べき和対称多項式(遊びの数論41)

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きちんとまとまった記事ではなく、雑多なメモ。誤字脱字・間違いがあるかもしれません。


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2025-04-21 ジラルの公式の拡張と分析 5乗和は5がいっぱい

#遊びの数論 #ジラルの公式 #ニュートンの式 #(41)

「2乗の和」に関する a2 + b2 = (a + b)2 − 2ab は基本的な式で、常用される。一つ上の「3乗の和」の式、
  a3 + b3 + c3 = (a + b + c)3 − 3(a + b + c)(ab + ac + bc) + 3abc
も基本的だが、比較でいえばやや複雑。実は単純な原理から派生し、仕組みが分かると「当たり前」。

ジラル(Girard)という研究者は、「根の4乗和」までの式を記した。ニュートン形式を利用すると、ジラル形式を容易に5乗和に拡張できる。結果を得たとき、 A5 以外の項の係数が全部 5 なので、びっくり。「どこかで計算、ミスったか?」と疑念を抱いた。

ジラル形式の1乗和~5乗和を縦に並べて眺めてみると、パターン性がよく分かる。3乗和までは100%規則的なパターンに従い、4乗和・5乗和も約8割は、同じパターン。

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冒頭の「3乗の和」の式を導くことは、さほど難しくない。その際、 (a + b + c)3 の展開を出発点にしてもいいのだが、
  (a + b + c)(a2 + b2 + c2)
からスタートした方が分かりやすい。

考えている項の個数(a, b, c なら 3 個)に応じて、基本となる対称多項式(ここでは大文字の A, B, C  で表す)を次のように定義する:
  A = a + b + c  ← 一つずつの和
  B = ab + ac + bc  ← 相異なる二つ(全種類のペア)の積の和
  C = abc  ← 相異なる三つ(全種類のトリオ)の積の和

A, B, C という「基本の部品」(基本対称式)だけを使って3乗和 a3 + b3 + c3 を表すことは、よくある処理。対称的な式 a3 + b3 + c3 を基本対称式 A, B, C の組み合わせで表すこと――それが「ジラル形式」だ。

ところで、
  2乗和 a2 + b2 + c2 = (a + b + c)2 − 2(ab + ac + bc) = A2 − 2B  ア
も、基本部品 A, B の簡単な組み合わせなので、対称式を基本対称式で表したいとき、「準・基本パーツ」として利用できる。3乗和の表し方が分かったとすると、3乗和も「準・基本パーツ」となる。4乗和以降も同様。

参考までに、直接的な代数計算の例(少し面倒)を記す。

(a + b + c)(a2 + b2 + c2) は三項式と三項式の積なので、展開すると 9 項が生じる:
   = a3 + b3 + c3 + (ab2 + ac2 + ba2 + bc2 + ca2 + cb2)
  ∴ a3 + b3 + c3 = (a + b + c)(a2 + b2 + c2) − (ab2 + ac2 + ba2 + bc2 + ca2 + cb2)  イ

イの右辺前半 (a + b + c)(a2 + b2 + c2) = A(A2 − 2B) は、既に基本部品の組み合わせ。
  右辺後半 ab2 + ac2 + ba2 + bc2 + ca2 + cb2
を仮に X として、 X を基本部品で表せば、問題解決。それには、
  三項式と三項式の積 (a + b + c)(ab + ac + bc)
を展開した 9 項を考えると:
   = (a2b + a2c + b2a + b2c + c2a + c2b) + (abc + bac + cab)
  つまり (a + b + c)(ab + ac + bc) = X + 3(abc)
  ∴ X = (a + b + c)(ab + ac + bc) − 3(abc)  ← 基本部品の組み合わせ AB − 3C

この結果をイの X の部分に代入すると:
  a3 + b3 + c3 = (a + b + c)(a2 + b2 + c2) − ((a + b + c)(ab + ac + bc) − 3(abc))
   = (a + b + c)(a2 + b2 + c2) − (a + b + c)(ab + ac + bc) + 3(abc)
   = A(A2 − 2B) − AB + 3C  ← アを利用
  ∴ a3 + b3 + c3 = A3 − 3AB + 3C

1乗和 A = a + b + c を p1、 2乗和 a2 + b2 + c2 を p2、 3乗和 a3 + b3 + c3 を p3 としよう。上記の結論は、 Newton の式
  p3 = Ap2 − Bp1 + C⋅3  ウ
を使うと、もっと手っ取り早く得られる。

1乗和 p1 は A、2乗和 p2 は A2 − 2B なんで、ウから:
  3乗和 = A(A2 − 2B) − AB + 3C = A3 − 3AB + 3C

「多項式の根」という Newton の式の典型的な文脈と比べた場合、符号にささいな違いがある。
  3次方程式 x3 + S1x2 + S2x + S3 = 0
の三つの解を a, b, c とすると、番号が奇数の係数 S1 と S3 は、それぞれ A, C と符号が反対(S2 = B は符号も同じ)。つまり A = −S1, C = −S3 だ。

〔参考〕 ウは p3 = −S1p2 − S2p1 − S3⋅3 に当たる。一般に、係数 S1, S2, ··· と基本対称式 A, B, ··· を比べると、前者と後者は「奇数番目のものが符号が逆になるだけ」で、それ以外に何の違いもない。

Girard の公式(根の3乗和) a3 + b3 + c3 = A3 − 3AB + 3C
  ただし A = a + b + c, B = ab + ac + bc, C = abc

典型的には「3次式の三つの根 a, b, c」について使われる式なので、便宜上「根の3乗和」と呼んでおく。実際には、任意の a, b, c について(それらが根であろうがあるまいが)成り立つ恒等式である!

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例えば、項が 4 個ある場合でも、
  A = a + b + c + d
  B = ab + ac + ad + bc + bd + cd
  C = abc + abd + acd + bcd
とすると、同様の等式 a3 + b3 + c3 + d3 = A3 − 3AB + 3C が成り立つ。ここで A は、考えている全部の値の和、 B は相異なる二つの値の全種類の積の和(ab と ba のような順序だけが違う積は別々にカウントしない)、 C は相異なる三つの値の全種類の積の和。

より一般的に、 A3 − 3AB + 3C は、 A = r1 + r2 + ···  + rn が何項の和であっても有効であることが、いわゆる Newton の式によって保証されている――証明したのは Newton ではないが。その場合 B = r1r2 + r1r3 + ···  は、相異なる番号の r を二つずつ選んだ積の和。 C についても同様。項が幾つあっても、この形式によって、
  3乗和 (r1)3 + (r2)3 + ···  + (rn)3
を表現可能。この一般性は、応用範囲が広い。恒等式 a3 + b3 + c3 = (a + b + c)3 − 3(a + b + b)(ab + ac + bc) + 3(abc) は、その一例に過ぎない。

〔付記〕 この最後の恒等式は、右端の項を移項して、
  a3 + b3 + c3 − 3abc = (a + b + c)3 − 3(a + b + c)(ab + ac + bc)
の形で使われることもある。この右辺の二つの項は、共通因子 a + b + c を持つので、それでくくると:
   = (a + b + c)[(a + b + c)2 − 3(ab + ac + bc)]
   = (a + b + c)[a2 + b2 + c2 + 2(ab + ac + bc) − 3(ab + ac + bc)]
  ∴ a3 + b3 + c3 − 3abc = (a + b + c)(a2 + b2 + c2 − ab − ac − bc)
少し「変装」してるが、これも A3 − 3AB + 3C という根幹から派生した枝葉。

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本題に戻って、4乗和 a4 + b4 + c4 + d4 を、
  A = a + b + c + d
  B = ab + ac + ad + bc + bd + cd
  C = abc + abd + acd + bcd
  D = abcd
を使って表現することを考えてみたい。 Newton の式の事例と捉えると、見通しが良い。実際、
  p4 = a4 + b4 + c4 + d4
  p3 = a3 + b3 + c3 + d3
  p2 = a2 + b2 + c2 + d2
  p1 = a + b + c + d = A
とすると:
  p4 = Ap3 − Bp2 + Cp1 − D⋅4

ところが p3 = A3 − 3AB + 3C, p2 = A2 − 2B だから:
  p4 = A(A3 − 3AB + 3C) − B(A2 − 2B) + C(A) − 4D
これを展開して同類項をまとめると:
  p4 = (A4 − 4A2B + 4AC) + 2B2 − 4D

† 7 項が生じるが、最初の 3 項のうち二つ目は第4項と同類(あ)、三つ目は第6項と同類(い)なので、それぞれ係数が「3」から「4」に増え、それら以外に第5項と第7項の二つが残る。

Girard の公式(根の4乗和) a4 + b4 + c4 + d4
   = A4 − 4A2B + 4AC + 2B2 − 4D

最初の3項は、3乗和の A3 − 3AB + 3C が A 倍されたもの(他の部分でも同類項が発生するので、係数の絶対値は 4 に増えている)。末尾の − 4D は Newton の式の末尾にある D⋅4 に過ぎない。 2B2 は2乗和の −(A2 − 2B) の B 倍から生じる(符号がプラスになることに注意)。

同様に、
  A = a + b + c + d + e
  B = ab + ac + ad + ae + bc + bd + be + cd + ce + de
  C = abc + abd + abe + acd + ace + ade + bcd + bce + bde + cde
  D = abcd + abce + abde + acde + bcde
  E = abcde
と置いて、 p1 = a + b + c + d + e = A から p5 = a5 + b5 + c5 + d5 + e5 までを考えると:
  p5 = Ap4 − Bp3 + Cp2 − Dp1 + E⋅5
   = A(A4 − 4A2B + 4AC + 2B2 − 4D) − B(A3 − 3AB + 3C) + C(A2 − 2B) − D(A) + 5E
   = (A5 − 5A3B + 5A2C + 5AB2 − 5AD) − 5BC + 5E

最初の5項は、4乗和の A4 − 4A2B + 4AC + 2B2 − 4D が A 倍されたもの。 A5 以外の4項の係数の絶対値が、同類項によって全て 5 になる(あ・い・う・え参照)。残りの2項のうち、 −5BC は、3乗和の −B(··· + 3C) と2乗和の +C(··· − 2B) により、これも係数の絶対値が 5 になる(「お」参照)。最後の項 5E は、単に Newton の式の末尾の E⋅5 による。結局、 A5 以外の係数は、どれも ±5。係数が全部同じ「5」だなんて、計算ミスか?と不安になるほどだが、検算すると、これで合ってるっ!

拡張された Girard の公式(根の5乗和) a5 + b5 + c5 + d5 + e5
   = A5 − 5A3B + 5A2C + 5AB2 − 5AD − 5BC + 5E

5乗和の係数が A5 を除いて全部 5 っつーのは面白い(正確に言えば ±5)。 m が素数のとき、 m 乗和の係数は最初の項を除いて m の倍数になるようだ。

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面白いのはいいとして、この形式の5乗和ともなると、何がどーなってんだか、正直よく見通せない。整理するため Girard 形式を項ごとに、一覧表にまとめてみる。

根の m 乗和においては、必ず Newton 形式の末尾の項に当たる ±mM が発生する(符号は m が奇数なら正、偶数なら負。ここで M というのは、 Girard の表記では、アルファベット表の m 番目の大文字のこと: 例えば m = 3 なら M = C で m = 4 なら M = D)。1乗和においては、この形の一つの項、つまり +1A = A しか存在しない(これは「1乗和」の意味と A の定義から、明らか)。

m 乗和で新たに発生した項は、 m+1 乗和、 m+2 乗和、等々において、毎回、次々に A 倍される。この「規則的な項」の系列だけで、3乗和までのジラルの公式は100%説明される。4乗和・5乗和においても各項はこの原則に従うが、4乗和以降では ±mM から始まる「列」に属さない「不規則?」な項も発生する。「不規則な項」は、発生した瞬間には因子 A を含まず、 B 以下の文字についての2次式である(少なくとも表の範囲では)。そのような項も含めて、 m 乗和において発生した項は m+1 乗和では必ず A 倍される―― pm+1 の最初の部分は、ニュートン形式では Apm なので、 pm の全部の項は A 倍される、と。

ジラルの公式(1~4乗和)とその拡張(5乗和)
 規則的な項不規則?
1乗和A
2乗和A2−2B
3乗和A3−3BA+3C
4乗和A4−4BA2+4CA−4D+2B2
5乗和A5−5BA3+5CA2−5DA+5E+5B2A−5CB

Am の形の項の係数は 1。これは、まぁ当然だろう。例えば a2 + b2 は A2 = (a + b)2 から 2B = 2ab を引いたものであり、原料の a2, b2 は 1 個ずつで必要十分。 A2 を 2 倍したり 3 倍したりする必要はない。それ以外の「規則的な各項」は、少なくとも m ≤ 5 の範囲では、 m に応じて同じ係数 m を持つ。

「不規則な項」の係数は自明ではないが、5乗和の場合、 A5 以外の全部の項の係数が 5 に等しい。4乗和における不規則な項 +2B2 は、 −Bp2 = −B(A2 − 2B) を起源とする。5乗和においては、この項は A 倍され +2AB2 になるが、 −Bp3 = −B(A3 − 3AB + 3C) からも同類項 +3AB2 が加算される。5乗和において新規に発生する不規則な項 −5BC のうち −3BC は同じ −Bp3 から生じ、残りの −2BC は +Cp2 = C(A2 − 2B) から生じる。

べき和の公式を Bernoulli 形式で書くと整然とするけど、古典的な形式で書くとゴチャゴチャする――ってのと、ちょっと似てるかも。

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JPEG画像

画像は、元祖 Albert Girard の1629年の著書より。2乗・3乗・4乗をそれぞれ q, cub, qq で表係数を変数の後ろに書いている。内容は上記の1乗和~4乗和と完全に一致。さすがの Girard も5乗和には言及していない。少なくとも求める努力はしたと想像されるが、途中で面倒になってやめたか、それか一応ちゃんと結果を得たものの、「実用性に乏しい」と判断して著書に含めなかったのだろう。

† https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k5822034w/f48.item
Cf. Schmidt & Black (1986), The Early Theory of Equations, pages 105–148;
Cf. Hutton (1796), Mathematical and Philosophical Dictionary, vol. 1, pages 88–89
https://archive.org/details/dli.bengal.10689.7860/page/n98/mode/1up

‡ q = sQuared, cub = CUBed と思えばいい。正確には q, cub, qq は、それぞれ quarées, cubes, quaré-quarées の意。 quar(r)er は現代フランス語の carrer に当たる(英語の quadrate 参照)。

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2025-04-22 ニュートンから見たジラルの4乗和公式

#遊びの数論 #ジラルの公式 #ニュートンの式 #(41)

ジラルの公式 p4 = a4 + b4 + c4 + d4 = A4 − 4A2B + 4AC + 2B2 − 4D は、ニュートンの立場からは、
  p3 = A3 − 3AB + 3C の A 倍
  p2 = A2 − 2B の −B 倍
  p1 = A の C 倍
  p0 = 4 の −D 倍
の和に過ぎない(そして構成要素の p3 等も、仮に中身を覚えてなくても、同様の単純計算で再帰的に求められる)。

ニュートンの観点は、大文字の A, B, C などに対する「マクロ」の操作であり、便利な半面、具体的対象である小文字の a, b, c などの4乗和について、あまり地に足の着いた実感が得られない。 a, b, c などの直接操作によりこの導出を再実行し、具体的な例題も幾つか考えてみたい。

応用問題 実数 a, b, c が a + b + c = 0 を満たすとき、 a4 + b4 + c4 = 2(ab + ac + bc)2 を示せ。

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A = a + b + c + d, B = ab + ac + ad + bc + bd + cd, C = abc + abd + acd + bcd, D = abcd の4種の基本対称式の組み合わせで p4 = a4 + b4 + c4 + d4 を表したい。最終的には、
  A4 = (a + b + c + d)4
から、(その右辺を展開して生じる 44 = 256 項のうちの)必要な 4 項以外を引き算する形になる。よって (a + b + c + d)4 からスタートするのが素直な発想。事実そのアプローチは可能だし、独特の面白さを秘めている。一方、ニュートンの式の示唆するところによると、
  Ap3 = (a + b + c + d)(a3 + b3 + c3 + d3)  エ
からスタートした方が便利。今回はこの経路から。

エを展開して生じる16項のうち、 4 項が p4 に当たる。残りの12項は、
  ∑ uv3
の形をしている。ここで u, v は、 a, b, c, d から選んだ任意の相異なる 2 文字を表す。 ab3 と ba3 は意味が違うので、 u, v の選択には「順序の区別」があり、 4 文字から 2 文字を選ぶのだから 4(4 − 1) = 12 の選択肢が生じる(ちなみに、もし選ぶ順序を区別しないように表現するなら、 uv3 型の6種と u3v 型の6種に分かれる)。具体的に記すと:
  ∑ uv3 = ab3 + ac3 + ad3
   + ba3 + bc3 + bd3
   + ca3 + cb3 + cd3
   + da3 + db3 + dc3  オ

この ∑ uv3 を基本対称式の組み合わせで表現し、それをエの Ap3 = A(A3 − 3AB + 3C) から引き算すれば、見事 p4 = a4 + b4 + c4 + d4 が得られる、と。再びニュートン形式のレシピを参照すると、この引き算は、
  Bp2 = (ab + ac + ad + bc + bd + cd)(a2 + b2 + c2 + d2)  キ
をベースにするといい。つまり、キを展開した 6 × 4 = 24 項は、内容的にオの 12 項に近い。実際、キでは全種類の uv に全種類の v2 を掛けるのだから、オの全種類の uv3 をちょうど一つずつ含む。キから生じる残りの 12 項は何か?

