ミリマノフ多項式・第3部(遊びの数論47)

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第1部第2部の続き。きちんとまとまった記事ではなく、雑多なメモ。誤字脱字・間違いがあるかもしれません。


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2025-07-23 コーシー/ミリマノフ多項式(その15) n = 6, 8, 9, 10

#遊びの数論 #コーシーの恒等式 #ミリマノフ多項式 # #

n ≥ 2 を整数とする。多項式 Mn(x) = (x + 1)n + (−x)n + (−1)n は、自明な因子 x2 + x をちょうど κ 個、自明な因子 x2 + x + 1 をちょうど λ 個、それぞれ持つ。ここで κ は n を 2 で割った余り(0 or 1)に等しく、 λ は −n を 3 で割った余り(0 or 1 or 2)に等しい(定理10)。

Mn から自明な因子を全て除去したときに残る余因子を Ēn とする。一般に、二つの多項式は、両者の違いが(0 倍以外の)定数倍なら全く同じ根を持ち、その意味において「同一」と見なされる。つまり、多項式の因数分解において、 0 次式(定数)は、整数の因数分解における単数のようなもの。――以下、原則として Ēnモニック多項式として(=最高次の係数が 1 になるように適宜、定数倍して)記す。具体的には、もし n が奇数なら(Mn を自明な因子で割った結果の)多項式全体を 1/n 倍し、 n が偶数ならこの多項式全体を 1/2 倍する。すなわち:
  n ≥ 3 が奇数 ⇒ Mn(x) = n⋅(x2 + x)(x2 + x + 1)λ Ēn(x)
  n ≥ 2 が偶数 ⇒ Mn(x) = 2⋅(x2 + x + 1)λ Ēn(x)

このように表現された Ēn は、次の特徴を持つ。 (ア)最高次の係数が 1。 (イ)もはや因子 x(x + 1) も、因子 x2 + x + 1 も、持たない。 (ウ) Ēn の次数 6ν は 6 の倍数。ここで整数 ν ≥ 0 の値は、補題7の通り:
  n ≡ 1 (mod 6) なら ν = n/6 − 1
  n ≢ 1 (mod 6) なら ν = n/6

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多項式 Ēn を構成する具体的手順について一言。

例えば n = 10 のとき、 λ = −10 ≡ 2 (mod 3) だから、 M10(x) は自明な因子 x2 + x + 1 をちょうど 2 個、持つ。よって原理的には M10(x) = (x + 1)10 + x10 + 1 を二項定理で展開して、それを直接 (x2 + x + 1)2 で割ってもいい(モニックにするため全体を定数 2 で割る必要もあるが、定数倍の違いは無視する)。機械的に実行できる単純計算だが、その方法は、実際上やや面倒くさく、次の再帰的公式を使った方が便利なことが多い。

一般に y1, y2, y3 を根とする3次式は、もし条件 y1 + y2 + y3 = 0 が満たされるなら y3 − Uy − C の形を持ち、
  U = −(y1y2 + y1y3 + y2y3)
  C = y1y2y3
という「根と係数の関係」が成り立つ。
  pk = (y1)k + (y2)k + (y3)k
と置くと(k ≥ 0 は整数)、
  p0 = 3, p1 = 0, p2 = 2U
であり、 k ≥ 3 に対して、シンプルな再帰的関係
  pk = pk−2⋅U + pk−3⋅C
が成り立つ(二つ前の U 倍と三つ前の C 倍を足す)。個々の小さい整数 k = 3, 4, 5, ··· に対して、右辺の形を具体的に求めることは、暗算でも易しい:
  p3 = 3C, p4 = 2U2, p5 = 5UC
  p6 = 2U3 + 3C2, p7 = 7U2C
筆算なら k = 10 ないし 20 程度まで進めることも困難ではなく、少なくとも二項展開よりは楽だろう:
  p8 = (2U4 + 3UC2) + 5UC2 = 2U4 + 8UC2
  p9 = 7U3C + (2U3C + 3C3) = 9U3C + 3C3
  p10 = (2U5 + 8U2C2) + 7U2C2 = 2U5 + 15U2C2  等々

今、 y1 = x + 1, y2 = −x, y3 = −1 と置けば、条件 y1 + y2 + y3 = 0 が満たされるから、
  pn = Mn(x)
であり、上記の「根と係数の関係」から:
  U = −[(x + 1)(−x) + (x + 1)(−1) + (−x)(−1)] = (x2 + x) + (x + 1) + (−x) = x2 + x + 1
  C = (x + 1)(−x)(−1) = x2 + x = x(x + 1)
この U と C は、 Mn の自明な因子に当たる。

例えば n = 10 の場合、上記 p10 から、
  M10(x) = p10 = U2 [2U3 + 15C2]  ㋐
となる。自明な因子 U2 を除外した余因子は:
  2⋅Ē10(x) = 2U3 + 15C2 = 2(x2 + x + 1)3 + 15[x(x + 1)]2
   = 2(x6 + 3x5 + 6x4 + 7x3 + ··· ) + 15(x4 + 2x3 + x2)
   = 2x6 + 6x5 + (12 + 15)x4 + (14 + 30)x3 + ·· · 
一部を ··· と略したけど、一般に、多項式 Mn もその因子 Ēn も係数が回文的なので、真ん中の項までの係数が分かれば、全部の項が確定する。省略した部分を復活させると:
  2⋅Ē10(x) = 2x6 + 6x5 + 27x4 + 44x3 + 27x2 + 6x + 2
  ∴ Ē10(x) = x6 + 3x5 + (27/2)x4 + 22x3 + (27/2)x2 + 3x + 1  ㋑

Cauchy 型の10乗和 (x + 1)10 + x10 + 1 = (x2 + x + 1)2 [2(x2 + x + 1)3 + 15(x2 + x)2]
  より一般的に y3 − Uy + C = 0 の3解の10乗和は U2(2U3 + 15C2)

〔注〕 [ ] 内の6次式は、㋐の [ ] 内と同じ: U, C をそれぞれ x2 + x + 1, x2 + x と置いたに過ぎない。㋑の形式では、4次の係数の 2 倍から 5 を引いたもの(この例では 27 − 2)が3次の係数と一致することが、簡易的な検算となる。

「10乗和」のような、高い指数の個々のべき和公式を無理に覚える必要はない。ともかく、指数が 10 か 20 程度までなら、この種の公式は容易に導出可能。

〔例題〕 y3 − 7y + 6 の根を a, b, c として a10 + b10 + c10 を求める。 U = 7, C = 6 なので:
  U2(2U3 + 15C2) = 49(2⋅343 + 15⋅36) = 49⋅1226 = 60074
あるいは直接 {a, b, c} = {1, 2, −3} なので:
  110 + 210 + (−3)10 = 1 + 1024 + 59049 = 60074

再帰的公式を経由して多項式 Ē10(x) を求めることは、 M10(x) = (x + 1)10 + x10 + 1 を直接展開して、
  2x10 + 10x9 + 45x8 + 120x7 + 210x6 + 252x5  [銃 死後人臭う 二人で銃撃 二人で誤認
   + 210x4 + 120x3 + 45x2 + 10x + 2
を得て、それを因数分解するより見通しが良いと思われる。もっとも、展開して自明な因子で割り算することも――心理的な面倒さはともかくとして――実際上、特に難しいわけでも、時間がかかるわけでもないだろう。

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べき和の再帰的公式を経由する場合、しばしば次の恒等式が鍵となる。

U3 = (x2 + x + 1)3 = x6 + 3x5 + 6x4 + 7x3 + 6x2 + 3x + 1

〔補足〕 この恒等式の右辺は、それ自体として Mirimanoff の回文6次因子の性質を持つ(=係数が 1, 3, τ, 2τ+5 と始まる)。そのうち τ が「境界」の 6 の場合に相当する(もしも Ēn の文脈で τ = 6 になったならば Ēn は二つの三重根 {ω, ω2} を持つ。これは Ēn の文脈では現実には起こり得ないものの、理論上、興味深い)。 U2, U3 の係数は、それぞれ 111 × 111 = 12321, 12321 × 111 = 1367631 という簡単な整数演算の各桁に対応している。もちろん普通に筆算で (x2 + x + 1) × (x2 + x + 1) 等を計算してもいい。

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Ēn は0次式でなければ最低でも6次式、その上は12次式・18次式…であり、次数が高い場合に個々の根を求めることは(不可能ではないにせよ)実用性は低いだろう。実際、最も簡単なはずの6次式の場合ですら、個々の根の表現は、かなり複雑。しかし回文的な6次式は、必ず3次方程式の問題に帰着し、その気になれば代数的に解くことができる。

〔参考〕 n = 6, 8, 9, 10 の場合の Ēn の主たる根の実部(またはその2倍)については、このメモの続きの部分で扱われ、「その16」でも整理されている。付録6には n = 11, 12, ··· , 17 および n = 19 の場合の同様の表現が記されている。

最高次の係数が 1 になるように表記された場合、 Ēn(x) は、次の形式の(実係数の)回文的6次因子 ν 個の積から成る。
  ε(x) = x6 + 3x5 + τx4 + (2τ − 5)x3 + τx2 + 3x + 1
ここで τ > 6 は ε ごとに定まる実数であり、4次(そして2次)の係数に当たる。 ɡ = τ − 6 と置くと ɡ > 0。 ε は実数の根を持たない。根のうち二つ x1 = e,  x2 = e−iθ は、どちらも絶対値 1 で、和が次の実数に等しい

主たる根とその共役複素数根の和 x1 + x2 = 2 cos θ
   = −1 − [(3)/6]3() (α − β)  ‥‥①
   = −1 − 2−1/3⋅3−1/2⋅ɡ1/3 (α − β)  ‥‥②
ここで、
  α = 3[(27 + 4ɡ) + 27] と β = 3[(27 + 4ɡ) − 27]  ‥‥③
は、正の実数(α > β)。

x1, x2 の偏角 ±θ は 2π/3 < θ < π を満たす(しかも π の有理数倍ではない)。 x1 を ε(x) の主たる根と呼ぶ。

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n = 10 の場合。

上述のように、モニック形式で記すと、
  Ē10(x) = x6 + 3x5 + (27/2)x4 + 22x3 + (27/2)x2 + 3x + 1
であり、 τ = 27/2 だ。従って ɡ = τ − 6 = 15/2, 4ɡ = 30, 27 + 4ɡ = 57 なので、公式③から:
  α = 3[57 + 27] = 31/6 × 3[19 + 9] = 31/6 × 3[19 + 3]
  同様にして α − β = 31/6⋅(3[19 + 3] − 3[19 − 3])

ところが ɡ = 15/2 = 2−1⋅3⋅5 なので、公式②から:
  2 cos θ = −1 − 2−1/3⋅3−1/2⋅(2−1/3⋅31/3⋅51/3) × 31/6⋅(3[19 + 3] − 3[19 − 3])
   = −1 − 2−2/3⋅51/3⋅(3[19 + 3] − 3[19 − 3])
   = −1 − (310)/(2)(3[19 + 3] − 3[19 − 3]) = −1.9021135880…
  ∴ θ = 2.8274342869… = 162.0000514913…°

〔付記〕 この角度(Ē10 の6次因子の主たる根の偏角)は 162° = 9π/10 に極めて近いが、等しくはない(約 0.185″ 過大)。この現象については後述する予定。 cos (π/5) = (1 + 5)/4 だから、補題6から、
  2 cos (π/10) = [2 + (2 + 25)/4]1/2 = (10 + 25)1/2/2
  ∴ cos (π/10) = (1/4)(10 + 25) = 0.9510565162…
しかるに上記の 2 cos θ ≈ 2 cos (9π/10) の式から、 cos (π/10) の近似値を −cos θ として求めると:
  1/2 + (310)/(4)(3[19 + 3] − 3[19 − 3]) = 0.9510567940…

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n = 9 の場合(「その6」参照)。

前述のように p9 = 9U3C + 3C3 = 3C(3U3 + C2) なので:
  3⋅Ē9(x) = 3(x6 + 3x5 + 6x4 + 7x5 + ··· ) + (x4 + 2x3 + x2) = 3x6 + 9x5 + 19x4 + 23x3 + ···
  ∴ Ē9(x) = x6 + 3x5 + (19/3)x4 + (23/3)x3 + (19/3)x2 + 3x + 1

τ = 19/3, ɡ = τ − 6 = 1/3, 4ɡ = 4/3, 27 + 4ɡ = 85/3 なので、公式③から:
  α = 3[(85/3) + 27] = 3−1/6 × 3[(85) + 9]
  同様にして α − β = 3−1/6⋅(3[(85) + 9] − 3[(85) − 9])

ところが ɡ = 3−1 なので、公式②から:
  2 cos θ = −1 − 2−1/3⋅3−1/2⋅3−1/3 × 3−1/6⋅(3[(85) + 9] − 3[(85) − 9])
   = −1 − 2−1/3⋅3−1⋅(3[(85) + 9] − 3[(85) − 9])
   = −1 − (34/6)(3[(85) + 9] − 3[(85) − 9]) = −1.5365651646…
  θ = 2.4469501408… = 140.1999157487…°

