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2025-05-06 実数解のない方程式を分解できるか?
x2 = −1 つまり x2 + 1 = 0 を満たす実数 x は存在しない(解は虚数 x = ±i = ±√−1)。強いて因数分解するなら、複素数の範囲で (x + i)(x − i) となり、実数の範囲では分解不可能。それより複雑だが、
x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4
も、実数の根を持たない。
では「実数の根を持たないのだから、この4次式は、実数の係数の範囲では因数分解できない」という結論になるだろうか?
Nikolaus Bernoulli (1687–1759) は Euler への手紙の中でそう主張した。「実係数の多項式は、2次以下の多項式に分解可能」と予想していた Euler は、この「反例」を知って動揺した。けれど実際にはこの例は分解可能だと気付き、やがて予想の証明を試みることになる。
この問題は、見かけよりはるかに深く難しい。「代数学の基本定理」とも関連し、 Euler 自身にも結局、完全な証明はできなかった。 Nikolaus の挙げた例を出発点に、何回かに分けて、この深い森の入り口あたりを散策してみたい。
§1 日本語で「ベルヌーイ」として知られるスイスの Bernoulli (ベルヌリ)一族は、多くの著名人を輩出した。数学で単に Bernoulli といえば、通例「ベルヌーイ数」や「バーゼル問題」で有名な Jakob Bernoulli を指す。しかしその兄弟や、兄弟の子孫の中にも、有名な数学者が多い――今でもなお(2025年現在)、8代目くらいの子孫の中に、名の知れた女優などもいるらしい。以下で登場する Nikolaus Bernoulli は「初代」ヤコブの
その Nikolaus は、1742年、 Euler への手紙の中で、係数が実数の多項式について、次のような趣旨のことを述べている†。
しかし同意しかねるのは、「全ての多項式は、実係数の1次の因子 α + βx を持たないとしても少なくとも実係数の2次の因子 α + βx + γx2 への分解が可能だ」という点です。「多項式の虚数の根について、二つの根を組み合わせて積を実数にできる」という点もそうです。例えば x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 はそのような因子を持ちませんし、方程式
x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 = 0
において、解 x1 = 1 + √(2 + √), x2 = 1 − √(2 + √), x3 = 1 + √(2 − √), x4 = 1 − √(2 − √) の二つを組み合わせても、それらの積を実数にはできません。
現代の立場でこれを読むと、 Nikolaus が挙げた式が有効な「反例」でないことは、すぐ分かる。というのも、 2 + √−3 と 2 − √−3 は(非実数の)共役複素数(U, V を実数として U + Vi と U − Vi の関係)。(非実数の)共役複素数それぞれの平方根は再び互いに共役複素数なので、それらに 1 を足した次の二つの数も共役複素数:
x1 = 1 + √(2 + √) と x3 = 1 + √(2 − √)
共役複素数同士の積は (U + Vi)(U − Vi) = U2 + V2 の形になるのだから、積 x1x3 は実数。のみならず、共役複素数同士の和は (U + Vi) + (U − Vi) = 2U の形の実数になるのだから、和 x1 + x3 も実数。和も積も実数なのだから、解と係数の関係から x1 と x3 を根とする実係数の2次式を構成でき、少なくともこの例に関しては、 Nikolaus の主張は正しくない(x2 と x4 についても同様)。
Euler は2カ月後の Goldbach への手紙‡の中で、「この例は最初、命題を覆すかのように思われました。しかしよく考えてみると…」と述懐している。 Nikolaus の手紙を読んだ瞬間にはショックを受けたものの、すぐ上記と同じようなことに気付いたのだろう。
Nikolaus が挙げた特定の例は反例にはなっていないものの、一般論として Nikolaus がこの命題の真偽を疑ったのは、おかしなことではない。「任意の実係数の多項式は、実係数の2次以下の因子に分解される」という主張は少しも明らかではなく、証明されていなかったのだから。 Euler がこの問題を深く考えるに至った一つのきっかけとして、この手紙は、代数学の発展に多少の影響を与えたのかもしれない。 Goldbach への手紙でこの件を詳述したことからも、 Euler が強い関心を抱いたことが窺われる。
† https://www.e-rara.ch/zut/content/zoom/15611152
(OO237)
‡ https://www.e-rara.ch/zut/content/zoom/15609914
(OO772)
〔追記〕 Euler は Goldbach への手紙では上記のような書き方をしているが、実は Nikolaus Bernoulli の誤りに直ちに気付いたようである。一方、別の場面では Nikolaus が Euler の誤りを指摘し、より良いアプローチを提案している。 Euler と Nikolaus の文通は続き、実質的にこの問題についての共同研究となった。次の解説を参照。
https://archive.org/details/euler-at-300-sandifer/page/41/mode/1up
Baltus によるこの小論は、 Euler at 300 に収録された。(2025年5月14日)
§2 A, B, C などを実数の定数とする。2次関数 f(x) = x2 + Ax + B のグラフは(大ざっぱに U 字型の)放物線なので、 U の字の一番下の部分(極小値)が x 軸より上にあれば、グラフは一度も x 軸と交わらない。よって y = f(x) = 0 を満たす x が存在しないこと――言い換えれば f(x) = 0 が実数解を持たないこと――は、普通にあり得る。
一方、3次関数 g(x) = x3 + Ax2 + Bx + C は、 x が大きくなれば値が +∞ に向かうし、 x が小さくなれば値が −∞ に向かうので、入力 x を変化させれば、出力 y = g(x) の y は −∞ と +∞ の間の全ての値に(少なくとも一回は)等しくなる。特に、 −∞ から +∞ へと増えていく途中では、必ずどこかで x 軸を下から上に横切らねばならない。ゆえに3次方程式 g(x) = 0 は、最低一つは実数解を持つ。
これは2次式と3次式の大きな違いだ――少なくとも「係数が実数」の場合(以下同じ)においては。
では、4次式はどうか? y = h(x) = x4 + Ax3 + Bx2 + Cx + D のグラフは、 x がどんどん小さくなるときにも、どんどん大きくなるときにも x4 の項が圧倒的に大きくなる。 x が正でも負でも x4 は正なので、 h(x) の値は、マイナス側の彼方では +∞ 方面から始まり、だんだん減少するけど、プラス側の彼方でも +∞ 方面に向かう。つまり、あるところで減少から増加に転じる。その「あるところ」が x 軸より上なら、グラフは x 軸と一度も交わらない。よって、2次式同様、4次式が実数解を一つも持たないことは、少しも珍しくない。 Nikolaus が挙げたのも、その一例。
§3 上記の観察を具体例で確認するため、 Nikolaus の4次方程式
h(x) = x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 = 0
を実際に解いてみよう。一般の4次方程式の解法はそれほど難しくないが、この特定の例については、一般の4次式として扱うより早い方法があるので、以下ではそれを記す。
だがその前に…。代数方程式が与えられたとき、原則として、まずは有理数解の有無を確認するべきだろう。もし有理数解 x = Q があれば、与式は x − Q で割り切れ、次数を下げられる。4次方程式の場合でいえば、4次方程式としての解法自体が必要なくなる。この例で有理数解があるとすれば定数項の約数 x = ±1, ±2, ±4 だが、 x = ±4 だと x4 = 44 = 256 がでか過ぎて h(x) = 0 は成り立ち得ない。 x = 1, −1, 2, −2 を順に試すと h(x) はそれぞれ 7, 7, 4, 52 となり、 = 0 になる気配はまるでない。よって「有理数解は無い=簡単には分解できない」と断定し、4次方程式として正面から扱う必要がある。
〔注〕 「結局有理数解がないなら、有理数解チェックの手間は無駄だったのでは?」と感じる方もおられるかもしれないが、有理数解があるのに一般の4次方程式として解き始めると、ひどい遠回りになったり、最悪「カルダノ形式」という泥沼に陥ったりするので、有理数解チェックは重要。たとえ結果が否定的でも、可能性をルールアウトしておくことに意味がある。
能書きはともかく、任意の4次式では、変数を変換して「3次の係数の 4 分の 1 を x から引いたものを y とする」と、3次の項を消すことができる。4次方程式を解きたい場合、一般には3次の項を消してもあまり良いことはないが、この場合、3次の係数の 4 分の 1 は −1 という簡単な数なので、無駄を承知であえてやってみても、大した手間ではない。
すなわち x = y − (−1) = y + 1 と置いて、それを h(x) に代入すると:
h(y + 1) = (y + 1)4 − 4(y + 1)3 + 2(y + 1)2 + 4(y + 1) + 4
= (y4 + 4y3 + 6y2 + 4y + 1)
− 4(y3 + 3y2 + 3y + 1)
+ 2(y2 + 2y + 1)
+ 4(y + 1) + 4
= (y4 + 4y3 + 6y2 + 4y + 1)
+ (−4y3 − 12y2 − 12y − 4)
+ (2y2 + 4y + 2)
+ (4y + 8)
= y4 − 4y2 + 7
こいつは、ついてるぞっ! 3次の項を消したら、ついでに1次の項まで消えてくれた。こうなったら、こっちのもの。 z = y2 と置いて、
z2 − 4z + 7 = 0
を解くと:
z = −(−2) ± √[(−2)2 − 1⋅7] = 2 ± √−3
y はその平方根なので:
y = √(2 ± √) または −√(2 ± √)
変数変換 x = y + 1 を元に戻すと:
x = 1 + √(2 ± √) または 1 − √(2 ± √) ‥‥①
二つの複号によって x は四つの値を取ることができる。
とんとん拍子に解けてしまったッ! 普通はこんな都合のいいことは起きず、一般には「3次の項を消す変数変換」はお勧めできないが、この場合、まぁ結果オーライ、オイラー、オーライ(笑)。 Nikolaus の手紙にあるうち、少なくとも4次式の根については、その正しさが検証された。そして①の(複号を含めて)四つの根は、どれも虚数 √−3 を含んでるのだから、「この4次方程式に実数解はない」という主張も正しい。
§4 一方、最初に触れたように、「①のうちの二つの数を掛け合わせても実数にならない」という主張は、正しくない。①の一つ目の共役ペア同士(最初の複号で表される)、
つまり 1 + √(2 + √) と 1 + √(2 − √)
を掛け合わせると:
(1 + √(2 + √))(1 + √(2 − √))
= 1 + √(2 + √) + √(2 − √) + {√(2 + √) × √(2 − √)} ‥‥②
簡単な計算によると、次のように、②の { } 内は √7 に等しい:
{ } = √[(2 + √)(2 − √)]
=
√[22 − (√)2]
=
√[4 − (−3)]
= √7
従って:
②
= 1 + √(2 + √) + √(2 − √) + √7
= 1 + √7 + √(2 + √) + √(2 − √) ‥‥③
この右辺第1・第2項は実数。しかも、第3・第4項は共役複素数なので、足し合わせると虚部が消滅して実数になる。よって、上記の掛け算結果②は実数であり、 Nikolaus の判断は早計であった。
「実数ならなぜ √−3 が含まれてるのか」「③が本当に実数かどうか、明らかとはいえない」という疑問は当然だろう。③に含まれる第3・第4項(両者の和を w としよう)を簡約して √−3 を消去できないか。とりあえず、
w = √(2 + √) + √(2 − √)
を平方してみる(平方根の簡約なら、まずは平方してみるべきだろう):
w2 = (2 + √) + 2{√(2 + √) × √(2 − √)} + (2 − √)
右辺真ん中の { } 内が = √7 であることは、先ほど確認済み。さらに右辺の左端近くにある √ は、右端の −√ と打ち消し合うので、
w2 = 4 + 2√7
∴ w = √(4 + 2√)
となって、③の積は次のように簡約される。
② = 1 + √7 + √(4 + 2√)
実数ってことは、もはや疑問の余地はない! なお w2 = 4 + 2√7 は正の実数だが、「2乗すると正になる」というだけでは、 w 自身が正か負か、はっきりしない(例えば、負の数 −3 も2乗すれば正になる)。この場合、
w = √(2 + √) + √(2 − √)
の外側の根号に注目すると、 w は「2種類の複素数」それぞれの平方根の和であり、実は「複素数の平方根」(の主値)には「実部が負ではない」という性質(というか約束事)がある。よって、和 w の実部は負になり得ず(そしてこの例では、和の虚部は 0)、正の平方根が題意に適する。
最後に、①の一つ目の共役ペアの和は、次の通り。 w についての上記の簡約を再利用すると:
(1 + √(2 + √)) + (1 + √(2 − √))
=
2 + √(2 + √) + √(2 − √)
=
2 + √(4 + 2√)
これで、このペアの2数の和と積が分かったので、その2数を根とする2次式を構成できる:
x2 − (2 + √(4 + 2√))x
+ 1 + √7 + √(4 + 2√)
全く同様にして、四つの根①のうち、二つ目の共役ペアを根とする2次式は、次の通り。
x2 − (2 − √(4 + 2√))x
+ 1 + √7 − √(4 + 2√)
以上によって、
h(x) = x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 は、係数が実数の範囲では分解不可能
という主張は、完全に崩れ去った。この4次式は、
[x2 − (2 + √(4 + 2√))x + 1 + √7 + √(4 + 2√)]
× [x2 − (2 − √(4 + 2√))x + 1 + √7 − √(4 + 2√)] ‥‥④
と分解される! それは、当時 Euler 自身が到達した結論でもあった(前記 Goldbach への手紙に書かれている)。
〔参考〕 解の公式を使って、④の因子(二つの2次式のそれぞれ)の根を求めることも可能(§11)。もしそれを実行すると、合計四つの複素数の根が、今度は別形式(実部と虚部が分離された形式)で、得られる。
§5 ④は本当に h(x) = x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 の分解になってるのか。検算として、④の2因子を掛け算して、多項式として h(x) と一致するか確かめてみたい。
P = x2 − 2x + (1 + √7)
Q = −(√(4 + 2√))x + √(4 + 2√)
と置くと、④は (P + Q)(P − Q) = P2 − Q2 だ。
P2 = x4 + 4x2 + (1 + 2√7 + 7) − 4x3 − (4 + 4√7)x + (2 + 2√7)x2
Q2 = (4 + 2√7)x2 + (4 + 2√7) − (8 + 4√7)x
なので、④は確かに h(x) に等しい!