それは、キ右辺の一つ目の丸かっこから選ばれる uv 型の項に対して、二つ目の丸かっこから「u とも v とも違う文字 w の2乗」が選ばれた場合の項――つまり uvw2 型の項である!

〔例1〕 一つ目から ab が選ばれた場合、もし二つ目から a2 が選ばれれば、積は a3b = ba3 なので uv3 型であり、オの項。もし二つ目から b2 が選ばれれば、積は ab3 なので、やはりオの項。しかし、もし二つ目から c2 が選ばれれば、積は abc2 なので uvw2 型となって、オの項ではない。同様に、もし二つ目から d2 が選ばれれば、積は abd2 なので、オの項ではない。

〔例2〕 一つ目から ac が選ばれた場合、もし二つ目から a2 または c2 が選ばれれば、積は ca3 ないし ac3 なので、オの項。しかし、もし二つ目から b2 または d2 が選ばれれば、積は acb2 ないし acd2 なので、オの項ではない。

要するに、オの 12 項は、キの 24 項から uvw2 型の 12 項を除去したもの。 uvw2 型の項が、
  CA = (abc + abd + acd + bcd)(a + b + c + d)  ク
によって、全種類生成されることは明らかだろう。しかしクを展開すると 4 × 4 = 16 項あるので、クには uvw2 型の項以外のものも 4 項、混ざっている。その余計な 4 項とは何か。クの展開を思い浮かべると、余計な 4 項は、前半の項を構成する 3 文字のどれとも違う文字が後半から選ばれた場合であり、
  abc⋅d + abd⋅c + acd⋅b + bcd⋅a = 4(abcd) = 4D
に他ならない。

よって uvw2 型の 12 項は CA − 4D によって、過不足なく表される(A, C はそれぞれ 4 項なので 4 × 4 − 4 = 12 となって、項数のつじつまも合っている)。キの 24 項から、この 12 項を除去すればオの 12 項になるんだから、
  オ = Bp2 − (CA − 4D) = Bp2 − AC + 4D
というわけ。「オを基本対称式で表す」という問題は、事実上解決した(準・基本パーツ p2 は、いつでも基本対称式に変換可能なんで)。

エから生じる 16 項から、オの 12 項を引いたものが、求める p4 であるから、
  p4 = Ap3 − (Bp2 − AC + 4D)
   = Ap3 − Bp2 + AC − 4D
となり、ここで p3, p2 を基本対称式で書くと、
   = A(A3 − 3AB + 3C) − B(A2 − 2B) + AC − 4D
となる。同類項をまとめると、次の結論に達する。
  p4 = A4 − 4A2B + 4AC + 2B2 − 4D

ジラルの4乗和の公式が再び得られたっ!

以前、ばか正直に (a + b + c + d)4 の展開から同じ結論を得たけど、上記の経路の方が楽であることが分かる。では「ばか正直」な正攻法は、無駄な回り道だったのか、というと、回り道をしたからこそ見える景色もある…。例えば、二項定理の拡張である多項定理について、(漠然とだが)なにがしかの経験が得られた。最初から天下り的に Newton ベースの方法を示されても、「なぜそうするのか?」という点が納得できず、「この方法がいかに便利か」という点も実感できないだろう。

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具体例。

例題1 x4 − 10x3 + 35x2 − 50x + 24 = 0 の四つの解を a, b, c, d とする。 a4 + b4 + c4 + d4 を求めよ。

 Girard の公式 A4 − 4A2B + 4AC + 2B2 − 4D に、
  A = 10, B = 35, C = 50, D = 24
を当てはめると(A, B, C, D は順に、「最高次の一つ下の係数」を 1 番とした係数。奇数番目については、係数とは符号が逆になる):
  104 − 4⋅102⋅35 + 4⋅10⋅50 + 2⋅352 − 4⋅24
   = 10000 − 14000 + 2000 + 2450 − 96
   = −2000 + 2450 − 96 = 450 − 96 = 354 ← 答え

〔参考〕 35 は 70/2 なので 352 = (70/2)2 = 702/4 は、 702 = 4900 の 4 分の 1(半分の半分)。 4900 の半分は 2450 なので、そのまた半分は 1225 だが、この場合、欲しいのは 2⋅352 であり、再び 2 倍される。結局、単に 4900 の半分を考えればいい。次のように考えてもいい。
  352 = (30 + 5)2 = 302 + 2⋅30⋅5 + 52 = 900 + 300 + 25 = 1225
あるいは単純に:
  2⋅352 = 70 × 35 = 2100 + 350

別解 与えられた4次方程式の左辺は、 x = 1, 2, 3, 4 を入れると値がゼロになる。つまり解は 1, 2, 3, 4 なので、求めるものは:
  14 + 24 + 34 + 44 = 1 + 16 + 81 + 256 = 354 ← 答え

〔補足〕 この場合、方程式を解いて具体的な解を直接使っても、比較的容易に同じ答えが出る。もし解が分かる(分かっている)なら、この例に関しては、直接4乗して足し算した方が手っ取り早い。けれど、一般には4次方程式を解くのは面倒だし(この例でも既に面倒)、仮に具体的な解を求めたとしても、4乗して足し合わせることは(不可能でないとしても)面倒くさい。ほとんどの場合、解を求めずに係数を使った方が効率的。

例題2 x4 − 16x3 − 12 = 0 の四つの解を a, b, c, d とする。 a4 + b4 + c4 + d4 を求めよ。

 Girard の公式 A4 − 4A2B + 4AC + 2B2 − 4D に、
  A = 0, B = 0, C = 16, D = −12
を当てはめると −4D 以外の項は全部ゼロになるので −4⋅(−12) = 48 が答え。

別解 与えられた4次方程式の左辺は、実は (x2 − 2x − 2)(x2 + 2x + 6) と分解される。それぞれの因子の根、
  1 ± 3 および −1 ± −5
が a, b, c, d に当たる。従って、あえて a4 + b4 + c4 + d4 を直接計算するなら、それは、
  U = (1 + 3)4 + (1 − 3)4 と
  V = (−1 + −5)4 + (−1 − −5)4
の和に等しい。 U の二つの項の二項展開を考えると、 3 の奇数乗を含む積は打ち消し合い、偶数乗を含む項は 2 倍されるので:
  U = (14 + 4⋅0 + 6⋅12⋅3 + 4⋅0 + 9) × 2 = 28 × 2 = 56
同様に、
  V = [1 + 6⋅(−5) + 25] × 2 = −8
なので U + V = 48 となる。

この場合、具体的に解を求めない方が簡単ってことは言うまでもないが、関連する別の話題として、 U の計算、つまり x2 − 2x − 2 の根の4乗和それ自体にも、 Girard の公式を適用できる。その場合、 A = 2, B = −2 なので(そして C = D = 0 と見なすと)、
  U = A4 − 4A2B + 2B2 = 16 − 4⋅4⋅(−2) + 2⋅4 = 16 + 32 + 8 = 56
となる。同様に:
  V = 16 − 4⋅4⋅6 + 2⋅36 = 16 − 96 + 72 = −8

ジラルないしニュートンの式は、多項式の次数とは無関係に成立する。例えば「根の4乗和」の公式は4次式専用ではなく、5次式以上にもそのまま当てはまるし、2次式や3次式にも適用可能。

ちなみに、例題1・例題2の4次方程式は、 Euler が4次方程式の一般的解法を説明するとき、具体例として使ったもの。「根の4乗和」の文脈では具体的な解は必要はないけど、別の文脈では、もちろん具体的な解を求める必要がある。その方法については、 Euler が親切丁寧に解説している。巨匠直伝の講義を受けられるのは、素晴らしいことだ!
https://archive.org/details/ElementsOfAlgebraLeonhardEuler2015/page/252/mode/1up
https://archive.org/details/ElementsOfAlgebraLeonhardEuler2015/page/253/mode/1up

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簡単な応用問題。

例題3 実数 a, b, c が a + b + c = 0 を満たすとき、 a4 + b4 + c4 = 2(ab + ac + bc)2 を示せ。〔Jiří Herman et al. (2000), p. 45〕

便宜上、問題を拡張してダミーの実数 d = 0 を考え、実数 a, b, c, d が a + b + c + d = 0 を満たすとき、 a4 + b4 + c4 = 2(ab + ac + bc)2 となることを示そう。

a, b, c, d を根とする4次式を想定する。問題の条件と d についての仮定から、これは Girard の4乗和の公式で A = a + b + c + d = 0 のケースなので、
  a4 + b4 + c4 = A4 − 4A2B + 4AC + 2B2 − 4D
の、右辺の大部分の項が消滅する(d = 0 なので D = abcd も = 0)。実際 +2B2 だけが残り、
  a4 + b4 + c4 = a4 + b4 + c4 + d4 = 2B2
となる。ところが、
  B = ab + ac + ad + bc + bd + cd
の d は 0 なのだから、 B = ab + ac + bc。よって:
  a4 + b4 + c4 = 2B2 = 2(ab + ac + bc)2

〔注〕 「2次の係数がゼロの3次式の根」の問題としても解くことができる(④参照)。しかし上記の導出は「3次式の根」限定のものではない。 d ≠ 0 のケースとしては、例えば次の関係が含意される:
  a + b + c + d = 0 なら a4 + b4 + c4 + d4 = 2(ab + ac + ad + bc + bd + cd)2 − 4abcd
  a + b + c + d + e = 0 なら a4 + b4 + c4 + d4 + e4 = 2(ab + ac + ··· + de)2 − 4(abcd + abce + abde + acde + bcde)

〔追記〕 べき和に依存しない別解(愚直なようだが、意外と簡潔)。条件から c = −(a + b) なので:
  a4 + b4 + c4 = a4 + b4 + [−(a + b)]4 = a4 + b4 + (a + b)4
   = 2a4 + 4a3b + 6a2b2 + 4ab3 + 2b4  ⌘
一方:
  ab + ac + bc = ab − a(a + b) − b(a + b) = −ab − a2 − b2
  ∴ (ab + ac + bc)2 = (−ab − a2 − b2)2 = (a2 + b2 + ab)2
   = a4 + b4 + (ab)2 + 2a2b2 + 2a3b + 2ab3
   = a4 + b4 + 3a2b2 + 2a3b + 2ab3
この等式の両辺を 2 倍すると ⌘ に等しい。(2025年6月2日)

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2025-04-24 コタンジェント(cot)プチ入門 バーゼル問題への橋渡し

#遊びの数論 #バーゼル問題 #(41)

三角関数の変数名としてよく使われる θ は、ギリシャ文字の「テータ」(θῆτα = theta)。英語風に「シータ」と読まれることも多い(英語風では th は think の子音。古典ギリシャ風では th は t の帯気音で、日本語の「タ・テ・ト」の子音と同様)。余談→「天空の城ラピュタ」で空から降ってきた子の名前も「シータさん」ですが、国際版(字幕・吹き替え)では Sheeta となってたようです。

バーゼル問題、
  1 + 1/22 + 1/32 + 1/42 + ···  = ?
の扱いでは、三角関数 cot θ を使いまくりました。 sin (サイン)、 cos (コサイン)、 tan (タンジェント)は誰でも名前くらいは聞いたことあるとして、 cot (コタンジェント)は、比較的マイナーな存在。 cot θ って、要するに何?

神の証明集 Proofs from THE BOOK でも「これを紹介したい誘惑には逆らえない」「美しい」と絶賛された、ヤグロム(Yaglom)流のエレガントな証明。そのツールとなる cot について基本を復習し、イメージを明確にしておくことは、後学のためにも無駄ではないでしょう。

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[1/3] tan と cot は互いに逆数

原点 O を中心に半径 1 の円があるとして、その円周上の任意の場所に点 P があるとします。座標の横軸(OB とする)と直線 OP の成す角が θ のとき、 P の横座標が cos θ で、 P の縦座標が sin θ。ただし θ は、反時計回りに測る、と。 P から横軸上に垂線を引いて、横軸との交点を A とすると OA = cos θ, OE = AP = sin θ。

一方、円のてっぺん(円と縦軸の交点。 D とする)で円に水平な接線を引いたとして、この接線と直線 OP の交点を R とすると、 cot θ とは DR の長さ(θ に応じて定まる)。 θ を 0⁰ ~ 90° とすると、 θ が小さければ小さいほど cot θ = DR が長くなり、 θ が大きければ大きいほど cot θ が小さくなることが、イメージできるでしょうか…

この幾何学定義、表面的な意味は簡単だけど、要するにどーいうこと?

今、円の右端 B でも円に垂直な接線を引いて、直線 OP とこの垂直接線の交点を Q とすると、 BQ の長さは tan θ です(後述)。 OP は、円の中心と円周上の点を結ぶ線分(扇形 OPB の弦。切り分けたピザパイの形の切り口)ですけど、それを延長して円周をぶった切る直線 OQ や OR のようなものを割線といいます。原点 O を通る割線が「垂直接線」と交わる場所の縦座標 BQ が正接 tangent に当たり、割線が「水平接線」と交わる場所の横座標 DR が余接 cotangent に当たる。 tan と cot は、きょうだいというか、まぁ、同じような概念の「縦バージョン」と「横バージョン」っつーこと。

ていうか、普通は「正接・余接」なんつー古語(?)を使わず、「tan θ は直線 OP の傾き」とか、「tan θ は sin θ/cos θ のこと」――といった説明になるでしょう。実際、直線 OP を1次関数のグラフ(例えば、時間に対する走行距離の変化)だと思うと、横座標(入力)が O から A まで増えるとき縦座標(出力)は A (のレベル、つまりゼロ)から P まで増えるのだから、その増加率(言い換えれば、直線の傾き)は (AP)/(OA)。ここで OA = cos θ, AP = sin θ なので、今考えた傾き tan θ は sin θ/cos θ に等しい。しかも △OAP と △OBQ は相似な直角三角形なので、対応する辺の長さを考えると、比 sin θ/cos θBQ/OB = BQ/1 = BQ に等しく(OB = 円の半径 = 1 なので)、 BQ = tan θ ということに(それは入力が O から B までちょうど 1 増えたときの、出力の変化。仮に横軸を時間、縦軸を距離とすると、1時間経過後の距離の変化は、割り算するまでもなく「時速」に当たる)

tan θ は「時間が 1 増えるとき、距離はどのくらい変化するか?」という割合(1時間当たりのキロメートル数)や、同様の変化率を表すのですが、 cot θ は、あべこべに「距離が 1 増えるとき、時間がどのくらい経過するか?」(1キロメートル当たりの所要時間)のような、逆の意味での比。つまり cot θ は tan θ の逆数。

これをイメージ的に整理するには、 R の横座標を C として…

第一に、入力が O から A まで増えるとき、出力は A から P まで変化する。これは傾き sin θ/cos θ としての tan θ です。第二に、入力が O から B まで増えるとき、出力は B から Q まで変化。これは、分母を 1 とした傾き BQ/1 としての tan θ で、正接 BQ に当たります。第三に、入力が O から C まで増えるとき、出力は C から R まで変化。ところが CR = OD = 円の半径 = 1 なので、これは、分子を 1 とした傾き 1/OC としての tan θ。定義により OC = DR = cot θ なので、
  tan θ = 1/OC = 1/cot θ
となる。その両辺の逆数を考えると、
  1/tan θ = cot θ
ってことに。要するに「余接 cot θ と正接 tan θ は、互いに逆数だよ」。

〔補足〕 △OBQ と △OCR は相似なので、 OB : BQ = OC : CR つまり 1 : tan θ = cot θ : 1。よって tan θ × cot θ = 1 となり、 tan θ と cot θ の積は 1。すなわち両者は、互いに逆数(どちらも 0 でないとする)。

cot θ は tan θ = sin θ/cos θ の逆数なんで、次のような関係です…

cot の定義 cot θ = 1/tan θ = cos θ/sin θ  

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[2/3] cot と csc の関係

OP = 円の半径 = 1 ですが、割線のうち、正接 BQ = tan θ に対応する OQ の長さを正割 sec θ といいます(今回は必要ない)。一方、割線のうち、余接 DR = cot θ に対応する OR の長さを余割(コセカント)といい、これを記号 cosec θ または csc θ で表します(cosec の方が分かりやすいようですが、 csc は簡潔。「6種の三角関数をそれぞれ3文字で表現」という統一感もいい)。

csc θ は sin θ の逆数。実際、△OAP と △OCR は相似なんで、それぞれの斜辺と対辺(高さ)の比は等しい:
  OP : AP = OR : CR つまり
  1 : sin θ = csc θ : 1
これは 1/(sin θ) = (csc θ)/1 = csc θ を意味する。両辺を平方すれば:
  1/sin2 θ = csc2 θ  ケ

さて △RDO ≡ △OCR は、辺の長さが cot θ : 1 : csc θ の直角三角形ですから、三平方の定理から:
  (cot θ)2 + 12 = (csc θ)2
普通、表記の簡潔化のため (cot θ)2 を cot2 θ のように書く習慣があります。この表記法を使うと、上の式は、
  cot2 θ + 1 = csc2 θ
と整理される。この恒等式が、
  1 + 1/22 + 1/32 + 1/42 + ···  = π2/6
Yaglom 系の証明でも、 Hofbauer によるアレンジでも、議論の要!