〔付記〕 初めてこの角度を見たとき、強い印象を受けた。今ではこの θ が 7π/9 = 140° の近似値であることが分かっているが、「誤差」(小数部分)が 0.2° に非常に近いことは、依然として謎めいている。 n = 9 の場合の特異性なのか、従たる根の偏角 η も単に 11π/18 = 110° の近似値になるだけでなく 109.90004…° となり「誤差」が 0.1° に非常に近い。

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n = 8 の場合。

M10 の展開では、両端以外の二項係数に奇数 45 が含まれる。対照的に、 M8 は、展開すると両端以外の二項係数がどれも偶数なので各係数が 2 で割り切れ、整係数のモニック多項式に簡約される。

p8 = 2U4 + 8UC2 = 2U(U3 + 4C2) なので:
  Ē8(x) = (x6 + 3x5 + 6x4 + 7x5 + ··· ) + 4(x4 + 2x3 + x2)
   = x6 + 3x5 + 10x4 + 15x3 + 10x2 + 3x + 1

τ = 10, ɡ = τ − 6 = 4, 4ɡ = 16, 27 + 4ɡ = 43 なので、公式③から:
  α − β = 3[43 + 27]3[43 − 27]
公式①から:
  2 cos θ = −1 − [(3)/6]3(16) (α − β)
   = −1 − [(3)/3]3(2) (3[43 + 27]3[43 − 27]) = −1.8477075981…
  ∴ θ = 2.7488263326… = 157.4961474738…°
あるいは、同じことだが:
  2 cos θ = −1 − [(3)/3](3[172 + 108]3[172 − 108])
   = −1 − [(3)/3](3[243 + 63]3[243 − 63])

この偏角は 7π/8 = 157.5° の近似値。

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n = 6 の場合。

6次式
  M6(x) = (x + 1)6 + x6 + 1
   = 2x6 + 6x5 + 15x4 + 20x3 + 15x2 + 6x + 2  [ジャム いちごの煮汁 いちごジャム
は、自明な(1次以上の)因子を持たない。つまりそれ自身(をモニックにしたもの)が Ē6(x) だ:
  Ē6(x) = x6 + 3x5 + (15/2)x4 + 10x3 + (15/2)x2 + 3x + 1

τ = 15/2, ɡ = τ − 6 = 3/2, 4ɡ = 6, 27 + 4ɡ = 33 なので、公式②から:
  2 cos θ = −1 − 2−1/3⋅3−1/2⋅(3/2)1/3 (α − β) = −1 − 2−1/3⋅3−1/2⋅(31/3⋅2−1/3) (α − β)
   = −1 − 2−2/3⋅3−1/6 (α − β) = −1 − [(32)/2]⋅3−1/6 (α − β)  ‥‥④
一方、公式③から:
  α − β = 3[33 + 27]3[33 − 27]
   = 31/6 × 3[11 + 3]3[11 − 3]
これを④に代入して:
  2 cos θ = −1 − [(32)/2](3[11 + 3]3[11 − 3]) = −1.7351392590…
あるいは同じことだが、
  2 cos θ = −1 − (1/2)(3[44 + 6]3[44 − 6])
と書いた方が、すっきりするかもしれない。いずれにしても:
  θ = 2.6210906395… = 150.1774313669…°

この θ は、一応 5π/6 = 150° の近似値。 2 cos θ = −1.73513… が −3 = −1.73205… に近いのは、 2 cos (5π/6) = −3 と関係ある。

この式変形では、もともと α − β に 31/6 が内在している(つまり立方根号の内側の平方根号下の整数は、どれも 3 で割り切れる)。それが (α − β) の係数に内在している 3−1/6 と打ち消し合って簡単な形になるところが、なかなか気持ちいい。

〔補足〕 n = 8, 9 などの場合と同様に、べき和の式 p6 = 2U3 + 3C2 を経由して Ē6 を導いてもいい:
  2(x6 + 3x5 + 6x4 + 7x3 + ···) + 3(x4 + 2x3 + x2) = 2x6 + 6x5 + 15x4 + 20x3 + ···
もし6乗の二項展開を思い出せない場合、その場で二項定理を使うよりは、こっちの方が楽かもしれない。しかしこの場合、因子がなく、展開後に多項式の割り算が必要ないのだから、トリッキーな再帰的公式を使うより、直接展開した方が手っ取り早い。実用上の(世俗的な?)観点からも、 (x2 + x + 1)3 の展開のようなマニアックな知識に依存するより、汎用性の高い二項展開 (x + y)6 を使う方が自然だろう。

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根の六つ組に属する六つの根のうち、二つ(x1, x2 とする)は、上記のように絶対値 1 で、和が実数。今回 n = 6, 8, 9, 10 のケースにおいて、この和を具体的に扱った(この他 n = 11, 13 のケースについては「その14」などでも取り上げている)。これら二つの根の和(個々の根ではない)は、共役複素数のペア x1, x2 の共通の実部の 2 倍に等しく、必ず開区間 (−1, −2) の範囲にある。六つ組に属する残りの四つの根は、多少違う性質・形式を持つ。

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2025-07-24 コーシー/ミリマノフ多項式(その16) 根号表現の整理

#遊びの数論 #コーシーの恒等式 #ミリマノフ多項式 # #

6次の因子 ε の4次の係数 τ が与えられたとする。 ɡ = τ − 6 と置くと、 ε の主たる根とその共役複素数根の和は、
  −1 − [(3)/6] × 3() ⋅ (α − β)  (✽)
に等しい(前回の①式)。ここで:
  α = 3[(27 + 4ɡ) + 27], β = 3[(27 + 4ɡ) − 27]

この根号表現をさらに整理・簡約することができる。

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3()33 (= 31/3) 倍して、同時に α, β をそれぞれ 3(3) (= 31/6) 倍すると、(✽)の × の後ろはトータルで 31/3⋅31/6 = 31/2 倍されるから、代わりに × の前を 31/2 = 3 で割れば(✽)の値は変わらない。つまり(✽)は次に等しい(値を表現するのに必要な根号の数が三つ減る):
  −1 − (1/6) × 3(12ɡ) ⋅ (α′ − β′)  ‥‥④
  ここで α′ = 3[(81 + 12ɡ) + 9], β′ = 3[(81 + 12ɡ) − 9]

特別な場合として、もし 4ɡ が 3 の倍数 3B なら(B = 4ɡ/3)――言い換えると、もし A = 12ɡ が 9 の倍数なら――3() を 31/3 で割り α, β をそれぞれ 31/6 で割ると(✽)の × の後ろは 31/2 分の 1 になるので、代わりに × の前を 31/2 倍することで(✽)は次のように簡約される:
  −1 − (1/2) × 3(B) ⋅ (α″ − β″)  ‥‥⑤
  ここで α″ = 3[(9 + B) + 3], β″ = 3[(9 + B) − 3]

〔注〕 ④において 3(3⋅4ɡ) から 39 を、 (α′ − β′) から 33 を、それぞれくくり出し、両者の積 3933 = 3 と × の前の 1/6 を約分したものが⑤。

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〔例1〕 n = 9 のとき τ = 19/3, ɡ = 19/3 − 6 = 1/3, 12ɡ = 4。 ④から:
  −1 − [(34)/6](3[85 + 9] − 3[85 − 9])

〔例2〕 n = 11 のとき τ = 7, ɡ = 7 − 6 = 1, 12ɡ = 12。 ④から:
  −1 − [(312)/6](3[93 + 9] − 3[93 − 9])

〔例3〕 n = 13 のとき τ = 8, ɡ = 8 − 6 = 2, 12ɡ = 24。 ④から:
  −1 − [(324)/6](3[105 + 9] − 3[105 − 9]) = −1 − [(33)/3](3[105 + 9] − 3[105 − 9])

〔例4〕 n = 6 のとき τ = 15/2, 4ɡ/3 = 4(15/2 − 6)/3 = 6/3 = 2。 ⑤から:
  −1 − [(32)/2](3[11 + 3] − 3[11 − 3])

〔例5〕 n = 8 のとき τ = 10, ɡ = 10 − 6 = 4, 12ɡ = 48。 ④から:
  −1 − [(348)/6](3[129 + 9] − 3[129 − 9]) = −1 − [(36)/3](3[129 + 9] − 3[129 − 9])

〔例6〕 n = 10 のとき τ = 27/2, 4ɡ/3 = 4(27/2 − 6)/3 = 30/3 = 10。 ⑤から:
  −1 − [(310)/2](3[19 + 3] − 3[19 − 3])

そうしたければ、丸かっこ外の立方根と丸かっこ内の立方根を次のようにまとめてもいい。立方根号の数を一つ減らすことができ、その方がすっきりするかもしれない(特に数値が小さい場合には)。
  例4 = −1 − (1/2)(3[211 + 6] − 3[211 − 6]) = −1 − (1/2)(3[44 + 6] − 3[44 − 6])
  例6 = −1 − (1/2)(3[1019 + 30] − 3[1019 − 30])
  例1 = −1 − (1/6)(3[485 + 36] − 3[485 − 36])
  例3 = −1 − (1/3)(3[3105 + 27] − 3[3105 − 27]) 等々

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Mirimanoff の6次因子 ε(x) = x6 + 3x5 + τx4 + (2τ − 5)x3 + τx2 + 3x + 1 の主たる根の実部は、定理17から、次の値に等しい:
  −1/2 − [(3)/12]3[4(τ − 6)] (α − β)
   = −1/2 − 2−4/3⋅3−1/2⋅(τ − 6)1/3⋅(α − β)  ‥‥⑥
ここで:
  α = 3{[27 + 4(τ − 6)] + 27}, β = 3{[27 + 4(τ − 6)] − 27}  ‥‥⑦

主たる根 x1 = e とその複素共役の根 x2 = e−iθ の和、すなわち 2 cos θ は、⑥の 2 倍に等しい。⑥の値は cos θ に当たる。

〔例1〕 n = 11 のとき τ = 7, τ − 6 = 1 なので:
  −1/2 − 2−4/3⋅3−1/2⋅(3[31 + 27] − 3[31 − 27]) = −0.8411639019…

〔例2〕 n = 9 のとき τ = 19/3, τ − 6 = 1/3 なので:
  −1/2 − 2−4/3⋅3−1/2⋅(1/3)1/3⋅(3[(85/3) + 27] − 3[(85/3) − 27]) = −0.7682825823…

〘ⅰ〙 もし⑦の α, β をそれぞれ α′ = 31/6⋅α と β′ = 31/6⋅β に置き換えるなら、⑥をこう書き換えることができる:
  −1/2 − 2−4/3⋅3−1/2⋅(τ − 6)1/3⋅(α′ − β′)⋅3−1/6
   = −1/2 − (22)−2/3⋅3−2/3⋅(τ − 6)1/3⋅(α′ − β′) = −1/2 − (22⋅3)−2/3⋅(τ − 6)1/3⋅(α′ − β′)
   = −1/2 − 12−2/3⋅(τ − 6)1/3⋅(α′ − β′) = −1/2 − 12−1⋅121/3⋅(τ − 6)1/3(α′ − β′)
   = −1/2 − 12−1⋅[12(τ − 6)]1/3 × (α′ − β′)
すなわち A = 12(τ − 6) と置くと、⑥は
  −1/2(A1/3/12) × (α′ − β′)  ‥‥⑧
に等しい。

〘ⅱ〙 あるいは、もし⑦の α, β をそれぞれ α″ = 3−1/6⋅α と β″ = 3−1/6⋅β に置き換えるなら:
  ⑥ = −1/2 − 2−4/3⋅3−1/2⋅(τ − 6)1/3⋅(α″ − β″)⋅31/6
   = −1/2 − 2−4/3⋅3−1/3⋅(τ − 6)1/3⋅(α″ − β″) = −1/2 − 48−1/3⋅(τ − 6)1/3⋅(α″ − β″)
   = −1/2 − [(τ − 6)/48]1/3(α″ − β″) = −1/2 − [(τ − 6)/6]1/3/2 × (α″ − β″)
ここで仮に (τ − 6)/6 = B/8 と置くと、⑥は
  −1/2((B/8)1/3/2) × (α″ − β″) = −1/2(B1/3/4) × (α″ − β″)  ‥‥⑨
に等しい。

(τ − 6)/6 = B/8 は B = 8(τ − 6)/6 = 4(τ − 6)/3 を含意するので、もし 4(τ − 6) が 3 で割り切れるなら――つまり τ が 3 の倍数(またはその 1/2 か 1/4)なら――、 B は整数となり、⑨は、⑧と同じ意味の「より簡単な表現」となる。

定理17の系1(主たる根の実部の表現の簡単化: 定理17参照)
ε(x) = x6 + 3x5 + τx4 + (2τ − 5)x3 + τx2 + 3x + 1 の主たる根 x1 = e の実部 cos θ は次の通り(x1 とその共役複素数の根 x2 = e−iθ の和 2 cos θ は、この値の 2 倍に等しい)。
  −1/2 − 2−4/3⋅3−1/2⋅(τ − 6)1/3⋅(α − β)
  ここで α = 3{[27 + 4(τ − 6)] + 27}, β = 3{[27 + 4(τ − 6)] − 27}
〘ⅰ〙 A = 12(τ − 6) と置くと:
  −1/2 − [(3A)/12](3[(81 + A) + 9] − 3[(81 + A) − 9])
〘ⅱ〙 B = (4/3)(τ − 6) と置くと:
  −1/2 − [3B/4](3[(9 + B) + 3] − 3[(9 + B) − 3])