§6 ちょっと横道にそれて、本筋とは直接関係ないことを…
h(x) の根は、
x = 1 + √(2 ± √) と x = 1 − √(2 ± √)
の四つだが(①参照)、この表現では実部と虚部が分離されていない。つまり
2 ± √−3
は、純虚数ではない非実数であり、その平方根
√(2 ± √) も、純虚数ではない非実数。別に実部・虚部を分離しなくても、ここまでの議論に支障はなかったが(むしろこの形式のままの方が、表現や平方の計算が簡単かもしれない)、後学のため実部・虚部を分離してみる。一般に、
(√u ± √v)2 = (u + v) ± 2√(uv) 《あ》
であるから(複号同順)、その両辺の平方根から、《あ》が表す数の平方根の主値†は、
√u ± √v = √[(u + v) ± 2√( )] 《い》
であり、同じ数の平方根の非主値は、
−(√u ± √v) = −√[(u + v) ± 2√( )] 《う》
である。慣例通り、平方根記号はデフォルトで(=先頭にマイナスが付かない場合には)「平方根の主値」を表すと約束している。
† z の平方根とは、平方すると z に等しくなる数。例えば z = 4 の平方根は 2 または −2。一般に、 0 以外の複素数 z は、ちょうど二つの(相異なる)平方根を持つ。もし z の虚部が 0 でないか、または z が正の実数なら、 z の二つの平方根のうち、実部が正のものを「平方根の主値」とする。もし z が負の実数なら、 z の二つの平方根(いずれも実部 0 の純虚数)のうち、虚部が正のものを「平方根の主値」とする。もし z = 0 なら z の平方根は 0 しかないが、それを「平方根の主値」とする(z = 0 の場合に限っては、非主値に当たる −0 は主値に等しい)。
ここでは、 2 ± √−3 のような複素数の平方根、すなわち
z = A ± √−B
= A ± i√B (A, B は実数で B は正)
の形の複素数 z について、その平方根に興味がある。もっとも、 C を任意の正の実数とすると、任意の複素数 A ± Ci は、 B = C2 と置けば上記の形になるのだから、この考察は、虚部が 0 でない任意の複素数 z にも適用可能。そして虚部が 0 の複素数とは実数のことで、実数の平方根がどのような形の複素数になるかは分かり切っているので、この議論は実質的に「任意の複素数」の平方根を統一的に扱うものであり、限定的な特殊なケースの話ではない。さて、
A ± √−B
= A ± 2√(−B/4) 《え》
を《あ》の右辺と比較すると:
u + v = A, uv = −B/4
従って u, v は、2次式 t2 − At − B/4 の二つの根。その判別式 A2 + B は正なので(なぜなら B は正)、 u, v は実数。のみならず、両者の積 uv = −B/4 は負なので、 u, v の一方は正、他方は負。「平方根の主値」の実部は決して負にはならないので、《い》の形から、 u が正で v が負。ゆえに、2次式 t2 − At − B/4 の実数の根 (A ± √(A2 + B))/2 のうち、大きい方が u で、小さい方が v だ:
u = (A + √(A2 + B))/2, v = (A − √(A2 + B))/2 《お》
B は正なので、明らかに u は正。一方、 A ≤ √(A2) < √(A2 + B) なので v の分子は負で、 v は負だ(ここで A = √(A2) ではなく A ≤ √(A2) としているのは、 A = −2, √(A2) = √4 = 2 のようなケースがあるため)。
結論として、任意の複素数 z = A ± Ci を《え》右辺の形で表し(C > 0)、それを《あ》右辺のように解釈した場合、 √z に関連する u, v の値は《お》のようになり(あるいは、同じことだが、2次方程式の二つの実数解として決定され)、 z の平方根の主値は《い》となる(非主値はその −1 倍)。 −B が負で B が正であること、 v が負で −v が正(= w とする)であることを考慮すると、次のように整理し直すこともできる。
「複素数の平方根」の実部・虚部の分離 A, B が実数で B が正のとき:
√(A ± √)
=
√[A ± 2i√( )]
= √u ± i√w
ここで u = (√(A2 + B) + A)/2, w = (√(A2 + B) − A)/2
言い換えると、共役複素数のペア √(A ± √) それぞれの平方根の主値は、再び互いに共役。
【例1】 h(x) の根の一つ x1 = 1 + √(2 + √) について。
√(2 + √)
=
√[2 + 2√( )]
と書くと、右辺の外側の根号の中身は《え》で A = 2, B = 3 としたもの。よって《お》から、
u = (2 + √7)/2, v = (2 − √7)/2 = −(√7 − 2)/2
となる(√7 > √4 = 2 だから 2 − √7 は負で √7 − 2 は正)。従って:
√(2 + √)
=
√u + √v
=
√[(2 + √)/2] + i√[(√ − 2)/2]
根号内の分子・分母をそれぞれ 2 倍して整理すると†:
√(2 + √)
=
[√(2√ + 4)]/2
+
[i√(2√ − 4)]/2
ゆえに x1 = 1 + √(2 + √) は、次の通り:
x1
= 1 + [√(2√ + 4)]/2
+
[i√(2√ − 4)]/2
=
2.524098… + i0.568221…
〔参考〕 √7 の近似値は 2.645751311… (煮蒸しコウナゴ
† Knuth 風に、こう書くこともできる:
√(2 + √)
=
2−1/2(√(√ + 2) + i√(√ − 2))
【例2】 全く同様に、例1と共役の根 x3 = 1 + √(2 − √) の実部・虚部を分離すると、次の通り。
x3
= 1 + [√(2√ + 4)]/2
−
[i√(2√ − 4)]/2
=
2.524098… − i0.568221…
h(x) の残りの二つの根 x2, x4 = 1 − √(2 ± √) は、こうなる:
x2
= 1 − [√(2√ + 4)]/2
−
[i√(2√ − 4)]/2
=
−0.524098… − i0.568221…
x4
= 1 − [√(2√ + 4)]/2
+
[i√(2√ − 4)]/2
=
−0.524098… + i0.568221…
Bernoulli 一族には数学者として活躍した人がたくさんいて、その中には Jakob という名の人が少なくとも二人、 Nikolaus が少なくとも二人、 Johann が少なくとも三人いる(Johann の一人は Euler の先生)。 Jakob の
オイラーがバーゼル問題を解決したとき、この問題で悩んだヤコブは既に亡くなっていた。ヤコブの弟でオイラーの先生に当たるヨハンは、「ああ、兄が生きていてくれたらなあ(=この発見を知らせたかった)」と†記している。一方、ヤコブ&ヨハンの
† Utinam Frater superstes esset!
Dunham, p. 49 でも Calinger, p. 122 でも、 esset が誤って effet となっている。 long s と f の紛らわしさが原因だろう。
〔参考文献〕
[1] William Dunham (1999), Euler: The Master of Us All, p. 109
https://archive.org/details/euler-the-master-of-us-all-dunham/page/109/mode/1up
[2] Paul Heinrich Fuss, Correspondance mathématique et physique de quelques célèbres géomètres du XVIIIème siècle
https://www.e-rara.ch/zut/content/titleinfo/15609612
[Tome I.]
https://www.e-rara.ch/zut/content/titleinfo/15610421
[Tome II.]
[3] Nicolaus (I) Bernoulli (1687 - 1759) - Biography - MacTutor History of Mathematics
https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Bernoulli_Nicolaus(I)/
2025-05-08 4次方程式の解法 無限の夢幻
一般の4次方程式の解き方を紹介する。「4次方程式って、どうやって解くの?」という素朴な好奇心でご覧になってもいいし、あるいは、その背後に潜む「謎」に思いをはせるのも、また一興。
「n 次式は、複素数の範囲で必ず n 個の根を持つ」という事実は、感覚的には「まあ、そうでしょう」と流せる(当たり前のようで、実はすごいことなのだが)。しかし「3次方程式・4次方程式は代数的に解けるが、5次方程式以上は一般には解けない」というのは、深遠な話だ。「解が存在する」と証明されている。そこまでは、いい。同時に「一般に、その解を代数的に求めることは不可能」ということも証明されている!