幾何学(「三角形の合同」のような)によらないその導出例は、次の通り。
  sin θ/cos θ = tan θ つまり cos θ/sin θ = 1/tan θ
なので、右の式の両辺の平方を考えると:
  cos2 θ/sin2 θ = (cos θ/sin θ)2 = (1/tan θ)2 = 1/tan2 θ  コ
基本公式 cos2 θ + sin2 θ = 1 の両辺(各項)を sin2 θ で割り、コとケを使うと:
  cos2 θ/sin2 θ + 1 = 1/sin2 θ つまり 1/tan2 θ + 1 = csc2 θ

1/tan2 θ の代わりに、簡潔に (1/tan θ)2 = cot2 と書くと:

三平方の定理の一種 cot2 θ + 1 = csc2 θ

〔注〕 1/tan θ の代わりに最初から cot θ を使うと、上記の導出はもう少し簡単になります。

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グラフ(画像)。

[3/3] cot の値

三角関数の基礎によると、
  tan 30° = tan (π/6) = 1/3, tan 45° = tan (π/4) = 1, tan 60° = tan (π/3) = 3
なので、それぞれの逆数から:
  cot 30° = cot (π/6) = 3, cot 45° = cot (π/4) = 1, cot 60° = cot (π/3) = 1/3
θ が 0 から直角まで増えるとき、 tan は 0 から ∞ に向かい、逆数の cot は ∞ から 0 に向かう。グラフの点線が tan で、実線(青)が cot。

グラフの形から、 tan, cot の一方の入力を 90° ずらすと、その(出力の)値は、他方の値の符号を反転させたものに等しい(横軸に対して鏡像)、と予想される。例えば:
  予想 tan (θ + π/2) = −cot θ  サ

その証明は、 tan の加法定理、
  tan (α + β) = ()/(1 − 積) = (tan α + tan β)/(1 − tan α tan β)
に β = π/2 を入れるだけ――と言いたいところだが、あいにく tan (π/2) = ±∞ は定義されないので、都合わりぃな。どうしましょ…。そもそも tan の加法定理ってやつは、
  sin (α ± β)/cos (α ± β) = (sin α cos β ± cos α cos β)/(cos α cos β ∓ sin α sin β)
の分子・分母を cos α cos β で割ることで得られるのであった(複号同順)。そこで発想を逆転させ(分子と分母を逆さまにして)、
  cot (α ± β) = cos (α ± β)/sin (α ± β) = (cos α cos β ∓ sin α sin β)/(sin α cos β ± cos α cos β)
の分子・分母を sin α sin β で割ると:

cot の加法定理 cot (α ± β) = (cot α cot β ∓ 1)/(cot β ± cot α)

この形なら、 cot (π/2) = 0 は普通に定義されるので、遠慮なく cot β に β = π/2 を入れることができるっ!
  cot (α + π/2) = [(cot α)⋅0 − 1]/(0 + cot α) = −1/cot α = −tan α
  ∴ tan α = −cot (α + π/2)
α = θ + π/2 と置くと、
  tan (θ + π/2) = −cot (θ + π/2 + π/2) = −cot (θ + π) = −cot θ
となって、予想サの正しさが証明される(最後の等号の根拠は、 tan も cot も周期 π の周期関数であること)。

同様に、 cot の加法定理の複号の下を選んだものに α = π/2 を入れると:
  cot (π/2 − β) = (0⋅cot β + 1)/(cot β − 0) = 1/cot β = tan β
β = π/2 − θ と置くと:
  cot (π/2 − (π/2 − θ)) = tan (π/2 − θ)
  ∴ cot θ = tan (π/2 − θ)

つまり、直角から θ を引いた角の tan は cot θ に等しく、逆に直角から θ を引いた角の cot は tan θ に等しい。

〔補足〕 ある角度を 90° から引いたものを、その角度の余角という。上の観察は、余角の tan は cot であり、余角の cot は tan である、と要約される。三角関数の基礎によれば、余角の sin は cos で、余角の cos は sin だが、それと全く同様。

ポイント:  tangent (tan) と cotangent (cot) や、 sine (sin) と cosine (cos) のように、「名前に co- があるか・ないかだけの違い」のペアでは、ある角度 x を一方に入れたときの値と、もう一方に余角 90° − x を入れたときの値が等しい。 30°, 45°, 60° の三角関数の値はよく使うので知ってた方が便利だけど、余角のペアを意識すれば、覚える量は半分で済む。

〔例〕 cot 30° = cot (90 − 30)° = tan 60° = 3
↑ もし tan 60° の値を知ってるなら、あらためて cot 30° の値を覚えなくても構わない。
ところで cot の定義から、これは tan 30° = 1/3 の逆数が 3 に等しい、という意味でもある(数値的には当たり前)。

例題 cot 15° を求め、それを使って cot 75° を求める。

 cot の加法定理から cot (45° − 30°) は:
  cot 15° = (cot 45° cot 30° + 1)/(cot 30° − cot 45°) = (1⋅3 + 1)/(3 − 1) = (3 + 1)/(3 − 1)
この分子・分母に 3 + 1 を掛けると、分子は (3 + 1)2 = 3 + 23 + 1 = 4 + 23 になり、分母は (3)2 − 12 = 2 になるので:
  cot 15° = (4 + 23)/2 = 2 + 3

その逆数 1)/(2 + 3) は tan 15° に等しい。その分子・分母に 2 − 3 を掛けると、分子は 2 − 3 になり、分母は 22 − (3)2 = 1 になるので、
  tan 15° = 2 − 3
となる。ところが tan 15° は、余角の cot、つまり cot (90° − 15°) = cot 75° に等しい。

15° 単位の tan と cot
近似値は 3 = 1.732… から容易に暗算可能
tan近似値cot
15°2 − 30.267…75°
30°1/3 = (3)/30.577…60°
45°11.00045°
60°31.732…30°
75°2 + 33.732…15°

〔参考〕 tan の加法定理から tan 15° を求めることも可能。あるいは、 tan の半角の公式(小学生の算数から)を使って tan 30° から tan 15° を求めることもできる:
  tan 15° = (正矢)/(正弦) = (1 − cos 30°)/sin 30° = (1 − (3)/2)/(1/2) = (2 − 3)/2 ÷ 1/2 = 2 − 3

例題2 cot2 (π/3) を求める。

 cot (π/3) = cot 60° = 1/3 なので、その平方は 1/3。 cot2 A は (cot A)2 の意味。

例題3 cot2 (π/5) + cot2 (2π/5) を求める。

 cot 36° と cot 72° がそれぞれ
  [(25 + 105)]/5 と [(25 − 105)]/5
であることは計算可能であり、それぞれ平方すると
  (25 + 105)/25 と (25 − 105)/25
なので、和は 50/25 = 2 となる。しかしこの正攻法は、かなり面倒。もっと便利なアプローチは、全く違うアイデア(このメモの範囲外)に基づく: 実は cot2 (π/5)cot2 (2π/5) は、2次方程式 5y2 − 10y + 1 = 0 の2解に当たる(《さ》参照)。その事実を利用するなら、解と係数の関係から、直ちに2解の和 10/5 = 2 が求まる。

〔付記〕 cot2 (π/5) と cot2 (2π/5) を小数展開すると、数の並びがちょっと印象的:
  cot2 (π/5) = (5 + 25)/5 = 1.894427190999915…
  cot2 (3π/5) = (5 − 25)/5 = 0.105572809000084…

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cot や csc は、比較的使用頻度の低い三角関数ですが、意外といろんな場面で活躍します。例えば、正五角形多角形の研究など。このメモの内容は、ヤグロムによるバーゼル問題の解法への橋渡しを兼ねるものです。

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2025-04-27 π16 を暗算して B16 を求める 変な解法・素直な計算

#遊びの数論 #ベルヌーイ数の分母 #ベルヌーイ数 #バーゼル問題 #(41)

ベルヌーイ数は、表面的には 110 + 210 + 310 + ···  + 1010 のような計算に役立つ。深いレベルでは「ほとんど奇跡的」ともいわれる美しい性質を秘める。

小さい番号のベルヌーイ数(B2 = 1/6 など)を求めることは、難しくない。このメモの前半では、一種のゲリラ戦法で B16 = −557/3617 を暗算する(あまり意味ないけど、ちょっと面白い)。後半では、定義に則した真面目な計算で B10 までを導出。

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バーゼル問題からの発展で、正の偶数 m について、
  経験式  ζ(m) = 2m−1 πm |Bm|/m!
得た。 m がある程度大きいとき、例えば m = 16 のとき、
  ζ(m) = 1 + 1/216 + 1/316 + 1/416 + ···
は 1 に近い。なぜなら 1/216 = 1/65535 は 1/60000 未満(つまり 1/6 = 0.166… の 1 万分の 1 未満)。 1/316 や 1/416 はさらに急激に小さくなるので、足し算の結果はほとんど増えない。よって、上記の経験式は、近似的に
  1 ≈ 2m−1 πm |Bm|/m!
となり、両辺を m!/(2m−1 πm) 倍すれば:
  m!/(2m−1 πm) ≈ |Bm|

m = 16 の場合でいえば 16!/215 を  π16 で割ると |B16| の近似値が得られる

16!/215 は単純な整数の割り算。そして、番号が 4 の倍数の Bernoulli 数は負なので、絶対値記号の中身の符号は負。結局、円周率の 16 乗さえ概算できれば、 B16 も概算できる。のみならず、 von Staudt–Clausen の定理により B16 の端数を正確に決定できる。変な裏道のようだが、理論的には一応まっとう(暫定的に、上記の経験式を正しいと認めれば)。

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π = 3.14159… のような複雑な数を16乗することは、暗算では不可能と思えるかもしれない。でも、だいたいの値でいいとしたら…。「16」ってのは、都合のいい指数だ。 π4 ≈ 97.4 は既に分かってるので、 π16 = (π4)4 ≈ (97.4)4。細かい端数を無視して、2回平方すると:
  π8 = (π4)2 ≈ 972 = (100 − 3)2 = 1002 − 2⋅100⋅3 + 32 = 10000 − 600 + 9 ≈ 9400
  π16 = (π8)2 ≈ 94002 = 942 × 1002
ここで 942 = (100 − 6)2 = 10000 − 1200 + 36 ≈ 8800 なので:
  π16 ≈ 8800万  ‥‥❶

有効数字1~2桁でいいなら、不可能どころか、あっけないほど簡単!

こんな大ざっぱな計算でもだいたいの目安にはなる。肝心なのは 16!/215 をこの数で割った商。 16!/215 の大きさ次第では、上記の略算は大ざっぱ過ぎて有効数字が足りないかも。そのへんは、やってみないと分からない:
  16!/215 = 16⋅15⋅14⋅13⋅12⋅11⋅10⋅9⋅8⋅7⋅6⋅5⋅4⋅3⋅2⋅1215
   = (16⋅14⋅12⋅10⋅8⋅6⋅4⋅2)(15⋅13⋅11⋅9⋅7⋅5⋅3⋅1)215
の分子の積では、各偶数が因子 2 を最低一つ持つので、因子 2 が少なくとも計 8 個ある。その 8 個を、分子にある因子 2 の(15 個中の)8 個と約分すると:
  16!/215 = (8⋅7⋅6⋅5⋅4⋅3⋅2⋅1)(15⋅13⋅11⋅9⋅7⋅5⋅3))/27
しかも、約分後の分子に残る偶数 8⋅6⋅4⋅2 には因子 2 が計 7 個ある。それらも約分すると分母は 1 になり、この分数は、実は整数:
   = (7⋅3⋅5⋅3)(15⋅13⋅11⋅9⋅7⋅5⋅3) = (7⋅5⋅32)(52⋅34⋅13⋅11⋅7)  シ

便利な関係 7⋅13⋅11 = 91⋅11 = 910 + 91 = 1001 を念頭に、シを整理:
  16!/215 = 7⋅36⋅53⋅1001 = 7⋅729⋅1001⋅125
大ざっぱな近似計算なので、 7⋅729 を 730⋅7 = 4900 + 210 ≈ 5100 で代用しちゃえ。 1001 も 1000 で代用。すると:
  16!/215 ≈ 5100 × 1000 × 125 = 510万 × 125
   = 510万 × 1000 ÷ 8 ≈ 512万 ÷ 8 × 1000 = 64万 × 1000 = 6億4000万  ‥‥❷

結局、 16!/215π16 で割った商は、およそ❷を❶で割ったものに等しい: 64000 ÷ 8800 を考えると 7 より少し大きいが 8 よりは小さい。それが B16 の絶対値に当たる(符号も考慮すると −7 より少し小さいが −8 よりは大きい)。

−7 > B16 > −8 ってだけじゃ B16 の正確な値には程遠いようだが、端数部分については「von Staudt–Clausen の定理」によって厳密に決定できる。長い名前の難しそうな定理だけど、使い方は簡単。 B16 の番号 16 の約数を考えると…
  1, 2, 4, 8, 16
そのうち、「1 を足すと素数になる」ものだけを選ぶ。
  1, 2, 4, 16
は条件を満たすが(なぜなら 2, 3, 5, 17 は素数)、 8 は条件を満たさない(なぜなら 9 は合成数)。これら四つの素数の逆数の和は、
  1/2 + 1/3 + 1/5 + 1/17 = 5/6 + 22/85 = 425/510 + 132/510 = 557/510
なので、 B16 は「ある整数 − 557/510」に等しい。それが定理の意味。 B16 は −7 より少し小さく、 557/510 は約 1.1 だから、「ある整数」は −6 だろう。 −6 − 1.1 = −7.1 ≈ B16 ってわけ。

かくして B16 の正確な値を求めることは、分数計算 −6 − 557/510 に帰着。通分して普通に計算すると、
  B16 = −3060/510 − 557/510 = −3617/510
という結論に達する!

概算で使った近似値を検討すると、誤差は最終的な結論には影響しないこと、つまり上記 −3617/510 は B16 の正確な値であることを検証できる。

〔補足〕 上の概算では 16!/215 ≈ 6億4000万、 π16 ≈ 8800万、 前者÷後者 = 7より少し大きい――としたが、正確な値は 16!/215 = 6億3851万2875、 π16 = 9003万2220.8…、 前者÷後者 = 7.092… だ(一方、 B16 = −7.0921568627…)。 π16 の見積もりが約200万もずれてたけど、この割り算では、たとえここに ±900万 の誤差があっても商には ±0.1 程度の影響しかなく、「B16 の絶対値が整数 7 に近い」という結論は揺るがない。❷の計算は有効数字1~2桁なので、 π16 は8700万~8900万付近のはず――この大ざっぱな見積もりで無問題(±900万の精度で十分なのだから)。

以前、同じ von Staudt–Clausen の定理に基づく便利な方法(一種のチート)で B12 までを求め、やや苦労して B14 = 7/6 も求めたが、今回は一応 B16 に到達。数世紀前、 Faulhaber は力技の手計算で17乗和までを処理したが、 B16 があれば、われわれも17乗和を統一的に扱えるであろう。

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奇襲のようなゲリラ戦法も一興だが、比較的小さい番号の Bernoulli 数については、定義(二項係数に基づく)から直接的に求める方が手っ取り早い。 m 番の Bernoulli 数 Bm を便宜上 Bm と表記し、形式的に「B の m 乗」であるかのように扱うことにする。 Bm の値――便宜上の表記では Bm ――を知りたければ、
  (1 + B)m+1 = m + 1
を Bm について解けばいい。例えば m = 6 の場合、
  (1 + B)7 − B7 = 7
を B6 について解けばいい。番号が奇数の Bernoulli 数は 0 なので、
  (1 + B)7 = 7
でも同じこと。展開すると:
  1(B0) + 7(B1) + 21(B2) + 35(B3) + 35(B4) + 21(B5) + 7(B6) + 1(B7) = 7
ここで 1, 7, 21, 35, 35, 21, 7, 1 は二項係数

B0 = 1, B1 = 1/2, B2 = 1/6, B4 = −1/30 であることは(定義から)既知なので(そして B3 = B5 = B7 = ··· = 0 なので)、上の式はこうなる:
  1(1) + 7(1/2) + 21(1/6) + 35(0) + 35(−1/30) + 21(0) + 7(B6) + 1(0) = 7
  つまり 1 + 7/2 + 21/6 − 35/30 + 7B6 = 7
  約分して 1 + 7/2 + 7/2 − 7/6 + 7B6 = 7  ‥‥①
  通分して 6/6 + 21/6 + 21/6 − 7/6 + 7B6 = 42/6
  整理して 41/6 + 7B6 = 42/6 つまり 7B6 = 1/6
  ∴ B6 = 1/42

〔注〕 正直に計算すれば上記の通りだが、①の左辺の 7/2 + 7/2 = 7 の部分に着目して①の両辺から 7 を引くと 1 − 7/6 + 7B6 = 0 つまり −1/6 + 7B6 = 0 となって、少し計算量を削減できる。

これで B6 = 1/42 が分かったので、今度は m = 8 を処理できる。 (1 + B)9 の展開から:
  1(1) + 9(1/2) + 36(1/6) + 84(0) + 126(−1/30) + 126(0) + 84(1/42) + 36(0) + 9(B8) + 1(0) = 9
  つまり 1 + 9/2 + 6 − 21/5 + 2 + 9B8 = 9  ‥‥②
  通分して 10/10 + 45/10 + 60/10 − 42/10 + 20/10 + 9B8 = 9
  93/10 + 9B8 = 90/10 つまり 9B8 = −3/10
  ∴ B8 = −1/30

〔注〕 この場合も、②左辺の 1 + 6 + 2 = 9 の部分に着目して②の両辺から 9 を引くと、少し簡単になる。

結局 B8 = −1/30 であり、 B4 と等しい。同様に (1 + B)11 = 11 の展開から、 m = 10 の場合を処理できる:
  1(1) + 11(1/2) + 55(1/6) + 165(0) + 330(−1/30) + 462(0)
   + 462(1/42) + 330(0) + 165(−1/30) + 55(0) + 11(B10) + 1(0) = 11
  整理すると 1 + 11/2 + 55/6 − 11 + 11 − 11/2 + 11B10 = 11
左辺の 11/2 と −11/2、 −11 と +11 は打ち消し合うので:
  1 + 55/6 + 11B10 = 11 つまり 61/6 + 11B10 = 66/6
よって 11B10 = 5/6 となり B10 = 5/66 を得る。

このようにして B6, B8 などを求めることは、さほど面倒でもない。実は B12 までに関しては、便利な速算術があるんだけど、定義に則して実直に導出してみるのも、気持ちのいいものだ!