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主たる根は単位円上にあり、その偏角は 2π/3 より大きく π より小さい。従って、主たる根の実部は −1/2 より小さく −1 より大きい。主たる根の虚部(3)/2 より小さく 0 より大きい。

ε(x) の残りの四つの根のうち {x3, x4}, {x5, x6} は、それぞれ複素共役のペア(定理17参照)。和 x3 + x5 と和 x4 + x6 も複素共役で、次の値を持
  −1 + 3[4(τ − 6)]/4 × [3−1/2⋅(α − β) ± i(α + β)]
   = −1 + 3[12(τ − 6)]/4 × [3−1/2⋅(α′ − β′) ± i(α′ + β′)] × 3−1/2
   = −1 + 3[12(τ − 6)]/4 × [3−1⋅(α′ − β′) ± 3−1/2⋅i(α′ + β′)]
   = −1 + 3[12(τ − 6)]/12 × [(α′ − β′) ± 31/2⋅i(α′ + β′)]
この値の実部に 1/2 を加えたものは、 x4, x3 共通の実部に等しい(なぜなら x5, x6 はどちらも実部 −1/2)。

定理17の系2 従たる根 x4 の実部(それは x3 の実部でもある)は次の通り。
 〘ⅰ〙  A = 12(τ − 6) と置くと:
  −1/2 + [(3A)/12](3[(81 + A) + 9] − 3[(81 + A) − 9])
 〘ⅱ〙 B = (4/3)(τ − 6) と置くと:
  −1/2 + [(3B)/4](3[(9 + B) + 3] − 3[(9 + B) − 3])

† 以下の一つ目の等号の根拠は、次の通り。等号の後ろでは分子が 31/3 倍され、 α, β が 31/6 倍されているが(それらを合わせると値が 31/2 倍されている)、同時に因子 3−1/2 が追加されているので、全体として値は変わらない。

‡ B は A の 32 分の 1 なので 3B3A の 32/3 分の 1。一方 3[(9 + B) + 3] 等は 3[(81 + A) + 9] 等の 31/3 分の 1。よって、
  3B × (3[(9 + B) + 3] − ·· · )
3A × (3[(81 + A) + 3] − ·· · ) のちょうど 3 分の 1。それに合わせて〘ⅱ〙の分母 4 は〘ⅰ〙の分母 12 の 3 分の 1 になっている。

従たる根は、ε の六つの根のうち、絶対値が 1 より小さく虚部が正のもの。主たる根も、従たる根も、 ε の六つ組ごとにちょうど一つずつ存在する。主たる根の実部は −1/2 より小さく −1 より大きい(前述)。従たる根の実部は −1/2 より大きく 0 より小さい。主たる根の実部と、従たる根の実部は −1/2 から等距離。主たる根の虚部従たる根の虚部は等しい。

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参考 n = 6, 8, 9, 10 のときの Ēn の主たる根の実部、従たる根の実部について。

定理17とその系は、6次式 ε(x) の根を直接的に扱っているのではなく、変数置換 z = x + 1/x の結果の3次式の三つの根(そのうち一つ z1 は実数、残りの二つ z2, z3 は共役複素数)を通して、間接的に ε の根を眺めている。例えば:

n = 6 ⇒ τ = 15/2 ⇒ B = (4/3)(15/2 − 6) = 2:
  z1 = −1 − [(32)/2](3[11 + 3] − 3[11 − 3]) = −1.7351392590…
  z2, z3 = −1 + [(32)/4]{3[11 + 3] − 3[11 − 3] ± i3 (3[11 + 3] + 3[11 − 3])}
   = −0.6324303704… ± i⋅1.3803341253…

このことから、 Ē6 の主たる根の実部、従たる根の実部が、それぞれ
  −1/2[(32)/4](3[11 + 3] − 3[11 − 3])
であることが分かる(第三のペアの根の実部は −1/2)。以下の例も同様。

n = 8 ⇒ τ = 10 ⇒ A = 12(10 − 6) = 48:
  z1 = −1 − [(348)/6](3[129 + 9] − 3[129 − 9]) = −1 − [(36)/3](3[129 + 9] − 3[129 − 9]) = −1.8477075981…
  z2, z3 = −1 + [(36)/6]{3[129 + 9] − 3[129 − 9] ± i3 (3[129 + 9] + 3[129 − 9])}
   = −0.5761462009… ± i⋅2.1304826047…

〔注〕 τ が偶数で因子 2 を一つ持つなら、 τ − 6 も因子 2 を一つ持つので、その 12 倍ないし 4 倍(つまり A ないし B)は、因子 2 を三つ持つ。このとき、分子の立方根号下は 8 の倍数。その数が 8 分の 1 になって 2 が立方根記号の外にくくり出され、その 2 と分母の 12 ないし 4 が約分される。

主たる根の実部 −1/2 − [(36)/6](3[129 + 9] − 3[129 − 9]) をこう書くことも可能:
  −1/2 − 2−2/3⋅3−1/2 (3[43 + 27] − 3[43 − 27])

n = 9 ⇒ τ = 19/3 ⇒ A = 12(19/3 − 6) = 4:
  z1 = −1 − [(34)/6](3[85 + 9] − 3[85 − 9]) = −1.5365651646…
  z2, z3 = −1 + [(34)/12]{3[85 + 9] − 3[85 − 9] ± i3 (3[85 + 9] + 3[85 − 9])}
   = −0.7317174176… ± i⋅0.7411207494…

n = 10 ⇒ τ = 27/2 ⇒ B = (4/3)(27/2 − 6) = 10
  z1 = −1 − [(310)/2](3[19 + 3] − 3[19 − 3]) = −1.9021135880…
  z2, z3 = −1 + [(310)/4]{3[19 + 3] − 3[19 − 3] ± i3 (3[19 + 3] + 3[19 − 3])}
   = −0.5489432059… ± i⋅2.8478687986…

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2025-07-25 コーシー/ミリマノフ多項式(その17) 12次式の場合

#遊びの数論 #コーシーの恒等式 #ミリマノフ多項式 # #

2⋅Ē12(x) = (x + 1)12 + x12 + 1
   = 2x12 + 12x11 + 66x10 + 220x9 + 495x8 + 792x7 + 924x6
   + 792x5 + 495x4 + 220x3 + 66x2 + 12x + 2
は、有理係数の範囲では既約。しかし係数の範囲を少し拡大すれば、 Ē12(x) はミリマノフ型の二つの6次式、
  ε1(x) = x6 + 3x5 + τ1x4 + (2τ1 − 5)x3 + τ1x2 + 3x + 1
  ε2(x) = x6 + 3x5 + τ2x4 + (2τ2 − 5)x3 + τ2x2 + 3x + 1
の積に分解される。

✿

M12(x) = (x + 1)12 + x12 + 1 は、多項式として自明な因子を持たない。定数倍の違いを無視すると、12次式 M12(x) 自身が(Muir 型の)ミリマノフ多項式 Ē12(x) だ。 M12(x) を最高次の項 2x12 の係数 2 で割って、 Ē12(x) をモニック形式(最高次の係数が 1)で扱うことにする。この Ē12 は「ミリマノフの回文6次式」二つの積 ε1(x) ε2(x) に等しいはずだが、この二つの6次因子は、具体的に求めたい。

原理的には ε1(x) ε2(x) を展開して発生する36項を整理し、結果の12次式を
  Ē12(x) = x12 + 6x11 + 33x10 + 110x9 + (495/2)x8 + ···
と係数比較すればいいのだが、これらの多項式は係数が回文的なので、先頭から真ん中までの係数が分かれば、情報としては十分。しかも未知数は τ1, τ2 の二つだけ。実質的に二つの方程式があれば足りる――全部の係数を細かく分析する必要はない。定数項を含めて13種類ある係数をそれぞれ比較して13種類の条件を得たとしても、実際の自由度は 2 なので、同じ内容の条件が、冗長に反復して現れるだけだろう。

12次式 ƒ(x) = ε1(x) ε2(x) の係数について。二つの6次式 ε1(x), ε2(x) はモニックなので、積 ƒ もモニック。 ƒ の11次の項は「6次の項 × 5次の項」または「5次の項 × 6次の項」としてしか生じないので、 x11 の係数が 1⋅3 + 3⋅1 = 6 であることも明白。この二つの係数は、既に Ē12 の対応する係数と一致して、数値的には、何の情報も与えてくれない(定性的に「係数の比較に矛盾が生じていない」ことの確認にはなる)。

ƒ の 10次の項は ε1 と ε2 の各項の積のうち、「6次 × 4次」「5次 × 5次」「4次 × 6次」のどれかとしてしか生じないので、 ƒ の10次の係数は:
  1⋅τ2 + 3⋅3 + τ1⋅1 = τ1 + τ2 + 9
これを上記 Ē12(x) の10次の係数と比較して:
  τ1 + τ2 + 9 = 33 つまり τ2 = 24 − τ1  ‥‥①

同様に ƒ の 9次の項は「6次 × 3次」「5次 × 4次」「4次 × 5次」「3次 × 6次」のどれかとして生じるので、
  1⋅(2τ2 − 5) + 3⋅τ2 + τ1⋅3 + (2τ1 − 5)⋅1 = 110
が成り立つが、これを整理しても①と同じ条件しか得られない。一方 ƒ の 8次の項の係数を考えると:
  1⋅τ2 + 3⋅(2τ2 − 5) + τ1⋅τ2 + (2τ1 − 5)⋅3 + τ1⋅1 = 495/2
  整理すると τ1τ2 + 7τ1 + 7τ2 − 30 = 495/2  ‥‥②
①を代入すると:
  ②の左辺 = τ1(24 − τ1) + 7τ1 + 7(24 − τ1) − 30
   = −(τ1)2 + 24τ1 + 138
これが②の右辺に等しいことから、次の2次方程式を得る:
  (τ1)2 − 24τ1 + 219/2 = 0  ‥‥③
  ∴ τ1 = 12 ± (69/2) = 12 ± (138)/2
従って①から:
  τ2 = 12 ∓ (138)/2

結局 Ē12(x) をミリマノフの回文的6次因子の積 ε1(x) ε2(x) に分解したとき、一方の ε は τ = 12 + (138)/2 に対応し、他方の ε は τ = 12 − (138)/2 に対応する。一般性を失うことなく τ1 > τ2 と仮定できる。すなわち τ1 = 12 + (138)/2, τ2 = 12 − (138)/2 とする。

τ = 12 ± (138)/2 のとき 2τ − 5 = 19 ± 138 であるから、具体的には、われわれの12次式は次のように分解される:
  2⋅Ē12(x) = (x + 1)12 + x12 + 1
   = 2x12 + 12x11 + 66x10 + 220x9 + 495x8 + 792x7 + 924x6 + 792x5 + 495x4 + 220x3 + 66x2 + 12x + 2
   = 2⋅ε1(x) ε2(x)
   = 2⋅[x6 + 3x5 + (12 + (138)/2)x4 + (19 + 138)x3 + (12 + (138)/2)x2 + 3x + 1]
   × [x6 + 3x5 + (12 − (138)/2)x4 + (19 − 138)x3 + (12 − (138)/2)x2 + 3x + 1]

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τ が与えられたとき、 A = 12(τ − 6) と置くと、 τ に対応する6次式 ε の主たる根 e の実部は、
  cos θ = −1/2 − [(3A)/12](3[(81 + A) + 9] − 3[(81 + A) − 9])
に等しい(定理17の系1)。

有理係数の12次式 Ē12 は、係数に2次の無理数 138 を添加した範囲において、上記のように二つの6次因子 ε1, ε2 に分解される。対応する τ の値は:
  τ1 = 12 + (138)/2 と τ2 = 12 − (138)/2

τ1 に対応する A の値は 72 + 6138 で、 81 + A の値は 153 + 6138。ゆえに定理17の系1から:
  cos θ1 = −1/2 − [3(72 + 6138)/12](3[(153 + 6138) + 9] − 3[(153 + 6138) − 9])
簡潔化のため 138 を W と略すと:
  cos θ1 = −1/2 − [3(72 + 6W)/12](3[(153 + 6W) + 9] − 3[(153 + 6W) − 9])
   = −0.9659258241…
  ∴ θ1 = 2.8797932574… = 164.9999995217…°
11π/12 = 165° に極めて近い。

τ2 に対応する A = 72 − 6138, 81 + A = 153 − 6138 を使うと:
  cos θ2 = −1/2 − [3(72 − 6W)/12](3[(153 − 6W) + 9] − 3[(153 − 6W) − 9])
   = −0.7093756204…
  ∴ θ2 = 2.3594082831… = 135.1841367750…°
9π/12 = 135° に極めて(というほどでもないが)近い。

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代わりに B = (4/3)(τ − 6) = (4/3)(6 ± (138)/2) = 8 ± (2138)/3 と 9 + B を使うと、こうなる。
  −1/2 − [3(8 ± 2W/3)/4](3[(17 ± 2W/3) + 3] − 3[(17 ± 2W/3) − 3])
τ の無理数部分の 4/3、つまり B の無理数部分の絶対値 (2138)/3 = 2(46/3) を ρ とすると:
  −1/2 − [3(8 ± ρ)/4](3[(17 ± ρ) + 3] − 3[(17 ± ρ) − 3])

