:
e1e7 = e6, e7e6 = e1, e6e1 = e7 『き』
矢印に逆行して、逆方向に掛け算すると、結果の符号が変わる:
e7e1 = −e6, e6e7 = −e1, e1e6 = −e7 『ぎ』
Fano 平面は、 画像の立方体(Fano cube)の O から S を眺めたときの、視野(①~⑦の位置関係)に当たる。
八元数の掛け算それ自体のために、いちいち Fano を使う必要はないけど、Fano 平面による可視化は別のことでも役立つ。
最初の三つの虚数単位は、四元数の i, j, k に相当する: e1 = i, e2 = j, e3 = k。第四の虚数単位 e4 = S を「シフト」と呼ぶと、残りの三つの虚数単位は i, j, k のシフト(つまり S 倍)に当たる:
e5 = iS, e6 = jS, e7 = kS
こう整理すると e3e4 = k × S = kS = e7 は言うまでもない。一方:
e4e7 = S × (kS) = S × (−Sk) ← kS を Sk にひっくり返すと符号が変わる
= S × (−1)Sk = (−1)(S × Sk) ← −1 は普通の数(実数)なので自由に「移動」できる
= (−1)(SS × k) ← S(Sk) = (SS)k は「弱い結合法則」
= (−1)(−1 × k) = k = e3 ← S は虚数単位の一種なので自乗すれば −1
四元数の段階で、交換法則 ab = ba は崩壊: 相異なる虚数単位 a, b について ab と ba はイコールではなく、符号が反対(「目で見る ij = k, ji = −k」参照)。八元数では、結合法則も一般には成り立たない。普通の数の世界には…
7 × 4 × 25 = (7 × 4) × 25 = 28 × 25 と順に計算してもいいけど
7 × 4 × 25 = 7 × (4 × 25) = 7 × 100 と後ろから計算してもいい
…という自由がある。一般に (ab)c = a(bc) だ。あまりに当たり前で普段意識しないけど、これが結合法則。ところが八元数では、それが不成立。実際、掛け算規則に従うと、例えば:
(e1e2)e4 = e3e4 = e7
しかし e1(e2e4) = e1e6 = −e7 (『ぎ』参照)
同一和音に含まれない異なる三つの虚数単位間で、結合法則を使おうとすると、符号が逆になってしまう! 一方、(三つではなく)二つの種類の虚数単位の間では (ab)c = a(bc) が成立: 例えば b = c なら (ab)b = a(bb) とできる――この性質をここでは「弱い結合法則」と呼ぶことにする。
おらおら
道を開けろ
実数さまの
お通りだ!
実数は
掛け算の
順序規制を
フリーパス
1次元野郎
威張り
やがって
2次方程式
も解けない
くせに…
もう一つ、ありがたい性質として、普通の数(純粋な実数)と八元数の間の掛け算は、交換法則・結合法則に従う。つまり実数は、掛け算の順序を気にせず自由に「移動」できる:
r が実数なら (ab)r = a(br) = a(rb) = r(ab) 等々
特に r = −1 は実数なので、掛け算の先頭以外で発生したマイナス符号は、問答無用で先頭に移動して構わない。
例 作図の底辺(和音 365)によると e5e6 = −e3 だが(分散和音 3, 6, 5, 3, 6, 5 の逆順なので)、これを次のように説明することもできる。
e5e6 = iS × jS = iS × (−Sj) ← jS の交換で符号逆転
= −iS × (Sj) = (−i)S × (Sj) ← マイナスを先頭に。 (−i), S, (Sj) の三者の後半を結合〔※〕すると…
= −(−i) × S(Sj) ← …符号逆転。マイナスを先頭に置いた。
= i × (SS)j ← S(Sj) に対し「弱い結合法則」を使った。
= i × (−1)j = −ij = −k
〔※〕 a = −i, b = S, c = Sj として (ab)c という結合を a(bc) に再結合している。 ab 対 ba のような「交換」とは意味が違う。虚数単位はどれかの座標平面上の 90° の回転なので、結合法則が成り立たないといっても、(同一和音に含まれない)三種類の虚数単位の結合では、そうめちゃくちゃ違いが生じるわけもなく、交換の場合と同様、結果は「同一の虚数単位」のプラスとマイナスの違いになる。
掛け算のたびに、いちいちこんなことを考えていられないけど、その気になれば、和音を知らなくても自力で積を作れる…。交換法則は通常と符号が逆。結合法則については a, b, c の三つが全部別々の虚数単位なら (ab)c と a(bc) は符号が逆だけど、三つの中に重複があるなら、通常通り(「有効範囲が狭い」という意味で「弱い」結合法則)。詳細については後述。
普通の(複素数の)虚数単位は小文字の i で表されるので、八元数の7種の虚数単位については i1, i2, … , i7 としてもいい(元祖の Cayley はこの表記を使った)。理論上の整理では、実数方向の単位ベクトルを添え字 0 番として統一的に扱うと、すっきりする。その際 i0 と書くと、虚部の一種のように見えて紛らわしい。現代では、八元数の基本単位を表すとき、文字を e にして e0 を実数 1 とすることが多い。それに合わせて e1, e2, … を虚数単位の第1・第2…とする。複素平面から拡張すると e0 が x-軸上 の +1 で e1 が y-軸 の +1 で e2 が z-軸 の +1…となるけど、z-軸より先に、さらに 5 種類も、全部互いに直交する座標軸が存在。一つの八元数 X は、八つの実数 A, B, C, D, E, F, G, H の組み合わせとして構成される:
X = Ae0 + Be1 + Ce2 + De3 + Ee4 + Fe5 + Ge6 + He7
ここで e0 = 1 は普通の実数の単位
e1 ~ e7 は7種の虚数単位。どれも自乗すると −1 で何らかの掛け算規則を満たす