0 番から 10 番までの Bernoulli 数(値がゼロのものは略)
B0B1B2 B4B6B8B10
11/21/6 −1/301/42−1/305/66

〔注〕 B1 = −1/2 と定義されることも多い(その方が、幾つかの式は、形が簡単になる)。ここでは B1 = +1/2 とする。 +1/2 は Bernoulli 自身が使った本来の値で、古典的なべき和の文脈ではその方が便利。 Conway は昔から +1/2 派。 Knuth は昔は −1/2 派だったが、2020年代に +1/2 派になった。定義は約束事なので、どちらかが絶対的に正しいということはない。

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2025-04-30 答えはぁッ! 3分の2より! 小さいッ!

#遊びの数論 #バーゼル問題 #(41)

漫画「ジョジョの奇妙な冒険」第6部では、次の問題が「かなりヘビーなクエスチョン」と呼ばれている:
  1/2 + 1/4 + 1/8 + 1/16 + ···
という足し算の結果は 1 に「」?

次の和は、それに似てるが、もっと難しい:
1/1 + 1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· = ?
(注: 分母は 1 × 1, 2 × 2, 3 × 3, ··· と増える)――数学史に残る難問で「バーゼル問題」と呼ばれる。答えは「円周率の2乗の6分の1」という全く予想外のもの。簡単には証明できない。けど「この和が 1 + 2/3 より小さい」ってとこまでは、小学生の算数だけで証明できる。

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1/21/3 = 3/62/6 = 1/6 は、まったくもって普通の分数計算だ。

では次はどうか?
  1/31/4 = 4/123/12 = 1/12

同じようなもの、別に面白いことなさそう…。それでは次は?
  1/41/5 = 5/204/20 = 1/20
  1/51/6 = 6/305/30 = 1/30

ふ~む、こうして並べてみると、なんつーか、この 1/(n − 1)1/n の形の引き算には、一定のパターンがあるような感じがする――通分した分母はもともとの二つの分母の積だし(通分だから当たり前か…)、通分した後の二つの分子は、もともとの二つの分母を逆順に並べたものだ。そして、引き算結果の分子は、いつも 1 になるっぽい。

考えてみれば当たり前のことで、通分すると分母は (n − 1) × n になって、
  第一の分数は 1/(n − 1) = (n)/[(n − 1) × n]
  第二の分数は 1/n = (n − 1/[(n − 1) × n]
なのだから、前者から後者を引けば、
  n/[(n − 1) × n] − (n − 1)/[(n − 1) × n] = [n − (n − 1)]/[(n − 1) × n] = 1/[(n − 1) × n]
となる(※注)。逆に言えば…

「観察」 1/[(n − 1) × n] = 1/(n − 1) − 1/n

(※注) 分子の n − (n − 1) は、ある数 n から「その数より 1 小さい数」を引くのだから、結果は 1 になる。例えば 4 − 3 = 1 とか 10 − 9 = 1 のように。

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分数は、分子が同じなら分母が大きいほど、値が小さい。例えば:
  1/4 = 0.25 < 0.5 = 1/2
  1/10 = 0.1 < 0.2 = 1/5
(簡単に言えば、一つのアップルパイを二人で半分ずつ分けるより、三人で 3 分の 1 ずつ分ける方が、一人分は小さくなる。四人で 4 分の 1 ずつ分ければ、一人分はさらに小さくなる。当たり前。)

n が 2 以上のどんな数でも、
  n × n は (n − 1) × n より大きい
のだから、
  1/(n × n) < 1/[(n − 1) × n]  ス
が成り立つ(例えば 1/(3 × 3) = 1/91/(2 × 3) = 1/6 より小さい)。スの右辺に上記の「観察」を適用すると、不等式スは、次と同じ意味:
  1/(n × n) < 1/(n − 1) − 1/n  セ

〔例〕 1)/(3 × 3) = 1/91)/(2 × 3) = 1/6 より小さい
1)/(2 × 3)1/21/3 に等しいので、こう言い換えることもできる:
  1)/(3 × 3)1/21/3 より小さい

今、セに n = 2, n = 3, n = 4, ··· を当てはめると:
  1/(2 × 2) < 1/1 − 1/2  セ②
  1/(3 × 3) < 1/2 − 1/3  セ③
  1/(4 × 4) < 1/3 − 1/4  セ④
  1/(5 × 5) < 1/4 − 1/5  セ⑤
   ︙

〔注〕 分数の部分を直接計算してみれば、 これらは 1/4 < 1/2 とか 1/9 < 1/6 とかの当たり前の主張だ、ということを簡単に確認できる。 n を 2 以上としたのは、単に n = 1 だとスやセで「0 での割り算」が発生してしまうから。あまり深い意味はない。

「小さいもの同士の和」は「大きいもの同士の和」より小さい。セ②とセ③の左辺同士・右辺同士を足し合わせると、
  1/(2 × 2) + 1/(3 × 3) < 1/1 − 1/2 + 1/2 − 1/3
となるが、この右側を整理すると 1 項目の 1/1 は 1 のことだし、 2 項目と 3 項目では 1/2 を引いてから、また 1/2 を足しているので、プラマイ・ゼロっつーか、何もしないのと同じこと。要するに、こうなる:
  1/4 + 1/9 < 1 − 1/3
同様に、セ②~セ④の左辺同士・右辺同士を足し合わせると:
  1/4 + 1/9 + 1/16 < 1/1 − 1/2 + 1/2 − 1/3 + 1/3 − 1/4 = 1 − 1/4
さらに同様にどんどん進めると:
  1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· + 1/(n × n) < 1 − 1/n  ソ

〔注〕 ソの右辺がたった 2 項なのは、セ②、セ③、セ④…の右側を足し合わせたとき、両端の 2 項以外は、プラマイゼロで全部消滅するから。

すなわち 2 × 2, 3 × 3, 4 × 4, 5 × 5, ··· の逆数をどこまで足しても、和は 1 より小さい――より正確に言えば 1/(n × n) まで足しても 1 − 1/n より小さい。仮にソの両辺を 1 ずつ増やすと(左側の方が小さいのだから、左右両側に同じ数を足しても、依然、左側の方が小さい)、
  1 + 1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· + 1/(n × n) < 2 − 1/n
となって、
  バーゼル問題の和 1 + 1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ···
は、どこまで足しても 2 よりは小さいことが分かる。具体的な和は分からないけど、とにかく 2 よりは小さいよ、と。

「バーゼル問題」を考えたヤコブ・ベルヌリ(ベルヌーイ)も、そこまでは認識していたし、上記の論法――そして、それに基づく「この和は 2 より小さい」という結論――は、多くの文献に記されている。

この論法は間違いではないが、「殿様商売」というか「税金を無駄遣いするお役所仕事」というか、あまりタイトではない。もう少しシビアな「けち方式」を紹介したい。

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不等式のソの根拠は、セ②、セ③…に基づく次の関係だった:
  1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· < (1/1 − 1/2) + (1/2 − 1/3) + (1/3 − 1/4) + (1/4 − 1/5) + ···  タ

タの右辺を A とすると、 A ≦ 1 ということは分かっている。なぜなら右辺では、第1項 1/1 以外――つまり − 1/21/2− 1/21/2 等々、第2項と第3項、第4項と第5項など――は、打ち消し合ってゼロになってしまい、他に残るものがあるとすれば右端のマイナスの分数だけだから。

しかしタの根拠の一つであるセ②、
  1/(2 × 2) < 1/1 − 1/2 つまり 1/4 < 1/2
は、正しい不等式には違いないが、ずいぶんな「どんぶり勘定」(大ざっぱな評価)である。「左辺は 1/4 だけど、念のため余裕をみて『1/2 未満』として、多めに予算を計上しましょう」みたいな。「けち方式」では、この態度を改め「1/4 は、きっちり 1/4」とタイトに評価する。
  お役所方式   1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· < (1/2) + (1/2 − 1/3) + (1/3 − 1/4) + (1/4 − 1/5) + ···
  けち方式  1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· < (1/4) + (1/2 − 1/3) + (1/3 − 1/4) + (1/4 − 1/5) + ···
けち方式でも、右辺の二つ目以降の ( ) 内は、それぞれ左辺の対応する項より大きいので(セ③、セ④…参照)、全体としては、右辺が左辺より大きい(お役所方式と同じ不等号が維持される)。

けち方式の結果、一つ目の ( ) 内が 1/2 から 1/4 に減ったので、お役所方式に比べ、けち方式の右辺は 1/4 小さくなる。お役所方式の右辺を A とするなら、けち方式の右辺は A − 1/4 だ。前述のように A ≦ 1 だから:
  1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· < A − 1/4 ≦ 1 − 1/4 = 3/4
この両辺に 1 を足すと:
  1 + 1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· < 1 + 3/4 = 7/4

このことから、「バーゼル問題の和は 2 より小さい」という緩い評価を改善し、「その和は 7/4 = 1.75 より小さい」と断言できるっ!

「けち方式」の考え方をさらに拡張することができる。二つ目の ( ) 内、すなわちセ③について。セ③は、
  1/9 は 1/21/3 = 1/6 より小さい
という主張であり、もちろん間違ってはいない。しかし真の値は 1/9 なのに、それを「1/6 未満」と緩く評価すると、
  1/61/9 = 1/18
の「無駄」(過大評価)になる。この無駄をなくすことで、バーゼル問題の和の上界は、さらに 1/18 改善される。
  1 + 1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· < 7/4 − 1/18 = (7 × 9 − 1 × 2)/36 = 61/36 = 1.69444…
「2 よりは小さい」という大ざっぱな評価と比べると、はるかに正しい答え π2/6 = 1.64493… に近い!

「けち方式」をもっと進めることは可能だが、ここでいったん「けち方式」の意味を表の形で整理しておこう。評価したい和は、
  S = 1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ···
に 1 を足したものである。

縦に足し合わせる不等式たち
お役所方式けち方式コスト削減
セ②1/4 < 1/21/4 ≦ 1/41/4
セ③1/9 < 1/61/9 ≦ 1/91/18
セ④1/16 < 1/120
セ⑤1/25 < 1/200
合計S < 1S < 0.69444…0.30555…

「1/4 は 1/2 未満」「1/9 は 1/12 未満」という緩い不等式を「1/4 は 1/4 以下」「1/9 は 1/9 以下」というギリギリな不等式に置き換えることで、トータルでの不等号を維持したまま、 S の評価を厳しくする――それが「けち方式」。

その気になれば、どこまでも「けち方式」を推進できる。ここではこの手法をセ⑤にまで適用して、その先は通常通りにしてみる。結果は次の通り。

縦に足し合わせる不等式たち(ver. 2)
お役所方式けち方式コスト削減
セ②1/4 < 1/21/4 ≦ 1/41/4
セ③1/9 < 1/61/9 ≦ 1/91/18
セ④1/16 < 1/121/16 ≦ 1/161/48
セ⑤1/25 < 1/201/25 ≦ 1/251/100
セ⑥1/36 < 1/300
合計S < 1S < 0.66361…0.33638…

計算を実行すると、 S = 1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + ··· という無限和は 2389/3600 = 0.6636111… より小さいことが分かる(切りのいい分数を使うと、この和は 2/3 = 0.6666666… より小さい(従ってバーゼル問題の和は 5/3 = 1.6666666… 未満)。

他方において、バーゼル問題の和は、最初の 7 項だけでも
  1 + 1/4 + 1/9 + 1/16 + 1/25 + 1/36 + 1/49 = 266681/176400 = 1.5117970…
であり、8 項目以降も無限に足した合計は、もちろんそれより大きい。

以上をまとめると、バーゼル問題の答えは 1.511 より大きいが 1.664 より少し小さい。この結論は、
  真の和 π2/6 = 1.64493…
にそれなりに肉薄するもの。お世辞にも優秀な近似値とは言えないけど、「小学生の算数だけ」という限られたツールの範囲では善戦!

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この問題の本当の答え(どうやって π2/6 という結論を出すのか?)に興味を持たれる方も多いだろう。整数の平方の逆数を足したものが「円周率の2乗の 6 分の 1」という突拍子もない値になるのは、どう考えてもミステリアスな現象であり、数の世界の奥深さに、ある種の畏敬の念を感じずにはいられない。

残念ながら(まぁ容易に予想がつくだろうけど)、この和を求めるのは少々難しい。一番簡単と思われる方法は csc 関数を使うもので、三角関数に関する最小限の知識だけで実行可能だが、無限の和・総和記号についてのやや繊細な処理が必要。別の方法として、ヤグロム兄弟が記したアプローチはエレガントで美しい。半面、必要となる予備知識が若干多い。そのうち cot 関数についての説明解と係数の関係二項係数の基礎などは、一般向けの範囲で一応説明可能だが、三角関数の多倍角の公式を複素数の範囲で考えなければならないところが、(正攻法でやるなら)解析的になってしまう(追記: ド・モアブルの定理をバイパスすることは可能だが簡潔ではない)。それらについて予備知識がある人にとってはすてきな散策コースだし、そうでない人も「難しくて無理」と否定的に考えず、「この世界には、美しく不思議なことがあるらしい」と素朴な好奇心を感じつつ、「機会があったら、いつか登ってみたい憧れの山」みたいに肯定的な気分でいれば、巡り巡って良いことにつながるかも…?

ちなみに冒頭で記した「ジョジョ」第6部のネタは、本質的には 1/2 + 1/4 + 1/8 + 1/16 + ··· の極限値に関係している。「残りの距離がどんどん半減する」のだから、「いくらでも 1 に近づける」ことは明白だが、「いくらでも近づけるけれど、 1 にができない」。これは一種「哲学的」な命題のようでもあるが、数学では単に形式的な「定義の問題」として扱われる。

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〔参考文献〕 Шклярский, et al. (1976) 問題233
https://math.ru/lib/book/djvu/bib-mat-kr/shk-1.djvu
本書(ロシア語第5版)では「けち方式」を1回だけ使うことで S < 3/4 を導いている。このメモでは、それを拡張して S < 2/3 を得た。

〔追記〕 上記の本の英訳を発見。下記URL参照。(2025年6月8日)
https://archive.org/details/d.o.shklyarskyn.n.chentsovi.m.yaglomselectedproblemsandtheoremsinelementarymathe

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2025-05-03 忘れられた偉人ヒルシュ ジラルの公式を越えて

#遊びの数論 #ジラルの公式 #ニュートンの式 #(41)

19世紀のドイツで活躍した数学者ヒルシュ(Hirsch)は、ほぼ忘れられてしまった存在だ。ヒルシュが書いた教科書は、当時はものすごいロングセラーだったらしい。1804年に初版が出て、亡くなった後にも改訂が続き(誤植の修正などだろう)、没後約40年の1890年に第20版が出ているとい何世代にもわたって、ドイツの学生はこの本で代数などを学んだのだろう。

† https://archive.org/details/meierhirschf002/page/n4/mode/1up
https://archive.org/details/meierhirschf001/page/n28/mode/1up

ユダヤ系だったらしい。「昔のドイツ + ユダヤ人」というと、「苦労したのでは…」と心配してしまうが、「何不自由ない生活を送った」という記述もある。他方、ある理由から心を病んでしまったと伝えられる。

奇才ジラル(Girard)――フランスで生まれたが、この人もいろいろ苦労したらしく、人生の大部分をオランダで送った――が記述した「根の4乗和までの明示的公式」。それをヒルシュは「10乗和」にまで拡張した。このメモでは「7乗和」までを扱う。
  A5 − 5A3B + 5A2C − 5AD + 5E + 5AB2 − 5BC
のような、一見複雑怪奇な公式たちのパターンを理解し、この式が「当たり前」と感じられるような境地を目指したい。用例として取り上げるネタは、ちょっぴりマニアック:
 <例> x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 = 0 の4解を a, b, c, d とする。 a6 + b6 + c6+ d6 を求めよ。
 <例> a + b + c = 0 のとき (a7 + b7 + c7)/7 = (a5 + b5 + c5)(a2 + b2 + c2)/10 が成り立つことを示せ。

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Meier Hirsch (マイエル・ヒルシュ)は、1765年ごろドイツ北東部の町 Friesack (フリーザック)で生まれた(当時はプロイセンという国だった)。青年期にフランス革命が起きる。やがてフランス軍(ナポレオン)の侵略を体験することになったであろう。1800年~1810年ごろに、多くの著書を出版している。名の Meier は Meyer とも表記される。

このメモのインスピレーションを与えてくれたのは、1809年の方程式論。この著作は、対称関数の現代的扱いの源流になったともいわ英国でも高く評価され、翻訳出版されている。ヒルシュは、任意の対称式(特には、べき和)と基本対称式の相互関係を理論的に扱っただけでなく、10次までの斉次対称式の基本対称式表現について、明示的な一覧表を提示した。当時の理論と手計算でこの表を作成するのは、大変だっただろう!