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問題を少し一般化する。何らかの回文的12次式
  x12 + 6x11 + a2x10 + a3x9 + a4x8 + ··· + a4x4 + a3x3 + a2x2 + 6x + 1  (✽)
が与えられたとして(係数 a2, a3 などは既知の有理数とする)、それが二つのミリマノフ因子
  ε1(x) = x6 + 3x5 + τ1x4 + (2τ1 − 5)x3 + τ1x2 + 3x + 1
  ε2(x) = x6 + 3x5 + τ2x4 + (2τ2 − 5)x3 + τ2x2 + 3x + 1
の積から成る場合に、 τ1, τ2 を決定したい。

Ē12 の例と同様に、回文的12次式 ε1(x) ε2(x) の10次(および2次)の係数 τ1 + τ2 + 9 が(✽)の10次(および2次)の係数 a2 と一致することから(Ē12 の例の①式参照)、係数の比較によって、
  τ2 = a2 − 9 − τ1  ‥‥④
が成り立つ。さらに ε1(x) ε2(x) の8次(および4次)の係数 τ1τ2 + 7τ1 + 7τ2 − 30 が(✽)の8次(および4次)の係数 a4 と一致することから(Ē12 の例の②式参照)、
  τ1τ2 + 7τ1 + 7τ2 − 30 = a4
が成り立つ。④を代入して:
  τ1(a2 − 9 − τ1) + 7τ1 + 7(a2 − 9 − τ1) − 30 = a4
これを整理すると {τ1, τ2} は、次の2次方程式の解。
  t2 + (9 − a2)t + (93 − 7a2 + a4) = 0

〔例〕 Ē12(x) の場合(モニック表記)、 a2 = 33, a4 = 495/2 であるから、上の2次方程式は:
  t2 + (9 − 33)t + (93 − 7⋅33 + 495/2) = 0
  つまり t2 − 24t + 219/2 = 0
これは、前記③と一致する。

以上をまとめると、次の通り(整数 q での割り算は、多項式をモニックにするためのもの)。

定理18(ミリマノフ因子2個の積) モニック多項式
  Mn(x) = [(x + 1)n + (−x)n + (−1)n]/q
の非自明な因子を Ēn(x) とする(ただし n が奇数なら q = n で n が偶数なら q = 2)。もし Ēn が12次式なら、その2次(および10次)の係数、4次(および8次)の係数をそれぞれ a2, a4 とする Ēn は二つのミリマノフ因子
  εj(x) = x6 + 3x5 + τjx4 + (2τj − 5)x3 + τjx2 + 3x + 1
の積に分解される(j = 1, 2)。ここで τ1, τ2 は、次の2次方程式の解。
  t2 + (9 − a2)t + (93 − 7a2 + a4) = 0
すなわち:
  (1/2)(a2 − 9) ± (1/2)[a2(a2 + 10) − 4a4 − 291]

† 3次(および9次)の係数 a3 は 5a2 − 55 に等しい。

定理18の補足 n ≠ 7 を 6 以上の整数とする。Muir 型の整係数・非モニック Minimanoff 多項式
  [(x + 1)n + (−x)n + (−1)n]/[(x2 + x)n%2 (x2 + x + 1)−n%3]
の j 次の係数を bj とすると、定理18の aj は bj/b0 に等しい。

付記 Cauchy–Mirimanoff 多項式(n が偶数なら Muir 型とする)において、定理18の状況は n = 12, 14, 15, 16, 17, 19 の六つのケースでのみ起きる。その場合 τ1, τ2 は 6 より大きい2次の無理数。

〔参考〕 少なくとも n > 3 が素数の場合には、 τj たちが満たすべき条件をより簡潔に記述可能。 En が12次式の場合、 a2, a4 などの具体的な係数の情報がなくても、 τ1, τ2 を根とする2次式を構成できる。 Mirimanoff [1], p. 396, p. 393 参照。

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例えば n = 17 のとき、 Cauchy–Mirimanoff 多項式 Ē17(x) は整係数で、
  x12 + 6x11 + 26x10 + 75x9 + 156x8 + ···
という形を持つ。このとき、定理18の2次方程式は:
  t2 + (9 − 26)t + (93 − 7⋅26 + 156) = 0
  つまり t2 − 17t + 67 = 0
その解は:
  (17 ± 21)/2

従って Ē17 は、これらの解 τ1, τ2 に対応する二つの6次因子 ε に分解される。そのうち τ1 = (17 + 21)/2 ≈ 10.791 のケースに定理17の系1を適用すると、
  A = 12(τ1 − 6) = 12(17 + 21 − 12)/2 = 30 + 621
  81 + A = 111 + 621
であるから、主たる根の実部は:
  −1/2 − [3(30 + 621)/12](3[(111 + 621) + 9] − 3[(111 + 621) − 9]) = −0.9324722302…

この値は cos (15π/17) = −0.9324722294… に極めて近い。実際、主たる根の偏角は、
  π/17 × 15.0000000129…
に当たる。

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付録6 Ē11, Ē12, ··· , Ē17 および Ē19 の主たる根の実部

pn = (x + 1)n + (−x)n + (−1)n と置くと、任意の整数 n ≥ 2 に対して、再帰的関係 pn = pn−2⋅U + pn−3⋅C が成り立ち、 p0 = 3, p1 = 0, p2 = 2U を出発点に個々の pn を U = x2 + x + 1 と C = x2 + x についての整係数多項式で表すことができる(U, C はそれぞれ x についての整係数の2次式なので、 pn は究極的には x についての整係数多項式。このことは pn の定義からも直ちに明らか)。このことから、
  p8 = 2U4 + 8UC2, p9 = 9U3C + 3C3, p10 = 2U5 + 15U2C2
導かれる参考リンク1参考リンク2)。同様に続けると:
 p11 = (9U3C + 3C3)⋅U + (2U4 + 8UC2)⋅C
   = 11U4C + 11UC3 ‥‥⓵
 p12 = (2U5 + 15U2C2)⋅U + (9U3C + 3C3)⋅C
   = 2U6 + 24U3C2 + 3C4 ‥‥⓶
 p13 = (11U4C + 11UC3)⋅U + (2U5 + 15U2C2)⋅C
   = 13U5C + 26U2C3  ‥‥⓷
 p14 = (2U6 + 24U3C2 + 3C4)⋅U + (11U4C + 11UC3)⋅C
   = 2U7 + 35U4C2 + 14UC4  ‥‥⓸
 p15 = (13U5C + 26U2C3)⋅U + (2U6 + 24U3C2 + 3C4)⋅C
   = 15U6C + 50U3C3 + 3C5  ‥‥⓹
 p16 = (2U7 + 35U4C2 + 14UC4)⋅U + (13U5C + 26U2C3)⋅C
   = 2U8 + 48U5C2 + 40U2C4  ‥‥⓺
 p17 = (15U6C + 50U3C3 + 3C5)⋅U + (2U7 + 35U4C2 + 14UC4)⋅C
   = 17U7C + 85U4C3 + 17UC5  ‥‥⓻

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このうち⓵と⓷の、
  p11 = (x + 1)11 − x11 − 1 = 11UC(U3 + C2)
    = 11(x2 + x + 1)(x2 + x)[(x2 + x + 1)3 + (x2 + x)2]
  p13 = (x + 1)13 − x13 − 1 = 13U2C(U3 + 2C)
    = 13(x2 + x + 1)2(x2 + x)[(x2 + x + 1)3 + 2(x2 + x)2]
は、古典的な Cauchy の恒等式。その非自明な因子
  Ē11(x) = (x2 + x + 1)3 + (x2 + x)2 = x6 + 3x5 + 7x4 + 9x3 + 7x2 + 3x + 1
  Ē13(x) = (x2 + x + 1)3 + 2(x2 + x)2 = x6 + 3x5 + 8x4 + 11x3 + 8x2 + 3x + 1
は Mirimanoff の回文的6次因子であり、それぞれ τ = 7 と τ = 8 の場合。

Ē11 の主たる根の実部は、定理17の系1で A = 12(τ − 6) = 12 の場合だから:
  −1/2 − [(312)/12](3[(81 + 12) + 9] − 3[(81 + 12) − 9])
   = −1/2 − [(312)/12](3[93 + 9] − 3[93 − 9]) = −0.8411639019…
あるいは、同じことだが:
   = −1/2 − 3[(34)/12](3[31 + 27] − 3[31 − 27])
   = −1/2 − 2−4/3⋅3−1/2 (3[31 + 27] − 3[31 − 27])

Ē13 の主たる根の実部は、定理17の系1で A = 12(τ − 6) = 24 の場合だから:
  −1/2 − [(324)/12](3[(81 + 24) + 9] − 3[(81 + 24) − 9])
   = −1/2 − [(33)/6](3[105 + 9] − 3[105 − 9]) = −0.8854584985…
あるいは、同じことだが:
   = −1/2 − [(3)/6](3[35 + 27] − 3[35 − 27])
   = −1/2 − 2−1⋅3−1/2 (3[35 + 27] − 3[35 − 27])

✿

 (x + 1)12 の二項展開を基に、⓶が
  2Ē12(x) = 2x12 + 12x11 + 66x10 + 220x9 + 495x8 + ··· 
に等しいことを容易に確認できる。定理18を適用すると a2 = 33, a4 = 495/2 なので、 Ē12 の二つの Mirimanoff 因子の τ は:
  (1/2)(33 − 9) ± (1/2)[33(33 + 10) − 4(495/2) − 291] = 12 ± (1/2)138

A = 12(τ − 6) = 72 ± 6138 と置くと、 Ē12 の主たる根の実部は、定理17の系1から:
  −1/2 − [(3A)/12](3[(81 + A) + 9] − 3[(81 + A) − 9])
   = −1/2 − [3(72 ± 6138)/12]{3[(153 ± 6138) + 9] − 3[(153 ± 6138) − 9]}
   = −0.9659258241… or −0.7093756204…

〔注〕 これらの数値は
  cos (11π/12) = −(6 + 2)/4 = −0.9659258262…
  cos (9π/12) = cos (3π/4) = (−2)/2 = −0.7071067811…
に極めて近い。

あるいは、同じことだが:
  −1/2 − 2−5/3⋅3−2/3[3(12 ± 138)] × {···}
   = −1/2 − 2−3/2⋅3−1/2[3(24 ± 23)] × {···}
   = −1/2 − 2−3/2⋅3−1/3[3(24 ± 23)] {3[(51 ± 2138) + 27] − 3[(51 ± 2138) − 27]}

こう書くこともできる:
  −1/2 − [3(8 ± ρ)/4](3[(17 ± ρ) + 3] − 3[(17 ± ρ) − 3])
  ここで ρ = (2138)/3 = 23/2⋅3−1/2⋅231/2

 ⓸の n = 14 の場合。 2Ē14(x) = 2U6 + 35U3C2 + 14C4 は、
  2x12 + 12x11 + 77x10 + 275x9 + 649x8 + 1078x7 + 1276x6 + 1078x5 + ···
なので、 a2 = 77/2, a4 = 649/2。定理18から:
  τ = (1/2)(77/2 − 9) ± (1/2)[77/2⋅(77/2 + 10) − 4(649/2) − 291]
   = 59/4 ± (1/2)(1113/4) = 59/4 ± (1113)/4

定理17の系1から、
  A = 12(τ − 6) = 12(35/4 ± (1113)/4) = 105 ± 31113
を使って、 Ē14 の主たる根の実部は:
  −1/2 − [3(105 ± 31113)/12]{3[(186 ± 31113) + 9] − 3[(186 ± 31113) − 9]}
   = −0.974927912194493… or −0.7816967751…

〔注〕 これらの数値は
  cos (13π/14) = −cos (π/14) = −0.974927912181823…
  cos (11π/14) = −cos (3π/14) = −0.7818314824…
に極めて近い。

あるいは、同じことだが:
  −1/2 − 3[3(35 ± 1113)/12]{3[(62 ± 1113) + 27] − 3[(62 ± 1113) − 27]}
   = −1/2 − 2−2⋅3−1/23(35 ± 1113) {···}
   = −1/2 − 2−2⋅3−1/2⋅71/63(175 ± 159) {···}

 ⓹の n = 15 の場合。 15Ē15(x) = 15U6 + 50U3C2 + 3C4は、
  15x12 + 90x11 + 365x10 + 1000x9 + 2003x8 + 3002x7 + 3433x6 + 3002x5 + ···
なので、 a2 = 365/15 = 73/3, a4 = 2003/15。定理18から:
  τ = (1/2)(73/3 − 9) ± (1/2)[73/3⋅(73/3 + 10) − 4(2003/15) − 291]
   = (1/2)46/3 ± (1/2)(464/45) = 23/3 ± (1/2)(4/3)(29/5) = 23/3 ± (2/3)(29/5)