存在するけど、触れることはできない。触れることはできないけど、存在している…。なんとなく、なんつーの、ちょっと「もどかしい」。理不尽。不思議。
差し当たり、オイラーが抱いた疑問は、「係数が実数の範囲で、4次式は必ず2次式と2次式の積に分解できる――ような気がするが、それを証明できるか?」というものだった。
§7 この話は、一応、前回の続きだが、論理的には前回の話とはあまり関係なく、独立した読み切りに近い。
途中で流れが途切れないよう、使うツールを事前に記しておく。分かり切ったことばかりかもしれないが、念のため…
まず X と Y が何であっても (X + Y)2 = X2 + 2XY + Y2 が成り立つ――少なくとも、普通の世界では(そして以下は、全て普通の世界の話)。なぜなら、分配法則から、
(X + Y)2 = (X + Y) × (X + Y) = X × (X + Y) + Y × (X + Y)
= X2 + XY + XY + Y2 = X2 + 2XY + Y2
となる。以下、この性質(恒等式)を断りなく何度も使う。
命題1 A, B, C が何であっても、次が成り立つ。
(A + B + C)2 = A2 + B2 + C2 + 2AB + 2AC + 2BC
〔証明〕 X = A + B, Y = C と置くと、命題1の左辺は:
(A + B + C)2 = (X + Y)2 = X2 + 2XY + Y2
= (A + B)2 + 2(A + B)C + C2
= (A2 + 2AB + C2) + 2(AC + BC) + C2
これを整理すると、命題1の右辺になる。∎
さて、多くの方は、2次方程式 ax2 + bx + c = 0 の解が、
x = [−b ± √(b2 − 4ac)]/2
であること(解の公式)、そして根号の下にある b2 − 4ac が判別式と呼ばれることをご存じだろう。「判別式」と呼ばれる訳は、 a, b, c が実数の場合、この式が 0 以上か負かによって、2次方程式が実数解を持つか否かを判別できるから。もし判別式 b2 − 4ac が負なら、(負の数の平方根は虚数なので)2次方程式は実数解を持たない。例えば a = b = c = 1 なら b2 − 4ac = −3 となって、解の公式には虚数 √−3 が含まれることになる。平方すると −3 になる数は、実数の中にはないので、解は実数ではない、と。虚数 √−1 を小文字の i で表すことがある。例えば:
√−3 = √−1⋅√3 = i√3
b2 − 4ac が負のとき、その負の数は (−1)(4ac − b2) に等しい。この二つ目の ( ) 内の 4ac − b2 は正。例えば、再び a = b = c = 1 とすると 4ac − b2 = 4 − 1 = 3。言い換えると、判別式 b2 − 4ac が負の場合、その平方根である虚数 √(b2 − 4ac) は i√(4ac − b2) に等しい。
時々、次のショートカットを使うと便利なことがある。
命題2 ax2 + 2vx + c = 0 の解は:
x = −v ± √(v2 − ac)
つまり1次の係数の半分を v として上記のようにしても同じことになり、この方法だと、分数を省略できる(特に、1次の係数が 2 で割り切れる場合に便利)。
〔証明〕 解の公式の a, b, c のうち、 b を 2v で置き換えると:
x = [−(2v) ± √((2v)2 − 4ac)]/2
この判別式は = 4v2 − 4ac = 4(v2 − ac) なので、その平方根は:
√[4(v2 − ac)]
= √4⋅√(v2 − ac)
= 2⋅√(v2 − ac)
従って:
x = [−2v ± 2⋅√(v2 − ac)]/2
これを 2 で約分すると、命題2になる。∎
命題3 A と B が何であっても、次が成り立つ。
(A + B)(A − B) = A2 − B2
〔証明〕 分配法則から、
(A + B) × (A − B) = A × (A − B) + B × (A − B)
= (A2 − AB) + (AB − B2) = A2 − B2
となる。∎
一応こんなもんで、準備完了。
§8 A, B, C, D, Z を実数の定数(ただし Z ≠ 0)とする。任意の4次方程式、
Zx4 + Ax3 + Bx2 + Cx + D = 0 《か》
は、両辺を Z を割ることによって、4次の係数を 1 にできる――次のような形に。
x4 + ax3 + bx2 + cx + d = 0 《き》
ここで a = A/Z, b = B/Z, c = C/Z, d = D/Z は実数の定数。《き》は任意の4次方程式《か》と同等なので、《き》が解ければ、任意の4次方程式が解けることになる。
《き》を解く古典的なアイデアは、《き》を
(2次式)2 − (1次式)2 = 0
の形に変換すること。実際、もし《き》を
(x2 + Hx + p)2 − (qx + r)2 = 0 《く》
の形にできれば(H, p, q, r は a, b, c, d に応じて定まる何らかの定数)、《く》は
(x2 + Hx + p)2 = (qx + r)2
を意味し、その両辺の平方根を考えると、
x2 + Hx + p = ±(qx + r) = ±qx ± r 複号同順
となる。この最後の右辺の項を全部左辺に移項すると、複号で上を選んだ場合には、
x2 + (H − q)x + (p − r) = 0 《く1》
となり、下を選んだ場合には、
x2 + (H + q)x + (p + r) = 0 《く2》
となる。つまり、二つの2次方程式の問題となり、2次方程式の解の公式によって、機械的に解くことができる。二つの2次方程式は連立ではなく、別々のもの。それぞれ2解を持つので、トータルでは四つの解が得られる。4次方程式の解は四つなので、つじつまは合っている。
〔参考〕 恒等式 A2 − B2 = (A + B)(A − B) を《く》の左辺に適用すると(命題3参照)、
[(x2 + Hx + p) + (qx + r)][(x2 + Hx + p) − (qx + r)] = 0
となり、整理すると、
[x2 + (H + q)x + (p + r)][x2 + (H − q)x + (p − r)] = 0
となる。この最後の左辺は(二つの [ ] 内の)2次式と2次式の積であり、積が = 0 になるためには、因子つまり [ ] 内の少なくとも一方が = 0 にならなければならない。この変形からも、《く2》または《く1》が成り立つことが分かる。仮定により《き》と《く》は等しいので、結局、4次式《き》は、二つの2次式《く1》《く2》の積に分解される。《き》を《く》の形にする方法は複数あるので(後述)、《き》を《く1》《く2》の積に分解する方法も複数ある。
ではどうやって《き》を《く》の形にすればいいか。《く》の左辺を展開すると(命題1参照):
x4 + H2x2 + p2 + 2Hx3 + 2Hpx + 2px2
− (q2x2 + 2qrx + r2)
= x4 + 2Hx3 + (H2 + 2p − q2)x2 + (2Hp − 2qr)x + (p2 − r2) 《け》
《け》が《き》の左辺と一致するようにしたいのだから、両者の各係数(定数項を含む)は同じでなければならない。《き》と《け》について、まず3次の係数の比較から a = 2H つまり H = a/2 が成り立つ。
〔注〕 つまり係数 a の半分。文字 H は Hanbun あるいは Half の意味。
この H = a/2 に留意しつつ、2次の係数の比較から:
b = (a/2)2 + 2p − q2 つまり q2 = a2/4 + 2p − b 《こ》
1次の係数の比較から:
c = 2(a/2)p − 2qr つまり 2qr = ap − c 《さ》
定数項の比較から:
d = p2 − r2 つまり r2 = p2 − d 《し》
今、《こ》の両辺を4倍したもの、
4q2 = a2 + 8p − 4b
を考え、この等式と等式《し》について、左辺同士・右辺同士を掛け算すると:
4q2 × r2 = (a2 + 8p − 4b) × (p2 − d)
つまり 4q2r2 = (a2 + 8p − 4b) × p2 − (a2 + 8p − 4b) × d
右辺を展開して整理すると:
4q2r2 = 8p3 + (a2 − 4b)p2 − 8dp − a2d + 4bd 《す》
一方、《さ》の両辺を平方すると:
4q2r2 = a2p2 − 2acp + c2 《せ》
《す》の右辺と《せ》の右辺は等しい(どちらも 4q2r2 に等しいので)。すなわち:
8p3 + (a2 − 4b)p2 − 8dp − a2d + 4bd = a2p2 − 2acp + c2
整理すると:
8p3 − 4bp2 + (2ac − 8d)p + (4bd − a2d − c2) = 0 《そ》
《そ》は p についての3次方程式であり、《そ》の係数は(定数 a, b, c, d の組み合わせなので)4次方程式《き》が与えられれば、確定する。要するに《き》を《く》に変形するには、3次方程式《そ》を解いて、その一つの解 p を《く》の p とすればいい。ひとたび p を決めれば、《こ》《さ》《し》によって条件を満たす q, r の値も決定できる(符号の選択には注意が必要。後述)。こうして p, q, r が決まれば H = a/2 を 使って《き》から《く》への変形が達成され、《く1》《く2》を解くことによって、与えられた4次方程式を解くことができる!
この方法の核心は、4次方程式《き》の問題を3次方程式《そ》の問題に帰着させることにある。3次方程式は簡単に解けることもあれば、そうでないこともあるが、とにかく必ず解くことができ、従って、原理的に4次方程式も必ず解くことができる。以下では具体的な4次方程式を例に、上記の手順の実際を確かめてみたい。
§9 《き》に当たる4次方程式の例として、
x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 = 0 ‥‥❶
を考える。これは、 Nikolaus Bernoulli が Euler への手紙の中で例示し、 Euler を多少動揺させた4次式だ(§1)。実は❶は特別な種類の4次方程式で、その特性を利用した手っ取り早い解法もあるが(§3)、ここではそれをせず、単に❶を一般の4次方程式の例として扱う。係数は a = −4, b = 2, c = 4, d = 4 であり、従って、関連する3次方程式《そ》
8p3 − 4bp2 + (2ac − 8d)p + (4bd − a2d − c2) = 0
は、次の通り。2次の係数:
−4b = −4⋅2 = −8
1次の係数:
2ac − 8d = 2⋅(−4)⋅4 − 8⋅4 = −32 − 32 = −64
定数項:
4bd − a2d − c2 = 4⋅2⋅4 − 16⋅4 − 16 = 32 − 64 − 16 = −48
つまり p についての3次方程式は、
8p3 − 8p2 − 64p − 48 = 0
であり、両辺を 8 で割って:
p3 − p2 − 8p − 6 = 0 ‥‥❷
このような3次方程式を見たとき、いきなり Cardano の方法(一般の3次方程式の解法)を使うと、厄介な事態に陥ることがある。まず有理数解チェックを行うのが鉄則。❷に有理数解があるとすれば、その候補は、定数項の約数 ±1, ±2, ±3, ±6 に限られる。❷の左辺に p = 1 を入れた場合、
1 − 1 − 8 − 6
は明らかに 0 に等しくないので、 p = 1 は解ではない。一方、 p = −1 を入れると、
(−1) − 1 − (−8) − 6 = −2 + 8 − 6 = 0
なので、 p = −1 は❷の解。条件を満たす p が一つ見つかった!
一般に、3次方程式には三つの解がある。「4次方程式❶を解くための補助とする」という目的上では、原理的には、❷を満たす三つの p の値のうち一つが分かれば十分で、話を先に進めることができる。
しかしここでは研究のため、❷の解を全部求めておく。もしかすると、❷の解のうち p = −1 以外の別の値を使った方が、❶を解く上でもっと都合がいい――ということも、あるかもしれないし。他の有理数解候補 p = ±2, ±3, ±6 が❷を満たさないことは、直接計算でも簡単に確かめられる。 p = −1 は❷の解なので、❷の左辺は p + 1 で割り切れる。最初からこの割り算(下記)を実行する方が、手っ取り早いかも。
❷ = (p + 1)(p2 − 2p − 6) = 0
と分解されるので、❷の残りの二つの解は p2 − 2p − 6 = 0 の解、すなわち、
p = 1 ± √7
だ(命題2参照)。
p^2 - 2p - 6 ┌─────────────────── p + 1 │ p^3 - p^2 - 8p - 6 p^3 + p^2 ───────── -2p^2 - 8p -2p^2 - 2p ────────── -6p - 6 -6p - 6 ─────── 0
要するに、❷の3次式 p3 − p2 − 8p − 6 の根は、
p1 = −1, p2 = 1 + √7, p3 = 1 − √7 ‥‥❸
の三つ。ちなみに、検算として、根の和、
p1 + p2 + p3 = −1 + (1 + √7) + (1 − √7) = −1 + 2 = 1
は、2次の係数 −1 の符号を変えたものに等しい。根の積、
p1p2p3 = −1⋅(1 + √7)(1 − √7) = −1⋅(12 − 7) = 6
は、定数項 −6 の符号を変えたものに等しい(命題3参照)。さらに、
p1p2 + p1p3 + p2p3
=
−(1 + √7) − (1 − √7) + (1 − 7) = −2 − 6 = −8
は、1次の係数 −8 に等しい。これらの性質は「3次方程式の解と係数の関係」と呼ばれる(以下の話とは無関係だが)。
❸はあくまで補助的な3次方程式❷の解であり、まだ本題の4次方程式❶が解けたわけではない。でも、補助的な3次方程式の解さえ得られれば(特にそれが❸のような比較的シンプルな形になれば)、後はおおむね単純計算。「峠は越した」といえる。
§10 実数係数の一般の4次方程式は、2次方程式の問題に帰着する(《か》《き》《く》以下参照)。それには三つのパラメーター p, q, r を決定すればよいのであった(《け》以下参照)。例題❶では a = −4, b = 2, c = 4, d = 4 なので、 p, q, r が満たすべき条件は次の通り。《こ》の q2 = a2/4 + 2p − b は、
q2 = 16/4 + 2p − 2 つまり q2 = 2p + 2 ‥‥❹
となる。《さ》の 2qr = ap − c は:
2qr = −4p − 4 ‥‥❺
《し》の r2 = p2 − d は:
r2 = p2 − 4 ‥‥❻
p の値としては❸の三つのどれを使っても構わない。「❸のどれかを選べ」といわれたら、普通は一番簡単そうな p = −1 を選ぶだろう。 p = −1 とした場合、❹から q2 = 2⋅(−1) + 2 = 0 なので q = 0 となる。あとは r を決めるだけ。一般には❺を使って、
r = (−4p − 4)/(2q)
のように r を求めることができるのだが、われわれの選択では q = 0 なので、この分数は分母が 0 になってしまう。 q = 0 の場合、条件❺からは r を決定できないけど、代わりに条件❻を使えばいい。すなわち:
r2 = (−1)2 − 4 = −3
これは r = ±√−3 を含意するが、どちらの符号を選択するべきだろうか?