JPEG画像
Hirsch の表の「7」の部分の最初の行。クリックで全体を表示。

この前人未到の網羅的計算――5次の対称式・6次の対称式などを自由自在に処理できるという実践――は、他方において、ヒルシュが陥った錯覚の一つの背景になったのかもしれない。ヒルシュは「この経路から、一般の5次方程式・6次方程式などの代数的解法は可能」と信じ、そう宣言した。すぐ錯覚に気付き発言を撤回したものの、「解けると信じた5次方程式が実は解けない」ということはヒルシュを苦悩させ、その精神をむしばんだという。ヒルシュは1851年にベルリンで亡くなっているが、1810年ごろの積分表を最後に、新しい著書は出版されていない。

† H. Gray Funkhouser (1930), A Short Account of the History of Symmetric Functions of Roots of Equations

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(1/4) 基礎となる事柄

n 次式の n 個の根を、 a, b, c, ···  の n 文字で表すことにする。
  根の和 a + b + c + ···
  二つずつの積の和 ab + ac + ··· + bc + ···
  三つずつの積の和 abc + ···
を、それぞれ大文字の A, B, C, ··· で表す。ここで「二つずつ」というのは、 a, b, c, ···  のうち、相異なる2文字の全パターンの組み合わせを指し、積の順序の違いを区別しない(例えば ab と ba は同じものと考え、二重にカウントしない)。「三つずつ」なども同様。

考えている多項式を、
  ƒ(x) = xn + S1xn−1 + S2xn−2 + S3xn−3 + ···
としよう。偶数番目の大文字 B, D, ··· は係数 S2, S4, ···  に等しいが、奇数番目の大文字 A, C, ·· ·  は、係数 S1, S3, ···  とは符号が逆になる。

† 最高次の係数を 1 として、理論上、それを S0 = 1 と見なす。

「Newton の式」の証明では、 A, B, C, ··· の代わりに係数 S1, S2, S3, ··· をそのまま使った方が符号の扱いが簡単になる(証明の仕方にもよるが)。係数をそのまま使うと、根の m 乗和(後述)の式では、全部の Sk にマイナスが付く。一方、(証明ではなく)この種の式の実際の利用では、上記のように奇数番の係数の符号を逆にした方が便利なことが多い。

〔例〕 x4 − x3 − 19x2 + 49x − 30 という4次式では、 A = +1, B = −19, C = −49, D = −30 となる(A, C については、4次式の係数とは符号を逆に設定)。

このように符号を設定した場合、根の m 乗和を表す式において、偶数番目の文字(B, D など)にだけマイナスが付く(本来は全部の Sk にマイナスが付くのだが、 B = S2, D = S4 などではそれが維持される一方、 A = −S1, C = −S3 などでは、符号を逆に設定するので)。

多項式 ƒ(x) の根とは、方程式 ƒ(x) = 0 の解のことで、 ƒ(x) が n 次式なら n 個ある(もし重解があれば別々にカウント)。例えば、
  3次式 ƒ(x) = x3 + S1x2 + S2x + S3
の根を a, b, c とすると、根の和とは a + b + c のこと、根の2乗和とは a2 + b2 + c2 のこと、根の3乗和とは a3 + b3 + c3 のこと。一般に、根の m 乗和とは am + bm + cm のこと。これは ƒ(x) が何次式でも同様で、例えば ƒ(x) が4次式でその四つの根が a, b, c, d なら、根の m 乗和は am + bm + cm + dm となる。このメモでは Hirsch の記法を踏襲して、これを [m] で表すことにする:
  [m] = am + bm + cm + ···
末尾に「·· ·」があるけど、これは「無限に続く和」ではない。小文字の a, b, c, ···  は ƒ(x) の次数(n 次式とする)に応じてちょうど n 個なので、 n 項で終了。 ƒ(x) が何次式でも「根の m 乗和」の公式は同じなので、以下では ƒ(x) の次数 n にこだわらず、単に「根の和」や「根の m 乗和」を考えることにしよう。

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(2/4) 項の大部分は非常に規則的

根の m 乗和 [m] と A, B, C, ···  の関係は以下の通り(m ≤ 5 の例)。このうち [1] はただの「根の和」で、それは A の定義と同じなので、もちろん [1] = A となる。 [2] と [3] くらいについては、多くの人にとって(少なくとも2次式限定などの公式として)なじみがあるだろう。 [4] より先は何やら複雑で、実直なアプローチでは(活用するどころか)この公式を導くだけでもかなり大変。特に [5] は、素朴な観点では、とても見通せない。 Newton のアルゴリズムのおかげで話が整理され、全体的な展望が開ける。

[1] から [5] の明示的公式
 単純非単純
[1]A
[2]A2−2B
[3]A3−3AB+3C
[4]A4−4A2B+4AC−4D+2B2
[5]A5−5A3B+5A2C−5AD+5E+5AB2−5BC

ところで [2] や [3] や [4] などの、それぞれの各項がプラスかマイナスか?というのは、実は A, B, C などの文字の属性であり、各項について個別に細かく符号を覚える必要はない。すなわち、アルファベット順で奇数番目の文字(A, C など)はプラスの属性を持ち、符号に関係しない。偶数番目の文字(B, D など)はマイナスの属性を持ち、この種の文字が一つだけ(またはちょうど奇数個)含まれる項は、マイナスになる。マイナス属性の文字が偶数個含まれる項(B2 のようなケースも含む)はプラスになる。――この理解によって符号を覚える手間がなくなり、公式の複雑さも半減。よって以下では、必要な場合以外、符号の表記を省略する。

符号を省いた「すっきりバージョン」
 単純非単純
[1]A
[2]A22B
[3]A33AB3C
[4]A44A2B4AC4D2B2
[5]A55A3B5A2C5AD5E5AB25BC

「単純」部分は極めて規則的で、これについても、いちいち個別的に覚える必要はない。例えば [6] つまり「根の6乗和」(上の表の範囲外)は全体としては複雑だろうと予想されるが、「単純」部分に関する限り、考えるまでもなく、
  A6 − 6A4B + 6A3C − 6A2D + 6AE − 6F
となる。一般に [m] では、 Am から始めて、
  Am−2, Am−3, ··· に順に B, C, ··· を掛けながら A0M = M になるまで降りてくる
だけ(ここで M は「m 番目の大文字」を表すものとする)。 Am の係数は 1。「単純」部分においては、それ以外の係数は全部 m であり、符号規則によって、マイナスとプラスが交互に現れる。 [2] 以降において、左端の Am の指数から見ると、次の項で B 倍される Am−2 の指数は、 2 小さい。

以上の簡単な観察から、個別の公式のややこしさはさらに半減し、結局、「非単純」部分の少数の項だけが問題となる。

まず「単純」部分の仕組みから。 Newton の式によると、
  [m] = A[m−1] − B[m−2] + C[m−3] − ···  チ
なので、各 [m] は、一つ前の世代 [m−1] の全部の項の A 倍を含んでいる。例えば [3] には 3AB という項があるので、 [4] は、その A 倍の 3A2B を含む(実際には [4] は 4A2B を含むのだから、どこかからもう一つ A2B が追加され、 3A2B + A2B = 4A2B となっている。この件については後述)。一般に、前世代 [m−1] の全部の項は、 A 倍されて次の世代 [m] に受け継がれる。その際、 A の指数は必ず 1 増えるが、項の係数は 3AB → 4A2B のように増えることもあるし、 A3 → A4 のように変わらないこともある。 [m] の「単純」部分に関しては、係数は(Am 以外は)全部 m なのだから、前世代との比較でいえば 1 ずつ増える。

3AB から見た 4A2B や、 A3 から見た A4 のように、「前世代の項」の A 倍を含む項を、その「前世代の項」の直系の子孫と呼ぶことにしよう。上記のような表の形に整理するなら、ある列のセルの真下のセルが「直系の子孫」に当たる。直系の子孫によって、それぞれの系列はどこまでも続くのだが、当然どの系列にも「初代」が存在する。 A, 2B, 3C などの mM の形の項がそれに当たる。このような「各系列の出発点」となる項を(たねという意味で)シードと呼ぶことにする。

「直接の先祖」が A 倍されるという原理によれば、 3AB の直系の子孫は 3A2B になりそうだが、実際には 4A2B になっている。確かに 3AB から生じる純粋な直系の子孫は 3A2B だが、チによれば、二つ前の世代 [m−2] に含まれる A2 も B 倍されるので(正確には −B 倍だが、この議論では符号を捨象している)、そこからも A2B が生じる。二つ前の世代が B 倍されることによって追加される要素、三つ前の世代が C 倍されることによって追加される要素、等々を傍系の子孫(=直前の世代からの子孫ではない遠縁)と呼ぶなら、単純部分の多くの項は「純粋に直系の子孫」だけで構成されるのではなく、傍系の子孫としても同類項が生じていて、2種類のものがブレンドされている。そのため m が増えるごとに [m] の各項の係数も(一般には)増える。例外として Am の形の項は、 Am−1 の直系の子孫としてしか生じ得ない(なぜなら、傍系の子孫は二つ前の B 倍、あるいは三つ前の C 倍、等々なので A 以外の「血が入って」しまい、 Am の形が保たれない)。つまり Am の形の項は、何も「ブレンド」されない「シングル・オリジン」であり、 [1] のシード A からの純粋な直系だけで生じるので、「ブレンド」が起きず、先祖の係数が保たれる。

「直系」「傍系」「ブレンド」「純粋」は、便宜上の表現に過ぎないけれど、これらの概念は「非単純」部分の説明に役立つ。

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(3/4) 「非単純」部分の観察

[2] から [5] で問題になるのは非単純の3項だけ
 単純非単純
[2]A22B
[3]A33AB3C
[4]A44A2B4AC4D2B2
[5]A55A3B5A2C5AD5E5AB25BC

最初の「非単純」項 2B2 は、二つ前のシード 2B の傍系として生じる。 B2 は純粋(シングル・オリジン)なので、係数 2 が保たれる。

↑この説明、「一体何を言ってるんだ?」と感じるかもしれないが、いったん意味が分かり感覚がつかめると、「自明の事実」と思えるであろう。そのとたん、
  根の4乗和の明示的公式 [4] = A4 − 4A2B + 4AC − 4D + 2B2
は、もはや複雑でも何でもなく、「覚えるまでもないこと」「いつでも目の前にあって瞬時にアクセスできる、空気のような存在」になる。前提は [2] と [3] に慣れてることだが、ハードルは低い。

後々便利なので、この 2B2 = 2 × B × B という項に、ボブ(Bob)という愛称を与えておく。

[5] の「非単純」項のうち、 5BC は、二つ前のシード 3C の傍系と、三つ前のシード 2B の傍系のブレンドとして生じる。二つ前の傍系は B 倍され、三つ前の傍系は C 倍されることに留意すれば、この項も、さほど難しくない。都合のいいことに [5] の係数は A5 以外全部 5 なので、係数の勘違いも生じにくい。 B と C の積なので、ボック(Bock)という愛称を与えておく。

「非単純」な項といえども、ひとたび発生すれば、必ずその直系の子孫(A 倍された項)が生まれる。 [4] で生じたボブ B2 の直系の子孫、つまり「ボブ二世」は AB2 であり、シングル・オリジンではないので係数が増える。初代ボブの係数は 2 だが、 [5] から見た2世代前、つまり [3] の 3AB の傍系としても 3AB2 が生じるので、「ボブ二世」の係数は 5 となる。「シード以外の項から生じる傍系の要素が、直系の子孫にブレンドされる」というのは、「単純」部分では普通に起きていることだが、「非単純」部分のオリジンも、シードとは限らないわけである。

[5] は最初、かなり複雑に感じられる。ところが(ある意味、矛盾するようだが)、さらに複雑な [6] を考えると、かえって見通しが良くなる。「単純」部分は分かり切っているので、シード以外を略す。

[2] から [6] のシードと非単純部分
 シード非単純
[2]2B
[3]3C
[4]4D2B2
[5]5E5AB25BC
[6]6F9A2B212ABC2B36BD3C2

[6] では「非単純」な項が三つ生まれる。そのうち 2B3 は二つ前のボブ 2B2 の傍系で、純粋(愛称: Bob-B = Bobby)。 3C2 は三つ前のシード 3C の傍系で、純粋(愛称: Cock)。 6BD は、二つ前のシード 4D の傍系と四つ前のシード 2B の傍系のブレンド(愛称: Bird)。 [4] 以降のどの世代でも、「二つ前から [2] までの各シード」から傍系の子孫が生じて、非単純項が生まれる。その際、純粋なら係数が維持され、ブレンドなら係数がブレンドされる。具体的には:
  [4] において 二つ前の 2B からボブ(2B2
  [5] において 二つ前の 3C と三つ前の 2B からボック(5BC)
  [6] において 二つ前の 4D と四つ前の 2B からバード(6BD)。三つ前の 3C からコック(3C2
これらは、非単純項の中でも、比較的分かりやすい部分だ。「非単純な初代」は必ずこのようにして生まれる、とは限らない。最初の例外は [6] のボビー(2B3)。シードからではなく、 [4] の非単純項ボブ(2B2)の純粋な傍系として、生まれる。

非単純項は、「新たに生まれる」だけではない。既存の非単純項からも、次々に直系の子孫が生じる。 [4] のボブ(2B2)は [5] でボブ二世(5AB2)となったが、そこからさらに [6] のボブ三世(9AB2)が生まれる。係数が 2 → 5 → 9 と増えているのは(増分 3, 4)、二つ前の単純部分にある Am−2B の傍系がブレンドされるため。このことから、ボブ家の直系の子孫たちは、 [m] において係数が m−2 ずつ増える。

[6] で一番目立つのは ABC の存在だろう。三つの文字のブレンドは、これが初めて。この ABC は、ボック(5BC)の直系の子孫「ボック二世」なのだが、そこに二つ前の 4AC の傍系、三つ前の 3AB の傍系もそれぞれブレンドされるため、係数が 5 + 4 + 3 = 12 となっている。

参考までに、 [7] はこうなる。

[4] から [7] の非単純部分
[4]2B2
[5]5AB25BC
[6]9A2B212ABC2B36BD3C2
[7]14A3B221A2BC7AB314ABD7AC27B2C7BE7CD

[7] では次の三つの系列が新たに生まれ、いずれも係数 7 を持つ。 B2C は、3世代前のボブの傍系と、2世代前のボックの傍系のブレンド(愛称: Bob-C)。 BE は、シード 2B, 5E からのブレンド(愛称: Ben)。 CD は、シード 3C, 4D からのブレンド(愛称: Cod)。

2B2 系列の末裔まつえいボブ四世は、ボブ家の伝統に従い、先代よりも係数が 5 増えている。三重ブレンドのボック三世は、ますます係数が増えている。一つ前の世代で生まれたボビー、バード、コックは、それぞれ二世を生んでいる。それぞれの係数の正確な値については「考えれば分かる」けど、さすがに [7] ともなるとゴチャゴチャした感じ。 m が素数 2, 3, 5, 7 のとき、 [m] のほとんどの係数は m で割り切れる。この現象は、二項係数っぽく面白い。

ジラルの4乗和公式とその拡張(5乗和・6乗和・7乗和)
  [4] = A4 − 4A2B + 4AC − 4D + 2B2  ← ボブ
  [5] = A5 − 5A3B + 5A2C − 5AD + 5E + 5AB2 − 5BC  ← ボブ二世とボック
  [6] = A6 − 6A4B + 6A3C − 6A2D + 6AE − 6F
    + 9A2B2 − 12ABC  ← ボブ三世とボック二世
    − 2B3 + 6BD + 3C2  ← ボビー、バード、コック
  [7] = A7 − 7A5B + 7A4C − 7A3D + 7AE2 − 7AF + 7G
    + 14A3B2 − 21A2BC  ← ボブ四世とボック三世
    − 7AB3 + 14ABD + 7AC2  ← ボビー二世、バード二世、コック二世
    + 7B2C − 7BE − 7CD  ← ボブC、ベン、コッド

ここでヒルシュが記した [7] を再び見ていただこう。 [7] = の意味は、今や明らかだろう。項の順序を別にすると、われわれの上記の結論と完全に一致する。

JPEG画像
Hirsch の表の「7」の部分(再掲)

Newton の式を使えば、 [7], [8], [9] などを導くのは、単純な機械的計算に過ぎない(少なくとも原理的には)。しかしながら「理論上、やればできますよ」という主張と、「それを実際にやってみる」ことの間には、良くも悪くも天地の差がある!