定理17の系1から、
  A = 12(τ − 6) = 12(5/3 ± (2/3)(29/5)) = 20 ± 8(29/5)
を使って、 Ē15 の主たる根の実部は:
  1/2 − [3(20 ± 829/5)/12] {3[(101 ± 829/5) + 9] − 3[(101 ± 829/5) − 9]}
   = −0.9135454055… or −0.6712614808…

〔注〕 これらの数値は cos (13π/15) = −cos (2π/15) と cos (11π/15) = −cos (4π/15) に極めて近い。円周15等分点の横座標から:
  cos 24° = (1/8)(1 + 5 + (30 − 65)) = 0.9135454576…
  cos 48° = (1/8)(1 − 5 + (30 + 65)) = 0.6691306063…

あるいは、同じことだが:
  1/2 − 2−4/3⋅3−1[3(5 ± 229/5)] {3[(101 ± 829/5) + 9] − 3[(101 ± 829/5) − 9]}
   = 1/2 − 2−4/3⋅3−1⋅5−1/3[3(55 ± 229)] {3[(505 ± 8145) + 95] − 3[(505 ± 8145) − 95]}
   = 1/2 − [3(5005 ± 20029)/60] {3[(505 ± 8145) + 95] − 3[(505 ± 8145) − 95]}

† 以下の一つ目の式に因子 5−1/3 を追加すると同時に、一つ目の式の × の前と { } 内をそれぞれ 3(5) 倍(つまり 51/6 倍)したものが、二つ目の式。三つ目の式への変形は、 2−4/3⋅3−1⋅5−1/3 = (3100)/60 に基づく。

✿

 ⓺の p16 = 2U2(U6 + 24U3C2 + 20C4) について。

Ē16(x) = U6 + 24U3C2 + 20C4 は、
  x12 + 6x11 + 45x10 + 170x9 + 422x8 + 734x7 + 885x6 + 734x5 + ···
なので、 a2 = 45, a4 = 422。定理18から τ = 18 ± 231。 ρ = 31 と置くと τ − 6 = 12 ± 2ρ, 4(τ − 6) + 27 = 75 ± 8ρ。定理17の系1から、主たる根の実部は:
  −1/2 − 2−4/3⋅3−1/23(12 ± 2ρ) (3[(75 ± 8ρ) + 27] − 3[(75 ± 8ρ) − 27])
   = −1/2 − 2−1⋅3−1/23(6 ± ρ) (3[(75 ± 8ρ) + 27] − 3[(75 ± 8ρ) − 27])
   = −1/2 − [(3)/6]3(6 ± ρ) (3[(75 ± 8ρ) + 27] − 3[(75 ± 8ρ) − 27])

もしくは A = 12(τ − 6) = 144 ± 24ρ を使って:
  −1/2 − [(3(144 ± 24ρ))/12](3[(225 ± 24ρ) + 9] − 3[(225 ± 24ρ) − 9])
   = −1/2 − [(3(18 ± 3ρ))/6](3[(225 ± 24ρ) + 9] − 3[(225 ± 24ρ) − 9])

あるいは、同じことだが ρ′ = 31/3 と置くと:
  −1/2 − [(3(2 ± ρ′))/2](3[(25 ± 8ρ′) + 3] − 3[(25 ± 8ρ′) − 3])
   = −0.980785280403172… or −0.8314753954…

これらの数値は、
  cos (15π/16) = −(1/2)[2 + (2 + 2)] = −0.980785280403230…
  cos (13π/16) = −(1/2)[2 + (2 − 2)] = −0.8314696123…
に極めて近い。

 ⓻の p17 = 17U7C + 85U4C3 + 17UC5 = 17UC(U6 + 5U3C2 + C4) について。

Ē17(x) = U6 + 5U3C2 + C4 は、
  x12 + 6x11 + 26x10 + 75x9 + 156x8 + 240x7 + 277x6 + 240x5 + ···
なので、 a2 = 26, a4 = 156。定理18から τ = (17 ± 21)/2。 ρ = 21 と置くと、定理17の系1から、主たる根の実部は、
  −1/2 − [(3(30 ± 6ρ))/12] (3[(111 ± 6ρ) + 9] − 3[(111 ± 6ρ) − 9])
に等しい(本文参照)。

あるいは、同じことだが ⑷ と同様に:
  −1/2 − 2−4/3⋅3−1/23[(5 ± ρ)/2] (3[(37 ± 2ρ) + 27] − 3[(37 ± 2ρ) − 27])
   = −1/2 − 2−5/3⋅3−1/23(5 ± ρ) (3[(37 ± 2ρ) + 27] − 3[(37 ± 2ρ) − 27])
   = −1/2 − [(33(10 ± 2ρ))/12] (3[(37 ± 2ρ) + 27] − 3[(37 ± 2ρ) − 27])
   = −0.9324722302… or −0.7388502864…

これらは、
  cos (15π/17) = −0.9324722294… と cos (13π/17) = −0.7390089172…
に極めて近い。

 p19 = (17U7C + 85U4C3 + 17UC5)⋅U + (2U8 + 48U5C2 + 40U2C4)⋅C
   = 19U8C + 133U5C3 + 57U2C5 = 19U2C(U6 + 7U3C2 + 3C4) について。

Ē19(x) = U6 + 7U3C2 + 3C4 は、
  x12 + 6x11 + 28x10 + 85x9 + 184x8 + 292x7 + 341x6 + 292x5 + ···
なので、 a2 = 28, a4 = 184。 ⑸ と同様にして主たる根の実部は、 ρ = 37 と置くと:
  −1/2 − [(3(42 ± 6ρ))/12] (3[(123 ± 6ρ) + 9] − 3[(123 ± 6ρ) − 9])
あるいは、同じことだが:
  −1/2 − [(33(14 ± 2ρ))/12] (3[(41 ± 2ρ) + 27] − 3[(41 ± 2ρ) − 27])
   = −0.945817241689041… or −0.7891493627…

これらは、
  cos (17π/19) = −0.945817241700634… と cos (15π/19) = −0.7891405093…
に極めて近い。

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2025-07-26 なぜ −1/2 に等しいのか? 幾何学的には小学生の算数だが…

#遊びの数論 #コーシーの恒等式 #ミリマノフ多項式 # #

画像1(画像の説明は本文参照)

画像は、原点 O を中心とする半径 1 の円(オレンジ)。点 (1, 0) を A として、円周上の任意の点 X を考える(ただし ∠AOX は 120° より大きく 180° より小さいとしよう)。点 Q (−1/2, 0) を通り縦軸と平行な直線を e として、 e を軸に X と対称の位置にある点を Y とする。このとき半直線 OY と直線 e の交点を P とすると、 OP の長さと OY の長さは、互いに逆数(OP = h なら OY = 1/h)。

ただそれだけのことが、妙に印象的に感じられたんです…。もともとの問題は、次の通り。 t を何らかの定数(実際には 6 より大きい)として、
  E(x) = x6 + 3x5 + tx4 + (2t − 5)x3 + tx2 + 3x + 1 = 0
を満たす x を求めると、解の中に絶対値 1 で虚部が正のものがある。それを x1 = u + vi としよう(こいつが画像の点 X に当たる)。 x2 = u − vi も同じ方程式 E(x) = 0 の解。 x3 = −x1 − 1 = −u − 1 − vi と x4 = −x2 − 1 = −u − 1 + vi も解(x4 が Y に当たる)。 x5 = 1/x3 と x6 = 1/x4 も解(x5 が P に当たる)。このとき x3 ないし x4 の絶対値(OY の長さに当たる)と x5 ないし x6 の絶対値(OP の長さに当たる)が逆数になるのは当然だが、 x5, x6 は必ず実部が −1/2 に等しい(符号を無視して OQ の長さ = 1/2 に当たる)。

計算上、確かにそうなることを(多少トリッキーな方法で)証明できるものの、この六つの解たちは、ややこしい複素数なのに、なぜ x5, x6 の実部は −1/2 というきっちりした数になるのだろうか。ベルヌーイ関連なんかでも時々あることだし、本質的には簡単なことなんだろうけど、感覚的にどうもすっきり見通せないというか…

とりあえず幾何学的証明を試みる。

✿

半径 1 の円が横軸と交わる二つの点 (1, 0), (−1, 0) をそれぞれ A, B とする。上述のように点 X, Y を選択し、直線 XY と円の交点(X 自身でないもの)を C としよう。直線 XY と 縦軸の交点を Z とする。点 (−1/2, 0) と点 (1/2, 0) を通り縦軸に平行な直線をそれぞれ e, f として、 e, f と直線 XY の交点をそれぞれ E, F とする。

画像1(再掲)

OA は円の半径だから長さ 1。 EF も(E, F の横座標は、それぞれ −1/2 と +1/2 だから)長さ 1。 YC (青)も長さ 1。

〔理由〕 X, Y は直線 e から等距離にあるから EX = EY。一方、 E と F も、 X と C も、それぞれ縦軸(直線 OZ)から等距離にあるので(E, X は第2象限、 F, C は第1象限)、 EX = FC。よって EY (= EX) と FC (= EX) は等しい。従って:
  1 = EF = EY + YF = FC + YF = YC

さて、 C から横軸に下ろした垂線の足を D とすると、 △ACD (黄色)と △YOZ (水色)は合同な直角三角形。

〔注〕 なぜなら、△ACD と △YOZ は、それぞれ ∠D = ∠Z = 90° で CD = OZ。しかも CZ = OD なので、 DA = OA − OD = 1 − OD は、 ZY = CY − CZ = 1 − CZ に等しい(上記のように CY = YC = 1)。

緑の直角三角形 △ABC とピンクの直角三角形 △OPQ は相似なので(下記「補足」参照)、どちらの三角形でも、斜辺(一番長い辺)と一番短い辺の比は同じ。つまり、
  OP∶OQ = AB∶AC
  すなわち OP∶1/2 = 2∶AC
という関係になっている(AB = 2 は半径 1 の円の直径)。従って、
  OP × AC = 1/2 × 2 = 1
が成り立ち、 OP の長さと AC の長さは互いに逆数(積が 1)。ところが △ACD ≡ △YOZ なので、対応する辺 AC と YO = OY は長さが同じ。よって「OP と AC は長さが逆数」という上記の事実は、「OP と OY は長さが逆数」という意味でもある。∎

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画像1(再掲)

補足 緑の直角三角形 △ABC とピンクの直角三角形 △OPQ が相似であること。

緑の三角形の ∠C は直角(小学生の算数)。ピンクの三角形の ∠Q も、作図の意味から直角。

しかも、緑の三角形の ∠A = ∠CAB = ∠DAC とピンクの三角形の ∠O = ∠QOP も等しい。その理由は次の通り。

∠QOZ は直角なので ∠QOP = 90° − ∠YOZ であるが、青い直角三角形 △YOZ に着目すると、
  90° − ∠YOZ = ∠ZYO
でもある。しかも △YOZ ≡ △ACD なので、 ∠ZYO = ∠DAC だ。要するに:
  ∠DAC = ∠ZYO = 90° − ∠YOZ = ∠QOP

結局、緑の三角形とピンクの三角形は、どちらも一つの角(∠C = ∠Q)が直角で、直角以外のそれぞれの二つの角のうち、 ∠A と ∠O が等しい。必然的に、対応するもう一つの角も等しい(∠B = ∠P)。ゆえに、これら二つの三角形は相似。∎

✿

幾何学的には本当に「小学生の問題」なのだが、代数的な証明(定理11)は、どうもあまり見通しがいいとは言えず、大いに改善の余地がありそうだ。「コーシー/ミリマノフ多項式(その21)」参照。

✿ ✿ ✿


2025-07-30 だから −1/2 なのだ! 絶対運命黙示録

#遊びの数論 #コーシーの恒等式 #ミリマノフ多項式 # #

画像2(画像の説明は本文参照)

やっと透明な観点が得られた…。分かってみると、簡単なことだった。

疑問だったこと: 9 以上の奇数 n が与えられたとする。 (x + 1)n − xn − 1 = 0 を満たす x ――ただし 1 の立方根と 0, −1 を除く――の個数は 6 の倍数。6個につき二つずつ、実部がちょうど −1/2 の解があるが、なぜか。より一般的に n ≥ 2 を任意の整数として Mn(x) = (x + 1)n + (−x)n + (−1)n の根を考えると、同じことがいえるが、なぜか?