上記の Fano 平面が表す掛け算規則は、Graves & Cayley による古典的なもの(GrC)。「掛け算表」は「和音集」としても表現可能で、前回見たようにいろいろなバージョンが考えられる: Degen の第一・第二恒等式に対応する2種類(DeA, DeB)や、それ以外のもの(DeB2, DeB3)など。素朴な疑問として、八元数の「有効な掛け算表」は、一体何種類あるのだろうか? (続く)
2023-11-12 八元数の掛け算表 「九九」がいっぱい
デンマーク人物事典・第3版によると、今日11月12日は「八平方和の式」の発見者 Degen の生まれた日。生誕257年(16進数では 0x101 年!)に当たる。
八元数の世界は、音楽と縁があるようだ。
Degen は、父親がチェロ奏者で、本人にも音楽の素養があったという。八元数の発見者 Graves は、当初、八元数を(八つの成分から成るという意味で)「オクターブ」と呼んだ(現代でもドイツ語では Oktave, Oktaven)。さらに、八元数の掛け算規則を表す3桁の数(例: 176 や 257)の一つ一つは、英語で triad と呼ばれるが、この語には「三和音」(例: ドミソの和音やドファラの和音)という意味もある。
八元数の「九九」つまり掛け算規則は、七つの和音として表現可能。八元数の「九九」には、多くのバージョンがある。掛け算の性質自体も奇妙な上、「九九」(掛け算の定義の仕方)がいっぱいあるというのは、初めて聞くと訳が分からない話に思える。不思議な八次元の世界をのんびり散策してみたい…
13. 四元数には三つの虚数単位 i, j, k があり、そのうち二つを i→j→k→i→j→k→ … の順序に掛ければ矢印の先の数になり、逆順に掛ければ矢印の前の数にマイナスを付けたものになる:
ij = k, jk = i, ki = j
しかし ji = −k, kj = −i, ik = −j
「右端のさらに右に行くと左端に戻る」と約束すれば、この関係は i→j→k で表現可能。今 i, j, k をそれぞれ e1, e2, e3 と改名すると、同じ内容をさらに略して 123 で表現できる。この「123」という省略記法(内容的には、上記6種の掛け算規則を含んでいる)が「和音」の一例。八元数には e1, e2, …, e7 の7種の虚数単位があり、Graves & Cayley (GrC) の掛け算規則は、次の7種の和音によって表現される:
123; 145, 246, 347; 176, 257, 365
例えば上記の i, j, k をそれぞれ e1, e7, e6 に読み替えると:
e1e7 = e6, e7e6 = e1, e6e1 = e7
しかし e7e1 = −e6, e6e7 = −e1, e1e6 = −e7
これが和音「176」の意味。他の和音についても同様。
虚数の平方が −1 になる点を別にすると、上記の7種の和音は、全体として次の掛け算表と同じ意味。この表の作り方は単純で、例えば e1e7 = e6 については m = 1, n = 7 の欄に 6 を記入。 e7e6 = e1 については m = 7, n = 6 の欄に 1 を記入、等々。
n = | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
m = 1 | * | 3 | 5 | 6 | |||
m = 2 | * | 1 | 6 | 7 | |||
m = 3 | 2 | * | 7 | 5 | |||
m = 4 | * | 1 | 2 | 3 | |||
m = 5 | 4 | 6 | * | 2 | |||
m = 6 | 7 | 4 | 3 | * | |||
m = 7 | 5 | 4 | 1 | * |
表の使い方。例えば e1 × e7 という掛け算をしたい場合、m = 1, n = 7 の欄を見ると p = 6 なので e1e7 = e6 となる(そうなるように表を作ったのだから当たり前)。一方、例えば e1 × e6 という掛け算をしたい場合、m = 1, n = 6 の欄を見ても空欄。このような場合 m と n を入れ替えた…
e6e1 = e7
…を調べ、掛け算の順序を逆にすると符号が変わることから、次の結論に至る:
e1e6 = −e7
ある虚数単位(例えば e5)に自分自身を掛ける場合、虚数の基本性質として積は実数の −1。表には * が記入されている。複素数の i2 = −1 と同様。
この複雑そうな表とほとんど同内容をたった 3 文字 × 7 個でコンパクトに表現できるのだから、「和音集」は優れた速記法といえるだろう。
123; 145, 246, 347; 176, 257, 365
しかも 123 は覚えるまでもなく、次の三つは 1 or 2 or 3 に 4 を足すだけ。
ファノ平面の図(作り方は簡単)は、和音集の内容を一目で分かるようにしたもの。時計回りに、辺上の三つの路線(左辺617線・右辺725線・底辺536線)、頂点と対辺中点を結ぶ三つの路線(145、246、347)、そして一つの円上の路線(123)の7路線を含む。どの路線も「環状線」で、例えば「617線」の停車駅は 6→1→7→6→1→7→… とループする――和音「176」と同じ意味。言い換えれば、和音「176」は「761」と呼んでも「617」と呼んでも差し支えない。ここでは表記統一のため、一番小さい数を「低音」にしてるけど…
ここまでは(聞き慣れない話であるにせよ)別に難解なことでもない。けれど「掛け算表が上記 GrC 一つではなく他にもある」というのは、奇妙に思えるかもしれない。掛け算規則が複数あるのなら、掛け算のとき、どの規則を使えばいいの?
どれでもいい! 一貫して一つの規則に従う限り、どの掛け算規則でも、好きなのを選んで構わない。八元数の掛け算は、やけにフリーダム。学校で「数学の答えは一つ」と洗脳されてる人は、かえって戸惑ってしまうかも…。これは「具体的な計算」よりも、抽象レベルの高い物語なのだ。詳しくは次回以降に…
交換できるやつは
アーベルだ!
交換できないやつは
よく定義された同型だ!
ホント抽象代数は
イミフだぜ!