《く1》《く2》を再掲する:
x2 + (H − q)x + (p − r) = 0 または x2 + (H + q)x + (p + r) = 0
q = 0 の場合、この二つは、こうなる:
x2 + Hx + (p − r) = 0 または x2 + Hx + (p + r) = 0 ‥‥❼
❼の二つの方程式は、定数項だけが異なる。われわれの現在の設定では p = −1 なので、もし r = √−3 なら、「または」の前にある一つ目の式の定数項は 1 − √−3、二つ目の式の定数項は 1 + √−3 になる。一方、もし r = −√−3 なら、一つ目の定数項は 1 + √−3、二つ目の定数項は 1 − √−3 になる。要するに r の符号の選び方によって、❼の「または」の前の式と後ろの式の内容が入れ替わるものの、❼全体としては、内容に変化はない。どちらにしても、最終的に得られる四つの解は同じ(解を並べる順序は変わるかもしれないが)。従って q = 0 のときに関しては、 r の符号の選択は任意で構わない。わざわざマイナスを付ける理由もないので、
p = −1, q = 0, r = √−3
としておこう。
H = a/2 = −4/2 = −2 に留意すると、結局❼はこうなる:
x2 − 2x + (−1 − √−3) = 0
または x2 − 2x + (−1 + √−3) = 0 ‥‥❽
解の公式(ショートカット版。命題2参照)によると、前者の解は:
x = −(−1) ± √[(−1)2 − (−1 − √)]
= 1 ± √(1 + 1 + √)
= 1 ± √(2 + √)
後者の解は:
x = −(−1) ± √[(−1)2 − (−1 + √)]
= 1 ± √(1 + 1 − √)
= 1 ± √(2 − √)
結論として、4次方程式❶
x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 = 0
の四つの解は、
x1 = 1 + √(2 + √),
x2 = 1 − √(2 + √),
x3 = 1 + √(2 − √),
x4 = 1 − √(2 − √)
となる。 Nikolaus が手紙に記した通りだ(§1)。
この4次方程式は、❽の「または」で結ばれた二つの方程式のペアと同値であり、 x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 は、❽の二つの2次式の積に分解される。 Nikolaus が「この4次式は、実係数の2次式の積には分解されない」と考えた根拠も、❽のような分解を念頭に置いたものだった†。
Nikolaus は「4次式を2次式の積に分解する方法は一つだけ」と思っていた可能性がある。既に見たように、二つの2次方程式は p, q, r というパラメーターによって制御されていて、その出発点ともいえる p の選択肢は三つあるのだから(❸)、4次式を2次式の積に分解する方法は三つある!
しかし、だからといって、一般論として Nikolaus の主張が間違いと言い切れるか?
つまり、4次式を2次式の積に分解する方法が三つあるのはいいとして、「その三つの分解の少なくとも一つにおいて、分解結果の2次式は、係数が実数の範囲で収まる」という保証があるのだろうか?
その保証ができないとしたら、「実係数の4次式は、必ず実係数の範囲で、2次式の積に分解可能」と言い切ることはできず、 Nikolaus の主張は(例が間違っていただけで、一般論としては)正しいことになる。 Euler は経験的に「実係数の4次式は、必ず実係数の範囲で、2次式の積に分解可能」と考えていたものの、 Nikolaus からの手紙を受け取った時点では、その証明を持っていなかった。 Euler が「代数学の基本定理」に取り組み始めたのは、このあたりの問題意識が出発点だったようだ。
† https://www.e-rara.ch/zut/content/zoom/15611159
(OO239)
§11 「Nikolaus の4次方程式」を二つの2次方程式に変換するとき、 p の選択肢は三つある(❸):
p1 = −1, p2 = 1 + √7, p3 = 1 − √7
われわれは p = −1 が最も簡単・便利な選択肢だと想定し、それを使って四つの解を得た。しかしながら、❻の
r2 = p2 − 4
という関係に留意すると、 p2 が 4 未満だと r2 は負で、すなわち r は虚数になってしまう。よって、もし実係数の二つの2次式を経由することが目的だとすれば(言い換えれば、実係数の範囲で、4次式を二つの2次式の積に分解したければ)、絶対値 2 以上の p を使う必要がある(p = −1 は、この条件を満たさない)。より一般的に、《し》から r2 = p2 − d なので、 p2 が4次式の定数項 d 以上の値を持つと、この文脈において都合がいい。「都合のいい p が常に存在するのか?」は大問題だが、この例に関する限り、 √7 = 2.64575… なのだから、
p2 = 1 + √7 = 3.64575…
を p とすれば p2 を 4 以上にでき、 r が虚数になることを阻止できる。ちなみに、第三の選択肢 p3 = 1 − √7 = −1.64575… では、絶対値が小さ過ぎる。
〔注〕 ある4次式 ƒ(x) が四つの根 α, β, γ, δ を持つとき、その4次式は、複素数の範囲では、
(x − α)(x − β)(x − γ)(x − δ)
と分解される。 ƒ(x) を二つの2次式に分解するということは、上記の四つの因子(1次式)を二つずつ束ねて、
[(x − α)(x − β)] × [(x − γ)(x − δ)]
などとすること。このとき (x − α)(x − β) = x2 − (α + β)x + αβ は2次式だ。このような「四つの1次式を二つずつペアにする方法」は何通りあるか。 (x − α) は、(x − β) または (x − γ) または (x − δ) のどれかとペアになるのだから、選択肢は三つ。 (x − α) がどれとペアになるかを決めれば、残った二つの1次式が自動的にペアになるので、結局、このような分解は本質的に 3 通りある。きっと p の三つの選択肢に対応してるのだろう。
実験のため p = −1 という設定をキャンセルし、 p = 1 + √7 と再設定してみよう。❹から q2 = 2p + 2 なので、
q2 = 2(1 + √7) + 2 = 4 + 2√7
となり、従って q = ±√(4 + 2√) となるが、この符号をどう選択するべきか。《く》以下を振り返ると、 p, q, r が満たすべき関係は、
(x2 + Hx + p)2 = (qx + r)2
であり、この右辺はどうせ平方されてしまうので、 r の符号さえ正しく設定されているなら、右辺の ( ) 内は qx + r でも −qx − r でも構わない。要するに q の符号はどっちでもいいわけで、従って、便宜上 q の符号は + と決め付けてもオーケー。すなわち:
q = √(4 + 2√)
ただし qx + r でも −qx − r でも構わないという事実(全体の符号が逆でもOK)は、「qx − r でも構わない」というような気まぐれ(一部だけ符号を逆にする)を許すものではない―― q の符号と r の符号には一定の関係があり、 q の符号を + と決めた以上、それと矛盾しないように r の符号を設定する必要がある。具体的には、条件❺から、
r = (−4p − 4)/(2q)
= [−4(1 + √) − 4]/[2√(4 + 2√)]
=
(−8 − 4√)/[2√(4 + 2√)]
=
(−4 − 2√)/√(4 + 2√)
=
−(4 + 2√)/√(4 + 2√)
= −√(4 + 2√)
となり、 r は必然的に負。この最後の等号は、分母の平方が分子の ( ) 内に等しいことに基づく。言い換えると、
−(√(4 + 2√) × √(4 + 2√))/√(4 + 2√)
において、一つの √(4 + 2√) を約分した。
ノート。この場合、もし条件❺を無視して条件❻の
r2 = p2 − 4
=
(1 + √7)2 − 4
=
1 + 2√7 + 7 − 4
=
4 + 2√7
だけを考えると、 r の符号を決定できない。最初に p = −1 と設定したときには q = 0 となり、 q = 0 のときには、条件❺による制約(r についての)がなくなるので、条件❻さえ満たせば r の符号は自由だった。今は q ≠ 0 なので、話が変わってくる。 q = 0 のケースは例外的で、一般には q ≠ 0 であり、必ず❺を考慮する必要がある。
〔補足〕 ❻の方が❺よりシンプルなので、つい❻を使いたくなるかもしれないが、 q と r の符号を「両方とも」自由に選択することは不可。
以上によって、 p = 1 + √7 とした場合の q, r の値が求まった:
q = √(4 + 2√), r = −√(4 + 2√)
−q = r という特徴的な関係になっている。
H = a/2 = −2 に留意しつつ、再設定された p, q, r を使うと、《く1》の
x2 + (H − q)x + (p − r) = 0
は、こうなる:
x2 + (−2 − √(4 + 2√))x + [1 + √7 − (−√(4 + 2√))] = 0
つまり x2 − (2 + √(4 + 2√))x + (1 + √7 + √(4 + 2√)) = 0 《た》
同様に《く2》の
x2 + (H + q)x + (p + r) = 0
は、こうなる:
x2 + (−2 + √(4 + 2√))x + [1 + √7 + (−√(4 + 2√))] = 0
つまり x2 − (2 − √(4 + 2√))x + (1 + √7 − √(4 + 2√)) = 0 《ち》
2次方程式《た》《ち》は、最初に導いた❽と比べると見かけは複雑だが、係数(定数項を含む)が実数の範囲で収まる。これは Euler が導いた分解とも一致し(§4④)、 Nikolaus の挙げた4次式が「実係数の範囲では分解不可能な例」ではないことを示している。ただし、だからといって、「実係数の範囲において、全ての4次式は2次式に分解可能とはいえない」という Nikolaus の主張が間違いかどうかは、まだ分からない。「この例は、分解できるぞ!」というのは特定の例についての反論に過ぎず、「分解できない例も、どこかにあるんじゃねーの?」という一般論に反論するのは、もっと難しい。
《た》に解の公式を適用しよう。便宜上、
U = −(2 + √(4 + 2√)), V = 1 + √7 + √(4 + 2√)
と略すと、《た》は x2 + Ux + V = 0 であり:
U2 = 22 + 2⋅2⋅√(4 + 2√) + (4 + 2√7)
= 8 + 2√7 + 4√(4 + 2√)
4V = 4 + 4√7 + 4√(4 + 2√)
∴ U2 − 4⋅1⋅V = 4 − 2√7
これが《た》の判別式で、値は負(なぜなら 2√7 ≈ 5.3)。従って、判別式の平方根は
±i√(2√ − 4) であり、《た》の解は:
x = [(2 + √(4 + 2√)) ± i√(2√ − 4)]/2
同様に《ち》の解は†:
x = [(2 − √(4 + 2√)) ± i√(2√ − 4)]/2
† 《ち》の1次の係数を u、定数項を v とすると、 u = −(2 − √(4 + 2√)) の平方は U = −(2 + √(4 + 2√)) の平方と似た計算になって、結果は:
u2 = 8 − 2√7 − 4√(4 + 2√)
他方、 v = 1 + √7 − √(4 + 2√) の 4 倍は:
4v = 4 + 4√7 − 4√(4 + 2√)
ゆえに《ち》の判別式 u2 − 4v は、《た》の判別式と一致。従って《た》の解と《ち》の解の ± の後ろの部分は同一。前者と後者で唯一異なるのは、分子の前半の部分: 《た》では −U = (2 + √(4 + 2√)) が現れ、《ち》では
−u = (2 − √(4 + 2√)) が現れる。つまり「2」の後ろの二重根号の前の符号だけが逆になる。
これらの4解は、最初に得た4解 1 ± √(2 + √), 1 ± √(2 − √) と一致しないように見えるが、実はそれら四つの複素数について、実部・虚部を分離した表現であり(§6)、見かけは違っても同じ数を表している。
i√(2√ − 4) という書き方をする場合、 √(4 + 2√) の代わりに √(2√ + 4) と書いた方が統一感があるかも。本質とは関係ないけど…
そのときの気分・思い付きで書いてる部分が多いので、誤字や計算ミスが結構あると思われる。気付いたら直す。
〔参考文献〕 4次方程式の解法は、手順も変数名も Euler の説明ほぼそのまま。 Euler 直伝!
https://archive.org/details/ElementsOfAlgebraLeonhardEuler2015/page/251/mode/1up
2025-05-10 ゴールドバッハ、オイラーに賛成せず 真の友達は遠慮しない
「ゴールドバッハ予想」でおなじみゴールドバッハ(Goldbach: ゴルトバハ)。
その予想とは、「4 以上の偶数は、どれも 2 個の素数の和で表される」というもの(同じ素数 2 個の和でも可)。現在(2025年)でも未解決の超難問である!