〔注〕 「良くも」=実際に泥くさいことをやってみることで、初めて透明に見通せるものが、あるかもしれない。「悪くも」=多重再帰は、泥沼の計算地獄かもしれない。

ニュートン形式なら [m] はおよそ m 項のすっきりした計算だが、明示的形式では「非単純」部分のせいで項数がどんどん増え、式の形も複雑になる。他方、ある [m] だけがピンポイントで欲しい場合、ニュートン形式には、再帰特有の煩わしさ―― [m] の計算には [m−1] 以下の値が全部必要――がある。状況によって、うまく使い分けるのがベストだろう。

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(4/4) 利用例

例題1 4次方程式 x4 − x3 − 19x2 + 49x − 30 = 0 の4解を a, b, c, d とする。 a5 + b5 + c5+ d5 と a6 + b6 + c6+ d6 を求めよ。

〔注〕 これは Hirsch 自身が説明用に使った例。 Newton は同じ式の解の1乗和~4乗和を取り上げた。
https://archive.org/details/bim_eighteenth-century_arithmetica-universalis_newton-sir-isaac_1707/page/252/mode/1up
https://archive.org/details/bim_eighteenth-century_arithmetica-universalis_newton-sir-isaac_1769/page/392/mode/1up

 A = +1, B = −19, C = −49, D = −30 として上記公式を適用すると(E, F を 0 と見なす):
  [5] = A5 − 5A3B + 5A2C − 5AD + 5AB2 − 5BC
   = 1 − 5(−19) + 5(−49) − 5(−30) + 5(−19)2 − 5(−19)(−49)
   = 1 + 85 − 49 + 150 − 5⋅361 − 5⋅931 = −2849
  [6] = A6 − 6A4B + 6A3C − 6A2D + 9A2B2 − 12ABC − 2B3 + 6BD + 3C2
   = 1 − 6(−19) + 6(−49) − 6(−30) + 9(−19)2 − 12(−19)(−49) − 2(−19)3 + 6(−19)(−30) + 3(−49)2
   = 1 + 114 − 294 + 180 + 9⋅361 − 12⋅931 + 2⋅6859 + 6⋅570 + 3⋅2401 = 16419

別解 4解は 1, 2, 3, −5 なので:
  [5] = 15 + 25 + 35 − 55 = 1 + 32 + 243 − 3125 = −2849
  [6] = 16 + 26 + 36 + 56 = 1 + 64 + 729 + 15625 = 16419

例題2 4次方程式 x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 = 0 の4解を a, b, c, d とする。 a5 + b5 + c5+ d5 と a6 + b6 + c6+ d6 を求めよ。

 A = +4, B = +2, C = −4, D = +4 として:
  [5] = A5 − 5A3B + 5A2C − 5AD + 5AB2 − 5BC
   = 45 − 5⋅43⋅2 + 5⋅42(−4) − 5⋅4 + 5⋅22 − 5⋅2(−4)
   = 1024 − 10⋅64 − 20⋅16 − 20 + 20 + 40 = 104
  [6] = A6 − 6A4B + 6A3C − 6A2D + 9A2B2 − 12ABC − 2B3 + 6BD + 3C2
   = 46 − 6⋅44⋅2 + 6⋅43(−4) − 6⋅42⋅4 + 9⋅42⋅22 − 12⋅4⋅2(−4) − 2⋅23 + 6⋅2⋅4 + 3(−4)2
   = 4096 − 12⋅256 − 6⋅256 − 6⋅64 + 9⋅64 + 24⋅16 − 16 + 48 + 48 = 144

〔注〕 例題1の a, b, c, d は簡単な整数なので、別解のように直接それらを求めた方がむしろ簡単に思える。例題2の a, b, c, d は複雑で、そのやり方は便利でない。この4次式は Nikolaus Bernoulli が例としたもの。

例題3 a + b + c = 0 のとき、
  (i) (a5 + b5 + c5)/5 = [(a3 + b3 + c3)/3][(a2 + b2 + c2)/2]
  (ii) (a7 + b7 + c7)/7 = [(a5 + b5 + c5)/5][(a2 + b2 + c2)/2]
が成り立つことを示せ。〔Litvinenko & Mordkovich (1987), p. 18〕

〔注〕 「2次項のない3次方程式の解と係数の関係」として再帰的にやるのが、定石かもしれない。その方法も面白いけど、ここではせっかく [5] や [7] の明示的公式を準備したのだから、再帰的にやらず、いきなり核心を突こう。つまり D 以下が無く A = 0 なら [5] の「単純」部分は全消滅し、「非単純」部分でも二世(それは因子 A を含む)は消滅するので [5] = −5BC となり、 (i) では −BC = 右辺を示すだけでいい。同様に (ii) では、 [7] の「非単純」部分で二世・三世・四世は消滅するので、「初代」となる BoB-C, BEn, CoD だけを考えればいい。 D, E は無いのだから、結局 BoB-C だけを考えればいい。

 一般に a, b, c を根とする3次式を x3 − Ax2 + Bx − C として [m] = am + bm + cm とすると、 A, B, C は根について基本対称式であり、いわゆる Newton の公式から、
  [2] = A2 − 2B
  [3] = A3 − 3AB + 3C
  [5] = A5 − 5A3B + 5A2C + 5AB2 − 5BC
が成り立つ。従って、もし A = a + b + c = 0 なら、
  [2] = −2B
  [3] = 3C
  [5] = −5BC
となって [5]/5 = −BC は ([3]/3)([2]/2) = C(−B)に等しい。同様に、もし A = 0 なら、 [7] = 7B2C となって [7]/7 = B2C は ([5]/5)([2]/2) = (−BC)(−B) に等しい。∎

この解法は、現象の性質について、一つの明快な観点を与えてくれる―― m が 4 以上のとき、「2次項のない3次式」の根の m 乗和においては、べき和公式の「非単純」部分の「初代」の項だけが現れる!

† しかも(3次式に D 以降は無いので)出現する項は ±BβCγ の形に限られる(β, γ は 0 以上の整数)。リンク先では A, B, C の代わりに、係数 0, P, Q が直接使われている。すなわち A = 0, B = P, C = −Q であり、 γ が奇数なら ±BβCγ と ∓PβQγ は符号が逆(前者の正負は β の偶奇によって決まる)。

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次第に対称式についての理論が進歩し、洗練された表現・効率的なアルゴリズムが発見されたこと、さらにコンピューターの時代になったことで、 Hirsch の業績(発表当時には世界先端的だったのかもしれない)は歴史的なものとなり、やがて忘れ去られてしまったのだろう。

ところで、ユダヤ系の人々が往々にして不当な目に遭ってきたのは歴史的事実ではあるが、だからといって「ユダヤ人は常に被害者であり、ユダヤ人のすることは常に正しい」ということには、ならないであろう。「アドルフに告ぐ」のような昔の作品でも既に繰り返し描かれていることだけど、イスラエルが「かつて自分たちがされたひどいこと」と同じようなことをパレスチナに対し続けている状況は、やり切れない。

1629年出版の著書において、 Girard は [4] までを明示的に記した。約40年後の1665~1666年ごろ Newton は、(いわゆる Newton の公式だけでなく)そこから得られる [6] までを明示的に記ししかし1707年に実際に出版された Arithmetica universalis には、明示的公式は含まれていなかったようだ(251~252ページ)。約100年後、1809年出版の著書において、 Hirsch は Girard の公式を [10] まで拡張した。現代では、コンピューターを使ってもっと先まで容易に生成可能だが、19世紀のこの手作りの表には、琴線に触れるものがある。

†  https://archive.org/details/MathematicsIsaacNewtonVol1_1664-66Whiteside1967/MathematicsIsaacNewtonVol1_1664-66Whiteside1967/page/520/mode/1up

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〔参考文献〕 Meier Hirsch の略伝は、
https://de.wikisource.org/wiki/ADB:Hirsch,_Meier
https://de.wikipedia.org/wiki/Meier_Hirsch
https://www.deutsche-biographie.de/gnd117525308.html
に記されている。そこには民族についての言及はない。
https://archives.cjh.org/repositories/5/resources/10943
の資料集から、ユダヤ人だったのは確からしい。著書 Sammlung von Aufgaben aus der Theorie der algebraischen Gleichungen (代数方程式論からの問題集)のスキャンは、ドイツ語圏のオンライン・ライブラリにはないようだが、ネット上で探せば、見つかることは見つかる。しかし肝心の「表」がスキャンされていない。一回は諦めたが、ラッキーなことに、下記英国版のスキャンによって、この表を見ることができる(上記の方程式論の英訳。表紙が「代数の例題と公式集」みたいな、中身と違う題名になってる理由は不明)。
https://archive.org/details/hirschscollectio00hirs

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2025-05-19 ジラルの4乗公式(プチ・バージョン) 4次元はちょい苦手

#遊びの数論 #ジラルの公式 #ニュートンの式 #(41)

ジラル(Girard)の公式のうち、「2乗」はたわいない。例えば:
  a2 + b2 = (a + b)2 − 2ab
「3乗」はそれより複雑だが、少し考えれば見通しが利く。しかし「4乗」やそれ以上は、式が複雑な上、「4次元」が絡むせいもあって「真意」がつかみにくい!
  a4 + b4 + c4 + d4
   = (a + b + c + d)4 − 4(a + b + c + d)2(ab + ac + ad + bc + bd + cd)
    + 4(a + b + c + d)(abc + abd + acd + bcd) − 4abcd
    + 2(ab + ac + ad + bc + bd + cd)2

ニュートン的マクロ Pm = am + bm + cm + dm を利用すれば、形式的にこのような恒等式を扱うことは難しくないのだが、もう少し直接的に、上記の等式の「真意」に迫れないものか…

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一辺 a の立方体の、(向かい合わない)三つの面のそれぞれに直方体の「角材」を貼り付ける。「角材」のスペックは、どれも底面が一辺 a の正方形、長さが b。すると、立方体をつなぎ目として三つの「L字型」ができるので、この ▙ 字型を正方形状 ■ にするため、さらに3枚の「板」をはめ込む。「板」は、それぞれ一辺 b の正方形の形で、厚さは a だ。結果、全体の底面は(一辺 a + b の)正方形となり、前面と側面にも「壁」ができる。底面と二つの「壁」に囲まれた隙間には、一辺 b の立方体がぴったりはまるので、はめ込むと、一辺 a + b の大きな立方体になる。各パーツの体積を考えると:
  (a + b)3 = a3 + 3a2b + 3ab2 + b3  ‥‥⓵

ちなみに、一つの面――例えば底面――の面積だけについて、同じようなことを考えれば、
  (a + b)2 = a2 + 2ab + b2  ‥‥⓶
となっている。

同様の4次元バージョンを考えれば、
  (a + b)4 = a4 + 4a3b + 6a2b2 + 4ab3 + b4  ‥‥⓷
を幾何学的にイメージできるはずだが、4次元より上を思い浮かべるのは(練習すれば、だんだんできるようになるけど、それでも一般論として)難しい。ここでは「4次元イメージの修行」の代わりに、手っ取り早く代数的操作で…。任意の X, p について⓶から:
  (X + p)2 = X2 + 2Xp + p2
p = Y + Z とすると:
  (X + Y + Z)2 = X2 + 2X(Y + Z) + (Y + Z)2
   = X2 + (2XY + 2XZ) + (Y2 + 2YZ + Z2)
つまり:
  (X + Y + Z)2 = X2 + Y2 + Z2 + 2XY + 2XZ + 2YZ  ‥‥⓸

さて、
  (a + b)4 = [(a + b)2]2 = [a + 2ab + b]2
の右端の式は、⓸の左辺で X = a2, Y = 2ab, Z = b2 の場合だから、⓸の右辺から:
   = (a2)2 + (2ab)2 + (b2)2 + 2(a2)(2ab) + 2(a2)(b2) + 2(2ab)(b2)
   = a4 + 4a2b2 + b4 + 4a3b + 2a2b2 + 4ab3
   = a4 + 4a3b + 6a2b2 + 4ab3 + b4
これで⓷が証明された。

この⓷を少し並び替え、軽く変形すると:
  (a + b)4 = a4 + b4 + 4a3b + 8a2b2 + 4ab3 − 2a2b2
   = a4 + b4 + 4ab(a2 + 2ab + b2) − 2a2b2
   = a4 + b4 + 4(ab)(a2 + 2ab + b2) − 2(ab)2
   = a4 + b4 + 4(ab)(a + b)2 − 2(ab)2
  ∴ a4 + b4 = (a + b)4 − 4(a + b)2(ab) + 2(ab)2  ‥‥⓹

⓹は、ジラルの4乗公式のプチ・バージョンだ。フル・バージョンは、
  A = a + b + c + d
  B = ab + ac + ad + bc + bd + cd
  C = abc + abd + acd + bcd
  D = abcd
  a4 + b4 + c4 + d4 = A4 − 4A2B + 4AC − 4D + 2B2
なんだけど、 c = d = 0 の場合、それはこうなる:
  A = a + b, B = ab, C = D = 0
  a4 + b4 = A4 − 4A2B + 2B2 = (a + b)4 − 4(a + b)2(ab) + 2(ab)2  ‥‥⓺
つまり⓹だ!

すなわち、4乗公式 A4 − 4A2B + 4AC − 4D + 2B2 の「非単純」項 2B2 については、直観的には次のように理解できる:

a4 + b4 という4乗の和を作るには、
  a4 + 4a3b + 6a2b2 + 4ab3 + b4 = (a + b)4
の両辺から 4a3b + 6a2b2 + 4ab3 を引けばいい。基本対称式の組み合わせだけでやりくりするなら、とりあえず
  4(ab)(a + b)2 = 4ab(a2 + 2ab + b2) = 4a3b + 8a2b2 + 4ab3
を引けばいい。しかし、正確には、
  4a3b + 6a2b2 + 4ab3
を引くべきなのに、とりあえず、
  4a3b + 8a2b2 + 4ab3
を引き算するとすれば、ちょっと「引き過ぎ」。 2a2b2 = 2(ab)2 だけ、引き過ぎになる! これを補正するのが、「非単純」項 2B2 ――この場合でいえば + 2(ab)2 ――の役割といえる。以上の処理をまとめると、⓹になる。

今回は一般の4乗公式は扱わず、プチ・バージョンだけ。プチ・バージョンは、フル・バージョンで C = D = 0 になった特別な場合であり、それはそれで次の例のような使い道がある。

✿

パズル 二つの数 a, b があって、 a2 + ab + b2 = 49 と a4 + a2b2 + b4 = 931 を満たす。 a, b の値は何か。〔Herman, p. 42〕

〔注〕 49 はもちろん 72 だ。そして 931 は 49 × 20 = 980 より 49 より小さい。つまり 931 = 49 × 19 だ。二つの式の値が両方 49 の倍数ってのは、作為を感じさせる。

最初は真面目に、対称多項式の問題としての解法を記す(ジラルの4乗公式の利用例)。

 A = a + b, B = ab とすると、第一式から:
  (a + b)2 − ab = A2 − B = 49 つまり A2 = B + 49  ‥‥㋐
第二式に⓺を適用すると:
  (a4 + b4) + (ab)2 = (A4 − 4A2B + 2B2) + B2 = A4 − 4A2B + 3B2 = 931
  つまり A2(A2 − 4B) + 3B2 = 931
この式の A2 に㋐を代入して:
  (B + 49)(B + 49 − 4B) + 3B2 = (B + 49)(−3B + 49) + 3B2 = 931
  つまり −2⋅49B + 492 = 931 = 19⋅49
両辺を 49 で割って:
  −2B + 49 = 19 つまり −2B = −30
  ∴ B = 15
よって㋐から A2 = 15 + 49 = 64 となり A = ±8 だ。

† 最初の予感通り、やはり 49 の倍数が仕込まれてた。

複号で + を選んだ場合、 a, b の和は 8 で積は 15 だから、 a, b は2次式 x2 − 8x + 15 の根。
  x2 − 8x + 15 = (x − 3)(x − 5)
なので {a, b} = {3, 5}。一方、複号で − を選んだ場合、同様に、
  x2 + 8x + 15 = (x + 3)(x + 5)
の根から {a, b} = {−3, −5}。結局、
  a = ±3, b = ±5 または a = ±5, b = ±3 複号同順
の4組の解を得る。∎

〔検算〕 32 + 3⋅5 + 52 = 9 + 15 + 25 = 49。 34 + 32⋅52 + 54 = 81 + 9⋅25 + 625 = 81 + 225 + 625 = 931。 a, b を入れ替えても、または、同時に両方の符号を逆にしても、結果は同じ。

しかし、この問題は次のように「直接割り算」した方が手っ取り早い。

別解 整数値 a2b2 + b4 = 931 = 19⋅49 は、 a2 + ab + b2 = 49 で割り切れる。のみならず、
  a4 + a2b2 + b4 = a4 + 2a2b2 + b4 − a2b2 = (a2 + b2)2 − (ab)2 = (a2 + ab + b2)(a2 − ab + b2)
であるから、多項式としても前者は後者で割り切れて、その結果、こうなる:
  a2 + ab + b2 = 49
  a2 − ab + b2 = 19
二つの式を辺ごとに足し算あるいは引き算すると:
  2a2 + 2b2 = 68 つまり a2 + b2 = 34
  2ab = 30 つまり ab = 15
  ∴ (a + b)2 = a2 + b2 + 2(ab) = 34 + 2⋅15 = 64
  ∴ a + b = ±8
これで2数 a, b の和と積が確定した。2次式の根から、容易に {a, b} = {3, 5} または {−3, −5} を得る。∎

せっかく4乗和公式を準備しておいてなんだが、この別解の方が気分がいい!

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2025-06-02 根の5乗和の応用例

#遊びの数論 #ジラルの公式 #根の5乗和

問題 a + b = 4 かつ a5 + b5 = 464 のとき、 a と b の値は?