ところで、もう一人の立役者、アイルランドの Graves(グレイヴズ)について「縁起の悪い名前」と感じる人もいるかもしれない: grave って、お墓(埋葬場所)でしょう。先祖が葬儀屋さん…? 「重苦しい」って意味もあるけど、それも良い語感じゃないし…
実はそれとは語源が違い Graves は、ドイツ語の Graf(伯爵★)と同系の高貴な名字らしい。
〔★〕 漫画『エロイカより愛をこめて』の美術品泥棒「エロイカ」ことドリアン・レッド・グローリア伯爵は、ドイツでは Graf Dorian Red Gloria と呼ばれる(ドイツ語訳が出版されているわけではないが、作品の存在は比較的よく知られている。この漫画の影響で Eberbach への観光客が増え、作者・青池保子は Eberbach 市長から、感謝の紋章まで受け取った)。ドイツの Eberbach 少佐は、彼を Graf と呼んでいるのだろう…
Graves って時々聞く名前だけど、「お墓」って意味じゃなかったんだね。もっとも――縁起が悪いってのとは違うけど―― Graves が最初の発見者なのに、八元数は Cayley の数として脚光を浴びるようになったのだから、数学史上、Graves は不運な人・日陰の存在と言わねばなるまい。
英国の Cayley は同じことを独立に発見し、論文発表が早かったばかりか便利な「和音」の速記法を導入、後には「四元数の行列表現」という画期的発見もしているのだから、その名がとどろくのも無理からぬことだが、第一発見者 Graves が半ば忘れられてしまったのは、かわいそう。われわれは二人の発見者両方に敬意を払い、この掛け算規則を Graves & Cayley 略して GrC と呼ぶことにした。
そして二人が八元数を発見するよりさらに約25年前、デンマークの Degen は「八元数の積を表す式」と本質的に同じ式を既に得ていた! これは、すごいことだ。今日が誕生日の天国の Degen に、この賛辞・このメモを捧げたい。
Wikipedia によると誕生日は11月1日で、11月1日・12日のどっちが本当かは未詳。けど、デンマークの文献を調べ、Wikipedia にある「音楽家の父親」というのが、具体的には「チェロ奏者」だったことを突き止めた(画家でもあったらしい)。チェリストだった父の名は Johann Philip Degen、母の名は Henriette Regine Schultz。裕福な家庭ではなかったが、優秀さが認められ Degen は、王子様(後のデンマーク王)の家庭教師もしていた。高収入の良いバイトだったに違いない。案外、王子はやんちゃ、相手が王子じゃ叱ることもできず、大変だったのかもしれないけど…w
2023-11-16 480種の掛け算表 何でそんなにいっぱい?
今回の内容は無味乾燥というか、テクニカルというか…。前々回の「ファノ平面・15秒クッキング♪」、前回の「八元数の掛け算表」は、欄外にいたずら書きがあったり、「墓場鬼太郎」と「エロイカより愛をこめて」の漫画の話があったり、軽い乗りだったが、ウォーミングアップばかり続けても仕方がない。「一体、八元数の掛け算表は何種類あるのか」という重大問題(?)に、がっつり取り組んでみたい。
幾つかの資料に「八元数には480通りの掛け算表がある」と記されている*。ところが、その証明がどこにも記されていない。仕方がないので自力で導いた。1カ月前まで八元数なんて真面目に考えたこともなかった初心者ゆえ、最初はどこから手を付けていいのか見当も付かず…。この1カ月ほどいろいろ試してるうち少しずつ慣れ、数日前「480通り」を確認する方法を思い付いた。愚直で自己流、あまりエレガントじゃないけど…
* 追記。次の文献には、一つのアプローチが記されている。
Geoffrey Dixon (1994): Octonion X-product orbits
https://arxiv.org/abs/hep-th/9410202
14. 八元数の古典的掛け算規則「GrC」と比較した場合、Degen の第二恒等式に対応する掛け算規則「DeB」は、虚数単位 e7 の符号を反対に設定したもの(その座標軸のプラス方向とマイナス方向の定義を入れ替えたと言ってもいい)、第一恒等式に対応する「DeA」は、さらに e2, e3 の符号を反転させたものだった。 e7 を 7 と略し、e2 を 2 と略し、一般に em を m と略す。 m の符号反転は、m を含む和音における中音・高音の入れ替えに当たる:
GrC: 123; 145, 246, 347; 176, 257, 365
DeB: 123; 145, 246, 374; 167, 275, 365 ← 7 を含む和音でスワップ(中音・高音を入れ替え)
DeA: 123; 145, 264, 347; 167, 257, 356 ← 2, 3 を含む和音でスワップ
DeA の 123 では、2 を含むのでスワップが起きるが、3 も含むのでもう一度スワップが起き、結局、元に戻る。
DeA は GrC から見ると 2, 3, 7 を含む和音をスワップしたものだが(二重にスワップが起きる和音では結果的に何も起きない)、よく見ると、単に GrC において 6 を含む三つの和音 246, 176, 365 だけをスワップしたのと同じ結果になっている! 特定の和音集において、ある一つの音を含む和音(「ある一つの音」が何だとしても、必ずちょうど三つ。ファノ平面図参照)をスワップすると、三つの和音で中音・高音が入れ替わるのだから、単純に考えると、二つの音についてスワップすれば六つの和音で反転が起き、三つの音についてスワップすれば九つの和音で反転が起き…となりそうだが、実際には、複数の音についてスワップを行うと、二重スワップによって一部の反転が帳消しになるため、実質的な中音・高音反転の数は単純計算より小さくなる(そもそも和音は七つしかないので、九つの和音で反転が起きるわけがない)。
結局、DeB を基準にすると DeA は 2, 3 を含む和音のスワップだが、GrC を基準にすると、DeA をもっとシンプルに理解できる:
八元数の掛け算規則 古典(GrC)を基準にして:
6 を含む和音をスワップ → Degen 第一和音集(DeA)
7 を含む和音をスワップ → Degen 第二和音集(DeB)