そんな難しい問題を考えたゴールドバッハは、さぞかし博識な学者だったのだろう――と思うのは自然なことだが、実はゴールドバッハは、もともと数学が不得意で、ニコラウス・ベルヌーイとの会話に全くついていけなかったと伝えられる。それでも数論特有の面白さ・美しさに引かれたらしく、ひょんなことからオイラーと友達になり、多くの手紙をやりとりした。「ゴールドバッハ予想」は、その文通の中で記された。
さて、ニコラウスは「係数が実数の範囲において、4次式はそれ以上分解できないこともある。例えば x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 がその例だ」と主張し、オイラーを動揺させた。オイラーは、この例が実は分解可能であることを突き止め、そのことを本人に伝えた他、ゴールドバッハへの手紙にも記した。
だがゴールドバッハは、「さすがオイラー君。やっぱり君の考えは正しかったんだね!」な~んてくだらないことは言わず、それどころか「4次式はいつでも因数分解できるって主張は、自分もどうかと思うぞ?」と率直な意見を言い、「例えば x4 + 72x − 20 を分解できるか?」と厳しい指摘をしてきた。
ゴールドバッハが挙げた例は項が三つしかなく、一見、ニコラウスの挙げた4次式より簡単そうに見えるが、はてさて…
§12 Nikolaus Bernoulli が Euler に x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 に例示したのは、1742年だった(§1)。この4次式は「簡単過ぎず、難し過ぎない」という程よいゲームバランス。前々回と前回、それを題材にちょっと遊んでみて、問題の雰囲気をある程度つかむことができた。 Goldbach が
x4 + 72x − 20 = 0 《つ》
を持ち出したのは、その数年後。 Euler に宛てた「1745年2月5日」付けの手紙†の中でだった。
† https://www.e-rara.ch/zut/content/zoom/15609937
手紙は St. Petersburg で書かれている。当時のロシアはユリウス暦を使っていたので、この日付はユリウス暦かもしれない。仮にそうだとすると、現在の暦(グレゴリオ暦)では2月16日。1582年の改暦の時点では、グレゴリオ暦の日付はユリウス暦の日付 +10 だった。しかしユリウス暦1700年2月18日=グレゴリオ暦1700年2月28日の翌日は、ユリウス暦1700年2月19日=グレゴリオ暦1700年3月1日であり、グレゴリオ暦1700年3月以降、「ずれ」が +11 に拡大する(ユリウス暦には1700年2月29日があるが、グレゴリオ暦にはその日付はない)。同様に、グレゴリオ暦1800年3月以降、「ずれ」が +12 になる。オイラーの時代には「ずれ」は +11 であった。
Goldbach が提示した4次式は、結論からいえば、実数の係数の範囲で分解可能だが、 Nikolaus の挙げた例より難しい。以下、前回使ったアルゴリズムによって、この分解を実行する。
《つ》の係数は a = b = 0, c = 72, d = −20 なので、それに対応する3次方程式《そ》は(§8):
8p3 − 4⋅0p2 + (2⋅0⋅72 − 8⋅(−20))p + (4⋅0⋅(−20) − 02(−20) − 722)
8p3 + 160p − 5184 = 0
両辺を 8 で割り:
p3 + 20p − 648 = 0 《て》
これを満たす有理数 p は無い†。そこで、 del Ferro と Niccolò Fontana Tartaglia による解法(いわゆる Cardano の公式)を使って、3次方程式《て》を解くことにする。関連する2次方程式、
t2 − 648t − (20/3)3 = 0
の解は:
t = 324 ± √(3242 + 8000/27)
= 4⋅81 ± √(42⋅812 + 16⋅500/27)
= 4⋅81 ± 4√(812 + 500/27)
= 4(81 ± √(177647/27))
= 4⋅27−1/2(81√27 ± √177647)
すなわち‡次の二つ(前者は正、後者は負):
t1 = 22⋅3−3/2 (√177147 + √177647)
= 22⋅3−3/2 (√177647 + √177147)
t2 = 22⋅3−3/2 (√177147 − √177647)
=
−22⋅3−3/2 (√177647 − √177147)
従って、3次方程式《て》の解の一つは(立方根号は、主値を表すものとする):
p = 22/3⋅3−1/2 (3√[√ + √] − 3√[√ − √])
= 22/3⋅3−1/2 (3√[√ + 243√] − 3√[√ − 243√])
二つの立方根号下は、どちらも正の実数なので、この p は実数。
† p が負なら左辺各項は負なので、有理数解があるとすれば p は正。しかし 648 = 23⋅34 の約数のうち、 83 +20⋅8 = 512 + 120 は過大(p = 8)、 63 + 20⋅6 = 216 + 120 は過小(p = 6)。
‡ 81√27 = √(81⋅81⋅27) = √177147。あるいは 81√27 = 81√(3⋅3⋅3) = 243√(3)。
《こ》から q2 = 2p なので(なぜなら a = b = 0)、 q を正とすると:
q = √(2p)
= √(2) × 21/3⋅3−1/4 (3√[√ + 243√] − 3√[√ − 243√])1/2
= 25/6⋅3−1/4 (3√[√ + 243√] − 3√[√ − 243√])1/2
《さ》から r = (ap − c)/(2q)
= −72/(2q)
= −36/q
= −22⋅32 × q−1
なので:
r = −22⋅32 × 2−5/6⋅31/4 (3√[√ + 243√] − 3√[√ − 243√])−1/2
= −27/6⋅39/4 (3√[√ + 243√] − 3√[√ − 243√])−1/2
上記 p, q, r はいずれも実数なので、《く1》《く2》から(H = 0)、最初の4次式《つ》は次のように、二つの実2次式に分解される。
x2 − qx + (p − r) 《と1》
x2 + qx + (p + r) 《と2》
(もし q を負としても、そのときには r の符号が逆になるので、第一式と第二式が入れ替わるだけで、分解結果は同じ。)
q が正、 r が負であることに留意しつつ、《と1》を明示的に書くと:
x2 − {25/6⋅3−1/4 (3√[√ + 243√] − 3√[√ − 243√])1/2}x
+ 22/3⋅3−1/2 (3√[√ + 243√] − 3√[√ − 243√])
+ {27/6⋅39/4 (3√[√ + 243√] − 3√[√ − 243√])−1/2}
《と2》も、二つの { } の前の符号が逆になることを除き、全く同じ形を持つ。すなわち、 Goldbach の4次式《つ》も、二つの実2次式に分解可能。
というわけで、この例は、実係数の範囲で分解できる。結果を明示的に書くと、かなりゴチャゴチャだけど…
〔補足〕 《と1》の判別式は負だが、《と2》の判別式は正なので、《と2》は実数の根を持ち、さらに二つの実1次式に分解可能。ところで3次方程式《て》は、われわれが使った実数解 p = p1 の他に、非実数の共役複素数解 p2, p3 を持つ。原理的には p2 または p3 を使って q, r を設定しても《つ》は二つの2次式に分解され、最終的には《と1》《と2》と同じ四つの根を得ることができる。ただし、その場合には、p が非実数であるから q, r も非実数となり、分解結果は実2次式にならない。根の表現も(同じ数を表すとはいえ)ますます複雑になる。
実係数の4次方程式に関連する補助的な3次方程式は、それ自身、実係数であり、少なくとも一つの実数解 p を持つ。残りの二つの解が非実数の場合、もし非実数の p を選択すると、それを経由して与えられた4次式を直接的に実2次式の積に分解することは、絶望的だろう。しかし実数解 p を使えば、 p, q, r が全て実数になるかもしれず、だとすれば、実4次式の実2次式への分解は可能。一方、補助的な3次方程式が三つの実数解 p を持つ場合、その中には p, q, r が全て実数になるような選択肢があるかもしれず、だとすれば、やはり実4次式の実2次式への分解は可能。
このメモの例はゴチャゴチャしてるので、誤字や書き間違いがあるかもしれないが、ともかく「原理的には4次式は2次式の積に分解できそうだ」という一応の心証が得られる。他方において、「明示的な分解公式」のようなものを作って、実4次式の実2次式への分解可能性を示すことは、不可能ではないにしても面倒で見通しが悪そう――ということも予感される。
2025-05-13 オイラーの逆襲! おまえはもう解けている
方程式「おれの名前は u6 + Pu4 + Qu2 − C2 = 0。おれさまは難しぃんだぜ…。果たして実数解の存在を示すことができるかな?」
オイラー「u = 0 のとき、左辺は −C2。これはマイナスの数だ」
方程式「そうとも。 u = 0 は、おれさまの解じゃぁないね。さあ、どうした。左辺がゼロになるような実数 u を見つけてみろよ」
オイラー「u = ∞ のとき、左辺は ∞ だ」
方程式「はぁ~? 頭、大丈夫か、おい。 ∞ なんてのが解のわけねぇだろ?」
オイラー「値がマイナスから ∞ へと変化するから、必ずどこかでゼロになる」
方程式「な、何ッ?! き、きさま、一体何が言いたいっ?」
オイラー「証明終わり」
美しい論文を紹介したい。「存在」の意味が変化する奇跡のような瞬間。その最初期の一例。
時代背景を略述すると、以下の通りである。
1740年、プロイセン(ドイツ)では Friedrich 大王が即位。父 Friedrich Wilhelm を反面教師としたのか、あるいは国威発揚の狙いもあったのか、学問に力を入れ、ベルリン科学アカデミー†の再興を図った。 Euler は王の
しかしこの王様、父(軍国主義の乱暴者だった)への反発から平和主義者になったかというと、そういうわけでもないようで、同じ1740年代、即位すると、さっそくオーストリアに侵攻し領土を拡大。このときフランスの Louis 15世は、何を思ったのかプロイセン側に味方して参戦、敵国同士となったオーストリアとフランスの関係は、当然悪化。 Marie-Antoinette が14歳にしてオーストリアからフランスに嫁がされる羽目になったのは、両国の関係修復を図るための政略結婚であった。おいおい、児童虐待じゃねーのか?
Friedrich 大王はドイツの基礎を築いたともいわれるが、ゲルマン民族至上主義を唱えるような国粋主義者ではなかった。少なくとも学術ではフランスびいきだったようで、ベルリン・アカデミーの公用語も、ドイツ語ではなくフランス語だったらしい(?)。「ベルリン」だけど、学会報はフランス語。 Euler もそれに合わせて、器用にフランス語で論文を書いている。
Euler は「係数が実数の範囲で、4次式は必ず2次式の積に分解される」と考えた――実はこれは「4次式」という限定的・特殊的な話題ではなく、「代数学の基本定理」という氷山の一角。
この予想について、周囲は懐疑的だった。既に紹介したように、1742年、 Nikolaus Bernoulli は「同意できない」として「反例」を挙げ、 Euler を動揺させた。この「反例」は、実は反例ではなく分解可能だったが、 Nikolaus の挙げた例は、 Euler が考えを深める上で有益な刺激になったようだ。1745年、今度は親友の Goldbach が「これ分解できるか?」と、さらに難しい例を持ち出してきた。
Euler は気付いたであろう。一つ一つの具体例を解決してもきりがないことに。かといって、明示的な「分解公式」を構成するのも困難、あるいは不可能。一体どうすれば…?