複数の証明を得ていたものの、感覚的にすっきりせず、核心を見通せなかった。

x = w を、条件を満たす Mn(x) の根(つまり、ある六つ組に属する任意の一つの根)とすると、 w′ = −w − 1 も同じ六つ組の根の一つ(定理2)。言い換えると、どの六つ組においても、そこに属する任意の根 w から見て w + 1 は、別の根 w′ の −1 倍に等しい(逆に w′ から見れば w′ + 1 は w の −1 倍)。この相互関係にある二つの根 w, w′ は、虚部の絶対値が等しく、一方の虚部は他方の虚部の −1 倍だ。実際、 w = u + vi とすれば、 w′ = (−u − 1) − vi。

根の六つ組 xj の中には(j = 1, 2, ··· , 6)、互いに共役かつ互いに逆数のペアがある(定理8)。一般性を失うことなく x1, x2 をそのようなペアだと仮定できる。 x3 = −x1 − 1, x4 = −x2 − 1 とすると、
  {x1, x3} と {x2, x4}
は、それぞれ上記 w と w′ の関係のペア。必然的に、残りの二つの根 {x5, x6} も w と w′ の関係のペア。

x1, x2 は互いに逆数なので(そして x3, x4 はいずれも絶対値 1 未満であり、互いに逆数ではあり得ないので)、六つ組の性質(定理8)から、 {x5, x6} の一方が x3 の逆数、他方が x4 の逆数。一般性を失うことなく、 x5 が x3 の逆数で x6 が x4 の逆数と仮定できる。 x4 の偏角を η とすると x3 の偏角は −η だが、 x6 は x4 の逆数だから x6 の偏角も −η であり、同様に x5 の偏角は η。すなわち x5 の偏角と x6 の偏角は互いに −1 倍であり、 x5 と x6偏角の絶対値が等しい

今、矛盾を導くため w = x5 の実部(−1/2 + d とする)が −1/2 でないと仮定する(この仮定上では d ≠ 0)。すると w′ = x6 の実部 −w − 1 = (1/2 − d) − 1 = −1/2 − d と、 x5 の実部 −1/2 + d は、異なる。しかるに x5 と x6 は(w と w′ の関係から)虚部の絶対値が等しいので、もしも x5 と x6 の実部が異なるとしたら、 x5 と x6偏角の絶対値が等しくない。これは上記の事実と矛盾するから、「x5 の実部が −1/2 でない」という仮定は不合理。ゆえに実際には d = 0 であり、 x5, x6 は、どちらも実部 −1/2。∎

〔追記〕 「コーシー/ミリマノフ多項式(その21)」も参照。

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「絶対運命黙示録」という昔のアニソンの歌詞では、「もくし」(黙示)という3文字が、可能な全てのパターンで並び替えられる(自分自身を含めて、ちょうど 3! = 6 通り):
  もくし くしも
  しもく くもし
  もしく しくも

最初の行の「もくし→くしも」ような変換は、全部の文字を左に一つずつずらす(左端の文字は右端に移動させる)もので、この変換を 3 回繰り返すと、初期状態に戻ることは明らかだろう。
  もくし → くしも → しもく → もくし
仮にこのタイプの 1 回の変換を A で表し、何もしない変換を I で表すなら A3 = I というわけだ。

w が Mn の根(1 の立方根と 0, −1 を除く。以下同じ)なら、 −1 − 1/w も根――この性質によって、一つの根 w は別の根 −1 − 1/w に対応するのだが、この対応を仮に
  α(X) = −1 − 1/X
と表現すると、写像 α は「もくし→くしも」タイプの変換 A と同じ性質を持つ。「もくし」の代わりに複素数 w から出発すると、「もくし→くしも」に当たる1回目の変換は:
  α(w) = −1 − 1/w
この変換結果 −1 − 1/w が「くしも」に当たる。「くしも→しもく」に当たる2回目の(再)変換は:
  α2(w) = α(α(w)) = α(−1 − 1/w)
   = −1 − 1/(−1 − 1/w) = −1 + 1/(1 + 1/w)
   = −1 + w/(w + 1)  ← 分子・分母を w 倍
   = −(w + 1)/(w + 1) + w/(w + 1) = −1/(w + 1)  ‥‥(❖)
そして「しもく→もくし」に当たる3回目の(再々)変換で、初期状態に戻る:
  α3(w) = α(α2(w)) = α(−1/(w + 1)) = −1 − 1/[−1/(w + 1)]
   = −1 + 1/[1/(w + 1)] = −1 + (w + 1) = w  ← 1/(w + 1) の逆数は (w + 1)
ちゃんと出発点の w に戻った!

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「もくし→もしく」のような変換――1文字目を動かさずに、2文字目と3文字目だけを入れ替える――を仮に B とすると、「もくし」の 6 パターンの置換のそれぞれは、
  何もしない I 変換、もしくは
  A 変換、 B 変換、または A 変換と B 変換の組み合わせ
によって、表現可能。実際:
  I(もくし) = もくし
  A(もくし) = くしも
  A2(もくし) = A(くしも) = しもく
  B(もくし) = もしく
  B(A(もくし)) = B(くしも) = くもし
  B(A2(もくし)) = B(しもく) = しくも
これら6種類の変換(恒等変換 I を含めてカウントする。以下同じ)のうち、「3文字のうち1文字を動かさず、二つの文字だけを入れ替える」タイプの変換、すなわち
  B() あるいは B(A()) あるいは B(A2())
については、もし同じ処理を2回繰り返せば、何もしないのと同じこと(1文字は固定されていて、残りの2文字のスワップを2回行えば、結局、元に戻るので)。

同様に Mn の根 w を別の根 1/w に対応させる処理を β(w) = 1/w とすると、 w と同系列の根の六つ組の一つ一つは、どれも、
  w そのもの、もしくは w に対して
  α または β または両者の組み合わせを施したもの
によって表現可能。実際:
  I(w) = w
  α(w) = −1 − 1/w = −w/w1/w = (−w − 1)/w = (w + 1)/w
  α2(w) = −1/(w + 1)  ← 前記(❖)参照
  β(w) = 1/w
  β(α(w)) = β((w + 1)/w) = w/(w + 1)  ← 入力の逆数(分子と分母を入れ替え)
  β(α2(w)) = β(−1/(w + 1)) = −(w + 1/1 = −w − 1
この場合も、逆数を返す β() を2回適用すれば、逆数の逆数でもちろん元に戻るし、最後の
  β(α2(X)) = −X − 1  ‥‥①
を2回適用した場合も、 −1 倍して 1 を引くのだから、
  β(α2(−w − 1)) = −(−w − 1) − 1 = (w + 1) − 1 = w
となって元に戻る(①で X = β(α2(w)) = −w − 1 と置いた)。同じことは、
  β(α(X)) = X/(X + 1) = −X/(X + 1)
にも当てはまる。実際 X = β(α(w)) = −w/(w + 1) と置くと:
  β(α(X)) = X/(X + 1) = [−w/(w + 1)]/[−w/(w + 1) + 1] = w/(w + 1)/[−w/(w + 1) + 1]  ‥‥②
②の分子は
  w/(w + 1)
で、②の分母は
  −w/(w + 1) + 1 = −w/(w + 1) + (w + 1)/(w + 1) = 1/(w + 1)
なので:
  ② = w/(w + 1) ÷ 1/(w + 1) = w/(w + 1) × (w + 1)/1 = w

✿

このように、「3文字を並び替える計 6 パターンの置換の集合」と「ここで考えている根の六つ組の集合」は、よく似た構造を持っているようだ。どちらも、
  I, A, B ないし I, α, β
の組み合わせで表現可能で、
  I(), A(), A2(), B(), B(A()), B(A2())
の六つの「関数」(ないし A, B をそれぞれ α, β で置き換えた六つの「関数」)から成る。のみならず、変換 A は 3 回反復すると何もしないのと同じことになる:
  A3 = I
同様に A2 も、3 回反復すると、元に戻る:
  (A2)3 = A6 = (A3)2 = I2 = I
α と α2 についても全く同様。

〔注〕 左に 1 文字ずつずらす変換 A を 2 回繰り返すと「もくし → くしも → しもく」のように、もともとの「もく」を右に 1 文字ずつずらしたのと同じ結果になる(右端の文字は左端へ: もく)。よって A2 は A と逆回りだが、どちらも「3 文字を1 文字ずつ円環的にずらす操作」。どっちの操作も、 3 回繰り返せば、最初の状態に戻る: A3 = I かつ (A2)3 = I。――上記のように (A2)3 は I2 に等しいので、単純に「何もしない操作 I を 2 回繰り返すことは、やはり何もしないこと I と同じ。ゆえに (A2)3 = I」と考えてもいい。

最後に、変換 B(), B(A()), B(A2()) は、それぞれ 2 回繰り返すと、何もしないのと同じことになる。 β() と β(α()) と β(α2()) についても全く同様。

✿

「もくし」うんぬんの文字列には、(説明のための具体例という以外には)意味がない――任意の3文字、あるいは任意の3要素の並び替えについて、同じ構造が現れる。そして x6 + 3x5 + tx4 + (2t − 5)x3 + tx2 + 3x + 1 の形の「ミリマノフの回文6次式」の六つの根の間にも、本質的に同じ抽象的構造が存在する!

すなわち、それぞれの 6 種の変換(写像)の一つ一つを「集合の元」と考えた場合、それらの集合(六つの元から成る)は、「写像の合成」という演算に関して群を成す。のみならず、3文字の置換が成す群と、六つの根が成す群は、(一見、無関係の話題のようだが)本質的に同じ構造を持つ。

✿ ✿ ✿


2025-08-01 「アイウ→イウア」と「アイウ→アウイ」 対称群 S3

#遊びの数論 #コーシーの恒等式 #ミリマノフ多項式 #群論

3文字の文字列(例えばアイウ)について、「2文字目から始めて最初の文字は末尾に置く」こと(イウア)と、「1文字目はそのままにして2文字目と3文字目だけを入れ替える」こと(アウイ)。この二つを組み合わせるだけで、全6種の置換(イウ、ウイ。アウ、ウア。アイ、イア)を表現できる。この種の構造は意外と奥が深く、さまざまな分野に応用される。

〔注〕 まるで無関係のようだが、
  (x + 1)11 − x11 − 1 = x(x + 1)(x2 + x + 1)(x6 + 3x5 + 7x4 + 9x3 + 7x2 + 3x + 1)
のようなコーシーの多項式の研究にも役立つ。

前回は3文字の例を「もくし、くしも…」としたが、今回は普通に「アイウ、イウア…」を例とする。

✿

三つの異なる要素の並べ方は 3 × 2 × 1 = 6 種類ある。
  アイウ, アウイ; イアウ, イウア; ウアイ, ウイア
「アイウ」を出発点として「旧3文字目を2文字目に、旧2文字目を1文字目に、旧1文字目を3文字目に」という「1文字ずらし」の循環的な変換 A を行うと:
  A(アイウ) = イウア
もう一度やると:
  A(A(アイウ)) = A(イウア) = ウアイ
ちなみにもう一度やると、
  A(A(A(アイウ))) = A(ウアイ) = アイウ
となって元に戻る。

この方法で、もともとの「ア」から始まるアイウの他に、「イ」から始まるイウアや「ウ」から始まるウアイも作れるのだから、後は必要に応じて「2文字目と3文字目を入れ替える」変換 B を併用すれば、6パターンのどれでも作れる。――もっとも「アイウ」が与えられたとして、何も入れ替えないで「アイウ」をそのまま使うってのも有効なオプション(6パターンの一つ)だから、「何もしない」変換 I も定義しておこう:
  I(アイウ) = アイウ

上記のように、1文字ずらす変換 A を3回反復すると元の状態が回復し、何もしなかったのと同じことになる。 AAA = I というか A(A(A())) = I() というわけだ(A3 と略記してもいいだろう)。

✿

観察1 アイウを出発点として、6パターンの置換を得るには、次のようにすればいい。
  • 変換結果を「ア」から始まる文字列にしたい場合
    アイウそのままが欲しければ I() 変換。その末尾2文字を入れ替えてアウイにしたければ B() 変換★
  • 変換結果を「イ」から始まる文字列にしたい場合
    イウアが欲しければ A() 変換。その末尾2文字を入れ替えてイアウにしたければ B(A()) 変換★
  • 変換結果を「ウ」から始まる文字列にしたい場合
    ウアイが欲しければ A(A()) 変換。その末尾2文字を入れ替えてウイアにしたければ B(A(A())) 変換★

言葉で書くとちょっと長くなるが、まぁ、当たり前の内容かと。

★印の三つについて。 B() は1文字目(ア)を固定した末尾2文字の入れ替えだが、 B(A()) は3文字目(ウ)を固定した冒頭2文字の入れ替え、 B(A(A())) は中央の文字(イ)を固定した両端2文字の入れ替え。

〔注〕 そうなる理由。 A() では旧3文字目(ウ)が2文字目になるので、続けて B() を行えばウが3文字目に戻る。 A(A()) では旧2文字目(イ)が3文字目になるので、 B() を行えればイが2文字目に戻る。

「ある1文字を固定したまま2文字を入れ替える」ような同じ変換――例えば XYZ → YXZ ――2回連続して行えば、1回目で XY が逆転して YX になり、2回目でその YX が再逆転して XY になるので、結局、元に戻る(何もしないことと同じになる)。つまり★印の変換、
  B() あるいは B(A()) あるいは B(A(A()))
に関しては、同じ変換を2回反復すれば I() になる。

✿

B(A()) とか B(A(A())) のような表記はゴチャゴチャして不便なので、簡潔に、
  AB とか AAB
のような表記を使うことにしたい。ここで AB は、「まず A をやって次に B をやる」という意味。 AAB は「まず A をやって、次にもう一度 A をやって、最後に B をやる」という意味。

〔AB の例〕 アイウにまず A をやるとイウア、次に B をやるとイアウ。これは B(A(アイウ)) と同じだが、記号 B(A()) の場合、変換の適用順序が内側から外側(右側から左側)に進む。記号 AB の場合、適用順序はシンプルに左から右。

〔AAB の例〕 アイウにまず A をやるとイウア、もう一度 A をやるとウアイ、最後に B をやるとウイア。これは B(A(A(アイウ))) と同じ。

要するに:

観察2 A は、3回繰り返すと I になる:
  A3 = I
 B あるいは AB あるいは AAB = A2B は、どれも、それぞれ2回繰り返すと I になる:
  B2 = I, (AB)2 = I, (A2B)2 = I

✿

AB は B(A()) と同じ意味で、 BA は A(B()) と同じ意味だが、 AB と BA は同じでないことに注意。実際、もしアイウにまず B をやるとアウイになり、そのアウイに A を適用すると ウイア になる。これは、アイウに AB を適用した結果のイアウ(上の例参照)と同じではない!