〔注〕 和音の三つの数字のうち「低音・中音・高音」はそれぞれ左端・中央・右端の数を指す。表記統一のため、一番小さい数を低音とするが、中音・高音については、356 のように高音の方が「高い」(数が大きい)ことも、365 のように中音の方が「高い」こともある。「中音・高音と呼ばず、第2音・第3音と呼んだ方が紛らわしくない」とも思える。でも、音楽で例えば「ドミソの和音の第3音」というと「真ん中のミ」を指すので、別の意味で紛らわしい。他方、合唱曲でアルトのパートがソプラノより上に行ったり、弦楽四重奏曲でビオラの旋律がバイオリンより上に行ったりすることは、珍しいことではない(中音域担当が、メロディーの都合で高音域担当より上の音を出す場合)。そのことから、便宜上、大小と無関係に「中音・高音」と呼ぶことにする。
和音のスワップが、実際の積の公式ではどのような違いになるか観察しよう。古典の公式と DeA の場合。
積の成分 | 古典(GrC) | Degen 第一(DeA) |
---|---|---|
z0 = | x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7 | |
z1 = | 【01】+〖23〗+〖45〗+〖76〗 | 【01】+〖23〗+〖45〗+〖67〗 |
z2 = | 【02】+〖31〗+〖46〗+〖57〗 | 【02】+〖31〗+〖64〗+〖57〗 |
z3 = | 【03】+〖12〗+〖47〗+〖65〗 | 【03】+〖12〗+〖47〗+〖56〗 |
z4 = | 【04】+〖51〗+〖62〗+〖73〗 | 【04】+〖51〗+〖26〗+〖73〗 |
z5 = | 【05】+〖14〗+〖72〗+〖36〗 | 【05】+〖14〗+〖72〗+〖63〗 |
z6 = | 【06】+〖24〗+〖17〗+〖53〗 | 【06】+〖42〗+〖71〗+〖35〗 |
z7 = | 【07】+〖34〗+〖61〗+〖25〗 | 【07】+〖34〗+〖16〗+〖25〗 |
白い省略記号〖〗のうち数字の 6 を含むものは、DeA において中身が逆転。例えば〖76〗が〖67〗になるのは、和音 176 が 167 にスワップしたことに基づく。ただし z6 については、三つの省略記号内の数字が全部逆転する。これは三つの和音 246, 176, 365 のスワップに基づく。上の表は 6 の符号を反転させた場合だが、7 の符号を反転させた場合(§8, §9 参照)も仕組みは全く同じで、下の表のようになる:
積の成分 | 古典(GrC) | Degen 第二(DeB) |
---|---|---|
z0 = | x0y0 − x1y1 − x2y2 − … − x7y7 | |
z1 = | 【01】+〖23〗+〖45〗+〖76〗 | 【01】+〖23〗+〖45〗+〖67〗 |
z2 = | 【02】+〖31〗+〖46〗+〖57〗 | 【02】+〖31〗+〖46〗+〖75〗 |
z3 = | 【03】+〖12〗+〖47〗+〖65〗 | 【03】+〖12〗+〖74〗+〖65〗 |
z4 = | 【04】+〖51〗+〖62〗+〖73〗 | 【04】+〖51〗+〖62〗+〖37〗 |
z5 = | 【05】+〖14〗+〖72〗+〖36〗 | 【05】+〖14〗+〖27〗+〖36〗 |
z6 = | 【06】+〖24〗+〖17〗+〖53〗 | 【06】+〖24〗+〖71〗+〖53〗 |
z7 = | 【07】+〖34〗+〖61〗+〖25〗 | 【07】+〖43〗+〖16〗+〖52〗 |
15. GrC と DeA の関係において、三つの音(2, 3, 7)の符号反転が、一つの音(6)の符号反転と等価であることを観察した。実は、これと同様のことは、任意の三つの音の符号反転について成立(この点については後回しにして次回)。のみならず、二つの音の符号反転も、以下に記す意味において、一つの音の符号反転と等価。例えば…
DeB: 123; 145, 246, 374; 167, 275, 365
DeA: 123; 145, 264, 347; 167, 257, 356 ← 2, 3 を含む和音をスワップ
…を考えると、DeB から見た DeA では、ちょうど四つの和音でスワップが起きるのだから、言い換えれば、ちょうど三つの和音(123, 145, 167)でスワップが起きていない。これは「この三つの和音をスワップした後で、全和音をスワップすること」と等価である:
DeB: 123; 145, 246, 374; 167, 275, 365
DeB1: 132; 154, 246, 374; 176, 275, 365 ← 1 を含む和音をスワップ
DeA: 123; 145, 264, 347; 167, 257, 356 ← DeB1 の全和音をスワップ
要するに「全和音をスワップ」という操作をオプションに含めると、二つの音の符号反転は、一つの音の符号反転に帰着される(その確認も次回)。三つの音の符号反転も、上記のように、おおむね一つの音の符号反転と等価。さらに、ちょうど四つの音の符号反転は、ちょうど三つの音の符号を反転しないことと同じなので、その三つの音を反転してから全和音をスワップすることを考えると、やはり一つの音の符号反転に帰着される。同様に、全スワップを考えると、五つの音の符号反転は二つの音の符号反転と同じ、六つの音の符号反転は一つの音の符号反転と同じ、七つの音の符号反転は何もしないで全スワップすることと同じなので、次の結論に至る。
同一系列のバリエーションは16種 ある一つの和音集(例えば GrC)が与えられたとき、1, 2, 3, …, 7 のどれか一つだけの音の符号を反転させることで、7種のバリエーション(別の和音集)が生じる。バリエーションを含めたこれら計8種の和音集のそれぞれについて、全スワップを考えることで、さらに別の8種のバリエーションが生じる(後者の8種のほとんどは、もともとの和音集において二つの音の符号を反転させることと等価)。合計すると、一つの和音集につき、自分自身も含めて、トータルで16種の「同系列の(符号反転のみによって生じる)和音集」が存在する。三つ以上の音の符号を反転させても、以上の16種以外の新しいバリエーションは生じない。
問題は、符号反転だけでは到達できない「別系列の和音集」が、全部でいくつあるか?