対称式(5乗和)の例題としては、易し過ぎず、難し過ぎず、こぢんまりとした良問。予期せぬ「もつれ」として、出典には「b = 4 − a を第二式に代入する単純な消去法で解くことは不可能」と記されている――「不可能」ってのは、言い過ぎだろう。教科書通りの解法と、直接的な解法の両方を試す。

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「2次式の根」に話を限らず、汎用性の高いフル・バージョンの5乗和の式を出発点としよう。a, b, c, d, e を根とする5次方程式、
  (x − a)(x − b)(x − c)(x − d)(x − e) = 0
を考える。ただし、ここでは暗黙に c = d = e = 0 として小文字の a と b だけを使う。

a, b, c, d, e についての5種類の基本対称式を A = a + b + c + d + e, B = ab + ac + ···, C = abc + abd + ···, D = abcd + abce + ···, E = abcde とすると、拡張された Girard の公式から:
  a5 + b5 + c5 + d5 + e5 = A5 − 5A3B + 5A2C − 5AD + 5E + 5AB2 − 5BC
ここでは c = d = e = 0 のケースを考えているので、大文字の C 以下は = 0 であり、
  a5 + b5 = A5 − 5A3B + 5AB2  ア
が成り立つ。

さて、問題の条件から A = a + b = 4 かつ a5 + b5 = 464 なので、アはこうなる:
  464 = 45 − 5⋅43B + 5⋅4B2 = 1024 − 320B + 20B2
  ∴ 20B2 − 320B + 560 = 0
  ∴ B2 − 16B + 28 = 0 つまり (B − 2)(B − 14) = 0
  ∴ B = 2 または B = 14

これで a, b の和 A = a + b = 4 と積 B = ab が確定した。もし B = 2 なら a, b は x2 − 4x + 2 の根だから、
  a, b = 2 ± 2  イ
だ。もし B = 14 なら a, b は x2 − 4x + 14 の根だから、
  a, b = 2 ± −10  ウ
だ。∎

これが教科書通りの解法。

〔検算〕 イ・ウどちらでも a + b = 4 は明白。今、
  a5 = (2 + w)5 = 25 + 5⋅24w + 10⋅23w2 + 5⋅22w3 + 5⋅2w4 + w5
  b5 = (2 − w)5 = 25 − 5⋅24w + 10⋅23w2 − 5⋅22w3 + 5⋅2w4 − w5
について、上下を足し合わせると、
  a5 + b5 = 2(32 + 80w2 + 10w4)
だ。イについては w = 2 すなわち w2 = 2, w4 = 4 と置いて、
  a5 + b5 = 2(32 + 160 + 40) = 2⋅232
となり、同様に、ウについては w2 = −10, w4 = 100 から、
  a5 + b5 = 2(32 − 800 + 1000) = 2⋅232
となる。いずれも 464 に等しい。

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別解 教科書が「不可能」と言い張るアプローチは、実は不可能ではなく、困難でもない(ただし、対称式を使った上記の解法の方がエレガント)。 a + b = 4 つまり b = 4 − a を a5 + b5 = 464 に代入すると:
  a5 + (4 − a)5 = a5 + (1024 − 5⋅256a + 10⋅64a2 − 10⋅16a3 + 5⋅4a4 − a5) = 464
  つまり 20a4 − 160a3 + 640a2 − 1280a + 560 = 0
  ∴ a4 − 8a3 + 32a2 − 64a + 28 = 0  エ

a についての4次方程式エがもしも有理数解を持つとしたら a = ±1, ±2, ±4, ±7, ±14, ±28 のどれかだが、どれもエを満たさない

† 簡単な考察によると、エの左辺の値は、もし a の絶対値が 4 以上なら正であり、もし a = ±1 なら奇数であり、もし a = ±2 なら 8 で割り切れない(そのとき定数項 28 以外の各項は 8 で割り切れる)。

従って「有理係数の範囲では」これ以上、分解できない。「ニコラウスの4次式」と似た状況だ。実4次式は、たとえ有理数の根がなくても(それどころか実根がなくても)、必ず実2次式に分解可能――とはいうものの、一見したところ、具体的な分解の方法は明らかではない。

鍵となる古典的アイデアは、与えられた4次式を「2次式の平方マイナス1次式の平方」の形にすること。仮にエの左辺を書き換えて、
  (a2 − 4a + p)2 − (qa + r)2 = 0  オ
という形にできたとしよう(p, q, r は未知数)。オの左辺を展開すると:
  (a4 + 16a2 + p2 − 8a3 − 8pa + 2pa2) − (q2a2 + 2qra + r2)
   = a4 − 8a3 + (2p − q2 + 16)a2 + (−8p − 2qr)a + (p2 − r2)
エとの係数比較から:
  32 = 2p − q2 + 16 つまり q2 = 2p − 16  カ
  −64 = −8p − 2qr つまり qr = −4p + 32  キ
  28 = p2 − r2 つまり r2 = p2 − 28  ク
カ・クの積から:
  q2r2 = 2p3 − 16p2 − 56p + 448  ケ
キの平方から:
  (qr)2 = 16p2 − 256p + 1024  コ
ケからコを引き算すると:
  0 = 2p3 − 32p2 + 200p − 576
  ∴ p3 − 16p2 + 100p − 288 = 0

この p についての3次方程式を解けば、オを経由してエは二つの2次の因子に分解される。

〔注〕 実は整数解 p = 8 が存在するので、上記の3次方程式を解くことは難しくない。ただし上記のままでは定数項の約数の数が多く、係数も大きく、有理数解の有無を調べる上で不便なので、以下では係数を小さくするための変数置換を行う。

今 p = 2y と置いて両辺を 8 で割ると:
  (2y)3 − 16(2y)2 + 100(2y) − 288 = 0
  ∴ y3 − 8y2 + 25y − 36 = 0  サ
y がならサの左辺各項は負だから、もしサが有理数解を持つとすれば、それは 36 の正の約数(しかも 4 の倍数)のどれかだ。 y = 4 を試すとサ = 64 − 128 + 100 − 36 = 0 なので y = 4 は解。よって p = 2⋅4 = 8 はオを満たす。そのときカから q = 0、従ってクから r2 = 36 = 62。オによって、エをこう書き換えることができる:
  (a2 − 4a + 8)2 − 62 = 0
  ∴ (a2 − 4a + 14)(a2 − 4a + 2) = 0
以下は最初の解法と同様。ちなみに y ≥ 8 のときサの左辺は正なので、サには y = 4 以外の有理数解はない。

† 一般に、2次の係数・1次の係数・定数項がそれぞれ n, n2, n3 の倍数なら p = ny と置いて n3 で割れば、係数を小さくできる。「そうすることが絶対に必要」というわけではなく、単に途中計算を簡単にするための便宜上の処理。

‡ サを満たす整数 y があるなら、その y に対しサの左辺の値は 0 に、従って 4 の倍数に、なる。ところが y が整数のとき、サの2次の項・定数項は 4 の倍数だから、サが 4 の倍数になるかどうかは「3次の項と1次の項の和が 4 の倍数になるか」によって決まる。 mod 4 で y ≡ ±1 のとき y3 ≡ ±1 だから(複号同順)、 y が奇数なら、サ ≡ y3 + 25y ≡ (±1)3 + 1⋅(±1) ≡ ±2 は 4 の倍数ではない。つまりサに有理数解 y があるとすれば、それは偶数。しかも y ≡ 0 に限られる――というのも、 y ≡ 2 ならサ ≡ 23 + 1⋅2 ≡ 0 + 2 は 4 の倍数ではない。

¶ 普通なら、条件キによって r の値(特にその符号)が決まる。ここでは q = 0 という例外的状況のため、条件キから r の値を決定することができない。その場合、 r の符号は任意。

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問題2 a + b = 3 かつ a5 + b5 = 33 のとき、 a と b の値は?

教科書通りのやり方 定数 A = a + b = 3 と未知数 B = ab を使って:
  33 = a5 + b5 = A5 − 5A3B + 5AB2 = 243 − 5⋅27B + 5⋅3B2
  ∴ 15B2 − 135B + 210 = 0 つまり B2 − 9B + 14 = 0
  ∴ (B − 2)(B − 7) = 0 つまり B = 2 または 7

もし B = 2 なら a, b は x2 − 3x + 2 = (x − 1)(x − 2) の根、すなわち 1 と 2。

もし B = 7 なら a, b は x2 − 3x + 7 の根、すなわち (3 ± −19)/2。∎

〔検算〕 どちらのケースでも a + b = 3 は明白。第一のケースでは、5乗和 = 15 + 25 = 1 + 32 = 33。第二のケースの5乗和は次の通り。
  2[(3/2)5 + 10⋅(3/2)3⋅(−19/22) + 5⋅(3/2)⋅(−19/22)2]
   = 2⋅(3/25)[81 + 10⋅9⋅(−19) + 5⋅19⋅19]
   = 3/16 × [81 + (−90 + 95)⋅19] = 3/16 × (81 + 95) = 3/16 × 176 = 3 × 11 = 33

別解(直接的な方法)  b = 3 − a を a5 − b5 = 33 に代入し、
  15a4 − 90a3 + 270a2 − 405a + 210 = 0
  つまり a4 − 6a3 + 18a2 − 27a + 14 = 0
を得る。この4次方程式は有理数解を持ち、容易に次のように分解される。
  (a − 1)(a − 2)(a2 − 3a + 7) = 0

問題2に関しては、普通に連立方程式として解いた方が素直かもしれない。教科書通りのやり方も悪くはないが。

✿

このメモで扱った二つの4次方程式は、比較的解きやすかった。第二の例では、4次式自体が「有理数の根」を持ち、直ちに分解された。第一の例では、4次式自体は「有理数の根」を持たないものの、4次式を分解するための補助的な3次式が、「有理数の根」を持っていた。もし仮にそのどちらも「有理数の根」を持たない場合には、話がややこしくなる。それでも何段階かに分けて、臨機応変に変数を置換しながらじわじわやれば、どんな4次方程式でも必ず解けることは解ける。

〔例題の出典〕 Herman, pp. 56–57. Litvinenko, p. 80.

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2025-06-04 根の5乗和の応用例(その2)

#遊びの数論 #ジラルの公式 #根の5乗和

問題3 a + b + c = 0 を満たす任意の実数 a, b, c について、 2(a5 + b5 + c5) = 5abc(a2 + b2 + c2) が成り立つことを示せ。

〔例〕 a = 3, b = −2, c = −1 ⇒ 左辺 2⋅(243 − 32 − 1) = 2⋅210 と右辺 5⋅6⋅(9 + 4 + 1) = 30⋅14 は等しい。

a + b + c = 0 という条件で a5 + b5 + c5 ないし a7 + b7 + c7 を基本対称式・べき和対称式の積として表す問題が5パターンほどある。

✿

問題3の証明 ジラルやヒルシュがやったように、基本対称式を大文字の A, B などで表そう。5乗のべき和対称式を基本対称式で表すと、
  A5 − 5A3B + 5A2C − 5AD + 5E + 5AB2 − 5BC
であるが、この場合、問題の条件から A = a + b + c = 0, D = E = 0 なので、
  a5 + b5 + c5 = −5BC  シ
となる。 abc = C と a2 + b2 + c2 = A2 − 2B = −2B に留意すると、証明されるべき式は、
  2(−5BC) = 5C(−2B)
であり、両辺とも −10BC に等しい。∎

〔例〕 a = 3, b = −2, c = −1 のとき、与式の両辺は 420(前述)。
  B = 3⋅(−2) + 3⋅(−1) + (−2)⋅(−1) = −6 − 3 + 2 = −7
  C = 3⋅(−2)⋅(−1) = 6
なので、確かに −10BC = −10⋅(−7)⋅6 = 420 に等しい。

ノート A = E = 0 の場合の根の5乗和は「非単純部分の初代」だけから成る、ということを考えれば(「忘れられた偉人ヒルシュ」の例題3参照)、直ちに式シを得ることができる。教科書的には、2次項のない3次式 x3 + Px + Q の根を a, b, c として ƒ(m) = am + bm + cm についての再帰的公式を使うか、あるいは、より一般的には、ニュートンの方法を使うのが普通だろう。われわれは m ≤ 7 については、ジラル型の公式をダイレクトに使う――この「ジラル型」のアプローチは典型的には m = 2, 3, 4 程度の範囲で活用されるものであり、 m ≥ 5 に対しては普通ではない。普通の方法より圧倒的に速く、汎用性も高いが(「2次項のない3次式」のような限定がない)、事前に一般公式を導いておく必要があり、その手間を考えると「トータルでは得にならない」と判断されるのだろう。

問題3の別解 c に −(a + b) を直接代入することで、与式 2(a5 + b5 + c5) = 5abc(a2 + b2 + c2) を示す。与式の左辺は、
  a5 + b5 − (a + b)5 = −5a4b − 10a3b2 − 10a2b3 − 5a4b
   = −5ab(a3 + 2a2b + 2ab2 + b3) = −5ab(a + b)(a2 + ab + b2)
の 2 倍。最後の等号の根拠は:
  a3 + 2a2b + 2ab2 + b3 = a3 + (a2b + ab2) + (a2b + ab2) + b3
   = a(a2 + ab + b2) + (a2 + ab + b2)b = (a + b)(a2 + ab + b2)

与式の右辺は、
  abc = −ab(a + b) と a2 + b2 + (a + b)2 = 2(a2 + ab + b2)
の積の 5 倍、つまり
  −10ab(a + b)(a2 + ab + b2)
なので、与式の左辺に等しい。∎

別解の計算は面白い。だが「与式がなぜ成り立つか?」という核心が不透明。べき和対称式の観点からは仕組みは透明で、問題3は直ちに次のように拡張される。

系1 a + b + c + d = 0 のとき:
  2(a5 + b5 + c5 + d5) = 5(abc + abd + acd + bcd)(a2 + b2 + c2 + d2)

〔注〕 系1は、問題3と同一の A = E = 0, 2(−5BC) = 5C(−2B) に過ぎない。例えば a = 1, b = 2, c = 3, d = −6 のとき、両辺は:
  2(1 + 32 + 243 − 7776) = 2(−7500) = −15000,
  5(6 − 12 − 18 − 36)(1 + 4 + 9 + 36) = 5⋅(−60)⋅50 = −15000

系2 a + b + c + d + e = 0 のとき:
  2(a5 + b5 + c5 + d5 + e5 − 5abcde) = 5(abc + abd + abe + acd + ace + ade)(a2 + b2 + c2 + d2 + e2)

〔注〕 e が存在する場合、一般には E = abcde ≠ 0。よって a, b, c, d, e の5乗和は −5BC ではなく 5E − 5BC。右辺の値 −10BC と等しくなるためには、左辺の ( ) 内では、5乗和 = 5E − 5BC から 5E = 5abcde を引く必要がある。例えば a = 1, b = 2, c = 3, d = 4, e = −10 のとき、
  左辺 = 2[1 + 32 + 243 + 1024 − 100000 − 5⋅(−240)] = 2⋅(1300 − 100000 + 1200) = 2⋅(−97500)
は、次の数に等しい:
  右辺 = 5⋅(−300)⋅(1 + 4 + 9 + 16 + 100) = −1500⋅130 = −195000

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問題4 a + b + c = 0 のとき 5(a2 + b2 + c2)(a3 + b3 + c3) = 6(a5 + b5 + c5) を示せ。

証明 与式を基本対称式で書くと 5(−2B)(3C) = 6(−5BC) だ。この等号が成り立つことは明白。∎

〔注〕 問題4と次の問題5は例題3と同内容。

問題4の別解 c = −(a + b) のとき、与式の左辺は、
  a2 + b2 + c2 = a2 + b2 + (a + b)2 = 2(a2 + ab + b2) と
  a3 + b3 + c3 = a3 + b3 − (a + b)3 = −3a2b − 3ab2 = −3ab(a + b)
の積の 5 倍、つまり −30ab(a + b)(a2 + ab + b2) だ。与式の右辺は、
  a5 + b5 + c5 = −5ab(a + b)(a2 + ab + b2)
6 倍だから、与式の左辺と等しい。∎

† この等式については、問題3の別解参照。

問題5 a + b + c = 0 のとき 7(a2 + b2 + c2)(a5 + b5 + c5) = 10(a7 + b7 + c7) を示せ。

証明 基本対称式で書くと 7(−2B)(−5BC) = 10(7B2C) と同値。明らかに真。∎

問題5.1 a + b + c = 0 のとき 7(a3 + b3 + c3)(a4 + b4 + c4) = 6(a7 + b7 + c7) を示せ。

証明 7(3C)(2B2) = 6(7B2C) と同値。∎

問題6 a + b + c = 0 のとき 25(a3 + b3 + c3)(a7 + b7 + c7) = 21(a5 + b5 + c5)2 を示せ。

証明 25(3C)(7B2C) = 21(−5BC)2 と同値。∎

問題7 a + b + c = 0 のとき 49(a4 + b4 + c4)(a5 + b5 + c5)2 = 50(a7 + b7 + c7)2 を示せ。

証明 49(2B2)(−5BC)2 = 50(7B2C)2 と同値。∎

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旧ソ連や東欧(チェコ、ポーランドなど)の問題集や文献で、この種の等式(の証明問題)を見かけることがある。問題3~問題7の多くは、 В. А. Кречмар と П. С. Моденов の両方に収録されている(後者は問題3・問題7を含まない。一部の問題は Литвиненко & Мордкович にも再録)。 Кречмар の解法は x3 + Px + Q の根に基づくオーソドックスなもの。最初に問題3~問題5について、対称式を使わない解法が紹介されている。 Моденов の解法は対称式を使わないものだが、簡潔で見通しがいい

† https://djvu.online/file/couAB5w1l3W52 (1964) pp. 8, 57; 102, 238–239

‡ https://publ.lib.ru/ARCHIVES/M/MODENOV_Petr_Sergeevich_(matematik)/ (1960) pp. 9; 415

6乗和については、 A を含まない項 −2B3 − 6BE + 3C2 が D = E = F = 0 でも 1 項にならず、従って、 a6 + b6 + c6 について上記と同種の式を作ることは不可能。和(あるいは差)の形の式なら、作ることができる。

問題8 a + b + c = 0 のとき 3(a2 + b2 + c2)3 + 4(a3 + b3 + c3)2 = 12(a6 + b6 + c6) を示せ。

証明 3(−2B)3 + 4(3C)2 = 12(−2B3 + 3C2) と同値。「ロシア公式」参照。∎

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2025-06-06 x2 + xy + y2 と「ロシア公式」(Wolstenholme のパズル)

#遊びの数論 #ジラルの公式 #根の5乗和

x2 + xy + y2 という多項式には、いろいろな面白い性質がある。

和が 0 になる任意の三つの数(例えば 1, 2, −3)を二つずつ掛けて足し合わせたものを B としよう:
  B = 1⋅2 + 1⋅(−3) + 2⋅(−3) = 2 + (−3) + (−6) = −7
同じ三つの数の中から好きな数を二つ選んで x, y とすると、 x2 + xy + y2 は −B に等しい:
  1, 2 を選ぶと 12 + 1⋅2 + 22 = 1 + 2 + 4 = 7
  1, −3 を選んでも 12 + 1⋅(−3) + (−3)2 = 1 − 3 + 9 = 7
  2, −3 を選んでも 22 + 2⋅(−3) + (−3)2 = 4 − 6 + 9 = 7

a + b + c = 0 のとき 6(a5 + b5 + c5) = 5(a3 + b3 + c3)(a2 + b2 + c2) ――のような一連の「ロシア公式」は、対称式の問題だ。でも、上記のたわいもない性質を利用して、算数的な別証明もできる。それが意外とエレガント。モデノフ(Петр Сергеевич Моденов)の問題集の解法。ロシア語圏でもそれほど知られてない?