同様に (AB)2 = (AB)(AB) は (AA)(BB) = A2B2 と同じとは限らない(事実、同じでない)。

〔参考〕 6パターンの並び替えの一つ一つを元とすると、「3文字の並び替え」は群となる(並び替えの合成が群の演算)。この群(記号 S3 などで表される)は、可換群ではない。可換でない例は、他にもいろいろあるけど(行列の掛け算とか、四元数の掛け算とか)、「3文字の並び替え」は処理の内容が具体的だし、元の数がたったの六つなので、「非可換群としては、比較的分かりやすい例」といえる(元の数が有限なので、一つ一つ直接確かめることもできる)。

✿

観察1で見たように、6種類の並び替えは、 I, A, AA, B, AB, AAB で表現可能。アイウの並び替えは6種類しかなく、並び替えたものをもう一度並び替えても、その6種類のどれかになるのだから、
  {I, A, AA, B, AB, AAB}
が、「並び替えの合成」(=並び替えたものを再び並び替えること)に関して閉じている。例えば「アイウ」を何度並び替えても、結果の文字列は「ア」「イ」「ウ」をちょうど一つずつ含み、「ウアア」や「ウアウイ」や「ウマイ」にならないことは明らかだろう。

〔補足〕 あり得ない変換結果の例。
×「ウアア」 「アイウ」を並び替えただけなので「ア」が2個に増えたり「イ」が消えたりはしない。
×「ウアウイ」 3文字を並び替えた結果はもちろん3文字。文字数が増えたり減ったりはしない。
×「アオイ」 並び替えただけなので、もともとなかった文字が入り込むこともない!

1回目の並び替えに続けて、もう一度並び替えを行ったとき、二つの並び替えを「合成」した最終結果は、具体的にはどうなるか?

最も簡単なケースとして、何もしない I と合成する場合、 I が前でも後ろでも、 I は結果に影響しない。 x が上記六つの元のどれだとしても Ix = x だし xI = x だ。 A と A の合成が AA であること、 A と B の合成が AB であること、 AA と B の合成が AAB であることも、明白。さらに、 A を3回やれば(A と AA の合成であれ AA と A の合成であれ)何もしないのと同じ状態 I に戻る(観察2参照)。同様に、観察2から、
  BB = I そして (AB)(AB) = I そして (AAB)(AAB) = I
だ。以上の「分かり切った部分」を「掛け算表」に書き込むと(まだ分からない部分は空欄にしておく)…

【表1】 S3 の「掛け算表」(作りかけ)
↓先 IAAA BABAAB
I IAAA BABAAB
A AAAI ABAAB?①
AA AAI?② AAB?③?④
B B I
AB AB I
AAB AAB I

このうち、上半分にある四つの ? については、「結合法則」を使うと機械的に判断できる。結合法則(結合律)ってのは、
  (XY)Z = X(YZ)
のように、「順序を変更しない限り、どこから計算してもいいよ」という法則。「順序をひっくり返してもいいよ」という交換法則(可換律)、
  XY = YX
とは意味が違うので、混同注意――「3文字の並び替えを表す写像」の合成に関しては、既に見たように交換法則は成り立たない。他方において、「写像の合成」では、結合法則が成り立つ理由)。よって一つ目の ? は、こうなる。
  ?① = A(AAB) = (AAA)B = IB = B  なぜなら AAA = I
同様に二つ目・三つ目・四つ目の ? は、それぞれ:
  ?② = (AA)(AA) = (AAA)A = IA = A
  ?③ = (AA)(AB) = (AAA)B = IB = B
  ?④ = (AA)(AAB) = (AAA)AB = IAB = AB

さっそくこれらのデータを表に記入すると…

【表2】 S3 の「掛け算表」(半分完成)
↓先 IAAA BABAAB
I IAAA BABAAB
A AAAI ABAABB
AA AAIA AABBAB
B B I
AB AB I
AAB AAB I

下半分の⑤の欄には BA の合成結果だ入るのだが…。 B はアイウをアウイにし、それに A を適用すればアウイはウイアになる。観察1と見比べると、これは (AA)B と同じこと。

⑤ AB = AB だが BA = (AA)B である。

何とも不思議な計算規則だっ! まぁ、でも、交換法則が破れてるんで、「AB に対する BA のように、順序をひっくり返すと予期せぬことが起きるかも」っていう心の準備はできている。同様に B(AA) について。 B はアイウをアウイにし、それに AA を適用すればイアウになる。観察1から、これは AB に等しい。

⑥ (AA)B = (AA)B だが B(AA) = AB である。

「掛け算表」の B の段の空欄(結果未記入の欄)を検討すると…
  ⑤ BA = (AA)B = AAB  (上記)
  ⑥ B(AA) = AB  (上記)
  ⑦ B(AB) = (BA)B = (AAB)B  (⑤より)
    = (AA)(BB) = (AA)I = AA
  ⑧ B(AAB) = (BAA)B = (AB)B  (⑥より)
    = A(BB) = AI = A

【表3】 S3 の「掛け算表」(3分の2ほど完成)
↓先 IAAA BABAAB
I IAAA BABAAB
A AAAI ABAABB
AA AAIA AABBAB
B BAABAB IAAA
AB AB I
AAB AAB I

こんな調子で AB の段の四つの空欄も、サクサク埋まる:
  ㋕ (AB)A = A(BA) =⑤より A(AAB) = (AAA)B = IB = B
  ㋖ (AB)(AA) = A(BAA) =⑥より A(AB) = AAB
  ㋗ (AB)B = A(BB) = AI = A
  ㋘ (AB)(AAB) = (AB)A(AB) =㋕より B(AB) =⑦より AA

最後に AAB の段の四つの空欄を。
  ㋚ (AAB)A = (AA)(BA) =⑤より (AA)(AAB) = (AAA)(AB) = I(AB) = AB
  ㋛ (AAB)(AA) = ((AAB)A)A =㋚より (AB)A =㋕より B
  ㋜ (AAB)B = (AA)(BB) = (AA)I = AA
  ㋝ (AAB)(AB) = ((AAB)A)B =㋚より (AB)B = A(BB) = AI = A

【表4】 S3 の「掛け算表」(めでたく完成)
↓先 IAAA BABAAB
I IAAA BABAAB
A AAAI ABAABB
AA AAIA AABBAB
B BAABAB IAAA
AB ABBAAB AIAA
AAB AABABB AAAI

A, B などの記号の意味は次の通り。3文字から成る文字列について…
  I = 何もしない 例: もくし → もくし
  A = 左に1文字ずつずらす(左端の文字は右端へ) 例: もくし → くしも
  AA = 右に1文字ずつずらす(右端の文字は左端へ) 例: もくし → しもく
  B = 最初の文字を固定して末尾の2文字を入れ替え 例: もくし → もしく
  AB = 最後の文字を固定して冒頭の2文字を入れ替え 例: もくし → くもし
  AAB = 真ん中の文字を固定して両端の2文字を入れ替え 例: もくし → しくも
(注: AAB は「3文字を逆順にする」ともいえる)

これらの一つ一つ、例えば A や AA や B などは、それ自体は「数値」ではなく、「並び替えの操作」(長さ 3 の文字列に対する)を表す。3文字の文字列が与えられたとき、単に「並び替える」という操作(文字の削除・変更をせず、新しい文字の挿入もしない)は、ちょうど 6 種類ある――「何もしない」という操作も含めて。

ある並び替えがあれば、当然、それをアンドゥーするような並び替えもある。例えば、左に1文字ずらす A は、右に1文字ずらす AA によってアンドゥーされるし、逆に AA は A によってアンドゥーされる。並び替えは6パターンしかないので、ある一つの並び替えをアンドゥーする並び替えも、当然その6パターンのどれか。「並び替え操作」六種の集合
  {I, A, AA, B, AB, AAB}
のどの元を選んでも、その逆変換(逆元)が同じ集合に含まれている。「各元が逆元を持つこと」は、集合が群を成すための必要条件の一つだ。

〔補足〕 上記のように A と AA は互いに逆変換。つまり A−1 = AA かつ (AA)−1 = A。一方、2文字だけを交換する変換は、2回やれば何もしないのと同じ状態に戻るのだから、 B の逆変換は B 自身であり(B−1 = B)、同様のことは AB と AAB についてもいえる。最後に、何もしない変換 I をアンドゥーするには、何もする必要がない(というより何もしてはいけない): I の逆変換は当然 I 自身だ(I−1 = I)。

✿

結局、ここで考えている六つの元から成る集合の各元は、(並び替えの)「合成」という演算に対して閉じているし、それぞれ逆元を持つ。もちろん単位元 I も存在している。結合法則が成り立つことの説明は別のメモに分けるけど、上の内容だけでも「確かに群になってるっぽいかな?」っていう感触は得られるだろう。

✿

「このような構造(3文字の並び替え)が群を成す」という事実それ自体は、無味乾燥かもしれない。「だから何?」と。とりあえず、われわれの文脈において、メインテーマはこの対称群そのものというより、この構造をコーシー/ミリマノフ多項式の研究に利用することにある。

例えば、
  (x + 1)11 − x11 − 1 = 11x(x + 1)(x2 + x + 1)(x6 + 3x5 + 7x4 + 9x3 + 7x2 + 3x + 1)
の左辺は、右辺のように因数分解され、右端の6次の因子を持つ。より一般的に n が 9 以上の奇数のとき、
  (x + 1)n − xn − 1
は因子 x(x + 1) を一つ持つかもしれず、因子 x2 + x + 1 を一つまたは二つ持つかもしれないのだが、それらの因子を除去した余因子は次数が 6 の倍数になる(6次式、12次式、18次式、等々)。同様のことは n が偶数の場合についても拡張可能。

この「次数が 6 の倍数(6m としよう)の多項式」は Cauchy–Mirimanoff 多項式と呼ばれ、その 6m 個の根は、六つ一組で m 個のグループを作る。それぞれのグループ(六つ組)の中には、絶対値が 1 で虚部が正の根(それを x1 とする)がちょうど一つ含まれる。
  x1 およびその共役複素数 x2
  x3 = −x1 − 1 およびその共役複素数 x4 = −x2 − 1
  x5 = 1/x3 およびその共役複素数 x6 = 1/x4
の六つの複素数が六つ組を成し、どれも Cauchy–Mirimanoff 多項式の根となる。そして、これら六つの根たち
  Õ = {x1, x2, ···, x6}
のうち、どの一つを w としても、
  Ow = {w, 1/w, −w − 1, −1/(w + 1), −1 − 1/w, −w/(w + 1)}
は同じ六つ組の根で、 w の選び方によらず Ow は Õ と同じ集合になる――というのが、六つ組の重要な基本性質。

このことを直接的な計算によって示すことも可能だが、かなり面倒くさいだろう。ところが、もし集合 Ow が、
  「3文字の並び替え」に関連する集合 S3 = {I, A, AA, B, AB, AAB}
同型であることさえ示してしまえれば、上記 Ow についての複雑そうな主張は、
  「アイウの3文字を並び替えてできる6パターンの文字列は、アウイの3文字を並び替えても作れるよ」
という程度の、当たり前の主張と同じことになるっ!