例えば GrC の 6 と 7 の変数名を交換すると――つまり旧 e6 を e7 と呼び、旧 e7 を e6 と呼ぶと――、別の掛け算規則が生じるだろう。大ざっぱな例えとして、普通の九九で 6 と 7 の役割を交換すると、例えば従来 2 × 6 = 12, 2 × 7 = 14 だった掛け算規則が 2 × 7 = 12, 2 × 6 = 14 になり、それは「新しい九九」だ。むろん普通の実数の世界で、そんなことをするのはナンセンス。けれど八元数の七つの虚数単位は、単に(その単位の方向を表す)座標軸の区別なので、旧 x-軸を y-軸とし、旧 y-軸を x-軸とするようなことは、計算の本質(代数構造)とは無関係の「座標軸の名前の問題」に過ぎない。符号反転によって、ある座標軸のプラス方向を逆に設定することが許されるなら、二つの座標軸の名前を交換することも許されるだろう。「わざわざそんなややこしいことをする意味がない」とも思えるが、Degen 第一のように、定義変更によって式がきれいになる可能性もあるし、実際 Baez の掛け算規則は、そのような面白い例である。
16. 7種の虚数軸に e1 ~ e7 の番号を割り当てるのだから、単純に考えると 7! = 5040 パターンの組み合わせがあるようにも思える。しかしそれは、虚数単位の命名の仕方のバリエーションであり、掛け算表のバリエーションではない。虚数単位の命名の仕方が違っても、掛け算表が同じになるケースがあるかもしれないし、ないかもしれない。
掛け算表自体を直接数えるため、次の問題を考える――「符号のバリエーションを無視した場合、七つの和音(一つの系列の掛け算表に当たる)の構築にどれだけ選択の余地があるか」。どの虚数単位を e1 と呼び、どの虚数単位を e2 と呼ぶにしても、掛け算表であるからには、
e1e2 = ep (−ep になる可能性もあるが、符号設定のバリエーションにはこだわらない)
という積を定義する必要がある。その際 p は 1 とも 2 とも異なる。なぜなら、もしも例えば e1e2 = e1 だったとしたら、e2 は実数 1 になってしまい「e2 は虚数単位の一つ」という前提に反する。よって p = 3, 4, 5, 6, or 7 のどれかでなければならない。四元数との互換性の上では p = 3 として
e1e2 = e3 和音 123
を使うのが自然だが、理論上は p = 4 などでも問題なく、場合によっては、そうするメリットもある。とにかく p には、5種の選択肢がある。
1, 2, …, 7 の中の未使用の番号のうち、一番小さいものを ℓ としよう。言い換えれば 3, 4, 5, 6, 7 から p を除いた四つの数のうち、最小のもの。例えば p = 3 なら ℓ = 4 だし p = 4 なら ℓ = 3。 p の選択に応じて ℓ は自動的に定まり、それ自身に選択の余地はない。さて、掛け算表を完成させるためには、
e1eℓ = eq (−eq になる可能性もあるが、符号設定のバリエーションにはこだわらない)
という積を定義する必要がある。ここで q は、未使用の数(つまり 3, 4, 5, 6, 7 のうち ℓ, p 以外のどれか)でなければならない。なぜなら、例えば p = 3, ℓ = 4 の場合 q として使用済みの 1, 2, 3, 4 のどれかを再使用すると、不合理が生じる: 例えばもしも p = 3, ℓ = 4 で q = 3 とすると e1e4 = e3 だが、p の定義から e1e2 = e3 でもあるので、二つの和音 143, 123 が生じる。前者は e3e1 = e4 を含意、後者は e3e1 = e2 を含意し、積 e3e1 の値について規則が矛盾。このような問題が生じないようにするためには、一般に y ≠ z なら e1ey と e1ez は異なる値でなければならず、しかもその値(積)は e1, ey, ez のどれかではいけない。より一般的に、一つの和音集(七つの和音のセット)において、異なる二つの和音は複数の音を共有できない(ドミソがあったらドミラやレミソは不可)。そして一つの和音は、同一の音を重複して含んではならない(ドソソやドソドは不可)。
q は 3, 4, 5, 6, 7 のうち ℓ, p 以外の三つのどれかなので、3種の選択肢がある。 3, 4, 5, 6, 7 から ℓ, p, q を選ぶと(それら三つは全部異なる)、残りは2音: その2音を m, n として e1em = en または e1en = em とするしかなく、つまり {1, m, n} を一つの和音にするしかない。まとめると「九九の 1 の段」では p に5種の選択肢があり、その一つ一つに対して q に3種の選択肢があるので、ちょうど15種の選択肢が存在。和音としては:
12p, 1ℓq, 1mn ここで ℓ, m, n には(スワップの可能性を別にすると)選択の余地がない
では「九九の 2 の段」はどうか。ある和音と別の和音は2音以上を共有できないので、和音 12p との関係上、和音 2ab, 2cd において a も b も 1 or p になり得ず、c も d も 1 or p になり得ない。よって a, b, c, d の値としては「3, 4, …, 7 から p を除いた四つ」(すなわち ℓ, q, m, n)を一つずつ割り当てる必要がある。その際、和音 1ℓq, 1mn との関係上、2ab, 2cd どちらの和音も ℓ, q を同時に含むことはできず、m, n を同時に含むこともできない。一般性を失うことなく {a, b} の一方が ℓ と仮定できる(他方を r とする)。和音 2ab の構成音 {2, a, b} = {2, ℓ, r} は q を含むことができないので r = m or n の二者択一。すると {c, d} の一方は q で、他方は「m, n のうち r として選択されなかった方」(それを s とする)――どちらがどちらかは同一系列内のスワップの問題。これで 2 を含む掛け算は(符号の区別を除き)全て定義される。和音としては:
2ℓr, 2qs (または、その片方か両方のスワップ)
「1 の段」の15種の選択肢のそれぞれに対し r には(m or n の)2種の選択肢があるので、和音集には計30の系列が存在する(s については選択の余地がない: m, n のうち q として選ばれなかった方が、強制的に s になる)。
実際、ここまで決めると「3 の段」以降は自動的に確定し、さらなる選択の余地は何もない。例えば、積 e3e4 が {3, 4, x} から成る和音によって定義されるとした場合、既に {1, 3} を含む和音と {1, 4} を含む和音が存在するので x = 1 は不可、{2, 3} を含む和音と {2, 4} を含む和音も存在するので x = 2 も不可。どのようなパターンを考えても、例えば次のようになり、「既存の和音と2音を共有できない」という規則から {3, 4, x} の x は強制的に定まる。
例 和音 123, 145, 246 が定義されている場合、{3, 4, x} から成る新たな和音において…
x = 5 とすると 145 と矛盾(2音共有)、x = 6 とすると 246 と矛盾 ⇒ x = 7 しかない
かくして次の結論に至る。
八元数の掛け算表の種類 符号の違いを無視すると系列が30あり、一つの系列ごとに16種の符号バリエーションがあるので、総計480種。
「系列が異なる」とは、二つ以上の虚数単位の間で変数名(番号)の交換が生じていること。同系列の「符号バリエーション」とは、変数名の交換がなく、その系列の「基本形」(それが何であれ)をそのまま使うこと、または「基本形」と比べて一つ以上の変数の符号設定だけが異なること。「一つ以上」と記したが、実際には「基本形」和音集を基準に①「虚数単位の一つだけ符号が反転している」か、または②「全和音がスワップされている」か、または「①の後で②」と整理できる。「①の後で②」は「二つの虚数単位の符号反転」と等価。
もっとエレガントなやり方があるに違いないが、一応、480 という結論に至った。技術的には多少検討の余地がある。
2023-11-20 八元数の和声学 七つの虚数のハーモニー
七つの(どれも異なる)虚数単位 e1, e2, …, e7 について、例えば
e1e7 = e6
という掛け算規則が成り立つとき、それを三つの数字の列 176 で表す。 176 は自動的に 761 と 617 も含意。さらに、掛け算の順序を入れ替えると積の符号が変わる:
e7e1 = −e6 等々
176 のような三数字の列は triad と呼ばれる。この単語には「三音から成る和音」という意味もあり、われわれは便宜上、これを和音と呼ぶ。
Fano 平面図から明らかなように、掛け算規則をどう定義するにせよ、八元数の積(の非自明な部分)は七つの和音によって過不足なく記述される。七つの和音のセット(和音集)は絶対的に固定されたものではない: 一つの有効な和音集と、別の有効な和音集は、異なる掛け算規則を表す。では「有効な和音集」は何種類あるか。前回、一部の説明を後回しにして 480 という答えを得た。後回しにした部分を記す。
17. (和音の基本) 一つの和音集の「七つの和音」はのべ 7 × 3 = 21 個の音を含む。対称性から 1 ~ 7 の音は、どれもそれぞれ3回ずつ、どれかの和音の成分として現れる。掛け算がよく定義されるためには、有効な一つの和音集に含まれる七つの和音は、次の三つの原理に従わなければならない。
共有機会の保証 任意の異なる2音は、必ずどれか一つの和音に同時に含まれる。比喩的に言うと、どの2種類の音も、どれか一つの和音の成分として「ハモる」機会を与えられる。
〔例〕 異なる2音として 3 と 7 を選んだとして、その両方を含む和音が必ず存在する。例えば 347 のように。なぜなら、そのような和音がないと、積 e3e7 と積 e7e3 が定義されず、有効な和音集(掛け算規則)とはいえない。
多重共有の禁止 一つの和音集内において、2種類(以上)の異なる音が、同時に別の和音に含まれてはいけない。言い換えると、異なる和音は複数の音を共有できない。
〔例〕 123 と 124 は同一和音集内に共存できない(1, 2 の二重共有): 積 e1e2 が e3 なのか e4 なのかは自由に選択できるけれど、一つの掛け算規則としては、どちらか一方に決める必要がある(二つに一つの選択ではなく、例えば e1e2 = e6 として、和音 126 を使ってもいい)。
重複音の禁止 一つの和音の中に、同じ音が2回(以上)含まれてはならない。
〔例〕 和音 37x の x は 3 ではなく 7 でもない。なぜなら、もしも例えば 373 が一つの和音だとすると e3e7 = e3 になるが、これは e7 = 実数 1 を含意し「七つの虚数単位」という前提に反する。一方、337 のような和音(e3e3 = e7 = 虚数)は、虚数単位の基本性質(e32 = −1 = 実数)に反する。
7種の音からどれでも好きなものを三つを選んで「和音」にする――それを 7 回やって七つの和音をセットにする――という操作は、非常に自由度が高いようにも思えるが、上記の原理による束縛は厳しい: 符号の違いを別にすると、八元数の和音集には、たった30の系列しか存在し得ない。
18. 七つの虚数単位に対応する七つの座標軸の一つ以上において「座標軸の正負の向き」を反転させると、新しい掛け算規則(和音集)が生じる。七つの座標軸の一つ一つについて「そのまま・正負反転」の二つの選択肢があるのだから、符号反転だけでも 27 = 128 のバリエーションが生じるようにも思える。しかしそれは「座標軸の正負の向きの定義のバリエーション」であり「掛け算規則そのもののバリエーション」とは異なる。事実、この方法による掛け算規則のバリエーションは 1 ~ 3 個の座標軸の反転において尽くされてしまい、四つ以上の座標軸で正負を反転させても、新しい掛け算規則は生じない。以下、この問題を考察する。