Recherches sur les racines imaginaires des équations (方程式の虚根についての研究: E170)を Euler が記したのは、翌1746年だという(1749年付けの学会報[実際の出版は1751年]に掲載)。その内容は「実際の分解を示すことなく、非構成的に分解が可能であることを示す」というもので、当時としては、かなり先進的な論文だっただろう。
† 正式名称 Societas Regia Scientiarum(王宮科学協会)。1744年に Académie Royale des Sciences et Belles-Lettres de Prusse(プロイセン王立科学・純文学アカデミー)と改称。
‡ 詳細な経緯については Calinger (2016), Chap. 5 参照。
https://archive.org/details/leonhard-euler-mathematical-genius-in-the-enlightenment-ronald-calinger/page/165/mode/1up
§13 任意の4次方程式が与えられたとき、その両辺を「4次の項の係数」で割ることによって、
x4 + ax3 + bx2 + cx + d = 0 《な》
の形にすることができる(§8)。従って「任意の4次式は、最初から《な》の形になっている」と考えても(つまり4次の係数が 1 だと仮定しても)問題ない。
のみならず、《な》の形の4次方程式については、そうしたければ x = y − a/4 と置くことで(言い換えると y = x + a/4 と置くことで)、いつでも3次の項を除去して、
y4 + By2 + Cy + D = 0 《に》
の形にすることができる。既に §3 でこの変形を(ある特定の方程式について)使ったが、「同様の変形が常に可能」ということを確かめておこう――それが Euler による証明の前提となるので。
〔注〕 新しい未知数 y は、もともとの未知数 x より a/4 大きい。よって、《に》を満たす y を求めることができれば、単にその y から定数 a/4 を引き算することで、もともとの未知数 x を決定できる。実際には、《な》の形の具体的な一つの4次方程式が与えられたとき、《に》を経由することなく、それを直接解くことは常に可能。しかし《に》は《な》より項が少なく、式の形がシンプルなので、《に》の形を考えると役立つことがある。
「確かめる」といっても、《な》に x = y − a/4 を代入して機械的に計算するだけ。分数計算は少し面倒なので(§20参照)、ここでは便宜上 a/4 を e と略すことにする。つまり a = 4e と置く。すると《な》の左辺は、
x4 + 4ex3 + bx2 + cx + d
となり、 x = y − a/4 を代入する代わりに x = y − e を代入すればいいわけである。それを実行し、展開すると:
(y − e)4 + 4e(y − e)3 + b(y − e)2 + c(y − e) + d
= (y4 − 4y3e + 6y2e2 − 4ye3 + e4) ←注1
+ 4e(y3 − 3y2e + 3ye2 − e3) ←注2
+ b(y2 − 2ye + e2)
+ c(y − e) + d
この展開において、 y3 を含む項は、 注1の行にある −4y3e と、注2の行から生じる +4ey3 だけ。その 2 項を足し合わせると、
−4y3e + 4ey3 = (−4e + 4e)y3 = 0y3
となり、結局 y3 を含む項は消滅する! 他の項はどうなるか。4次の項は、明らかに y4 一つだけ。2次の項(y2 を含む項)は、
+6y2e2 と 4e(−3y2e) と +by2
であり、それらの和を整理すると (6e2 − 12e2 + b)y2 = (−6e2 + b)y2 となり、その係数は −6e2 + b。よって B = −6e2 + b = −6(a/4)2 + b となる。同様にして《に》の B, C, D は、どれも《な》の a, b, c, d に応じて定まり、
a/4 = e またはその2乗・3乗・4乗、整数、および a, b, c
の間の足し算・引き算・掛け算で表される。よって、常に《な》を《に》の形に変形でき、もし a, b, c, d が実数なら B, C, D も実数。
実係数(あるいは単に実)という表現で、「多項式の係数(定数項を含む)が全て実数」という条件を表すことにする。
以上の考察から分かること――。「任意の実4次式(実係数の4次式)は、実2次式(実係数の2次式)の積に分解される」ということを証明するためには、《に》の形の任意の実4次式が「実2次式の積」に分解されることを示せば十分。というのも、任意の4次式は《に》の形に変換可能。しかも、もともとの4次式が実係数なら対応する《に》も実係数。その《に》が y についての実2次式の積に分解されるとすれば、その2次式の y に x + a/4 を代入すれば x についての実2次式となり、それはすなわち「x についての任意の実4次式が x についての実2次式の積に分解される」ということに他ならない(与えられた4次式が実係数なら《な》の a は実数、従って a/4 も実数)。
要するに、任意の実4次式について考える代わりに、問題を少し単純化して、任意の「3次の項のない実4次式」について考えてもいい。
〔付記〕 念のため、注1と注2の展開の根拠を記す。まず:
(y − e)4 = [(y − e)2]2 = [y2 − 2ye + e2]2
命題1(§7)を使うと:
= (y2)2 + (−2ye)2 + (e2)2 + 2(y2)(−2ye) + 2(y2)(e2) + 2(−2ye)(e2)
= y4 + 4y2e2 + e4 − 4y3e + 2y2e2 − 4ye3
この2項目と後ろから2項目を一つにまとめ、全体を整理すると、注1の結果になる。次に:
(y − e)3 = (y − e)2 × (y − e) = (y2 − 2ye + e2) × (y − e)
= (y2 − 2ye + e2) × y − (y2 − 2ye + e2) × e
= (y3 − 2y2e + e2y) − (y2e − 2ye2 + e3)
これを整理すると、注2の ( ) 内になる。毎回こんなふうに細かく計算するのは非効率なので、
(X + Y)3 = X3 + 3X2Y + 3XY2 + Y3
(X + Y)4 = X4 + 4X3Y + 6X2Y2 + 4XY3 + Y4
の二つの恒等式(二項展開)については、覚えておくべきだろう。
§14 任意の実4次式《に》が与えられ、それが次のように2次式の積に分解されたと仮定しよう。
y4 + By2 + Cy + D = (y2 + uy + α)(y2 + vy + β) 《ぬ》
複素係数の範囲ではこの分解は常に可能だが、ここで証明したいのは、実係数の範囲でこのような分解が必ず可能ということ、言い換えると、どんな実4次式 y4 + By2 + Cy + D が与えられても、
それに対して《ぬ》を満たす実数 u, v, α, β が存在する
ということだ。《ぬ》左辺の4次式に3次の項 Ay3 がないことは、議論の一般性を損なうものではない。前節で見たように、任意の4次式は、簡単な変数置換によって、3次の項のない形に変換可能だから。
ここで B, C, D は与えられた4次式の係数(または定数項)であり、既知の値(いわば入力)。われわれは B, C, D を既知として未知数 u, v, α, β について考察し、入力 B, C, D がどんな実数であっても、必ずそれに応じて《ぬ》の関係を満たす実数 u, v, α, β が存在することを証明したい。
〔注〕 入力 B, C, D に対して、「実数の出力 u, v, α, β を具体的に決定するアルゴリズム」までは、要求されていない。実数 u, v, α, β を具体的に決定できればそれに越したことはないが、たとえ具体的な数値が不明でも、「条件を満たす u, v, α, β が存在する」ということが分かれば、「分解の存在」の証明となる。
さて、もし仮に C = 0 なら《ぬ》はさらにシンプルな y4 + By2 + D = 0 の形になる。その場合、 z = y2 と置けば、単なる z についての2次方程式 z2 + Bz + D = 0 となり、その分解可能性については、比較的容易に扱うことができるであろう。ここではこの特殊ケースを後回しにして、 C ≠ 0 と仮定する。
《ぬ》の右辺を展開すると:
y2 × (y2 + vy + β) + uy × (y2 + vy + β) + α × (y2 + vy + β)
= (y4 + vy3 + βy2)
+ (uy3 + uvy2 + βuy)
+ (αy2 + αvy + αβ)
= y4 + (u + v)y3 + (α + β + uv)y2 + (βu + αv)y + αβ
この4次式の各係数を、《ぬ》左辺の対応する係数と比較しよう。まず y3 の係数は 0 でなければならないので、必然的に、
u + v = 0 つまり v = −u 《ね》
となる。従って、2次の係数の比較から:
B = α + β + u(−u) = α + β − u2 つまり α + β = u2 + B 《の》
1次の係数の比較から:
C = βu + α(−u) = (β − α)u 《は》
両辺を u で割って β − α = C/u 《ひ》
定数項の比較から:
D = αβ 《ふ》
〔注〕 仮定 C ≠ 0 により C = (β − α)u ≠ 0 であり(《は》参照)、従って u = 0 ということはあり得ない。よって《ひ》の割り算は許される。
《の》と《ひ》を辺ごとに(つまり左辺同士・右辺同士を)足し合わせると:
2β = u2 + B + C/u 《へ》
一方、《の》から《ひ》を辺ごとに引き算すると:
2α = u2 + B − C/u 《ほ》
こうして得られた二つの等式《へ》《ほ》を辺ごとに掛け合わせると:
(2β)(2α) = (u2 + B + C/u)(u2 + B − C/u)
つまり 4αβ = (u2 + B)2 − (C/u)2
= u4 + 2Bu2 + B2 − C2/u2
ところが《ふ》の4倍から 4αβ = 4D であり、従って上の等式は、次の関係を含意する:
4D = u4 + 2Bu2 + B2 − C2/u2
∴ u4 + 2Bu2 + B2 − 4D − C2/u2 = 0
分母を払うため、両辺を u2 倍すると:
u6 + 2Bu4 + (B2 − 4D)u2 − C2 = 0 《ま》
これこそが Euler の論証の要となる6次式である! もし《ぬ》の分解が可能なら、未知数 u は、この6次式《ま》を満たさなければならない。逆に、この条件(6次式)を満たす任意の複素数 u を使って、《ぬ》の分解は(複素係数の範囲であれば)可能。問題は「6次式《ま》を満たす u が実数か?」という点にある。もしこの6次式を満たす実数 u が一つでも存在するなら、その実数 u を使えば、実係数の範囲で《ぬ》の分解を行うことができる。というのも、もし u が実数なら、《ね》によって v も実数だし、《へ》《ほ》によって 2α, 2β も実数であり(なぜなら仮定により B, C は実数)、従って α, β も実数だから。
第一印象としては、 X = u2 とでも置けば《ま》は X についての実係数の3次方程式となり、なんとかなりそうな感じがする。実係数の3次方程式は必ず一つは実数解を持つので、その実数 X を使えばいいのでは…。しかし、実係数の3次方程式が実数解を持つのは確かだが、一般には、その実数が正である保証はない。もし実数解 X が負、例えば −5 だとすると、そこから得られる結論は X = u2 = −5 であり、それでは u が虚数になってしまう!
こう考えると、むしろ Euler の友人たちの意見――《ま》を満たす実数 u が存在する保証などなく、従って「任意の実4次式は実2次式に分解される」とは限らない、という見解――が正しいのでは?とすら思えてくれる。
4次式の問題を解決しようとしたら、ますます次数が増えて、6次式の問題になってしまった。われわれは、出口のない
§15 否! 全ては Euler の周到な計画なのである。 Euler は、この議論を始める前に、先回りして《ま》を処理するためのツールを用意していた。そのアイデアはシンプルで、直観的に分かりやすい。すなわち、ややこしい6次方程式《ま》との正面対決を避け、《ま》の左辺を「実数 u を変数とする関数」
ƒ(u) = u6 + 2Bu4 + (B2 − 4D)u2 − C2
と見て、そのグラフの形をごく大ざっぱに考えてみると…
第一に、 B, C, D はそれぞれ一定の値を持つ実数なので、変数 u が十分に大きくなれば、必ず ƒ(u) の値は正になる。例えば u2 の係数 B2 − 4D も定数項 −C2 も、 −100 くらいの負の数かもしれないが、それでも u = 100 とでもすれば、第1項の u6 = 1006 の方が圧倒的に大きいので ƒ(u) の値は正になる。 u2 の係数などがもっとはるかに小さい値(例えばマイナス100万くらい)だとしても、それに応じて u をプラス100万くらいにしてやれば、やはり u6 の方が圧倒的に大きいので、結論は変わらない。
第二に、 u = 0 のときの ƒ(u) の値、つまり ƒ(0) の値は、明らかに −C2 であり、仮定により C は実数で C ≠ 0 だから、この ƒ(0) = −C2 という値は負である。
要するに、関数 ƒ(u) の値は、 u が十分大きいときには正で、そのとき ƒ(u) の値を表すグラフ(曲線)は横軸より上にある。他方において、 u = 0 のとき関数 ƒ(u) の値は負だから、このグラフの曲線は、縦軸と交わる瞬間には、横軸より下にある。つまり、この曲線は「ある場所では」横軸より下にあり、「別の場所では」横軸より上にある。従って、少なくとも一度は「どこかで」横軸と交わらなければならない!