この議論を成立させるためには、大ざっぱに言って、集合 Ow についての「掛け算表」が、上記 S3 の「掛け算表」と同じ構造であることを示すだけでいい。

✿

場合によっては、そんなトリッキーなからめ手を使うより w を具体的に選択して 1/w や −w − 1 などを直接計算してみる方が、手っ取り早い。でも、この場合、問題は最低でも6次方程式であり、 w の代数的表現はややこしい。「実直に具体的な一つ一つの根の値を考えるのではなく、少し視点をズームアウトして、根たちの全体的な関係(構造)を考察する」ってのが、妙手となり得るのだ。

✿

だから −1/2 なのだ!」では、入力 X を逆数 1/X に対応させる変換を β として、「アイウ→アウイ」の置換 B と同様のものとして扱った:
  β(X) = 1/X

これは必ずそうしなければいけない、というわけではない。煎じ詰めると、対称群 S3 の六つの元の中には、3乗すると I になるもの(A)が一つあり、2乗すると I になるもの(B など)が三つあり、1乗すると I になるもの(I)が一つある。このうち「1乗すると I になるもの」は単位元 I 自身に決まっているが、それ以外については、「どの元を A と呼び、どの元を B と呼ぶか」というのは、単に名前の付け方の問題に過ぎない。もちろん A には「3乗すると I」という条件があるので、「3文字を円環的に1文字ずつずらす変換」が A なのだが、左回りに 1 ずらすか、右回りに 1 ずらすか、そのどっち A と呼んでも、条件 A3 = I は満たされる。「2乗すると I になる元」のどれを B と呼ぶか?についても同じこと。

Ow 内の変換についても β(X) = 1/X は確かに 2 回繰り返すと I になるが(逆数の逆数は元の数)、仮に β(X) = −X + 1 と定義しても 2 回繰り返すと I になり、理論上、どっちでも構わない。けど、「ある処理にどんな名前を付けるか」は処理の本質と関係ない上、「どっちでも構わない」といった任意性を前面に押し出すと、理論上は良くても、話がフリーダム過ぎて、具体性が希薄になってしまう。そんなわけで、ここでは――それが唯一絶対の選択じゃないけどねってことを念頭に置いた上で――、具体的にこれが一つの有効な選択肢だよ、っていう観点から、 S3 側では、
  A(アイウ) = イウア かつ B(アイウ) = アウイ
と決め打ちする。 Ow 側では、
  α(X) = −1 − 1/X かつ β(X) = 1/X
としよう。この場合も、簡潔化のため、記号 AB の場合と同様に、例えば β(α()) を αβ と略記することにする。

だから −1/2 なのだ!」で見たように、入力を X とすると、
  I の出力は X
  α の出力は −1 − 1/X = −(X + 1)/X
  αα の出力は −1 + X/(X + 1) = −1/(X + 1)
  βの出力は 1/X
  αβの出力は −X/(X + 1)
  ααβの出力は −(X + 1) = −X − 1
だ。そして α3 = I, β2 = (αβ)2 = (ααβ)2 = I が成り立つ。

ってなわけで、こっちも「掛け算表」を作ろう(掛け算といっても代数的な積じゃなく写像の合成なんで「合成表」と呼ぶことにする)。 I との合成結果は自明なので、省略すると…

【表5】 作りかけの「合成表」
↓先 α ααβ αβααβ
α ααI αβααβ
αα I ααβ
β I
αβ I
ααβ I

プロセスは「3文字の並び替え」の場合(S3)と実質同じ。結合法則から、
  ① = α(ααβ) = (ααα)β = β  ② = (αα)(αα) = (ααα)α = α
  ③ = αα(αβ) = (ααα)β = β  ④ = (αα)(ααβ) = (ααα)(αβ) = αβ
となって、表の上半分は S3 のそれと同型。
  ⑤ βα = −1 −  1/(1/X) = −1 − X = (αα)β
  ⑥ β(αα) = −1/(1/X + 1) = −X/(1 + X) = αβ
  ⑦ β(αβ) = (βα)β =⑤より ((αα)β)β = (αα)(ββ) = αα
  ⑧ β(ααβ) = (βαα)β =⑥より (αβ)β = α(ββ) = αI = α

㋕㋖㋗㋘、㋚㋛㋜㋝も、 S3 の対応する部分と全く同様(【表3】【表4】参照)。結局、【表4】と【表5】は完全に同じ構造を持ち、すなわち集合 Ow は S4 と同じ構造の群を成す(要素を表す文字 A, B をそれぞれ α, β に置き換えただけで、対応する合成結果はどれも同じ)。その結果、前述のように、6次方程式が絡むややこしそうな問題が、
  「アイウの3文字を並び替えてできる6パターンの文字列は、アウイの3文字を並び替えても作れるよ」
という当たり前の話になるっ!

抽象代数学(群論的手法)を応用した、巧妙なアプローチの一例。

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20世紀後半以降、「抽象的な構造の研究こそがモダンでエレガントな本道であり、具体的な計算などは時代遅れ」と言わんばかりの考え方が、さまざまな分野に少なからぬ影響を与えてきた。抽象的思考の重要さ、抽象代数学それ自体の重要性については論をまたないが、だからといって、「それ以外は価値がねぇんだよ!」みたいな(意識的あるいは無意識的な)思い込みは、行き過ぎだろう。地道な具体例の観察によって得られる洞察もあるだろうし、「具体的な数値の中に存在する美しさ」もあるだろうし。――「実際に森の中を歩いて木に触ったことはないけど、空から見た森の構造なら知ってるので、自分は森に詳しい!」みたいな考え方は、ちょっとおかしい。

そうした「やり過ぎ」の傾向もあるけど、それはそれとして、抽象代数学は、うまく使えば、とっても強力なツールとなる。

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2025-08-01 なぜ関数は交換できないのに結合できるのか?

#遊びの数論 #群論

二つの関数 y = f(x) と y = g(x) は、(定義域・値域の点では互換性があるとしても)一般には交換できない。つまり、
  f(g(x)) と g(f(x))
は、同じではない。これは難しいことではなく、具体例を考えればすぐ分かる。例えば、まぁ適当に、
  y = f(x) = x2
という「2乗する関数」と、
  y = g(x) = x + 1
という「1 を足す関数」があったとしよう。先に2乗してから 1 を足すとすると、
  y = g(f(x)) = g(x2) = x2 + 1
だ。一方、先に 1 を足してから2乗すると、
  y = f(g(x)) = f(x + 1) = (x + 1)2
だ。

この二つは、もちろん同じではない。入力がほとんどどんな値であっても…例えば x = 3 とでもすると…前者と後者は、それぞれ
  32 + 1 = 10 と (3 + 1)2 = 16
となって、全然一致しないっ!

〔注〕 「どんな場合でも絶対に一致しない」という意味ではない。上の例でいうと、 x = 0 なら、どっちも結果は 1 になる。でも例外的に一致する場合もあるとしても、一般論としては f(g()) と g(f()) は異なる。

結論 二つの関数 f, g を合成した関数は、合成の順序によって内容が異なる。 (f∘g)(x) と (g∘f)(x) は、一般には違う関数!

〔注〕 小さい白丸 ∘ は after を表す。 (f∘g)(x) は f after g のこと。すなわち、まず x に g を適用して――つまり y = g(x) を計算して――その後で、 g(x) の結果 y に f を適用する――つまり f(y) を計算する――という意味。記号で書けば、
  (f∘g)(x) = f(g(x))
となる。 g∘f についても同様(先に f を適用して、その後で g を適用する)。

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ここまではさほど難しいことではないのだが、問題は…

 二つの関数ですらそうなのに、三つの関数 f, g, h を結合するとき、
   (f∘g)∘h と f∘(g∘h)
が同じ合成関数になるのは、なぜなのか?!

〔注〕 話の前提として、関数は問題なくちゃんと定義されるとする――つまり f, g, h の定義域・値域には互換性があるとする。もし仮に、例えば y = g(x) の出力 y の値の中に、 z = f(y) の入力として不適切なもの(f の定義域に含まれない値)があるとしたら、合成関数 f(g(x)) はそもそも定義されない。そういう特殊な不具合は生じない、と仮定しよう。典型的なOKの例としては、関数 f, g, h がどれも任意の実数に対して定義され、それらの出力も実数であるような場合がある。

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(f∘g)(x) では、入力 x に対して関数 g が何らかの出力を返し(y = g(x) としよう)、その出力 y が今度は関数 f に渡され、 f は自分に渡された入力 y に応じて、一定の出力を返す(まあ z = f(y) とでもしよう)。二つの関数 f, g の入出力の範囲に互換性があるという前提において、 (f∘g)(x) は合成関数ではあるけれど、結局、全体として立派な一つの関数だ。

〔例〕 最初に挙げた f(x) = x2 と g(x) = x + 1 でいえば、
  (f∘g)(x) つまり f(g(x)) = f(x + 1) = (x + 1)2
は、「入力に 1 を足して平方したものを出力する」という一つの関数、と見ることができる。「合成関数」というと何やらちょっぴり難しそうだけど、展開してみれば、なんのことはない「入力 x に出力 x2 + 2x + 1 に対応させる」という、何の変哲もない2次関数。

「入力 x に応じて g が何らかの処理を行い、処理結果の出力 y を今度は f に渡し、その値 y に応じて f がまた何らかの処理を行って最終的な出力 z を返す」というのは、言葉で説明するとややこしいけれど、 g はある一定の入力に対しては必ず決まった出力を返すし、 f もある一定の入力に対しては必ず決まった出力を返すのだから、
  z = f(g(x))
の出力 z は、入力 x に応じて確定する――途中計算で現れる y は(最終結果だけを問題にするなら)どうでもいい。ちょっと別の観点から見ると…
  (f∘g)(x) つまり f(g(x))
の出力 z は、入力 x が決まれば一つに決まるのだから、「高速化」のため、一つ一つの x の値に応じて最終的な z がどうなるかを事前に計算して(この入力のときはこの出力を返せ、という一覧表みたいな形で)キャッシュしておくこともできる(現実のプログラムでも、必要に応じて、そのような実装は普通に行われる)。仮に、
  x の値ごとの f(g(x)) の計算結果 z をキャッシュしたもの
を z = C(x) としよう。

すると ((f∘g)∘h)(w) = (f∘g)(h(w)) = C(h(w)) という処理は、本来、
  【ⅰ】 関数 h に渡された入力 w に応じて h の処理結果 x = h(w) を計算して、
  【ⅱ】 その x を別の関数 g に渡して、 g は処理結果 y = g(x) を計算して、
  【ⅲ】 その y をさらに別の関数 f に渡して、 f は処理結果 z = f(y) を計算する
という3段階の過程を経て、もともとの入力 w から最終的な出力 z を求めるのであるが、もし
  入力 x の値ごとに f(g(x)) の結果 z を事前に計算したキャッシュ z = C(x)
が準備されているなら、上記の3段階の計算を z = C(h(w)) に簡約することができる。 C は f∘g の処理をまとめて行うのと同じことなので、結果は、本来の z = f(g(h(w))) と変わらない。

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同様に y = g(h(w)) も、合成関数とはいうものの、とにかく入力 w が決まれば、それに応じて出力 y が定まるのだから、それ自体として一つの関数と見ることもできる。この場合も、入力 w の値ごとに出力 y の値がどうなるかを事前計算して、キャッシュ y = D(w) = g(h(w)) を構築することができる―― D(w) は、入力 w の値に応じて g(h(w)) の値を返す。

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このように考えると f(g(h(w))) という3ステップのパイプラインは、
  • f(g()) の部分を一つにまとめて C() とした上で、全体を C(h(w)) として処理しても、
  • あるいは g(h()) の部分を一つにまとめて D() とした上で、全体を f(D(w)) として処理しても、
入力の値 w に応じて決まった値 z が出力されることに、変わりない。 f(g(h(w))) を
  (f∘g)∘h つまり C(h(w))
として処理するか、それとも、
  f∘(g∘h) つまり f(D(w))
として処理するか?というのは、内部的にどの部分を一括処理するか(どの部分にキャッシュを実装するか)という違いに過ぎず、エンドユーザーから見れば、どっちにしても「一定の値 w を入れれば、それに応じて決まった出力 z が返る」。つまり「どっちでも動作は同じ」なのだッ!

結論。三つ(あるいはそれ以上)の関数 f, g, h, ··· がパイプライン的に並んでいるとき、もしそうしたければパイプラインの一部を結合(一括処理)して、結合された部分の「入力に応じた出力」をキャッシュし、高速化を図っても、全体としての計算結果は変わらない。要するに、関数や写像の合成は、結合法則を満たす

他方において、関数や写像の合成が交換法則を満たす保証はどこにもない。処理のパイプラインを勝手に逆流させて f(g()) を g(f()) に置き換えることは、一般には許されない。これは最初に挙げた「2乗する関数」と「1 を足す関数」の合成の例からも明らかだし、日常の例で考えても、
  「用を足した後でトイレの水を流す」のと「トイレの水を流した後で用を足す」のでは結果が全然違う
といったことは、明らかだろう。

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別のメモで言及されてる対称群 S3 つまり「3文字の並び替え」に関連する構造は、「文字を並び替える」という変換(写像)の話だが、上記の理由から「写像の合成」という演算は結合法則を満たし、他の条件と合わせると S3 は、実際、群を成す。教科書的な厳密な議論ではないかもしれないが、直観的なイメージはつかめるかと…

「この説明では不満だ・納得がいかない」という方は、次のような方法で、直接的に結合法則を確かめることもできる。すなわち S3 には元が 6 個しかないので、 S3 の任意の(必ずしも相異ならない)三つの元 x, y, z を選ぶとして、 (x, y, z) という三重対は 63 = 216 種類しかない。その一つ一つについて、結合法則
  (xy)z = x(yz)
が成り立つことを直接確かめることは、手間さえいとわなければ、十分に実行可能。そりゃぁ 216 は結構大きい数で一つ一つチェックするのは大変だけど、中には「単位元が含まれるケース」とか「x = y = z のケース」とか、「結合法則を満たすに決まってる組み合わせ」もかなり含まれてる。よって、実際にチェックが必要な組み合わせの個数は、工夫次第で 216 よりかなり小さくなるだろう。特にコンピューターを使えば、そのくらいのチェックは何でもない。

とはいえ、ブルートフォースで「正しいかどうか」全数チェックして済ませるのは、最後の手段。背後にある原理を考えた方が効率的だし、応用も利く。「正しいかどうか」だけでなく「なぜ正しいのか」という理由が分かった方が、気分もいい!

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遊びの数論48』へ続く。

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