ある和音 abc について a, b, c をそれぞれ低音・中音・高音と呼ぶ。和音内における音の「高さ」(低・中・高)は、原理的には、数字の大小と無関係。例えば 365 と 653 と 536 は、同じ一つの和音の三つの別名に過ぎない(和音による積の定義は巡回的なので)。とはいえ、同じ和音は同じ名前で呼んだ方が分かりやすい: 原則として、一番小さい数を低音としよう。例えば、今述べた和音の場合「365」を標準名とする。
標準名において、中音が高音より高い場合、その和音はねじれている。例えば和音 365 は、ねじれている。中音より高音が高い和音は、ねじれていない。例えば和音 356 は、ねじれていない。
ねじれは、数学的な意味では「悪いこと」ではないし特別「良いこと」でもないが、八元数の積の公式において「見た目の不自然さ」を引き起こすことがある。美学的には「ねじれが少ない方がいい」ともいえる。
和音 abc が与えられたとする。三つの虚数単位 ea, eb, ec のうち、どれか一つだけについて、座標軸の正負の向きを逆に再定義した場合、和音 abc の中音と高音が入れ替わり、新しい和音 acb が生じる。この操作を(中音と高音の)スワップと呼ぶ。「正負の定義が反転した座標軸」に対応する音を例えば a とすると、和音集内において a を含む三つの和音がスワップされ、残りの四つの和音(a を含まない)はスワップされない。ねじれ和音がスワップされれば、非ねじれ和音になり、非ねじれ和音がスワップされれば、ねじれ和音になる。同じ和音が2回スワップされると、最初と同じ(スワップなしの)状態に戻る。もし3回スワップされれば、1回だけスワップされたのと同じ結果に。
一般に、ある一つの座標軸の正負を反転させると、三つの和音でスワップが起きる。素朴に考えると、二つの座標軸で正負を反転させれば、六つの和音でスワップが起こるようにも思える。実際には、異なる2音 a, b の符号が反転した場合、
① a を含む三つの和音
② b を含む三つの和音
においてスワップが起きるが、①と②は無縁の集合ではない: 共有保証により {a, b, x} から成る和音が必ず存在し(x は a, b 以外のどれかの音。なぜなら重複音は禁止)、多重共有の禁止によってそのような和音は一つしかないので、①と②は両方とも、同一の {a, b, x} 型の和音をちょうど一つだけ含む。この和音においては、2回スワップが起きるので、最終結果はスワップなし。結局、①内の 2 個の和音と、②内の 2 個の和音の、計 4 個の和音でだけ、スワップが起きる。
定理1(2音の符号反転) ある和音集内において、異なる二つの音についてどちらも正負の定義を反転させると、ちょうど四つの和音でスワップが起きる。スワップが起きない残りの三つの和音は、同一の音を共有する。
〔例1〕 古典和音集 123; 145, 246, 347; 176, 257, 365 において、a = 6, b = 7 の符号を反転:
① a = 6 を含む三つの和音 246, 176, 365
② a = 7 を含む三つの和音 347, 176, 257
このうち、両方を含む和音 176 ではスワップが起きない: 246, 365, 347, 257 の四つでスワップが起きる。スワップが起きない残りの三つ、すなわち 123, 145, 176 は同一の音 1 を共有する。結局、スワップされる和音は四つで、最終結果は次の通り:
スワップで生じた新しい和音 264, 356, 374, 275 (♪)
スワップされない(元のままの)和音 123, 145, 176 (♫)
(♪)は「新しい和音」といっても、対応するもともとの和音でアルトとソプラノの役割が変わっただけ。全体として、和音の構成音に変化はない。
証明 定理の前半については既に説明した。
① を {a, p, q}, {a, r, s}, {a, b, x}
② を {b, p′, q′}, {b, r′, s′}, {a, b, x}
としよう。このとき①の p, q, r, s はどれも a ではなく(重複音禁止)、和音 {a, b, x} との関係上 b でも x でもない(多重共有禁止)。重複音・多重共有の禁止から p, q, r, s は全部異なる音。従って p, q, r, s としては「1 ~ 7 の 7 音から a, b, x を除外した 4 音」を一つずつ割り当てる必要がある。
同じ理由から②の p′, q′, r′, s′ も、同じ「a, b, x 以外の 4 音」を並び替えたもの。①②(ちょうど5種の和音である)の範囲内では x は、これら 4 音のどれとハモる機会を与えられていない。共有機会保証によって、次の形の2種の和音が必ず存在する:
{x, p″, q″}, {x, r″, s″} ここで p″, q″, r″, s″ は p, q, r, s と同じ 4 音を並び替えたもの
この2種の和音は a も b も含まないので、スワップされない。①②のうち {a, b, x} は、2回スワップされるので最終結果スワップなし。これら 3 種のスワップされない和音は、いずれも同じ音 x を含む。□
〔補足〕 「1 音反転(=3 和音スワップ)+全和音スワップ」は「2 音反転(=4 和音スワップ)」と等価だが、反転させる 2 音の選択は一意的ではない。 a, b の代わりに p″, q″ を選択しても r″, s″ を選択してもいい。例1では 6, 7 の代わりに 2, 3 を選択しても 4, 5 を選択してもいい。
定理2(2音の符号反転の簡約) ある和音集内において、異なる二つの音についてどちらも正負を反転することは、同じ和音集内において「ある一つの音だけ正負を反転」してから「全和音をスワップ」することと等価。
〔例2〕 例1の古典和音集において、まず x = 1 を含む和音をスワップし、その結果を含めて全和音をスワップすると、1 を含む(♫)は 2 回スワップされて元に戻り、それ以外は 1 回スワップされて(♪)になるので、結局、例1と同じ最終結果。