〔注〕 なぜなら、6次式の値は連続的に変化して、不連続なジャンプはあり得ない(このことは直観的に明らかだし、必要とあらば厳密に証明可能)。言うまでもなく、「負の領域」と「正の領域」の両方にまたがる連続的な曲線は、どこかで横軸と交差する。
そこで u = u1 において ƒ(u) のグラフが横軸と交わるとすると(u1 の具体的な値は特定されていないが、そのような u1 が必ずどこかにある)、その瞬間の ƒ(u) の値は 0 であるから、 ƒ(u1) = 0 が成り立つ。言い換えれば、
ƒ(u) = u6 + 2Bu4 + (B2 − 4D)u2 − C2 = 0
を満たす実数 u = u1 が、少なくとも一つは存在する。これは「懸案の6次方程式《ま》が実数解 u1 を持つ」ということである!
既に述べたように、《ま》を満たす実数 u の存在は「実4次式の分解結果《ぬ》が実2次式の積になる」ことを保証してくれる。つまり「任意の実4次式は、実2次式の積に分解可能」ということが証明されたのである。∎
これは小気味よい証明だっ! 個々の4次式の事例では、根号・立方根号が二重・三重になったような複雑な表現が現れ、統一的な扱いは困難そうに感じられたが、 Euler は、そのような面倒な計算をほとんどせずに、ほぼ純粋にロジックだけで、問題を解決してみせた。
批判もあり得るだろう。「グラフに対する幾何学的直観だけでは、厳密な証明とはいえない」と。最初にお断りしたように、この証明の時代背景は1740年代であり、その時点では「実数」「極限」「関数の連続性」などについての公理論的扱いの必要性は、まだ認識されていなかった。1740年代に書かれた証明に、その種の厳密性を要求するのは、無い物ねだりというもの。無い物にけちをつけるより、そこに有る物の良さを味わうべきだろう。
しかし「有る」とか「無い」とかいう言葉は、一体何を指すのだろうか?
§16 §13~§15 は、論文 E170 の内容のほんの一部(のダイジェスト版)に過ぎない。同様の証明は、5次式についても拡張可能であり、さらに Euler は、これを任意の次数の多項式にまで拡張しようと試みている(この拡張には、若干の論理の穴がある)。それが論文の前半。後半では Euler は「複素数に対する演算の結果は、再び複素数の範囲に収まる」という事実の重要性を直観したようで、代数演算はもとより、幾つかの超越関数についても、その事実を具体的に記している(例えば ii にも言及している)。
いずれにしても、 E170 のハイライトが「実4次式は実2次式の積に分解する」という特殊的な命題にある――というわけではない。にもかかわらず、その部分の証明を特に面白いと感じ、ここで紹介した訳は、それが「非構成的な存在証明」の先駆けだと思えるから。 Kline [4] は Gauß に関連して、次のような趣旨のことを述べている。
代数学の基本定理への Gauß のアプローチは、数学的存在についての問い全体に対する新しいアプローチの始まりだった。古代ギリシャ人は「数学的対象についての定理を受け入れるには、まずその対象の存在が確立されなければならない」ということを認識していた。古代ギリシャの「存在」の判定基準は「作図可能性」だった。後の時代、「存在」は「実際に得ること、あるいは示すこと」によって確立された。例えば、2次方程式の解の存在は、その方程式を満たす値を示すことで確立される。しかし 4 を超える次数の方程式の場合、その方法を使えない。もちろん Gauß がやったような証明は、存在が確立されていく対象を具体的に計算する上では、全く役立たない。
5次方程式以上は、一般には「代数的に解を求めること」ができず、従って「実際に解を代数表現すること」によって、構成的に分解可能性を示すことはできない。だから、もし「解は存在するし、分解も存在する」ということを証明できるとしたら、方程式を代数的に解くこと以外の方法で証明しなければならない。 Kline のコメントは Gauß についてのものだけど(Gauß は1777年に生まれ、1790年代以降に活躍)、 Euler は1740年代の本論文において、部分的ながら、既にこの「新しいアプローチ」を使っている: u についての6次方程式の解を具体的に決定することなく「それが実数の解を持つ」という抽象的事実だけを示し、「存在は証明されているが、具体的には決定されていない u の値」を使って、4次式の分解可能性を論証した。
実際に分解を行う代数的アルゴリズムを提示できないにも関わらず、「定理の内容の分解は存在する・分解は可能である」と断定するとき、「存在」という言葉のニュアンスは、「動的な構成可能性」から「先験的・絶対的な真実」へと変化する。たぶん本人も気付かぬうちに…
「存在」の概念が、本人も知らないうちに変容する――というのは、いわば「奇跡」だ。6次関数そのものは連続的だが、その関数の零点の存在を示すとき、 Euler の心の中では、何か不連続的な現象が起きたのかもしれない。恐らく無意識のうちに。内的必然性に突き動かされて。「存在=構成可能性」という固定観念から離れ、「具体的に構成できないけど、どこかに存在する」というタイプの「存在」を受け入れるというのは、そういうことでは?
巨匠が最初にその定理を発見した現場に――間接的にではあるが――立ち会うとき、われわれは多少なりとも追体験することができる。迷いながらも荒野を手探りで進む不安とスリルを。「その時点では未知であった事柄」を少しずつ確かめていくことの、ワクワク感。だが現実は、そういつもドラマチックではなく、むしろ地道な努力と失敗の連続がデフォルトだろう。だからこそ、全体を見渡す良い観点が得られたときの喜びがある。このたった一つの小さな定理の証明を検討するだけでも、「巨匠を読め」という忠告の意味は、おのずと明らかである!
〔参考文献〕
[1] Leonhard Euler (1751), Recherches sur les racines imaginaires des équations
https://archive.org/details/berlin-histoire-1749-pub1751/page/n227/mode/2up
https://scholarlycommons.pacific.edu/euler-works/170/
(With English tr. by Todd Doucet)
[2] William Dunham (1999), Euler: The Master of Us All, Chapter 6
https://archive.org/details/euler-the-master-of-us-all-dunham/page/103/mode/1up
[3] D. J. Struik (1969), A Source Book in Mathematics, 1200–1800, Chapter II, 10.
https://archive.org/details/B-001-001-112/page/n120/mode/1up
[4] Morris Kline (1972, 1990), Mathematical Thought from Ancient to Modern Times, Chapter 25, “Algebra in the Eighteenth Century”
https://archive.org/details/morris-kline-mathematical-thought-from-ancient-to-modern-times
[5] John Stillwell (2010), Mathematics and its History (3rd ed.), Chapter 14, “Complex Numbers in Algebra”
https://archive.org/details/mathematics-and-its-history-third-edition-john-stillwell/page/275/mode/2up
2025-05-16 y4 + By2 + D について
y4 + By2 + Cy + D の形の任意の実4次式(C ≠ 0)は、実2次式の積に分解可能――それをオイラーは証明した。このことは「任意の実4次式(C ≠ 0)が同様に分解可能」という意味を持つ。実は C = 0 でも結論は変わらない。以下では C = 0 のケースを扱う。
§17 「任意の実4次式は(たとえ実数の根を持たなくても)実2次式に分解する」という事実を Euler は証明した。一見地味だが重要な一歩だ。ただし Euler の証明には、若干の不備がある。とりあえず、
y4 + By2 + Cy + D
の処理(§14)において、 C = 0 の特殊ケースをきちんと扱っておきたい。
これは小さなギャップに過ぎない(少なくとも4次式に関する限り)。 C = 0 なら上の4次式は
y4 + By2 + D 《み》
となり、 z = y2 と置くと、 z についての2次式
z2 + Bz + D 《む》
となる。《む》の根を z = z1, z2 とすると、
z1 = [−B + √(B2 − 4D)]/2, z2 = [−B − √(B2 − 4D)]/2 《め》
であり、《む》は、
(z − z1)(z − z2) = (y2 − z1)(y2 − z2) 《も》
と分解される。
第一に、もし《む》の判別式 B2 − 4D が負でなければ z1, z2 は実数だから、《も》の右辺は実2次式の積。つまり Euler の結論は正しい。
第二に、もし《む》の判別式が負なら、 z1, z2 は非実数で、互いに共役複素数。このとき、
y = √z1 と y = √z2
y = −√z1 と y = −√z2
も、それぞれ互いに共役(§6参照)。《も》の右辺は、四つの1次式(実係数ではない)の積に分解される:
《も》 = (y + √z1)(y − √z1) × (y + √z2)(y − √z2)
= (y + √z1)(y + √z2) × (y − √z1)(y − √z2)
= [y2 + (√z1 + √z2)y + √z1√z2] × [y2 − (√z1 + √z2)y + √z1√z2] 《や》
この二つの [ ] 内は、それぞれ実2次式。なぜなら、共役複素数の和 √z1 + √z2 と積 √z1√z2 は、それぞれ実数(§1)。
〔注〕 第二の場合について、共役複素数の性質を使わない別証明を次節で記す。
結局、《む》が実数解 z を持つ場合も持たない場合も、《み》は実2次式の積に分解される。よって C = 0 の場合にも、 Euler の結論は正しい。∎
§18 第二の場合(B2 − 4D < 0 の場合)について、共役複素数の性質を使った上記の議論の代わりに、次のような直接計算を行うこともできる。この別証明は、ある意味「具体的で分かりやすい」かもしれない。半面、トリッキーな要素もはらむ。
z1, z2 の意味《め》から、
√z1 = √[(−B + √(B2 − 4D))/2], √z2 = √[(−B − √(B2 − 4D))/2]
であるから、単純に考えるなら:
√z1√z2
=
√[(−B + √(B2 − 4D))(−B − √(B2 − 4D))/4]
この右辺の根号下は (X + Y)(X − Y) = X2 − Y2 の形になっているので:
= √{[(−B)2 − (B2 − 4D)]/4}
= √{[B2 − (B2 − 4D)]/4} = √(4D/4) = √D ‥‥⓵
要するに、積 √z1√z2 は √D に等しい。さて、仮定により、
B2 − 4D < 0 つまり B2 < 4D
であり、 B は実数なので 0 ≤ B2 だ。従って 0 ≤ B2 < 4D となり、 4D は正。結局、実数 D は正であり、 √z1√z2 = √D は(正の実数 D の平方根なので)正の実数。
この場合、実は以上の単純計算は正しい。でも一般には、複素数 X, Y について、等式 √X√Y = √(XY) が成り立つとは限らず、この種の計算は慎重に行う必要がある。例えば X = Y = −1 のとき、 √−1√−1 = −1 と √[(−1)(−1)] = √1 = 1 は等しくない。このトリッキーな現象の原因は「偏角」と「平方根の主値」という概念にある。まぁ、でもとりあえず上記の単純計算は結果的に合ってるんで、今はややこしい問題に立ち入らず、話を先へ進める。
次に和 √z1 + √z2 を直接的に計算したい。この和をいったん平方して、その(適切な符号の)平方根を考えれば、もともとの和の別表現を得ることができる。「平方の平方根」というのは概念的には何もしないのと同じことで、無意味な処理のようだが、ややこしい根号の簡約のためには、しばしばこの種のアプローチが役立つ。まず平方:
(√z1 + √z2)2 = (√z1)2 + 2(√z1)(√z2) + (√z2)2
= z1 + 2(√z1√z2) + z2 = z1 + z2 + 2√D
最後の等号は √z1√z2 = √D という関係(上述)に基づく。 z1, z2 の意味《め》から、
z1 + z2 = [−B + √(B2 − 4D)]/2 +
[−B − √(B2 − 4D)]/2
= −B/2 + −B/2 = −B ‥‥⓶
だ(分子の根号たちは ± で打ち消し合った)。これらの情報を組み合わせると:
(√z1 + √z2)2
= z1 + z2 + 2√D
= −B + 2√D 《ゆ》
われわれは √D が正の実数であることを知っている。のみならず、
B2 < 4D つまり ±B < 2√D
であるから(B2 < 4D については前述。「つまり」の後ろは、その両辺の平方根による):
B ≤ ±B < 2√D 要するに B < 2√D
B を移項して 0 < −B + 2√D
つまり −B + 2√D も正の実数。《ゆ》から、次の事実が分かる:
√z1 + √z2 は「平方すると正の実数になるような数」
これは √z1 + √z2 が実数であることを意味する†。平方根(の主値)についての規約から、 √z1 も √z2 も、実部が負ではない。従って √z1 + √z2 の実部も負ではない。しかも √z1 + √z2 の平方は正なのだから √z1 + √z2 は 0 ではなく、その実部は正。だから、
√z1 + √z2 は正の実数
であり、《ゆ》の両辺の正の平方根から(前述のように《ゆ》の右辺は正の実数)、次の結論に至る:
√z1 + √z2
=
√(−B + 2√) 両辺とも正の実数
† X + Yi を「実数ではない任意の複素数」としよう(X, Y は実数で Y ≠ 0)。 X + Yi の平方は、決して正の実数にはならない。というのも、もしも X ≠ 0 なら (X + Yi)2 = (X2 − Y2) + 2XYi の虚部 2XY はゼロでないし、他方において、もしも X = 0 なら X + Yi = Yi は純虚数なので、その平方は負の実数。ゆえに、とある複素数を平方すると正の実数になるとしたら、その複素数は実数(注: この議論では「実数」を「虚部がゼロの複素数」と同一視している)。
結論 判別式が負なら √z1 も √z2 も実数ではないけど、両者の和・両者の積は実数。従って、前節末尾の《や》は、二つの実2次式への分解。
〔参考〕 z1, z2 は z2 + Bz + D = 0 の解だから(《む》参照)、解と係数の関係を使えば、直ちに二つの等式、
z1 + z2 = −B, z1z2 = D
を得る。⓶は、この第一式に他ならない。 z1 と z2 のそれぞれの偏角が「絶対値が同じで符号が反対」であることに留意すると、第二式から⓵を得ることができる。
§19 前節では、4次式 y4 + By2 + D について、 z = y2 と置いた2次式を考えた。この置換をせずに直接4次式を処理すると、ちょっと面白いことになる。
(y2 + √D)2
= (y2)2 + 2⋅y2⋅√D + (√D)2
= y4 + (2√D)y2 + D
であるから:
y4 + By2 + D
=
[y4 + (2√D)y2 + D] + By2 − (2√D)y2
= (y2 + √D)2 + (B − 2√D)y2
= (y2 + √D)2 − (2√D − B)y2
= (y2 + √D)2 − (√(2√ − B))2⋅y2 = (y2 + √D)2 − (√(2√ − B)⋅y)2
= (y2 + √(2√ − B)⋅y + √D)(y2 − √(2√ − B)⋅y + √D) 《よ》
引き続き z についての2次式の判別式 B2 − 4D が負の場合――つまり2次式が(従って y についての4次式も)実数解を持たない場合――について、考えよう†。その場合、仮定により:
B2 − 4D < 0 つまり B2 < 4D
両辺の平方根から‡:
B < √(4D) = 2√D つまり 0 < 2√D − B
ゆえに《よ》に含まれる √D も √(2√ − B) も実数であり(√D が実数である根拠については前節参照)、《よ》は、与えられた4次式の実2次式への分解を表す。すなわち《よ》は、「実数解を持たない実4次式も、実2次式に分解可能」という事実の明示的表現である!