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x2 + xy + y2 自体は、ありふれた式。基本公式 x3 − y3 =(x − y)(x2 + xy + y2) の因子でもあり、その式で y = 1 とした x2 + x + 1 の根は「1の原始3乗根」。

次の性質も、比較的よく知られている。すなわち、
  (x + y)5 = x5 + 5x4y + 10x3y2 + 10x2y3 + 5xy4 + y5
…の右辺の両端の項を移項すると:
  (x + y)5 − x5 − y5 = 5x4y + 10x3y2 + 10x2y3 + 5xy4  タ
   = 5xy(x3 + 2x2y + 2xy2 + y3) = 5xy[x3 + (x2y + xy2) + (x2y + xy2) + y3]
   = 5xy[x(x2 + xy + y2) + (x2 + xy + y2)y] = 5xy(x + y)(x2 + xy + y2)  チ

〔参考〕 タが 5 で割り切れることは、一目瞭然(理論的には、 5 が素数であることから生じる「新入生の夢」)。タが xy で割り切れることも一目瞭然だし、二項展開の性質上、当然でもある。のみならず、チが示すように、タは x + y でも割り切れる。これまた必然。というのも、タを x についての多項式 ƒ(x) = (x + y)5 − x5 − y5 と見た場合(y を定数と見なす)、
  ƒ(−y) = (−y + y)5 − (−y)5 − y5 = 05 + y5 − y5 = 0
であるから −y は ƒ(x) の根。言い換えると ƒ(x) は x − (−y) で割り切れる。

同様にして、7乗バージョンを導出できる(詳細については後述)。並べて書くと、なかなかきれい。

補題1 任意の x, y について:
(x + y)5 − x5 − y5 = 5xy(x + y)(x2 + xy + y2)
(x + y)7 − x7 − y7 = 7xy(x + y)(x2 + xy + y2)2

補題1はそれなりに有名だが、盲点ともいえるのが、これが「ロシア公式」とほぼ同値という点。

ロシア公式 a + b + c = 0 のとき:
1番 (a5 + b5 + c5)/5 = (a3 + b3 + c3)/3(a2 + b2 + c2)/2
2番 (a7 + b7 + c7)/7 = (a5 + b5 + c5)/5(a2 + b2 + c2)/2

「ロシア公式」(複数のロシアの問題集に載っている。旧ソ連では定番の証明問題だったらしい)そのものは、きれいな式には違いないが、いわゆる Newton の恒等式(べき和対称多項式についての再帰的表現)の系であり、そういう見方をすれば、当たり前の内容。ここでは Newton うんぬんを考えず、素朴に扱ってみる。

証明 問題の条件 a + b + c = 0 は c = −(a + b) を含意する。よって:
  a2 + b2 + c2 = a2 + b2 + [−(a + b)]2 = a2 + b2 + [a2 + 2ab + b2]
  ∴ (a2 + b2 + c2)/2 = a2 + ab + b2  ツ
  a3 + b3 + c3 = a3 + b3 + [−(a + b)]3 = a3 + b3 − [a3 + 3a2b + 3ab2 + b3] = −3a2b − 3ab2
  ∴ (a3 + b3 + c3)/3 = −a2b − ab2 = −ab(a + b)  テ
他方において、補題1から:
  a5 + b5 + c5 = a5 + b5 + [−(a + b)]5 = −[(a + b)5 − a5 − b5] = −5ab(a + b)(a2 + ab + b2)
  ∴ (a5 + b5 + c5)/5 = −ab(a + b)(a2 + ab + b2)  ト

ロシア公式1番は、ト・テ・ツから次の自明な表現と同値:
  −ab(a + b)(a2 + ab + b2) = −ab(a + b)⋅(a2 + ab + b2)

全く同様に、 a + b + c = 0 のとき、補題1から、
  (a7 + b7 + c7)/7 = −ab(a + b)(a2 + ab + b2)2  ナ
であり、ナ・ト・ツから、公式2番は、
  −ab(a + b)(a2 + ab + b2)2 = −ab(a + b)(a2 + ab + b2)⋅(a2 + ab + b2)
と同値。明らかに真。∎

「対称式の問題。直接計算は原理的には可能だろうが、無理筋」――それが第一印象だった。だが実際にはこんなに簡潔で、興味深い解法があった。政治的なことはさておき、旧ソ連の教科書には、他に類を見ないようなものがある。

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後回しにした補題1。まず次の式を導いておく。

補題2 (x2 + xy + y2)2 = x4 + 2x3y + 3x2y2 + 2xy3 + y4

証明 (x2 + xy + y2)2 = (x2)2 + (xy)2 + (y2)2 + 2⋅x2⋅xy + 2⋅x2⋅y2 + 2⋅xy⋅y2 を整理。∎

〔注〕 補題2(の係数)は、本質的に 1112 = 12321 と同じ。

補題1の証明 5乗バージョンについては証明済み。7乗バージョンについて。
  (x + y)7 − x7 − y7 = 7x6y + 21x5y2 + 35x4y3 + 35x3y4 + 21x2y6 + 7xy6
   = 7xy(x5 + 3x4y + 5x3y2 + 5x2y3 + 3xy4 + y5)
二つの係数 3 をそれぞれ 1 と 2 に、二つの係数 5 をそれぞれ 2 と 3 に分けると:
   = 7xy[x5 + (2x4y + 3x3y2 + 2x2y3 + xy4) + (x4y + 2x3y2 + 3x2y3 + 2xy4) + y5]
   = 7xy[x(x4 + 2x3y + 3x2y2 + 2xy3 + y4) + (x4 + 2x3y + 3x2y2 + 2xy3 + y4)y]
   = 7xy[(x + y)(x4 + 2x3y + 3x2y2 + 2xy3 + y4)] = 7xy(x + y)(x2 + xy + y2)2
最後の等号は補題2による。∎

† 5乗バージョンのときと同じ理由から (x + y)7 − x7 − y7 は必ず x + y で割り切れる。よって [ ] 内は
  x(何か) + y(同じ何か)
の形になるはずで、その点を念頭に置けば、この変形はさほど不自然でもあるまい。気に食わないなら、とにかく x + y で割り切れることは確かなので、普通に筆算で割り算すればいい。その計算は次のように 135531/11 = 12321 と本質的に同じ。

         x^4 + 2x^3*y + 3x^2*y^2 + 2x*y^3   + y^4
       ┌──────────────────────────────────────────────────
 x + y │ x^5 + 3x^4*y + 5x^3*y^2 + 5x^2*y^3 + 3x*y^4 + y^5
         x^5 +  x^4*y
         ───────────
               2x^4*y + 5x^3*y^2
               2x^4*y + 2x^3*y^2
               ─────────────────
                        3x^3*y^2 + 5x^2*y^3
                        3x^3*y^2 + 3x^2*y^3
                        ───────────────────
                                   2x^2*y^3 + 3x*y^4
                                   2x^2*y^3 + 2x*y^4
                                   ─────────────────
                                               x*y^4 + y^5
                                               x*y^4 + y^5
                                               ───────────
                                                         0

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例えば (a5 + b5 + c5)/5 = (a3 + b3 + c3)/3(a2 + b2 + c2)/2 は、分母を払えば、
  6(a5 + b5 + c5) = 5(a3 + b3 + c3)(a2 + b2 + c2)
となる。どちらでも実質的には同じ意味。以下この点については、いちいち断らない。

ロシア公式(続き) a + b + c = 0 のとき:
3番 (a7 + b7 + c7)/7 = 2⋅(a3 + b3 + c3)/3(a4 + b4 + c4)/4
4番 (a7 + b7 + c7)/7(a3 + b3 + c3)/3 = ((a5 + b5 + c5)/5)2

証明 a + b + c = 0 のとき:
  a4 + b4 + c4 = a4 + b4 + [−(a + b)]4 = a4 + b4 + [a4 + 4a3b + 6a2b2 + 4a3b + b4]
   = 2(a4 + 2a3b + 3a2b2 + 2ab3 + b4) = 2(a2 + ab + b2)2
最後の等号は、補題2による。従って:
  2⋅(a4 + b4 + c4)/4 = (a4 + b4 + c4)/2 = (a2 + ab + b2)2  ニ
ナとニ・テから、公式3番は次の自明な表現と同値:
  −ab(a + b)(a2 + ab + b2)2 = −ab(a + b)⋅(a2 + ab + b2)2

公式4番についても、もはや機械的に証明可能。ここでは違う趣向の証明を。 m を正の整数として、
  (am + bm + cm)/m を Hm
と略すと、公式1番から:
  H5 = H2⋅H3  ヌ
従って、公式2番から:
  H7 = H2⋅H5 = (H2)2⋅H3  ネ
ネから、公式4番の左辺は (H2)2⋅H3⋅H3 = (H2⋅H3)2 に等しい。ヌから、それは (H5)2 に(つまり公式4番の右辺に)等しい。∎

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通常のべき和対称式との関連性。任意の3数 a, b, c についての基本対称多項式を、
  A = a + b + c, B = ab + ac + bc, C = abc
で表すとき、
  a2 + b2 + c2 = A2 − 2B
  a3 + b3 + c3 = A3 − 3AB + 3C
が成り立つことは、よく知られている。特に A = a + b + c = 0 の場合、
  a2 + b2 + c2 = −2B
  a3 + b3 + c3 = +3C
となるが、既に見たように(ツの2倍とテの3倍)、
  a2 + b2 + c2 = 2H2 = 2(a2 + ab + b2)
  a3 + b3 + c3 = 3H2 = −3ab(a + b)
と書くことができるから、結局:
  B = −H2 = −(a2 + ab + b2), C = +H3 = −ab(a + b)

〔注〕 ここでは a + b + c = 0 を c = −(a + b) と変形して小文字の c を消去しているが、 a, b, c は対称的なので、例えば b = −(a + c) と変形して b を消去することもできる。一般に a, b, c の中の任意の2文字を x, y とするとき:
  B = −(x2 + xy + y2), C = −xy(x + y)

一般の場合の4乗和・5乗和などの基本対称式表現をこの議論から導出することは、できない。「非単純部分・初代」の項の一部が見えるだけ。 A = a + b + c = 0 の場合に限っては、
  a4 + b4 + c4 = 2(a2 + ab + b2)2
であり(公式3番の証明参照)、 a2 + ab + b2 = −B であるから:
  A = 0 ⇒ a4 + b4 + c4 = 2(−B)2 = 2B2
要するに、三つの数値それぞれの4乗の和の表現は、 A = 0 のとき消滅する項と 2B2 という項から成る。実際、
  a4 + b4 + c4 = A4 − 4A2B + 4AC + 2B2
であることが知られている。それは一般の場合の Girard の公式、
  4乗和 = A4 − 4A2B + 4AC − 4D + 2B2
において、 A の項数を三つに限定したもの(A = a + b + c, D = 0)。

同様に、三つの数値の5乗和の表現のうち、 A = 0 のとき消滅しない項は、
  −5⋅ab(a + b)⋅(a2 + ab + b2) = −5⋅(−C)⋅(−B) = −5BC
に限られる(トの5倍)。一般の場合については、次の公式が知られている:
  5乗和 = A5 − 5A3B + 5A2C − 5AD + 5E + 5AB2 − 5BC

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4H4 = a4 + b4 + c4 = 2B2 = 2(−H2)2 = 2(H2)2 なので、
  2H4 = (H2)2  ノ
であり、任意の表現に含まれる (H2)2 と 2H4 とは、相互に置き換え可能。ここでは、この置換によって生じる別表現についての網羅的記述を省く。

Кречмар は、次の式も(両辺を 50⋅49 倍した形で)記している。

((a7 + b7 + c7)/7)2 = 2⋅(a4 + b4 + c4)/4⋅((a5 + b5 + c5)/5)2

ノによれば、これは、
  ((a7 + b7 + c7)/7)2 = ((a2 + b2 + c2)/2)2⋅((a5 + b5 + c5)/5)2
と同内容。公式2番の両辺を平方したものに過ぎない。

✿

関連する幾つかの話題について、さらなる探検の余地がある。 m = 2, 3, 4, 5, 7 について、
  am + bm + [−(a + b)]m
の形式を考察したが、 m = 6 の場合は?

補題3 任意の x, y について:
  (x2 + xy + y2)3 = x6 + 3x5y + 6x4y2 + 7x3y3 + 6x2y4 + 3xy5 + y6

証明 左辺に (α + β + γ)3 = α3 + β3 + γ3 + 3[ααβ + αββ + ααγ + αγγ + ββγ + βγγ] + 6αβγ を適用:
  x6 + x3y3 + y6 + 3[x5y + x4y2 + x4y2 + x2y4 + ···] + 6x3y3
各項の指数の和は 6。 x6 の係数は 1。 x5y の係数は 3。 x4y2 の係数は [ ] から 3 + 3。 x3y3 の係数は第2項・最終項から 1 + 6。残りは対称性から回文的。∎

〔注〕 1113 = 1367631 と本質的に同じ。

a + b + c = 0 とする。補題3を考慮し 1, 3, 6, 7, 6, ··· の 2 倍 2, 6, 12, 14, 12, ··· の回文的係数を { } 内に作る:
  a6 + b6 + c6 = a6 + b6 + (a6 + 6a5b + 15a4b2 + 20a3b3 + 15a2b4 + 6ab5 + b6)
   = {2a6 + 6a5b + 12a4b2 + 14a3b3 + 12a2b4 + ···} + 3a4b2 + 6a3b3 + 3a2b4
   = 2(a6 + 3a5b + 6a4b2 + 7a3b3 + 6a2b4 + ···) + 3a2b2(a2 + ab + b2)
   = 2(a2 + ab + b2)3 + 3a2b2(a + b)2
この最後の項は 3[−ab(a + b)]2 に等しい。ツ・テから次の結論に至る。

拡張されたロシア公式 a + b + c = 0 のとき:
a6 + b6 + c6 = 2⋅((a2 + b2 + c2)/2)3 + 3⋅((a3 + b3 + c3)/3)2
あるいは同じことだが:
(a6 + b6 + c6)/6 = (1/2)⋅((a3 + b3 + c3)/3)2 + (1/3)⋅((a2 + b2 + c2)/2)3
Krechmar 形式では:
12(a6 + b6 + c6) = 4(a3 + b3 + c3)2 + 3(a2 + b2 + c2)3

美しい。内容的には、 a + b + c = 0 なら a6 + b6 + c6 = −2B3 + 3C2 = 2(−H2)3 + 3(H3)2 というだけ。既知。だが二次形式 x2 + xy + y2 の立方を経由してこれを得るのは、一般的な発想ではないだろう。

11 は素数なので a11 + b11 + c11 については、面白いロシア風表現ができるかも。

補題1の式の両辺を x + y で割った形から、 Aurifeuillian factorizations に似た恒等式が生じる。
  (x5 + y5)/(x + y) = x5 − x4y + x3y2 − x2y3 + xy4 + y5
   = (x + y)4 − 5xy(x2 + xy + y2)
   = (x2 + 2xy + y2)2 − 5xy(x2 + xy + y2)
そして:
  (x7 + y7)/(x + y) = x6 − x5y + x4y2 − x3y3 + x2y4 − xy5 + y6
   = (x + y)6 − 7xy(x2 + xy + y2)2
   = (x3 + 3x2y + 3xy2 + y3)2 − 7xy(x2 + xy + y2)2

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〔参考文献〕
Krechmar の問題集は英訳されている(§1.26と§6.37参照)。解法はメモ本文のものとは異なる。
https://archive.org/details/v.-a.-krechmar-a-problem-book-in-algebra-mir-1978
本文で紹介した Modenov の問題集(ロシア語)が翻訳されているか否かは不明。
https://publ.lib.ru/ARCHIVES/M/MODENOV_Petr_Sergeevich_(matematik)/
Litvinenko & Mordkovich → 英訳とスペイン語訳あり(公式1・公式2が提示されているだけで、解法は付いていない)。
https://archive.org/details/LitivinenkoMordkovichSolvingProblemsInAlgebraAndTrigonometryMir1988

✿ ✿ ✿ ✿ ✿

遊びの数論42』へ続く。


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