証明 定理1により、この条件で「最終的にスワップされない三つの和音」は、「共通の音」を含む(それを x とする)。従って x を含む三つの和音だけをスワップして(それは x の符号反転に当たる)、その結果も含めて全和音をスワップすれば、同じ最終結果に至る。□
定理3(3音の符号反転とその簡約) ある和音集内において、「異なる三つの音」(三つ全部が同一和音の構成音ではないとする)についてどれも正負を反転させると、ちょうど三つの和音でスワップが起きる。スワップが起きる三つの和音は、同一の音 w を共有する。言い換えれば、「二つの和音にまたがる3音」の符号を反転させることは、とある一つの音 w の符号だけを反転させることと等価。
証明 a, b, c の符号が反転するとしよう。仮定によって {a, b, c} は一つの和音を成さないが、共有保証によって、そのうちどの 2 音もどこかで一つの和音に含まれる。従って、次の音から成る三つの和音が存在:
① {a, b, p}, {a, c, q}, {b, c, r}
重複禁止・多重共有禁止により p は a, b, c とは異なり q, r とも異なる。同様のことは q, r についても言える: a, b, c, p, q, r は、どの二つも異なる6種の音。この6種のどれとも異なる音が、7種の音 1 ~ 7 の中に、一つだけ存在する。それを w とすると、共有保証により、次の形の三つの和音が存在しなければならない:
② {w, a, x}, {w, b, y}, {w, c, z}
重複禁止・多重共有禁止により x, y, z は w でも a でも b でも c でもない(ゆえに x, y, z は p, q, r を並び替えたものだが、そのことは証明に必要ない)。従って a, b, c の符号が反転すると、①では 2 回スワップが起きて最終的にスワップなしだが、②では 1 回だけスワップが起き、スワップあり。要するに w を共有する三つの和音がスワップされる。
さて、①②には6種の和音が含まれるが、和音集(それは七つの和音から成る)は、もう一つだけ別の和音を含む。共有保証により p, q はどこかで共有されねばならず、同じことは p, r と q, r についても言えるが、残りの和音はあと一つなので、その和音は必然的に次の形を持つ。
③ {p, q, r}
仮定により p も q も r も a, b, c ではないので、③ではスワップが 1 回も起きない。
結局 a, b, c 三つの符号反転は w だけの符号反転と同じ効果を持つ。□
〔補足〕 a, r の共有保証は①③の和音内では実現されないから、②の和音によって実現される。ゆえに x = r。同様に b, q の共有保証から y = q。 c, p の共有保証から z = p。画像は古典和音集 GrC において a = 2, b = 3, c = 7 の符号を反転させる場合の a, b, c, p, q, r, w を表す。この3音反転は GrC を DeA に変換する一つの方法だが、別の方法として w = 6 だけの1音反転でも同じ変換結果になる。§14 参照。
細かいことを無視して要点を言うと、定理3の真意は「3 音の符号を反転させても、新しい和音集は生じない」(1 音だけの符号を反転させることと結果は同じ)。同様に、定理2の結果、2 音の符号反転は、1 音だけの符号反転 + 全和音スワップと同等。この「全和音スワップ」というオプションを使うと、4 音以上の符号反転でも新しいバリエーションは生じないことが分かる。つまり 4 音の符号反転は、3 音の符号反転 + 全和音スワップであり、それは 1 音だけの符号反転 + 全和音スワップに簡約される。5 音以上も同様。
結論として、(変数名を入れ替えずに)座標系の符号反転だけによって生じる和音集のバリエーションは、一つの「初期状態」に対し、次の16パターン:
[A] 初期状態のまま 1 パターン
[B] 初期状態のどれか一つの音の符号を反転 7 パターン(小計 8 パターン)
[C] [A] or [B] に対し全和音スワップを施したもの 8 パターン(総計 16 パターン)
[C] によって追加される8種のバリエーションのうち [B] に基づく7種は、初期状態のどれか二つの音を反転することによっても得られる(定理2)。
今、上で無視した「細かいこと」について記す。「同一和音に含まれる三つの音」の符号を反転させた場合(3音反転のうち、定理3の範囲外の設定である)――つまり abc という和音があるときに a, b, c の3音の符号を反転させた場合、何が起きるか。容易に確かめられることとして、その場合、全和音のスワップが起きる。これは [A] に「全スワップ」を施したのと同じなので、[C] のカウントに既に含まれている!
「同一和音に含まれる三つの音」の符号反転が、全和音スワップを誘発する最も単純な具体的方法。[A] は 0 音の符号反転、[B] は 1 音の符号反転、[C] 中の [B] は 2 音の符号反転、[C] 中の [A] は 3 音の符号反転。3 音反転については、どれか一つの和音(どの和音を選んでも結果は同じ)に含まれる三音だけを考えれば十分。
前回見たように、初期状態となり得る系列は(少なくとも理論上)30あり、八元数の和音集は最大 30 × 16 = 480 種。ある系列に属する一つの和音集(それが何であれ)が実現可能なら、その系列の16バリエーションは、機械的な符号設定 [A][B][C] によって得られる。技術的な疑問が残るとすれば…「理論的に存在し得る30の系列は、本当に全部構成可能か?」
系列の違いは、単に変数名の入れ替えなので、実現を妨げる要因は何もないようだが、理論的なカウントだけでは物足りない。パターン数が巨大ならともかく、たった 30 なら「30系列を具体的に構成してみせろ」というのは、当然の要求だろう。(第二部へ続く)