† もし2次式の判別式が正なら、4次式を実2次式に分解することは容易で(§17)、考えるまでもない。
‡ もし B が正なら、 B2 < 4D が B < √(4D) を含意することは明白。一方、もし B が正でないなら、
B ≤ 0 < √(4D)
だ(なぜなら √(4D) は正)。要するに、実数 B が正でも正でなくても B < √(4D) が成立。
y4 + By2 + D の直接分解(B, D: 実数) もし B2 − 4D が負なら、 D と 2√D − B はどちらも正で、
与式 = (y2 + √D)2 − (2√D − B)y2
は、実2次式の積に分解される。一方、もし B2 − 4D が負でなければ、 y2 についての2次式の実根を使って、与式は直ちに実2次式の積に分解される。
例 Nikolaus Bernoulli の4次式 x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 は、置換 x = y + 1 により、
y4 − 4y2 + 7
になる(§3)。これは《よ》で B = −4, D = 7 の場合だから、次のように実2次式に分解される。
(y2 + √(2√ + 4)⋅y + √7)(y2 − √(2√ + 4)⋅y + √7)
逆置換 y = x − 1 を行うと:
[(x − 1)2 + √(2√ + 4)⋅(x − 1) + √7][(x − 1)2 − √(2√ + 4)⋅(x − 1) + √7]
= [(x2 − 2x + 1) + √(2√ + 4)⋅x − √(2√ + 4) + √7]
× [(x2 − 2x + 1) − √(2√ + 4)⋅x + √(2√ + 4) + √7]
= [x2 + (−2 + √(2√ + 4))x + 1 + √7 − √(2√ + 4)]
× [x2 + (−2 − √(2√ + 4))x + 1 + √7 + √(2√ + 4)]
§20 われわれは x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 が変数置換によって y4 − 4y2 + 7 になるのを見た。最初それに気付いたのは「試しにやってみたら、そうなった」という「まぐれ当たり」だった(§3)。
このような変換が可能なら、変換後の4次式は前節のように機械的に分解され、3次方程式に煩わされることなく、2次方程式を考えるだけで素早く根が求まる。他方、このような変換が不可能なら、3次の項が4次式に変換してみても、(実際に根を求める上では)必ずしも便利ではない。よって「まぐれ」のような運任せではなく、この変換の可否を事前に予見できると都合がいい。
問題 (4次の項が 1 の)任意の4次式 ƒ(x) = x4 + ax3 + bx2 + cx + d が与えられたとして、それを3項式 y4 + By2 + D に変換できるのは、どのような場合か?
a, b, c, d が何であっても ƒ(y − a/4) を計算すれば、与式を「3次の項のない4次式」に変換可能。§13では(a = 4e と置くことによって)この事実を簡易計算で確かめたが、ここでは再確認として、 ƒ(y − a/4) をそのまま完全に展開・整理しておく。
ƒ(y − (a/4))
=
(y − (a/4))4
+
a(y − (a/4))3
+
b(y − (a/4))2
+
c(y − (a/4))
+
d
= (y4 − (4a/4)y3 + (6a2/16)y2 − (4a3/64)y + (a4/256)) ← 二項係数 1, 4, 6, 4, 1
+ a(y3 − (3a/4)y2 + (3a2/16)y − (a3/64)) ← 二項係数 1, 3, 3, 1
+ b(y2 − (2a/4)y + (a2/16)) ← 二項係数 1, 2, 1
+ cy − (ac/4) + d
= (y4 − ay3 + (3a2/8)y2 − (a3/16)y + (a4/256)) ← 約分したり
+ (ay3 − (6a2/8)y2 + (3a3/16)y − (4a4/256)) ← 縦に足す準備で通分したり
+ (by2 − (ab/2)y + (a2b/16)) + cy − (ac/4) + d
3次の項 −ay3 と +ay3 が打ち消し合って無くなることは、一目瞭然。2次の項同士・1次の項同士・定数項同士をそれぞれ合算:
= y4
+ ((−3a2/8) + b)y2
+ ((a3/8) − (ab/2) + c)y
+ ((−3a4/256) + (a2b/16) − (ac/4) + d)
従って、変換後の4次式を y4 + By2 + Cy + D とすると、もともとの式との係数の対応は次の通り。
B = (−3a2/8) + b
C = (a3/8) − (ab/2) + c
D = (−3a4/256) + (a2b/16) − (ac/4) + d
問題は C = 0 となる条件であった。今やそれが
C = (a3/8) − (ab/2) + c = 0 ‥‥⓷
であることは明白だが、この条件式は、いまいち分かりにくい。便宜上、もともとの3次の係数 a の半分を h とすると、 h = a/2 そして h3 = a3/8 なので、⓷をこう表すことができる:
h3 − bh + c = 0
∴ bh − h3 = c
比較で言えば、この方がずっと分かりやすいっ! この考え方なら、暗算で素早く判定できるケースもありそう。
4次式を三項式 y4 + By2 + D に変換できる条件
x4 + ax3 + bx2 + cx + d が与えられたとき、 a の半分を h として bh − h3 を考える。その値が c に等しければ、置換 x = y − a/4 の結果は三項式。
注1 整数係数の場合、 a が奇数だったら望みなし。
注2 定数項 d の値は、どうでもいい(条件と無関係)。
〔例1〕 x4 − 4x3 + 2x2 + 4x + 4 の場合、 h = −2 で b = 2 だから:
bh − h3 = 2(−2) − (−2)3 = −4 − (−8) = −4 + 8 = 4
これは1次の係数 c = 4 に等しいので、この4次式は三項式に変換可能。これがまさに Nikolaus の4次式だ。
〔例2〕 x4 + x3 + 2x2 + 3x + 4 の場合、 h = 1/2 なので、計算するまでもなく、条件は満たされない。というのも h は分母が 2 の分数なので h3 は分母が 8 の分数であり、係数が整数の場合 bh − h3 は分数。整数 c と等しくなり得ない。実際、
bh − h3 = 2(1/2) − (1/2)3 = 1 − (1/8) = 7/8
が整数 c = 3 に等しくなるわけない。一般に、4次式の係数が整数なら、条件が満たされるためには少なくとも a が偶数であることが必要――ということが分かる。
〔例3〕 x4 + 4x3 + 3x2 − 2x − 691 の場合、 h = 2 で b = 3 だから:
bh − h3 = 3⋅2 − 23 = 6 − 8 = −2
これは1次の係数 c = −2 に等しいので、この4次式は三項式に変換可能。定数項 −691 だけ3桁の数でなにやら面倒そうな気もするが(ちなみに Bernoulli 数 B12 = −691/2730 の分子に等しい)、この場合、定数項は条件と関係ないので、気にせず無視していい。
§21 アルゴリズムの確認を兼ねて、上記「例3」の ƒ(x) = x4 + 4x3 + 3x2 − 2x − 691 の根を求める。 ƒ(y − 1) を計算すると y4 − 3y2 − 689 となる。
〔注〕 この変数置換では、§20のように、普通に二項展開を使うことができる。わざわざ前記「係数の対応の公式」を覚えるより、実直に二項展開する方が手間が少ない。あくまで参考までに「公式」を使うと:
B = −3⋅42/8 + 3 = −6 + 3 = −3
C = 43/8 − 4⋅3/2 + (−2) = 8 − 6 − 2 = 0 ←計画通りw
D = −3⋅44/256 + 42⋅3/16 − 4(−2)/4 + 691 = −3 + 3 + 2 − 691 = −689
この型の三項式になることを事前に予見できたからこそ、このような変数置換を行った――もし三項式にならないなら、一般には、このような(3次の項を消すための)変数置換を行っても必ずしも役立たず、普通の手順を使う方が便利だろう。
得られた y4 − 3y2 − 689 を z = y2 についての2次式と見ると、その判別式 (−3)2 − 4⋅1⋅(−689) = 9 + 2756 = 2765 は正なので、根 z は実数。判別式が負だったとしても、根 z が実数でなくなるだけで困りはしないけど、まぁ実数になってくれる方が話が簡単。解の公式から:
z = (3 ± √2765)/2
=
(6 ± 2√2765)/4
〔注〕 2765 を 5 で割ると、商は 553。この商は 7 × 80 = 560 より 7 小さいので 7 × 79 に等しく 2765 = 5⋅7⋅79 と素因数分解される。つまり平方因子を持たないので、根号下から整数をくくり出して簡約することはできない。この平方根は明らかに 3 = √9 より大きいので、複号で上を選ぶか下を選ぶかに応じて z = y2 の値は正にも負にもなる。よって根 z の平方根 y には、正の実数の平方根(=実数)と、負の実数の平方根(=純虚数)の両方が含まれる。分子・分母を 2 倍したのは、分母を平方数にするため。その方が、平方根の計算(下記)には都合がいい。
y2 = z なので、上記 z の複号で上を選んだ場合には:
y = ±[√(6 + 2√)]/2
上記 z の複号で下を選んだ場合には:
y = ±[√(6 − 2√)]/2
=
±[i√(−6 + 2√)]/2
最後に、置換 x = y − 1 = −1 + y を元に戻して:
x = −1 ± [√(6 + 2√)]/2 または x = −1 ± [i√(−6 + 2√)]/2
左右の複号は独立していて、根 x は四つある。そのうち二つは実数、残りの二つは非実数の複素数(実部 −1 は整数)。
〔参考〕 数値的には四つの根はおよそ次の通り。
4.2717770865…, −6.2717770865…, −1 ± i⋅4.9791197666…
現実的には、与えられた4次式を変数置換によっていきなり y4 + By2 + D の形にできることは比較的まれだろうが、これはこれで面白い。
『遊びの数論43』へ続く。